15 / 22
第四章 呪いの体育館
第十五話 体育館の噂
しおりを挟む
旧校舎の敷地を出ると、いつの間にか日が暮れ始め、校庭を橙色に染めている。
校庭にいた運動部は活動を終えたのか誰もいなく、校内にいた生徒も下校していた。
「先輩、大丈夫ですよ。それ、私が頼まれたことですから……」
「こんなに多いんだから、二人でやった方が早いよ」
沙希と紫雨は新校舎に入り、理科準備室で頼まれた実験道具を棚に入れる作業をしていた。
「それより、ごめんね。用事があるのに、遅くまで長話して……」
「い、いいえ! 私は先輩と一緒にお話しができて楽しかったです!」
申し訳なく眉を下げる紫雨に、沙希はあわあわと首を横に降った。
「それならよかった。あとは……これで最後だね」
紫雨は手に持った試験管を丁寧に並べると、閉じた棚に鍵を掛けた。
「西山さん、こっちは終わったよ」
「あ、ありがとうございます! 私も終わりました」
棚の整理も終わり、二人は窓の戸締りを確認した後、理科準備室を出た。
沙希は鍵を持って職員室に向かおうとすると、紫雨に呼び止められる。
「西山さん、鍵は俺が返してくるよ」
「え……そんな悪いですよ」
「鍵は棚に引っ掛ければいいだけなんだし。それに、俺この後、職員室に寄らないといけないから」
紫雨の提案に、沙希は戸惑った。
ここまで言われたら、先輩の親切を受け取らないのも悪い気がしてきた。
「……じゃあ、お言葉に甘えて……」
沙希は渋々と理科準備室の鍵を紫雨に手渡した。
「ここは先輩に任せなさい。西山さん、バイバイ」
笑顔で手を振られ、踵を返した紫雨に、沙希も釣られて手を振った。
「あ……バイバイ」
沙希はハッと、先輩に向かってタメ口で言ってしまったことに気づいた。
やっちゃったぁ……と沙希は一瞬思ったが、不思議と紫雨に対してまるで同級生と話しているような気分だったのだ。
沙希は顔を上げると、いつの間にか視線の先を歩いていた紫雨の姿がなかった。
職員室に繋がる突き当たりを曲がって行ったのだろう。
「やっと見つけた……」
紫雨の呟いた言葉は誰にも届くことはなく、無機質な廊下で空気になって消えた。
✿ ✿ ✿
翌日。
ショートホームルームが終わると、沙希の前席で遊びに来た隆が向かい合わせに座り、隣に座っている莉央が三人一緒に会話をしていた。
「旧校舎どんな感じだった?」
「木造建てで、いかにも昭和な雰囲気があったよ。それに……結構、長年使われていないのか機材にすごい埃かぶっててさ、床も軋んで鳥肌立ったし……」
沙希は昨日訪れた旧校舎の感想を隆に聞かせている。
「……そういえば、あそこって体育館あったんだね。私、気になって行ってみたんだ」
「へぇー。って……体育館⁉︎ よくそんなところに行けたな」
「旧校舎の体育館がどうかしたの?」
「え? 沙希、知らないのか。〝旧校舎の呪いの体育館〟」
「呪いの体育館? 何それ?」
隆がオカルト的な話題に沙希は首を傾げる。
「あの旧校舎の体育館の倉庫に憎い相手を呪ってくれる幽霊がいるんだってさ」
「マジ……」
『幽霊』という単語に、沙希は身震いする。
そんな沙希の反応に、隆は面白がるように話を続ける。
「それで、満月の日にその幽霊に頼めば、自分が憎いと思っている相手に呪いをかけてくれるんだってさ」
「いや……今、令和だよ。呪いなんて非科学的な」
「まあ、初めて聞く奴はそういう反応になるよな。俺も何で高校生にもなって、そんな子供じみた噂話しているんだろうって思ったよ」
でもな、と隆が言う。
「それが噂話じゃないらしいんだ」
「どういうこと?」
沙希が怪訝になると、隆は周りに聞こえないように小声で話を続ける。
「三組の神崎から、バスケ部で困った男子部員の相談されたって話しただろ」
「あー……チームの和を乱したり、自分のミスを人のせいにするんだっけ?」
「そうそう。それで、この間その男子部員が階段から落ちて足を骨折したんだってよ」
「え!」
隆から発せられた衝撃の内容に、沙希は思わず声を上げてしまう。
