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第十三章 隠された真相

第六十七話 託された願い

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 結月は茅葺かやぶき屋根の家屋に入り、囲炉裏いろりの前に座っている村長らしき老人の男性に声を掛けた。

「村長、お邪魔します」

「結月殿」

 囲炉裏から立ち上がった村長は歓迎の笑みを浮かべ、すぐさま結月を招き入れる。

「お忙しいところすみません」

「いやいや、いいのだよ。結月殿が来てくれて、村はどんなに心強いか。ささ、狭いですが、座ってください」

 村長にうながされるまま、結月は囲炉裏の前で彼と向かい合わせに正座した。
 結月は村長の顔を見返すと、本題を切り出した。

「村長たちが言っていた毒龍が棲む湖を見つけました」

 それを口にすると、村長の白くて太い眉が下がる。

「そうですか……」

 村長は灰掻き棒を手に取り、囲炉裏に積み重なった灰をいじり出した。

「以前、依頼で訪れた数名の陰陽師と真神たちの消息が絶ってしまいました。何か知っていることがあれば教えていただきたいのですが……」

「いや……我々は影から見守るだけで、毒龍に懸命に立ち向かう陰陽師たちの姿しか見ておりません」

「そうですか……」

 村長の言葉に、結月は違和感を覚えた。
 彼女はこの時点で、彼らが自分たちに知られたくない事実を隠していることに勘繰っていた。

「村長、我々に依頼した理由を教えてください」

 結月は唐突な質問を投げ掛ける。

「理由なら最初にお伝えした通り……陰陽師殿の力であの化け物から解放されたいと思いまして……」

「そんな建前はいりません」

 結月は疑惑の眼差しを村長に向ける。

「依頼で訪れた陰陽師と真神たちの消息が絶った事実を存じております」

「っ……!」

 結月は試しにカマをかけて言うと、灰掻き棒を動かしていた村長の手がピタリと止まった。
 その反応からして、結月の予想は当たっていた。

 なぜなら毒龍が棲む湖には、争った痕跡が一つもなかったのだ。
 村長の言う通り、陰陽師と真神が毒龍に立ち向かったのなら、術の痕跡や山を越える大きさである毒龍なら木をぎ払っているはずなのだ。

「そうするしか方法がなかったのだ……」

 村長は諦めたように嘆息たんそくを吐いた。

「あの化け物に勝ち目はないッ! 逆らえば殺されるッ!」

 結月に対しての敬語を忘れ、村長は声を張り上げた。

「あいつは……陰陽師を生贄いけにえにする代わりに、村の安泰あんたいを約束したんだ……。だから、村を守るために仕方なかったんだッ!」

「仕方なかった……?」

 村長の言葉に、結月は腹の底から怒りが込み上げる。
 彼らの自分の身の可愛さの行動が、結月と夕凪の家族同然とも言える者たちが犠牲になったのだから。

 彼らは毒龍の脅迫で無理やり従わされ、正常な思考と判断が狂ってしまったのだろう。
 逆らえば殺されるという恐怖で、村人たちは無意識に絶望に追い詰めた諸悪の根源に支配されてしまった。

「もういいです……」

 結月は目を閉じ、心を落ち着かせながら言う。
 興奮して事実を口走った村長はハッと我に返り、青ざめた顔で結月を見返した。

「村長」

「……!」

 結月が声を掛けると、村長は驚いて身を震わせた。

「毒龍に命令されたとはいえ、あなたたちは許し難いことをした。その点に関しては、私はいきどおりを感じています。でも……身内が自分の意志と関係なく殺されたように、あなたたちの家族も毒龍に殺された……。だから、責めるつもりはありません」

「…………」

 村長は返せる言葉がなく、項垂うなだれる。

「私は全て真相を知ってしまいましたが、引き受けた依頼は遂行するつもりです」

「え……?」

 予想外の言葉が返ってきて、村長は驚いて顔を上げた。

「毒龍との約束は一時的に過ぎません。約束はいずれたがえ、この村を壊滅におちいらせるでしょう。そしたら、毒龍はまた別の村に取り憑き、生きている者の生命力を奪いかねない」

