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第十一章 閉ざされた心
第五十三話 失った半身
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「夕凪……!」
瞳を見ると、漆黒だった千明の瞳が琥珀色に染まっていた。
力を失い、まともに動けなくなった夕凪は千明に憑依し、心身を乗っ取ったのだ。
「油断大敵。僕との組手の最中に現れる風夜の悪い癖だよ。幼い頃から注意していたのに、直ってなかったんだね」
千明の姿をしているが、風夜が幼い頃から知っている心地良い優しい声。
しかし、発せられた声音からは侮蔑が入り混じっていた。
「もういい加減気づきなよ」
その言葉の先を悟った風夜は、戸惑いの声を上げた。
それは気づきたくもないことだった。
「最初に言っとくけど、絶交覚悟のつもりだから」
「何で……何でだよ」
己に向けている視線は、紛れもない敵意しかなかった。
「ごめん、フウちゃん……。僕はフウちゃんと対等な友達でいたかった……今でも弟のように思ってる」
伏せた琥珀色の瞳には深い悲しみが宿っていた。
「夕凪……今からでも遅くない。こんなことをしても何も……」
風夜の言葉を遮るように、夕凪はいつもの穏やかな口調で返す。
「もう手遅れだよ。理性が憎悪に塗り潰されて、壊すことしか考えられない……。それを邪魔するなら、例えお前でも……」
千明に憑依した夕凪は、傍らで散らばっている物を手に取る。
それは、千明の神器である弓矢の矢だった。
「夕凪……何を!?」
「神器でやられたら、流石に僕たち聖獣は一溜りもないからな。残念だね……主である彼女の手で殺されることになるなんて……」
夕凪は矢の先端を風夜の心臓に狙いを定める。
「ごめんね、風夜……――」
全身を力で押さえつけられ、風夜は抵抗する力が残っていなく、鋭い銀の刃が間近に迫っていた。
刃が風夜の肌に触れようとした時、急に矢が方向を変えた。
「っ!」
風夜は閉じかけていた目を大きく見開くと、視界に赤い物が飛び散った。
自身に向かって来るはずの刃が千明の胸を貫いていたのだ。
「させ、ない……」
痛みに耐えて立ち上がる千明の体から半透明な物体が放たれる。
「ゔ……ぐっ……ゔああああぁぁぁ――!!」
抜け殻状態だった夕凪の体がけたたましい叫喚を上げて、胸を襲った激痛に悶えていた。
「……っ、風夜を殺させない……!!」
「ハァ……ハァ……まさか、まだそんな気力が残っていたとか……。まあいい……風夜を庇ったところで僕が死んだわけじゃない……」
夕凪は苦痛に顔を歪めながらもニヤリと口元に笑みを浮かべて、衝撃の事実を口にした。
「毒龍の魂は風夜に封印されたって思ってるけど、完全に封印されたわけじゃない……。ほんの一部だけど……毒龍の魂が僕の中にある……これだけでいい……その先下界に平和はないと思え」
二人を睨み据えた夕凪の体は桜の花弁に変異し、風に乗って消えていった。
夕凪が消えたのと同時に、千明は力尽きたように膝が崩れ落ちる。
「千明ッ!!」
風夜は急いで体を起こし、横たわる千明を抱き起こす。
千明の傷口に手を当て、治癒しようと己の霊力を注ぎ込む。
「どうして……何で……こんな」
「……風夜……無事で、よかった」
千明は安堵の表情を浮かべ、ゆっくりと風夜を見た。
(止まれ……止まれ……止まってくれ!)