「その男子部員が怪我する前日が満月だったんだ……バスケ部の間で、もしかしたらってさ」
「それって偶然でしょ……呪いなんて」
あるわけない、と言い掛けたところで沙希は口を噤んだ。
現に沙希はこの数週間で、不可思議な出来事を目の当たりにしたのだから。
「その幽霊って……見た人いるの?」
「さあ。俺は噂にしか聞いてないから、本当に見た奴は知らない。沙希は幽霊見た?」
「幽霊はいなかったけど……二年の男子生徒がいたよ」
「ふーん。物好きに来る先輩もいるんだな。その体育館……――」
隆は噂されている話題の内容を淡々と説明する。
「その幽霊が何で旧校舎の体育館に棲んでいるのか、どんな実体なのかは不明なんだってさ」
「へぇー。隆、詳しいね」
「まあ、陸上部の先輩から聞いたんだけどさ」
「そうなんだ……ん?」
沙希はふと隣に視線を向けると、莉央は二人の会話に参加することなく上の空だった。
「莉央?」
沙希が声を掛けると、莉央はハッと目を見開く。
「あ、ごめん……何の話だっけ?」
莉央は苦笑しながら答えるが、表情はどことなく曇っていた。
「どうした?」
莉央の語気の弱さに、隆は心配になった。
「実は喜世のことなんだけど……」
莉央の口から、〝佳山喜世〟と言う女子生徒の名前が出た。
「佳山が、どうかしたのか?」
隆は廊下側の後ろの席を見つめる。
あそこは喜世の席。
三週間ほど前から欠席になっているため空席になっていた。
「……実はね――」
莉央は佳山喜世のことを話した。
喜世は莉央の塾友達で、沙希も小学生の時、莉央と喜世とよく一緒に遊んでいたことがあった。
喜世は明るく、優しい性格で沙希の友達でもあった。
同じ高校に入り、グループは違うが、今でも仲が良い。
しかし、喜世はここ数週間で学校を休んでいて、なかなか学校で会う機会がなくなったのだ。
担任からは風邪をこじらせて入院しているのは聞いていた。
でも、莉央の話を聞いて、喜世が本当に学校に行ってない理由が明らかになった。
「え、嘘でしょ……」
「うっわ……最悪だな」
「そのせいか喜世……学校も塾も休みがちになって、アタシ、心配になってお見舞いに家に行ったんだ。そしたらさ――」
話によると、喜世は半年前から付き合っていた二年生の高山謙哉と別れたらしい。
謙哉は莉央と隆が通っていた中学の先輩だった。
サッカー部のキャプテンで顔とスタイルがよく、女子の間ではすごい人気があった。
喜世はサッカー部のマネージャーであって、その縁で謙哉との仲が深まり、付き合うようになった。
付き合い始めた二人は、周りが微笑ましくなるほど仲が良かった。
学年が違っても、廊下ですれ違う時や楽しそうに手を振ったりしていて、帰り道を二人で一緒に歩いているところを沙希は見かけたこともあった。
沙希も友達として、とても喜ばしいことだった。
でも、その二人が別れた原因は……。
「え、井沢が……」
「は⁉︎ あいつまたやったのかよ……」
沙希と隆は驚きと呆れが入り混じった表情で言う。
二人が話している人物は、三組の井沢梨美。
色白で長い栗色の髪を軽くウェーブした可愛い女の子だか、他人の彼氏を略奪する悪癖がある。
見た目が可愛いことから、何人ものの男子から告白されているらしいが、本人は付き合うわけでもなく相手からの好意で優越感に浸っているだけのようだ。
梨美は喜世に彼氏がいると聞きつけ、喜世がいないところで謙哉に猛烈なアプローチを繰り返していた。
それから梨美は、謙哉とこっそり連絡を交換して仲を深めていた。
そして、次の日に謙哉は「好きな人ができたから別れてほしい」と一方的に別れを切り出したのだ。
「喜世が泣きながら話を聞いた時は、ホントにびっくりしたよ。だって、あんなに仲が良かったのに……。喜世……よっぽどショックが大きかったんだと思う」
「そうだよ。だって付き合っていることを知っているのに、人の彼氏を略奪されたんだから……」
「アタシ頭にきて、放課後、井沢に文句言ったの。そしたら、何て言ったと思う……?」
怒り心頭の様子で拳をグッと握りしめる莉央に、沙希はごくりと喉を鳴らす。