「そんな……一体どうすれば……」

「呪いを断ち切る方法が一つだけあります。私はそれを実行したいと思います」

 結月は続けた。

「あなたたちの言う通り、毒龍は勝ち目のない化け物です。近づいただけで、奴は相手の生命力を吸収してしまう。つまり、どんな手練てだれな陰陽師や聖獣でも敵わない」

「そんな無敵を相手にどうやって覆すのだ……」

「私の体に起爆の術式を施します。そして、奴が私を生贄だと油断した隙をついて道連れにする」

 結月の口から出た衝撃的な言葉に、村長は面食らった顔をする。

「わしが言うのもおかしいが……その意味は、わかっての提案か……?」

「奴を倒すにはこの方法しかありません。ただし、条件が二つあります。一つは、私の策に協力すること。そして、もう一つは……――」

 結月は真剣な眼差しで村長の顔を見返し、もう一つの条件を口にした。

「夕凪に手を出すな」

 威圧的な声に、村長は息を呑んだ。


  ✿ ✿ ✿


 そこで景色が歪み、周囲は先ほどの空白に戻っていた。

(結月さんは……呪いを断ち切る引き換えに自分の命を……)

 沙希は考えを巡らすと、村人が夕凪を座敷牢に閉じ込めたのは、結月の命令で彼を守るためだったんじゃないかと思った。

「どうして……」

 結月が自ら犠牲になったことを、夕凪は大きなショックを受け、悲しい表情をした。

「ナギ……――?」

 風夜は夕凪に声を掛けようとした時、視界の端に何かが引っ掛かる。
 そちらに目をやると、見覚えのある古い手記があった。

 夕凪の手記だ。

 そよ風が三人の間を吹き抜け、手記がパラパラとめくられていく。
 やがて手記があるページに止まった。

 そのページの間には、七折れ半の折り方をした手紙が挟まっていた。
 手紙は風に乗って、夕凪の手元に移動する。

「え……」

 手紙に気づいた夕凪は手に取ると、驚いた表情をした。
 表面を見ると、自分の名前が書かれており、筆跡が結月の字だったのだ。
 夕凪は丁寧に手紙を開封すると、そこには結月の遺言がつづられていた。


『拝啓 夕凪様


 こんなことになってごめんなさい。
 あなたを守るためには、ああするしかなかった。

 本当のことを話したら、夕凪はきっと私と運命を共にするでしょ。
 だから、夕凪には生きていて欲しかったの。

 呪いを断ち切る命の引き換えは私一人で十分よ。
 この選択をしたことに後悔はありません。

 私には、夕凪と初めて出会ったあの日から楽しい思い出がたくさんできたから。
 いつも傍にいて、私を守ってくれてありがとう。
 夕凪には、感謝してもしきれない。

 こんな形でお別れになって、本当にごめんなさい。
 できることなら、夕凪とずっと一緒にいたかった。

 夕凪は優しいから、私の我儘で自分を責めたりしないでね。
 どうか私の分まで生きて、未来を担う者たちを守ってください。

 それが私からの願いです。


 結月』



 言葉が綴られている手紙には、所々に丸い染みがあった。
 手紙を握る夕凪の手が震える。

 結月の一つ一つの言葉に夕凪は涙が溢れてきた。
 流れる涙がとめどなく手紙の上にポタポタと零れ落ちる。

「うぅ……くっ……」

 夕凪は嗚咽おえつを漏らし、手紙を胸で抱いた。

「っ……」

 涙を流す夕凪に、沙希も目から涙が溢れる。
 結月がどんな思いで苦渋くじゅうな選択をし、夕凪が自分の半身を引き千切られた苦しみを考えると、涙が止まらなかった。

「結月……僕だって……ずっと一緒にいたかった……」

 傍にいた風夜は夕凪の肩に両手を回した。

「ナギ……俺だって同じだ。千明とずっと一緒にいたかった……」

 風夜は涙が出るのを必死にこらえ、言葉を続けた。

「悲しいけど……どんなに願っても、二人は帰って来ない。だから……俺たちは、二人のためにできることをするんだ」

「っ……」

 自分の肩を抱く風夜に、夕凪はしがみついた。

「ごめん、なさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 幼い子供みたいに泣きじゃくる夕凪を、風夜は無言で背中を優しくさすった。
 幼かった自分が落ち込んで泣いていた時、夕凪がこうして抱き締めてくれたことを風夜は思い出す。
 夕凪が少しずつ落ち着きを取り戻すと、風夜は言葉を口にした。

「――……一緒に帰ろう」


  ✿ ✿ ✿


 夜明けが近づいていた。
 和葉は鋭い五本爪を押し込んでくる颯太の攻撃を防いでいるところだった。

「っ……」

 もう腕に限界がきた時、突然、颯太の体から力が抜けた。
 同時に、凛丸と交戦していた黒集団も、まるで糸の切れた操り人形のようにひざが崩れ、次々と倒れていく。

「颯太ッ!」

 颯太の体が倒れ込む直前、和葉は咄嗟とっさに彼の体を支えた。
 和葉の呼び掛けに、颯太は小さくうめき声を漏らし、薄らと目が開く。

「かず、は……」

 自分を呼ぶ颯太の声が聞こえ、和葉の目に涙が浮かぶ。
 顔を上げた颯太の双眸そうぼうは赤くなく、和葉が知っている愛しい彼の瞳があった。

「よかった……! 本当に……よかった!」

 和葉は嬉しさのあまり颯太を抱き締めた。
 腕の中にいる颯太も泣きじゃくる和葉に両腕を回し、抱き締め返す。
 少し離れた場所で黒集団の意識を確認していた凛丸は、抱擁ほうようを交わす和葉と颯太を安堵あんどした様子で眺めていた。

「沙希さんたち、うまくいったようですね」


  ✿ ✿ ✿


 廃屋の中で床に横たわる祐介が目を覚ます。

「ユウ、大丈夫?」

 割れた窓から外部の周辺を警戒していた陽向はこちらを振り向き、上半身を起こそうとする祐介を助け起こす。

「陽向……」

 心配げな陽向の顔を見返すと、祐介は朦朧もうろうとしていた意識がハッと覚醒した。

「そうだ……皆は⁉︎」

 祐介は沙希たちの安否を確認しようと無線機に手を掛けたところ、陽向にやんわりと抑えられる。

「皆は無事だよ。それに、もう終わったんだよ」

 陽向はそう言いながら、窓の外に視線を向ける。
 上空一面にとどろいていた黒い雷雲は潮が引くように消え去り、薄明かりに照らされた青白い空が広がっていた。


  ✿ ✿ ✿


 祐介は陽向の肩を借りながら立ち上がり、廃屋の外に出た。
 陽向の懸命な処置のお陰で満身創痍まんしんそういだった祐介は歩けるくらい回復していた。
 廃病院に辿り着くと、倒れた黒集団を介抱する凛丸たちを見つけた。

「祐介! 陽向!」

 祐介たちに気づいた凛丸は、安堵あんどの表情を浮かべて駆け寄って来る。

「心配掛けてすまない……それより、西山さんと風夜は?」

 この場に沙希と風夜がいないことに、祐介は捜そうと辺りを見回した時、彼の目がまぶしそうに細めた。
 朝日が昇り始めたことに気づいた陽向は東の方角に向けると、明るい笑みを浮かべた。
 陽光の向こうで、子狼の風夜を肩に乗せた沙希が大きく手を振っていたのだ。


  ✿ ✿ ✿


 廃病院の屋上の踊り場で夕凪が姿を現した。
 横になっている紫雨に近づき、沙希を庇って負った傷にそっと触れる。
 血が不足して霊力を生産する力が残っていない紫雨は枯渇こかつ寸前だったが、沙希が投与した薬の効果が発揮していたのか奇跡的に一命を取り留めていた。

「彼女に感謝しないとね……」

 夕凪は鋭くさせた爪で掌を切り、傷口から溢れ出る血を紫雨の口に注ぎ込んだ。
 すると、紫雨の傷口が瞬く間に塞がっていく。

「ん……ううん……」

 紫雨は小さく呻き声を上げ、そっと息を吹き返した。
 ぼんやりと視線を隣にやると、安堵で息を吐く夕凪の姿を捉えた。

「今まで付き合わせてごめんね」

 夕凪は申し訳なさそうに言いながら立ち上がる。

「え……夕凪さん」

 今にも自分の元から去ろうとする夕凪を追い掛けようと、紫雨は重たい体を必死に起こした。

「もう僕に縛られる必要はないよ。この先は僕がけりをつけるから」

 夕凪が紫雨の方に振り向く。

「刹那にもよろしく伝えてね」

 そう言って、夕凪は空気に溶けるようにこの場を去った。
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