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シーズン1
第35話 後編
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キケンなバディ! 第一期
第六章 探偵の日常
4
「当時、私のような人間を必要としている人が大勢在まして、和恵もそのうちの一人でした」
「それで…あんたは依頼を受けたのか?」
馬場は真部の質問に応じて、昔話を続けた。
「依頼を引き受ける前に調べたいことがある…家を訪ねたいんだが…」
「え?私の家?何で?」
「あんたの家庭環境、家族構成、経済状態を知りたくてね、迷惑か?」
「いえ…別に構わないけど、今日は無理ね」
「都合が良い日に訪ねる、ひとまず解散だな」
それから数日後、馬場は和恵の住家へと向かった。彼女は離婚後、神戸から引っ越しをして、子供と共に実家がある大阪府池田市に移り住んでいた。
「いらっしゃい、ちょっと散らかってて、騒がしいけど…」
和恵の実家は、長閑な土地に位置する昔ながらの長屋で、馬場が訪れた頃、彼女の子供たちが遊び回っていた。
「すまんね、ちょっと邪魔するよ」
「おっちゃん、誰?」
「お母ちゃんの友達さ、今は夏休みか?」
馬場は上手く誤魔化して、和恵の長男坊と接した。
「おじさんと大事な話をするから、お姉ちゃんのところに行きな」
長男と次女は母の指示に従い、可奈がいる二階へと向かった。
「…両親は居ないのか?」
「ええ、二人は外出しているわ、父は仕事で…母は親戚に会いに…」
「親父さんはどんな仕事を?」
「運送業よ、トラックの運転手をしているわ」
「両親は健康な方か?」
「ええ、今のところはね、どうしてそんなこと訊くの?」
「言っただろ、あんたの全てを知りたい、契約した保険会社の資料があれば見せてほしい…契約内容を詳しく話すんだ」
和恵は馬場に冷たい麦茶を淹れて、彼の指示に従った。しばらくの間、二人が居る応接間は静かで蝉の音が響いていたが…
「………」
そっと、馬場たちの様子を覗いている者が一人在た。それは可奈であった。彼女は襖の僅かな隙間から馬場の姿を見ていた。
それから馬場たちの密談が済み、ひと段落したようだが…。
「…それじゃあ、そろそろお暇するか」
「あの…依頼料のことだけど、本当にあれだけで良いの?」
「問題ない…ところで、向かいの駐車場にある車はあんたのか?」
「そうよ…駅まで送っていくわ…買い物のついでだから」
「すまんな……!?」
馬場は帰り際、妙な視線を感じ取った。彼がそっと振り向くと、怖い顔をした可奈が立っていた。
「こら、ちゃんと挨拶しな!」
可奈は母に叱られても無言のままで、その場から去って行った。馬場はその時の可奈の表情が忘れられなかった。そして、和恵の依頼が実行される日が迫ってきた。
「…もう引き返せないぞ」
馬場たちは以前食事した喫茶店で落ち合い、最後の取引を行った。
「覚悟はできてるわ、お礼を言うのも変だけど、ありがとう…色々と協力してくれて…」
「いや…こちらこそ…短い間だったが楽しかったよ、こんな形で出会ったことは実に残念だ」
馬場は自身の境遇と似ていたため、和恵と打ち解けていったが…
その一方で、和恵は明るく振る舞っているが、約束の日が近づくのにつれて、精神が病んでいくのであった。
そして三日後、事態は進展した。
交通事故が起きた現場に救急車が急行したが、もう手遅れであった。
事故の被害者は三十代の女性一人。自家用車で駅前のスーパーに向かう途中、運転操作を誤り、ガードレールと電柱に激突して死亡。即死であった。
「彼女の車に細工しました…」
「不慮の事故を装って、殺害したわけか」
「あんたのことだ…物的証拠を残すようなヘマはしてないだろう?」
「ええ、問題なく依頼は達成されました」
その時の馬場は無感情で、和恵を手に掛けたことを真部たちに明かした。