『だって、高山先輩、カッコよくて素敵だもん! それに、佳山さんと高山先輩じゃあ、すごぉーい不釣り合いじゃない~? 先輩もリミの方が好きだって言ってたし~』
と。悪びれた様子もなく、甲高い声で莉央に言い放ったのだ。
「って! 何様のつもりだよって思わない!? アイツの顔面ぶん殴りたいって思ったよ!」
「まさか、殴ったの!?」
「いや……井沢だったら、わざと大声で泣いて先生を呼ぶ可能性があるからさ。だから、殴りたくても殴れなかったよ」
莉央は不満そうに、はぁーっと大きな溜め息を吐く。
その反対に、沙希は安堵で小さく息を吐く。
(よかった……莉央は黒帯だから、下手したら退学ものだよ……)
もし莉央が梨美を殴打する行動に走っていたら、血の雨が降っていたのかもしれないと沙希は思った。
「よく耐えた。莉央」
隆は褒めるように、莉央の背中をポンポンと叩く。
「いや、それで褒められても全然嬉しくないし」
莉央は隆の手をしっしと振り払うと、再度溜め息を吐く。
「ハァ、喜世がどれだけ傷ついたか……」
「井沢もそうだけど、高山先輩ももっと許せないよね」
「だよな。全く、男の風上にも置けないな」
沙希と隆は喜世に同情していると、莉央が深刻そうに口を開く。
「喜世。二人のこと、すごく許せないらしくて……。それでさ……」
途中で莉央が口籠った。
「莉央?」
問い掛ける沙希。
「ううん、何でもない」
苦笑する莉央に、沙希は疑問符を浮かべる。
(……? 何か、はぐらかされたような気がしたけど……)
校庭にいた運動部は活動を終えたのか誰もいなく、校内にいた生徒も下校していた。
「先輩、大丈夫ですよ。それ、私が頼まれたことですから……」
「こんなに多いんだから、二人でやった方が早いよ」
沙希と紫雨は新校舎に入り、理科準備室で頼まれた実験道具を棚に入れる作業をしていた。
「それより、ごめんね。用事があるのに、遅くまで長話して……」
「い、いいえ! 私は先輩と一緒にお話しができて楽しかったです!」
申し訳なく眉を下げる紫雨に、沙希はあわあわと首を横に降った。
「それならよかった。あとは……これで最後だね」
紫雨は手に持った試験管を丁寧に並べると、閉じた棚に鍵を掛けた。
「西山さん、こっちは終わったよ」
「あ、ありがとうございます! 私も終わりました」
棚の整理も終わり、二人は窓の戸締りを確認した後、理科準備室を出た。
沙希は鍵を持って職員室に向かおうとすると、紫雨に呼び止められる。
「西山さん、鍵は俺が返してくるよ」
「え……そんな悪いですよ」
「鍵は棚に引っ掛ければいいだけなんだし。それに、俺この後、職員室に寄らないといけないから」
紫雨の提案に、沙希は戸惑った。
ここまで言われたら、先輩の親切を受け取らないのも悪い気がしてきた。
「……じゃあ、お言葉に甘えて……」
沙希は渋々と理科準備室の鍵を紫雨に手渡した。
「ここは先輩に任せなさい。西山さん、バイバイ」
笑顔で手を振られ、踵を返した紫雨に、沙希も釣られて手を振った。
「あ……バイバイ」
沙希はハッと、先輩に向かってタメ口で言ってしまったことに気づいた。
やっちゃったぁ……と沙希は一瞬思ったが、不思議と紫雨に対してまるで同級生と話しているような気分だったのだ。
沙希は顔を上げると、いつの間にか視線の先を歩いていた紫雨の姿がなかった。
職員室に繋がる突き当たりを曲がって行ったのだろう。
「やっと見つけた……」
紫雨の呟いた言葉は誰にも届くことはなく、無機質な廊下で空気になって消えた。
✿ ✿ ✿
翌日。
ショートホームルームが終わると、沙希の前席で遊びに来た隆が向かい合わせに座り、隣に座っている莉央が三人一緒に会話をしていた。
「旧校舎どんな感じだった?」
「木造建てで、いかにも昭和な雰囲気があったよ。それに……結構、長年使われていないのか機材にすごい埃かぶっててさ、床も軋んで鳥肌立ったし……」
沙希は昨日訪れた旧校舎の感想を隆に聞かせている。
「……そういえば、あそこって体育館あったんだね。私、気になって行ってみたんだ」
「へぇー。って……体育館⁉︎ よくそんなところに行けたな」