風夜は焦燥に満ちた顔で傷を塞ごうとするが、血は止まらず溢れるばかりだった。
傷は致命的に深く、もはや千明が助からないことを悟ってはいたが、絶望の状況でも風夜は諦められなかった。
「風夜……もういいよ……私は助からない、から」
「何も喋るな! 俺が絶対助けるから! 俺の霊力と適切な処置を取ればきっと……!」
千明は懸命に傷の処置する風夜の手を取り、小さく首を横に振る。
「……ごめん、風夜。来年のお花見は難しいかな……」
「馬鹿なことを言うな! 大丈夫だ、このくらいの傷、俺が治すから! この戦争が終わったら、また一緒に花見に行こう。千明の好きな甘味たくさん作ってやるから! だから……!」
「風夜……」
千明は苦しげに息を吐きながらも、いつもの無邪気な笑みを浮かべ、風夜を呼んだ。
「今しか言えないから……」
千明は手を伸ばし、弱々しい力で風夜の肩を引き寄せる。
「……!」
千明の口元に耳を寄せた風夜は、彼女の言葉に大きく目を見開いた。
「大丈夫……大丈夫……だ、から……」
その言葉を最後に、風夜の肩から千明の手がするりと離れる。
やがて、眠るようにゆっくり瞼を閉じた。
「千明……おい!」
頭の中で辿り着きたくもない残酷な現実に風夜は大きく頭を振り、千明の肩を揺する。
「何で……こんな……嫌だ」
風夜は冷たくなっていく千明の体を温めようと強く抱き締めた。
「返事、してよ……」
必死に呼び掛けても、千明は何も答えてくれなかった。
それでも、風夜は千明を何度も呼び掛ける。
必ず自分の声に気づいて、目を覚ましてくれると思っていた。
だが、その無意味な希望はあっさりと打ち砕かれてしまった。
「あ……ああ……あああ」
風夜は掌で千明の青白い頬に触れる。
もう呼吸と心臓の音も聞こえない。
✿ ✿ ✿
夕凪との凄絶な死闘から数日経った。
下界に落ち着きを取り戻したその頃、月明かりもない夜空の下で、風夜はお花見に訪れる桜の巨木に姿を見せた。
傍らには墓標があり、そこには千明の名が彫られていた。
葬儀の時、風夜は白装束に身を纏った人々の長い弔問を遠くから呆然と眺めていた。
このまま過ごすつもりでいたが、千明の親族の懇願で風夜も促されるように出席した。
お線香が漂う葬儀場で、遺族の泣き声と僧侶の御経の声が溢れていた。
その中で風夜だけは涙を流さず、虚ろな目で花に満たされた棺で眠っている千明を見つめていた。
「千明……」
返ってくるはずない千明の言葉を待つように呼び掛けた。
風夜は千明の墓標に詣でていたわけではなかった。
ここに来れば、きっと千明が帰って来る。
またあの笑顔が見られる。
そんな無意味に等しい妄想に固執していた。
「……!」
感傷に浸っていると、風夜の背後から草を踏み締める足音が聞こえた。
千明が帰って来たのだと思い、風夜は期待で胸を高鳴らせながら振り返った。
「風夜君……」
そこにいたのは、心配顔をした陽向の姿があった。
待ち人ではないことに落胆したが、ずっと目を逸らしていた現実が風夜の胸を痛いほど締め付ける。
(……そう、だよな)
風夜はもう千明がこの世に存在していないことはわかっていた。
だが、頭の中で理解しても、大切な人を失った喪失感を埋めることはできず、どす黒い影が風夜の中に広がっていく。
(夕凪も、こんな気持ちだったんだな……)
堪らない哀傷は消えることなく、正常な思考と判断が奪われていく。
そして、言い表せない黒い感情に身も心も蝕まれる。
「……っ!!」
突然、左胸に痛みが走る。
同時に、風夜の視界に映る景色が真っ赤に染まった。
左胸だけではなく、肩から焼けるような衝撃が襲い、風夜は苦痛に顔を歪ませながら膝が崩れ落ちた。
「っ!? 風夜君ッ!!」
異変に気づいた陽向は、風夜の元へ駆け寄る。
陽向は肩を押さえる風夜の手を退かすと、有無を問わず衣服をはだけさせた。
「……!!」
陽向は顔を青ざめて固まった。
露わになった風夜の肌に、黒い刺青が浮かんでいたのだ。
肩だけではなく、腕、足、顔……全身にゆっくりと侵食していく。
「穢れ……? 違う……まさか! ――っ!!」
刺青の正体に気づいたのと同時に、風夜が縋るような勢いで陽向の腕を掴んだ。
「ごめんなさい……! ごめんなさい……! ごめんなさい……!」
掴まれている陽向の腕が折れるのではと思うくらい風夜の五指が皮膚に食い込む。
「風夜君ッ! 風夜君ッ!」
陽向は空いている方の手で風夜の肩を掴み、必死に呼び掛ける。
風夜は陽向の声が聞こえていないのか、何かに取り憑かれたみたいにひたすら不明な謝罪を繰り返している。
「風夜君ッ!!」
「……。……あ」
陽向の呼び掛けが、風夜の狂気じみた激しさを鎮めた。
少し落ち着きを取り戻したのか、風夜が震えた声を発する。
「なあ……陽向。俺……今、どうなってる? 体の箇所が熱を持って痛いんだ……周りが血で塗り潰されたみたいに赤いんだ……」
虚ろに訴える風夜の口からごぼっと血が迸る。
両目の周りに血管が浮かび、瞳が真っ赤に染まっていた。
片腕と両脚に浮かぶ刺青が巨大化して繋がり、指先には触っただけで切り裂かれそうな鉤爪が伸びていた。
「大丈夫だよ……別に何ともないよ」
陽向はただ安心させようと無責任な言葉を投げ掛けてしまった。
風夜の状態を説明すれば、再び正気を失うことを恐れていたからだ。
(やっぱり……)
刺青を見た時点で、陽向の予感は当たっていた。
風夜の中に巣くう毒龍の霊魂が負の感情を吸収して、封印の檻をこじ開けようとしているのだ。
完全に正気ではない風夜は時間が経つにつれて、毒龍の霊魂に自我と理性を削り取られ、いずれ夕凪の二の舞になってしまうだろう。
「風夜君……」
陽向はそっと風夜の背中に片腕を回し、そっと抱き寄せた。
「大丈夫……これは風夜君が見ている悪夢だよ」
そう言った途端、陽向は風夜の鳩尾に拳を打ちつけた。
風夜は唐突に襲った痛みに「ぅ……」と虫のような声を上げた。
何が起こったのか理解できぬまま、ゆっくりと意識を手放した。
「ごめんね……」
頭を上げた陽向は気を失って寄り掛かる風夜を切なげな表情で抱き起こす。
「目を覚ましたら……また一緒に遊ぼう」
こうして長い眠りについた風夜は、体中に浮かび上がっていた刺青は波が引いていくように消えていた。
心と体に安定を取り戻して目を覚ました風夜は、刺青だけではなく、かつての主だった千明と親友だった夕凪のことも忘却していた。
そして、リセットされた世界で最初に映ったのは、「フウちゃん!」と安堵で嬉し涙を浮かべる陽向の姿があった。
瞳を見ると、漆黒だった千明の瞳が琥珀色に染まっていた。
力を失い、まともに動けなくなった夕凪は千明に憑依し、心身を乗っ取ったのだ。
「油断大敵。僕との組手の最中に現れる風夜の悪い癖だよ。幼い頃から注意していたのに、直ってなかったんだね」
千明の姿をしているが、風夜が幼い頃から知っている心地良い優しい声。
しかし、発せられた声音からは侮蔑が入り混じっていた。
「もういい加減気づきなよ」
その言葉の先を悟った風夜は、戸惑いの声を上げた。
それは気づきたくもないことだった。
「最初に言っとくけど、絶交覚悟のつもりだから」
「何で……何でだよ」
己に向けている視線は、紛れもない敵意しかなかった。
「ごめん、フウちゃん……。僕はフウちゃんと対等な友達でいたかった……今でも弟のように思ってる」
伏せた琥珀色の瞳には深い悲しみが宿っていた。
「夕凪……今からでも遅くない。こんなことをしても何も……」
風夜の言葉を遮るように、夕凪はいつもの穏やかな口調で返す。
「もう手遅れだよ。理性が憎悪に塗り潰されて、壊すことしか考えられない……。それを邪魔するなら、例えお前でも……」
千明に憑依した夕凪は、傍らで散らばっている物を手に取る。
それは、千明の神器である弓矢の矢だった。
「夕凪……何を!?」
「神器でやられたら、流石に僕たち聖獣は一溜りもないからな。残念だね……主である彼女の手で殺されることになるなんて……」
夕凪は矢の先端を風夜の心臓に狙いを定める。
「ごめんね、風夜……――」
全身を力で押さえつけられ、風夜は抵抗する力が残っていなく、鋭い銀の刃が間近に迫っていた。
刃が風夜の肌に触れようとした時、急に矢が方向を変えた。
「っ!」
風夜は閉じかけていた目を大きく見開くと、視界に赤い物が飛び散った。
自身に向かって来るはずの刃が千明の胸を貫いていたのだ。
「させ、ない……」
痛みに耐えて立ち上がる千明の体から半透明な物体が放たれる。
「ゔ……ぐっ……ゔああああぁぁぁ――!!」
抜け殻状態だった夕凪の体がけたたましい叫喚を上げて、胸を襲った激痛に悶えていた。
「……っ、風夜を殺させない……!!」
「ハァ……ハァ……まさか、まだそんな気力が残っていたとか……。まあいい……風夜を庇ったところで僕が死んだわけじゃない……」
夕凪は苦痛に顔を歪めながらもニヤリと口元に笑みを浮かべて、衝撃の事実を口にした。
「毒龍の魂は風夜に封印されたって思ってるけど、完全に封印されたわけじゃない……。ほんの一部だけど……毒龍の魂が僕の中にある……これだけでいい……その先下界に平和はないと思え」
二人を睨み据えた夕凪の体は桜の花弁に変異し、風に乗って消えていった。
夕凪が消えたのと同時に、千明は力尽きたように膝が崩れ落ちる。
「千明ッ!!」
風夜は急いで体を起こし、横たわる千明を抱き起こす。
千明の傷口に手を当て、治癒しようと己の霊力を注ぎ込む。
「どうして……何で……こんな」
「……風夜……無事で、よかった」
千明は安堵の表情を浮かべ、ゆっくりと風夜を見た。
(止まれ……止まれ……止まってくれ!)
風夜は焦燥に満ちた顔で傷を塞ごうとするが、血は止まらず溢れるばかりだった。
傷は致命的に深く、もはや千明が助からないことを悟ってはいたが、絶望の状況でも風夜は諦められなかった。
「風夜……もういいよ……私は助からない、から」
「何も喋るな! 俺が絶対助けるから! 俺の霊力と適切な処置を取ればきっと……!」
千明は懸命に傷の処置する風夜の手を取り、小さく首を横に振る。
「……ごめん、風夜。来年のお花見は難しいかな……」
「馬鹿なことを言うな! 大丈夫だ、このくらいの傷、俺が治すから! この戦争が終わったら、また一緒に花見に行こう。千明の好きな甘味たくさん作ってやるから! だから……!」
「風夜……」
千明は苦しげに息を吐きながらも、いつもの無邪気な笑みを浮かべ、風夜を呼んだ。
「今しか言えないから……」
千明は手を伸ばし、弱々しい力で風夜の肩を引き寄せる。
「……!」
千明の口元に耳を寄せた風夜は、彼女の言葉に大きく目を見開いた。
「大丈夫……大丈夫……だ、から……」
その言葉を最後に、風夜の肩から千明の手がするりと離れる。
やがて、眠るようにゆっくり瞼を閉じた。
「千明……おい!」
頭の中で辿り着きたくもない残酷な現実に風夜は大きく頭を振り、千明の肩を揺する。
「何で……こんな……嫌だ」
風夜は冷たくなっていく千明の体を温めようと強く抱き締めた。
「返事、してよ……」
必死に呼び掛けても、千明は何も答えてくれなかった。
それでも、風夜は千明を何度も呼び掛ける。
必ず自分の声に気づいて、目を覚ましてくれると思っていた。
だが、その無意味な希望はあっさりと打ち砕かれてしまった。
「あ……ああ……あああ」
風夜は掌で千明の青白い頬に触れる。
もう呼吸と心臓の音も聞こえない。
✿ ✿ ✿
夕凪との凄絶な死闘から数日経った。
下界に落ち着きを取り戻したその頃、月明かりもない夜空の下で、風夜はお花見に訪れる桜の巨木に姿を見せた。
傍らには墓標があり、そこには千明の名が彫られていた。
葬儀の時、風夜は白装束に身を纏った人々の長い弔問を遠くから呆然と眺めていた。
このまま過ごすつもりでいたが、千明の親族の懇願で風夜も促されるように出席した。
お線香が漂う葬儀場で、遺族の泣き声と僧侶の御経の声が溢れていた。
その中で風夜だけは涙を流さず、虚ろな目で花に満たされた棺で眠っている千明を見つめていた。
「千明……」
返ってくるはずない千明の言葉を待つように呼び掛けた。
風夜は千明の墓標に詣でていたわけではなかった。
ここに来れば、きっと千明が帰って来る。
またあの笑顔が見られる。
そんな無意味に等しい妄想に固執していた。
「……!」
感傷に浸っていると、風夜の背後から草を踏み締める足音が聞こえた。
千明が帰って来たのだと思い、風夜は期待で胸を高鳴らせながら振り返った。
「風夜君……」
そこにいたのは、心配顔をした陽向の姿があった。
待ち人ではないことに落胆したが、ずっと目を逸らしていた現実が風夜の胸を痛いほど締め付ける。
(……そう、だよな)
風夜はもう千明がこの世に存在していないことはわかっていた。
だが、頭の中で理解しても、大切な人を失った喪失感を埋めることはできず、どす黒い影が風夜の中に広がっていく。
(夕凪も、こんな気持ちだったんだな……)
堪らない哀傷は消えることなく、正常な思考と判断が奪われていく。
そして、言い表せない黒い感情に身も心も蝕まれる。
「……っ!!」
突然、左胸に痛みが走る。
同時に、風夜の視界に映る景色が真っ赤に染まった。
左胸だけではなく、肩から焼けるような衝撃が襲い、風夜は苦痛に顔を歪ませながら膝が崩れ落ちた。
「っ!? 風夜君ッ!!」
異変に気づいた陽向は、風夜の元へ駆け寄る。
陽向は肩を押さえる風夜の手を退かすと、有無を問わず衣服をはだけさせた。
「……!!」
陽向は顔を青ざめて固まった。
露わになった風夜の肌に、黒い刺青が浮かんでいたのだ。
肩だけではなく、腕、足、顔……全身にゆっくりと侵食していく。
「穢れ……? 違う……まさか! ――っ!!」
刺青の正体に気づいたのと同時に、風夜が縋るような勢いで陽向の腕を掴んだ。
「ごめんなさい……! ごめんなさい……! ごめんなさい……!」
掴まれている陽向の腕が折れるのではと思うくらい風夜の五指が皮膚に食い込む。
「風夜君ッ! 風夜君ッ!」
陽向は空いている方の手で風夜の肩を掴み、必死に呼び掛ける。
風夜は陽向の声が聞こえていないのか、何かに取り憑かれたみたいにひたすら不明な謝罪を繰り返している。
「風夜君ッ!!」
「……。……あ」
陽向の呼び掛けが、風夜の狂気じみた激しさを鎮めた。
少し落ち着きを取り戻したのか、風夜が震えた声を発する。
「なあ……陽向。俺……今、どうなってる? 体の箇所が熱を持って痛いんだ……周りが血で塗り潰されたみたいに赤いんだ……」
虚ろに訴える風夜の口からごぼっと血が迸る。
両目の周りに血管が浮かび、瞳が真っ赤に染まっていた。
片腕と両脚に浮かぶ刺青が巨大化して繋がり、指先には触っただけで切り裂かれそうな鉤爪が伸びていた。
「大丈夫だよ……別に何ともないよ」
陽向はただ安心させようと無責任な言葉を投げ掛けてしまった。
風夜の状態を説明すれば、再び正気を失うことを恐れていたからだ。
(やっぱり……)
刺青を見た時点で、陽向の予感は当たっていた。
風夜の中に巣くう毒龍の霊魂が負の感情を吸収して、封印の檻をこじ開けようとしているのだ。
完全に正気ではない風夜は時間が経つにつれて、毒龍の霊魂に自我と理性を削り取られ、いずれ夕凪の二の舞になってしまうだろう。
「風夜君……」
陽向はそっと風夜の背中に片腕を回し、そっと抱き寄せた。
「大丈夫……これは風夜君が見ている悪夢だよ」
そう言った途端、陽向は風夜の鳩尾に拳を打ちつけた。
風夜は唐突に襲った痛みに「ぅ……」と虫のような声を上げた。
何が起こったのか理解できぬまま、ゆっくりと意識を手放した。
「ごめんね……」
頭を上げた陽向は気を失って寄り掛かる風夜を切なげな表情で抱き起こす。
「目を覚ましたら……また一緒に遊ぼう」
こうして長い眠りについた風夜は、体中に浮かび上がっていた刺青は波が引いていくように消えていた。
心と体に安定を取り戻して目を覚ました風夜は、刺青だけではなく、かつての主だった千明と親友だった夕凪のことも忘却していた。
そして、リセットされた世界で最初に映ったのは、「フウちゃん!」と安堵で嬉し涙を浮かべる陽向の姿があった。
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