和恵は命を絶つ前夜、我が子を強く抱きしめて、「こんな駄目なお母ちゃんでごめんね」と呟いた。可奈だけは嫌な予感がして、それは見事的中するのであった。
逝った時の和恵の顔は安らかで、若干笑みを浮かべているようにも見えた。それは彼女が苦痛から解放されたことを意味していた。
「…彼女の遺族はどうなった?」
真部は和恵の死後のことを馬場に訊ねた。
「保険金受取人は彼女の子供たちでした、ちゃんと支払われたと思います…彼らは祖父母(和恵の両親)や親戚に育てられたみたいで…」
馬場はこっそりと、和恵の遺族の様子を見に行っていた。これも自殺請負人の仕事である。
「…彼女の娘と再会するとは夢にも思わなかっただろ?」
「ええ、私のことを憶えていないようなので、ほっとしましたけど…」
馬場は斎藤の質問で、普段の綺麗な笑みを浮かべた。
「そりゃそうだろ、今のあんたは全くの別人だ、彼女も美人だったんだろ?」
「ええ、立派な大人の女性に成長していました、すみません…長々と湿っぽい昔話を聞いてもらって…」
「いや、不謹慎だが楽しめたよ、今となっては貴重な話だ、なあ?」
聞き手の真部たちは、一本の名作映画を観たような感覚に浸っていた。
「あの頃の私は異常でしたが、世の中もどうかしていました…依頼者にした行為は、勝手ながら間違っていないと自分に言い聞かせていました」
「俺たちは反論する気はない…ところで、注文したいんだが…」
「すみません、すっきりしたので、美味い酒が作れます」
馬場はいつもの状態に戻って、真部たちに自慢の酒を提供した。
それから数日経ち…
<コンヴァージョン>店内は常連客で席が埋まり、その中には交際中の堀部と可奈の姿があった。
「私はあまり、お酒飲めないんですが…マスターのカクテルは何故か飲めちゃうんですよね~」
「…うちのは特別ですからね、フルーツ果汁が含まれていて、アルコール度数が少ないため、ジュースのように飲めます…」
馬場と可奈は、忌まわしい過去に一切触れることなく、すっかり仲良くなっていた。お互い、第一印象は最悪であったが、時が流れたことで変化が起こっていた。
可奈はめでたく堀部と結婚することとなり、馬場は快く二人を祝福するのであった。
第六章 探偵の日常
4
「当時、私のような人間を必要としている人が大勢在まして、和恵もそのうちの一人でした」
「それで…あんたは依頼を受けたのか?」
馬場は真部の質問に応じて、昔話を続けた。
「依頼を引き受ける前に調べたいことがある…家を訪ねたいんだが…」
「え?私の家?何で?」
「あんたの家庭環境、家族構成、経済状態を知りたくてね、迷惑か?」
「いえ…別に構わないけど、今日は無理ね」
「都合が良い日に訪ねる、ひとまず解散だな」
それから数日後、馬場は和恵の住家へと向かった。彼女は離婚後、神戸から引っ越しをして、子供と共に実家がある大阪府池田市に移り住んでいた。
「いらっしゃい、ちょっと散らかってて、騒がしいけど…」
和恵の実家は、長閑な土地に位置する昔ながらの長屋で、馬場が訪れた頃、彼女の子供たちが遊び回っていた。
「すまんね、ちょっと邪魔するよ」
「おっちゃん、誰?」
「お母ちゃんの友達さ、今は夏休みか?」
馬場は上手く誤魔化して、和恵の長男坊と接した。
「おじさんと大事な話をするから、お姉ちゃんのところに行きな」
長男と次女は母の指示に従い、可奈がいる二階へと向かった。
「…両親は居ないのか?」
「ええ、二人は外出しているわ、父は仕事で…母は親戚に会いに…」
「親父さんはどんな仕事を?」
「運送業よ、トラックの運転手をしているわ」
「両親は健康な方か?」
「ええ、今のところはね、どうしてそんなこと訊くの?」
「言っただろ、あんたの全てを知りたい、契約した保険会社の資料があれば見せてほしい…契約内容を詳しく話すんだ」
和恵は馬場に冷たい麦茶を淹れて、彼の指示に従った。しばらくの間、二人が居る応接間は静かで蝉の音が響いていたが…
「………」
そっと、馬場たちの様子を覗いている者が一人在た。それは可奈であった。彼女は襖の僅かな隙間から馬場の姿を見ていた。