「旧校舎の体育館がどうかしたの?」
「え? 沙希、知らないのか。〝旧校舎の呪いの体育館〟」
「呪いの体育館? 何それ?」
隆がオカルト的な話題に沙希は首を傾げる。
「あの旧校舎の体育館の倉庫に憎い相手を呪ってくれる幽霊がいるんだってさ」
「マジ……」
『幽霊』という単語に、沙希は身震いする。
そんな沙希の反応に、隆は面白がるように話を続ける。
「それで、満月の日にその幽霊に頼めば、自分が憎いと思っている相手に呪いをかけてくれるんだってさ」
「いや……今、令和だよ。呪いなんて非科学的な」
「まあ、初めて聞く奴はそういう反応になるよな。俺も何で高校生にもなって、そんな子供じみた噂話しているんだろうって思ったよ」
でもな、と隆が言う。
「それが噂話じゃないらしいんだ」
「どういうこと?」
沙希が怪訝になると、隆は周りに聞こえないように小声で話を続ける。
「三組の神崎から、バスケ部で困った男子部員の相談されたって話しただろ」
「あー……チームの和を乱したり、自分のミスを人のせいにするんだっけ?」
「そうそう。それで、この間その男子部員が階段から落ちて足を骨折したんだってよ」
「え!」
隆から発せられた衝撃の内容に、沙希は思わず声を上げてしまう。
「その男子部員が怪我する前日が満月だったんだ……バスケ部の間で、もしかしたらってさ」
「それって偶然でしょ……呪いなんて」
あるわけない、と言い掛けたところで沙希は口を噤んだ。
現に沙希はこの数週間で、不可思議な出来事を目の当たりにしたのだから。
「その幽霊って……見た人いるの?」
「さあ。俺は噂にしか聞いてないから、本当に見た奴は知らない。沙希は幽霊見た?」
「幽霊はいなかったけど……二年の男子生徒がいたよ」
「ふーん。物好きに来る先輩もいるんだな。その体育館……――」
隆は噂されている話題の内容を淡々と説明する。
「その幽霊が何で旧校舎の体育館に棲んでいるのか、どんな実体なのかは不明なんだってさ」
「へぇー。隆、詳しいね」
「まあ、陸上部の先輩から聞いたんだけどさ」
「そうなんだ……ん?」
沙希はふと隣に視線を向けると、莉央は二人の会話に参加することなく上の空だった。
「莉央?」
沙希が声を掛けると、莉央はハッと目を見開く。
「あ、ごめん……何の話だっけ?」
莉央は苦笑しながら答えるが、表情はどことなく曇っていた。
「どうした?」
莉央の語気の弱さに、隆は心配になった。
「実は喜世のことなんだけど……」
莉央の口から、〝佳山喜世〟と言う女子生徒の名前が出た。
「佳山が、どうかしたのか?」
隆は廊下側の後ろの席を見つめる。
あそこは喜世の席。
三週間ほど前から欠席になっているため空席になっていた。
「……実はね――」
莉央は佳山喜世のことを話した。
喜世は莉央の塾友達で、沙希も小学生の時、莉央と喜世とよく一緒に遊んでいたことがあった。
喜世は明るく、優しい性格で沙希の友達でもあった。
同じ高校に入り、グループは違うが、今でも仲が良い。
しかし、喜世はここ数週間で学校を休んでいて、なかなか学校で会う機会がなくなったのだ。
担任からは風邪をこじらせて入院しているのは聞いていた。
でも、莉央の話を聞いて、喜世が本当に学校に行ってない理由が明らかになった。
「え、嘘でしょ……」
「うっわ……最悪だな」
「そのせいか喜世……学校も塾も休みがちになって、アタシ、心配になってお見舞いに家に行ったんだ。そしたらさ――」
話によると、喜世は半年前から付き合っていた二年生の高山謙哉と別れたらしい。
謙哉は莉央と隆が通っていた中学の先輩だった。
サッカー部のキャプテンで顔とスタイルがよく、女子の間ではすごい人気があった。
喜世はサッカー部のマネージャーであって、その縁で謙哉との仲が深まり、付き合うようになった。
付き合い始めた二人は、周りが微笑ましくなるほど仲が良かった。
学年が違っても、廊下ですれ違う時や楽しそうに手を振ったりしていて、帰り道を二人で一緒に歩いているところを沙希は見かけたこともあった。
