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失われた記憶の果てに
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探偵なんて、なるもんじゃない。
もう一度言う。
探偵なんて、なるもんじゃない。
是非とも~年前、探偵になる前の俺に聞かせてやりたいものだ。あれ? それって何年前だっけ? まぁ、覚えてないけどいいや。
探偵って結局は浮気調査と犬猫探しで街中を駆けずり回るだけなんだから。謎解きも何も無い。現実なんてそんなもんだ。
で、結局、今もこうやって駅のロッカーを見張ってる。
……ロッカーを見張ってる? どうして? なんで俺はロッカーなんて見張ってるんだ??
なんでだ……誰が、そんな依頼を……覚えて、無い??
あ、誰かやってきた。あれは……恋人の麻希!? なんでこんなとこに!?
ダメだ! ここに来てしまっては!
……どうして、僕は麻希がここに来てはダメだと言うんだ? 何故!?
そうしてるウチに麻希はポケットから取り出した鍵をロッカーの鍵穴に入れてひねる。その瞬間。
爆発と閃光。
四散した手足が僕の足元に飛んできて思い出す。
そう、これは前に見た……見たんだ。
無限の闇。
いつの間にか僕は不思議な空間にいた。
いや、僕はいるのだろうか。自分の体さえ見えない。手を上げてもそれを確かめることさえ出来ない。
『102回目のトライアル。もう一度繰り返すかい。牧瀬弘基』
思い出す。
そうだ、僕はもう何回もあの光景を見てきた。
最初はTVの速報で見た麻希の死亡。次は麻希を尾行する途中で目の前で暴走してきた車にはねられて。
何度も繰り返した。
でもその度に麻希は何度も僕の目の前で死んで。
『どうするかい、牧瀬弘基。繰り返すなら再び君の中の記憶を僕に捧げてもらう必要がある。これまでと同様にね』
謎の声、いや、因果律と自称するコイツは何度もこの空間に僕を連れ込み、やり直しのチャンスと共に僕の記憶を奪っていく。
そうだ、だから僕は101回目でようやく麻希が地元の友人に頼まれて駅のロッカーに荷物を取りに任されたことを知ったんだ。だから先回りしていた筈なのに、肝心の『ロッカーの記憶』と『追いかける理由』のどちらの記憶を捧げるか問われて僕は仕方なく『追いかける理由』を選んだんだった。
『この空間に戻れば一時的に今までの記憶は甦るよ。でもそれは因果が一時的に停止しているこの場だけ。君が因果律の支配する現世に戻ればそれらはまた霧散する。もう何度も体験しているとは思うけどね』
淡々と語るその口調が憎らしい。
『もう捧げる記憶も少なくなってきただろう。それはもう君自身の存在が薄くなってきているのと同義だ。それでも、もう一度繰り返すかい?』
当たり前だ! そうでなければ麻希は死んでしまうのだから。
『彼女は因果に選ばれている。死の因果に。それを捻じ曲げるにはそれ相応の因果が必要だよ。君が繰り返しの因果に居るために記憶を捧げ続けるようにね』
わかった風な口を聞く。
でも、この因果の輪から抜け出すにはあまりに手がかりが無さすぎる。どうすれば……このままでは麻希がまた死んでしまう!
考えろ。
今回、麻希は遂にロッカーに辿り着いたが鍵で開けた瞬間に爆発で死んでしまった。中に爆弾が仕掛けられていたに違いない。
じゃあ、過去に戻って麻希に『ロッカーに行くな!』と言えば良いのか? いや、今までの繰り返しではその前に車に轢かれたり、ホームで突き落とされることもあった。家にいててもガスが漏れて火事になってしまったことさえあった。それを一つ一つ回避してきたのが今じゃないか。
どうすれば……どうすれば麻希の死は回避できるんだ!?
『さて、どうするかい? 今までと同じだけど戻る時間は彼女が死ぬ直前から3時間前まで。そして君が居れるのは君自身がその時間内に存在できた地点だけだよ』
この繰り返しの限られた時間軸で僕は様々な所に足を伸ばす事になった。その中で麻希の死の因果を断ち切るためには。
『そして、残る、君の捧げられる記憶は二つだけ。一つは『ロッカーに関する記憶』、そしてもう一つは……』
そして、僕はとある駅のロッカー前にいた。そうだ、僕は探偵だ。あのロッカーを調べなければならないんだ。
目の前のロッカーに近づく。
と、不意に僕の前に一人の女性が声を掛けてくる。
「あれ? ヒロ、どうしてここに? お仕事じゃ無かったの?」
ヒロ? 僕の事を軽々しくそんな名で呼ぶ彼女。いや、知らない女性だ。
もしかして誰かの妨害策か。
「……ここへは何しに?」
慎重に問う。彼女がおかしな素振りをしたら直ぐに取り押さえれるように。
「ああ、地元のカッ君にここのロッカーの荷物を引き取って、て言われて」
と言いながらポケットに手をやる彼女。まさか刃物!?
気が付いた時にはすかさず相手の背後に回って腕をねじあげ、地面に押さえつけていた。
「痛いッ!! 何するのよヒロ!! ヤダ!」
「……僕は君のことなど知らない」
「何、変なこと言ってるのよ、ヒロ! なんで……」
彼女が手を入れようとしたポケットから出てきたの1本の鍵。刃物なんかじゃなかったか。ホッとした瞬間に女性はバッと起き上がって泣きながら叫ぶ。
「ヒロ! ふざけ無いでよ。今度、青森のお母さん家に一緒に行ってくれるって言ったじゃない!? なにか私、悪いことした!? そんな悪ふざけ……」
「悪いが仕事中なんだ。君の事は知らない。僕の仕事の邪魔はしないで欲しい」
女性は愕然とした表情で数歩、後ろに後ずさる。
「なんでよ……そんなに私のこと、イヤだったの? それなら……最初から言ってくれれば……」
そして元来た道を走って去って行った。泣きながら。
何だろう。何かとても切ない気がする。見知らぬ女性なのに。
仕方ない。これは仕事なのだ、探偵としての。
僕はこのロッカーを調べねばならない。ちょうど手に入った鍵を鍵穴に入れる。
そして、鍵を回した。
瞬間。
光が舞い散った。
『君はこれで良かったのかい?』
例の嫌らしい言葉が、時の止まった、いや、因果が停止した空間で木霊する。
「麻希は死の因果の中に取り込まれていた。その因果から抜け出るには別の誰かがその代わりにならなきゃならない、だろ?」
『それが君だと?』
こんなやつでも呆れたような口調が出せるのだな、と思った。
「お前自身が言った事じゃないか。僕自身は既に様々な記憶を捧げて存在が薄まってしまっている。そんな薄い僕なら麻希の命と交換するにはむしろお買い得だろ?」
『彼女に関する記憶まで捧げてかい?』
「そうさ」
そうだ。そして麻希自身もあの最後、僕の冷たい仕草のせいで僕が亡くなってもそう悲しむこともないだろう。
そして、新たな麻希自身を思ってくれる人を見つけて欲しい。
そして……僕のことは忘れて幸せになってほしい。それが僕の願いなのだから。
『そうかい。君の思う通りになるといいね』
ヤツ、因果律が楽しげに話す言葉だけが気になったが……もう、僕はヤツの言うことを聞き流すことにした。
見つけたのだ、遂に。ようやく。
麻希を救う時間軸を。それで充分。充分だよ。
その瞬間、私は不思議な場所にいた。いや、それは『場所』と呼ばれる存在なのかもわからない。自分の体の在処さえも分からなくなるような不思議な真っ黒な空間。
その空間に突然、声が響いた。
『気が付いたかい、藤川麻希』
「え!? 誰? ここは何処なの?」
『ここは何処でも無い。敢えて言えば因果から閉ざされた時空、とでも言うべき場所かな。そして私は何でも無い。因果律とも言う人もいるが』
誰なの? いや、『何なの?』
『君が戸惑っていることはわかる。だが、ここに来れる者は稀なんだ。君は選ばれたんだよ』
「どういうこと? 私はさっきまで歩いていて……そしたら、そうヒロのいた方からすごい音が」
『そう。死の因果に囚われた者が死ぬ瞬間、その者を心の底から愛する者のみが因果の輪を遡り、この場に至る事が出来るのさ』
……ゆっくりと、思い出してきた。
そう。ヒロが信じられない態度で私を追い出して、そして泣きながら帰る最中にあの激しい音、いや、爆発が起こったのだった。
あれは……何!? あれが因果というの!?
『君は、愛する者の因果を断つ為に時を遡る勇気はあるかい?』
「ヒロを……ヒロを救えるのなら私は何でもやるわ!」
そんなの言うまでもなかった。ヒロは私の彼氏、いや婚約者なんだから。彼は私の為なら何でもしてくれた。
今度は私が彼を救う番。
『そうかい。では君に告げよう。時を遡って因果を繰り返す為に君が捧げるべきもの、記憶を』
「捧げるべき記憶……?」
私は戸惑いながらも、そのセリフに何か重々しいものを感じた。
『そうだ。君が愛する者の命を救うためには、過去の君の記憶を対価として捧げる必要がある。だが、安心してほしい。それは些細な記憶で始まる。まずは、小さな出来事や些細な感情から。君が救いたい命に近づけば近づくほど、捧げるものは大きくなる』
私は深く考えた。自分がどれだけ記憶を失うかはわからないが、それでもヒロを救いたいという気持ちは変わらい。うん、それが私の全てだから。
「私は……何でも捧げる。ヒロの命のためなら、どんな記憶でも。」
『そうか、藤川麻希。では始めようか。君が最初に捧げる記憶は……君が初めてヒロと出会った日の記憶だ』
心が一瞬ざわついた。初めてヒロと出会った時のことは、私たちの間で特別な瞬間だった。
しかし、それを失うことが彼を救うための第一歩であれば――。
「……いいわ。捧げるわ。その記憶を。」
その瞬間、私の頭の中がぼんやりとする。そして、気づいた。ヒロとの初対面の記憶が消えていた。どこで会ったのか、何を話したのか、一切思い出せない。
『よくやった。では、君を過去に送り返そう。次の試練は、もっと困難かもしれないが……頑張るんだよ』
そうして、私の意識は暗闇の中に溶け込み、再び過去へと戻った。ヒロを助けるために。
目を覚ました場所は、駅の近くの公園だった。周囲を見渡すと、すべてが見覚えのある風景だったが、頭の中には微妙な違和感が漂っていた。何か大事なものを忘れた気がするけど、何を忘れたのかは思い出せない。
ゆっくりと立ち上がり、決意を固める。今度こそ、ヒロを救うんだ!
⭐︎⭐︎⭐︎
探偵なんて、なるもんじゃない。
もう一度言う。
探偵なんて、なるもんじゃない。
是非とも~年前、探偵になる前の俺に聞かせてやりたいものだ。あれ? それって何年前だっけ? まぁ、覚えてないけどいいや。
探偵って結局は浮気調査と犬猫探しで街中を駆けずり回るだけなんだから。謎解きも何も無い。現実なんてそんなもんだ。
で、結局、今もこうやって駅のロッカーを見張ってる。
……ロッカーを見張ってる? どうして? なんで俺はロッカーなんて見張ってるんだ??
なんでだ……誰が、そんな依頼を……覚えて、無い??
あ、誰かやってきた。あれは……恋人の麻希!? なんでこんなとこに!?
ダメだ! ここに来てしまっては!
……どうして、僕は麻希がここに来てはダメだと言うんだ? 何故!?
そうしてるウチに麻希はポケットから取り出した鍵をロッカーの鍵穴に入れてひねる。その瞬間。
爆発と閃光。
四散した手足が僕の足元に飛んできて思い出す。
そう、これは前に見た……見たんだ。
無限の闇。
いつの間にか僕は不思議な空間にいた。
いや、僕はいるのだろうか。自分の体さえ見えない。手を上げてもそれを確かめることさえ出来ない。
『102回目のトライアル。もう一度繰り返すかい。牧瀬弘基』
思い出す。
そうだ、僕はもう何回もあの光景を見てきた。
最初はTVの速報で見た麻希の死亡。次は麻希を尾行する途中で目の前で暴走してきた車にはねられて。
何度も繰り返した。
でもその度に麻希は何度も僕の目の前で死んで。
『どうするかい、牧瀬弘基。繰り返すなら再び君の中の記憶を僕に捧げてもらう必要がある。これまでと同様にね』
謎の声、いや、因果律と自称するコイツは何度もこの空間に僕を連れ込み、やり直しのチャンスと共に僕の記憶を奪っていく。
そうだ、だから僕は101回目でようやく麻希が地元の友人に頼まれて駅のロッカーに荷物を取りに任されたことを知ったんだ。だから先回りしていた筈なのに、肝心の『ロッカーの記憶』と『追いかける理由』のどちらの記憶を捧げるか問われて僕は仕方なく『追いかける理由』を選んだんだった。
『この空間に戻れば一時的に今までの記憶は甦るよ。でもそれは因果が一時的に停止しているこの場だけ。君が因果律の支配する現世に戻ればそれらはまた霧散する。もう何度も体験しているとは思うけどね』
淡々と語るその口調が憎らしい。
『もう捧げる記憶も少なくなってきただろう。それはもう君自身の存在が薄くなってきているのと同義だ。それでも、もう一度繰り返すかい?』
当たり前だ! そうでなければ麻希は死んでしまうのだから。
『彼女は因果に選ばれている。死の因果に。それを捻じ曲げるにはそれ相応の因果が必要だよ。君が繰り返しの因果に居るために記憶を捧げ続けるようにね』
わかった風な口を聞く。
でも、この因果の輪から抜け出すにはあまりに手がかりが無さすぎる。どうすれば……このままでは麻希がまた死んでしまう!
考えろ。
今回、麻希は遂にロッカーに辿り着いたが鍵で開けた瞬間に爆発で死んでしまった。中に爆弾が仕掛けられていたに違いない。
じゃあ、過去に戻って麻希に『ロッカーに行くな!』と言えば良いのか? いや、今までの繰り返しではその前に車に轢かれたり、ホームで突き落とされることもあった。家にいててもガスが漏れて火事になってしまったことさえあった。それを一つ一つ回避してきたのが今じゃないか。
どうすれば……どうすれば麻希の死は回避できるんだ!?
『さて、どうするかい? 今までと同じだけど戻る時間は彼女が死ぬ直前から3時間前まで。そして君が居れるのは君自身がその時間内に存在できた地点だけだよ』
この繰り返しの限られた時間軸で僕は様々な所に足を伸ばす事になった。その中で麻希の死の因果を断ち切るためには。
『そして、残る、君の捧げられる記憶は二つだけ。一つは『ロッカーに関する記憶』、そしてもう一つは……』
そして、僕はとある駅のロッカー前にいた。そうだ、僕は探偵だ。あのロッカーを調べなければならないんだ。
目の前のロッカーに近づく。
と、不意に僕の前に一人の女性が声を掛けてくる。
「あれ? ヒロ、どうしてここに? お仕事じゃ無かったの?」
ヒロ? 僕の事を軽々しくそんな名で呼ぶ彼女。いや、知らない女性だ。
もしかして誰かの妨害策か。
「……ここへは何しに?」
慎重に問う。彼女がおかしな素振りをしたら直ぐに取り押さえれるように。
「ああ、地元のカッ君にここのロッカーの荷物を引き取って、て言われて」
と言いながらポケットに手をやる彼女。まさか刃物!?
気が付いた時にはすかさず相手の背後に回って腕をねじあげ、地面に押さえつけていた。
「痛いッ!! 何するのよヒロ!! ヤダ!」
「……僕は君のことなど知らない」
「何、変なこと言ってるのよ、ヒロ! なんで……」
彼女が手を入れようとしたポケットから出てきたの1本の鍵。刃物なんかじゃなかったか。ホッとした瞬間に女性はバッと起き上がって泣きながら叫ぶ。
「ヒロ! ふざけ無いでよ。今度、青森のお母さん家に一緒に行ってくれるって言ったじゃない!? なにか私、悪いことした!? そんな悪ふざけ……」
「悪いが仕事中なんだ。君の事は知らない。僕の仕事の邪魔はしないで欲しい」
女性は愕然とした表情で数歩、後ろに後ずさる。
「なんでよ……そんなに私のこと、イヤだったの? それなら……最初から言ってくれれば……」
そして元来た道を走って去って行った。泣きながら。
何だろう。何かとても切ない気がする。見知らぬ女性なのに。
仕方ない。これは仕事なのだ、探偵としての。
僕はこのロッカーを調べねばならない。ちょうど手に入った鍵を鍵穴に入れる。
そして、鍵を回した。
瞬間。
光が舞い散った。
『君はこれで良かったのかい?』
例の嫌らしい言葉が、時の止まった、いや、因果が停止した空間で木霊する。
「麻希は死の因果の中に取り込まれていた。その因果から抜け出るには別の誰かがその代わりにならなきゃならない、だろ?」
『それが君だと?』
こんなやつでも呆れたような口調が出せるのだな、と思った。
「お前自身が言った事じゃないか。僕自身は既に様々な記憶を捧げて存在が薄まってしまっている。そんな薄い僕なら麻希の命と交換するにはむしろお買い得だろ?」
『彼女に関する記憶まで捧げてかい?』
「そうさ」
そうだ。そして麻希自身もあの最後、僕の冷たい仕草のせいで僕が亡くなってもそう悲しむこともないだろう。
そして、新たな麻希自身を思ってくれる人を見つけて欲しい。
そして……僕のことは忘れて幸せになってほしい。それが僕の願いなのだから。
『そうかい。君の思う通りになるといいね』
ヤツ、因果律が楽しげに話す言葉だけが気になったが……もう、僕はヤツの言うことを聞き流すことにした。
見つけたのだ、遂に。ようやく。
麻希を救う時間軸を。それで充分。充分だよ。
その瞬間、私は不思議な場所にいた。いや、それは『場所』と呼ばれる存在なのかもわからない。自分の体の在処さえも分からなくなるような不思議な真っ黒な空間。
その空間に突然、声が響いた。
『気が付いたかい、藤川麻希』
「え!? 誰? ここは何処なの?」
『ここは何処でも無い。敢えて言えば因果から閉ざされた時空、とでも言うべき場所かな。そして私は何でも無い。因果律とも言う人もいるが』
誰なの? いや、『何なの?』
『君が戸惑っていることはわかる。だが、ここに来れる者は稀なんだ。君は選ばれたんだよ』
「どういうこと? 私はさっきまで歩いていて……そしたら、そうヒロのいた方からすごい音が」
『そう。死の因果に囚われた者が死ぬ瞬間、その者を心の底から愛する者のみが因果の輪を遡り、この場に至る事が出来るのさ』
……ゆっくりと、思い出してきた。
そう。ヒロが信じられない態度で私を追い出して、そして泣きながら帰る最中にあの激しい音、いや、爆発が起こったのだった。
あれは……何!? あれが因果というの!?
『君は、愛する者の因果を断つ為に時を遡る勇気はあるかい?』
「ヒロを……ヒロを救えるのなら私は何でもやるわ!」
そんなの言うまでもなかった。ヒロは私の彼氏、いや婚約者なんだから。彼は私の為なら何でもしてくれた。
今度は私が彼を救う番。
『そうかい。では君に告げよう。時を遡って因果を繰り返す為に君が捧げるべきもの、記憶を』
「捧げるべき記憶……?」
私は戸惑いながらも、そのセリフに何か重々しいものを感じた。
『そうだ。君が愛する者の命を救うためには、過去の君の記憶を対価として捧げる必要がある。だが、安心してほしい。それは些細な記憶で始まる。まずは、小さな出来事や些細な感情から。君が救いたい命に近づけば近づくほど、捧げるものは大きくなる』
私は深く考えた。自分がどれだけ記憶を失うかはわからないが、それでもヒロを救いたいという気持ちは変わらい。うん、それが私の全てだから。
「私は……何でも捧げる。ヒロの命のためなら、どんな記憶でも。」
『そうか、藤川麻希。では始めようか。君が最初に捧げる記憶は……君が初めてヒロと出会った日の記憶だ』
心が一瞬ざわついた。初めてヒロと出会った時のことは、私たちの間で特別な瞬間だった。
しかし、それを失うことが彼を救うための第一歩であれば――。
「……いいわ。捧げるわ。その記憶を。」
その瞬間、私の頭の中がぼんやりとする。そして、気づいた。ヒロとの初対面の記憶が消えていた。どこで会ったのか、何を話したのか、一切思い出せない。
『よくやった。では、君を過去に送り返そう。次の試練は、もっと困難かもしれないが……頑張るんだよ』
そうして、私の意識は暗闇の中に溶け込み、再び過去へと戻った。ヒロを助けるために。
目を覚ました場所は、駅の近くの公園だった。周囲を見渡すと、すべてが見覚えのある風景だったが、頭の中には微妙な違和感が漂っていた。何か大事なものを忘れた気がするけど、何を忘れたのかは思い出せない。
ゆっくりと立ち上がり、決意を固める。今度こそ、ヒロを救うんだ!
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