それから馬場たちの密談が済み、ひと段落したようだが…。
「…それじゃあ、そろそろお暇するか」
「あの…依頼料のことだけど、本当にあれだけで良いの?」
「問題ない…ところで、向かいの駐車場にある車はあんたのか?」
「そうよ…駅まで送っていくわ…買い物のついでだから」
「すまんな……!?」
馬場は帰り際、妙な視線を感じ取った。彼がそっと振り向くと、怖い顔をした可奈が立っていた。
「こら、ちゃんと挨拶しな!」
可奈は母に叱られても無言のままで、その場から去って行った。馬場はその時の可奈の表情が忘れられなかった。そして、和恵の依頼が実行される日が迫ってきた。
「…もう引き返せないぞ」
馬場たちは以前食事した喫茶店で落ち合い、最後の取引を行った。
「覚悟はできてるわ、お礼を言うのも変だけど、ありがとう…色々と協力してくれて…」
「いや…こちらこそ…短い間だったが楽しかったよ、こんな形で出会ったことは実に残念だ」
馬場は自身の境遇と似ていたため、和恵と打ち解けていったが…
その一方で、和恵は明るく振る舞っているが、約束の日が近づくのにつれて、精神が病んでいくのであった。
そして三日後、事態は進展した。
交通事故が起きた現場に救急車が急行したが、もう手遅れであった。
事故の被害者は三十代の女性一人。自家用車で駅前のスーパーに向かう途中、運転操作を誤り、ガードレールと電柱に激突して死亡。即死であった。
「彼女の車に細工しました…」
「不慮の事故を装って、殺害したわけか」
「あんたのことだ…物的証拠を残すようなヘマはしてないだろう?」
「ええ、問題なく依頼は達成されました」
その時の馬場は無感情で、和恵を手に掛けたことを真部たちに明かした。
和恵は命を絶つ前夜、我が子を強く抱きしめて、「こんな駄目なお母ちゃんでごめんね」と呟いた。可奈だけは嫌な予感がして、それは見事的中するのであった。
逝った時の和恵の顔は安らかで、若干笑みを浮かべているようにも見えた。それは彼女が苦痛から解放されたことを意味していた。
「…彼女の遺族はどうなった?」
真部は和恵の死後のことを馬場に訊ねた。
「保険金受取人は彼女の子供たちでした、ちゃんと支払われたと思います…彼らは祖父母(和恵の両親)や親戚に育てられたみたいで…」
馬場はこっそりと、和恵の遺族の様子を見に行っていた。これも自殺請負人の仕事である。
「…彼女の娘と再会するとは夢にも思わなかっただろ?」
「ええ、私のことを憶えていないようなので、ほっとしましたけど…」
馬場は斎藤の質問で、普段の綺麗な笑みを浮かべた。
「そりゃそうだろ、今のあんたは全くの別人だ、彼女も美人だったんだろ?」
「ええ、立派な大人の女性に成長していました、すみません…長々と湿っぽい昔話を聞いてもらって…」
「いや、不謹慎だが楽しめたよ、今となっては貴重な話だ、なあ?」
聞き手の真部たちは、一本の名作映画を観たような感覚に浸っていた。
「あの頃の私は異常でしたが、世の中もどうかしていました…依頼者にした行為は、勝手ながら間違っていないと自分に言い聞かせていました」
「俺たちは反論する気はない…ところで、注文したいんだが…」
「すみません、すっきりしたので、美味い酒が作れます」
馬場はいつもの状態に戻って、真部たちに自慢の酒を提供した。
それから数日経ち…
<コンヴァージョン>店内は常連客で席が埋まり、その中には交際中の堀部と可奈の姿があった。
「私はあまり、お酒飲めないんですが…マスターのカクテルは何故か飲めちゃうんですよね~」
「…うちのは特別ですからね、フルーツ果汁が含まれていて、アルコール度数が少ないため、ジュースのように飲めます…」
馬場と可奈は、忌まわしい過去に一切触れることなく、すっかり仲良くなっていた。お互い、第一印象は最悪であったが、時が流れたことで変化が起こっていた。
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