沙希も友達として、とても喜ばしいことだった。
でも、その二人が別れた原因は……。
「え、井沢が……」
「は⁉︎ あいつまたやったのかよ……」
沙希と隆は驚きと呆れが入り混じった表情で言う。
二人が話している人物は、三組の井沢梨美。
色白で長い栗色の髪を軽くウェーブした可愛い女の子だか、他人の彼氏を略奪する悪癖がある。
見た目が可愛いことから、何人ものの男子から告白されているらしいが、本人は付き合うわけでもなく相手からの好意で優越感に浸っているだけのようだ。
梨美は喜世に彼氏がいると聞きつけ、喜世がいないところで謙哉に猛烈なアプローチを繰り返していた。
それから梨美は、謙哉とこっそり連絡を交換して仲を深めていた。
そして、次の日に謙哉は「好きな人ができたから別れてほしい」と一方的に別れを切り出したのだ。
「喜世が泣きながら話を聞いた時は、ホントにびっくりしたよ。だって、あんなに仲が良かったのに……。喜世……よっぽどショックが大きかったんだと思う」
「そうだよ。だって付き合っていることを知っているのに、人の彼氏を略奪されたんだから……」
「アタシ頭にきて、放課後、井沢に文句言ったの。そしたら、何て言ったと思う……?」
怒り心頭の様子で拳をグッと握りしめる莉央に、沙希はごくりと喉を鳴らす。
『だって、高山先輩、カッコよくて素敵だもん! それに、佳山さんと高山先輩じゃあ、すごぉーい不釣り合いじゃない~? 先輩もリミの方が好きだって言ってたし~』
と。悪びれた様子もなく、甲高い声で莉央に言い放ったのだ。
「って! 何様のつもりだよって思わない!? アイツの顔面ぶん殴りたいって思ったよ!」
「まさか、殴ったの!?」
「いや……井沢だったら、わざと大声で泣いて先生を呼ぶ可能性があるからさ。だから、殴りたくても殴れなかったよ」
莉央は不満そうに、はぁーっと大きな溜め息を吐く。
その反対に、沙希は安堵で小さく息を吐く。
(よかった……莉央は黒帯だから、下手したら退学ものだよ……)
もし莉央が梨美を殴打する行動に走っていたら、血の雨が降っていたのかもしれないと沙希は思った。
「よく耐えた。莉央」
隆は褒めるように、莉央の背中をポンポンと叩く。
「いや、それで褒められても全然嬉しくないし」
莉央は隆の手をしっしと振り払うと、再度溜め息を吐く。
「ハァ、喜世がどれだけ傷ついたか……」
「井沢もそうだけど、高山先輩ももっと許せないよね」
「だよな。全く、男の風上にも置けないな」
沙希と隆は喜世に同情していると、莉央が深刻そうに口を開く。
「喜世。二人のこと、すごく許せないらしくて……。それでさ……」
途中で莉央が口籠った。
「莉央?」
問い掛ける沙希。
「ううん、何でもない」
苦笑する莉央に、沙希は疑問符を浮かべる。
(……? 何か、はぐらかされたような気がしたけど……)
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です
岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」
私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。
しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。
しかも私を年増呼ばわり。
はあ?
あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!
などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。
その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話
島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。
俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる