3 / 101
長編1
第1幕 第1場/2
しおりを挟む
第1幕 第1場/2
第1幕
第1場 二つの仮面
「…予定通りだな」
運転席には、ダークスーツを身に纏った男性が座っていた。その男は警察庁警備局公安<IP>課の捜査員であった。
「…思ったより警備は厳重だったわ」
「ご苦労だった…例のブツは?」
「お望み通り、これよ…」
<IP>課の捜査員は、テリカから専用デバイスを手渡されて、早速、専用のタブレットPCに挿し込んで中身データを確かめようとした。
テリカが盗んできたのは、暗躍する闇商人との不正取引の証拠資料で、政界や外交に悪影響を及ぼす情報が満載であった。
「そっちは順調?」
「ああ、内情に詳しい者と接触してな、これで奴も終わりだ…」
「ひとまず一件落着ってことね…」
「緊急を要したんで、おたくの力が必要だった…明日の予定は?」
「メディア取材と…一週間後の五十周年式祭典の打ち合わせよ…」
「…この後の予定は?」
「帰って、お風呂に入って…寝るだけよ」
テリカは特命を遂行させると、颯爽と同僚と別れて闇に消えた。
<ジャンヌ>を務めるテリカの表の顔は舞台俳優で、ある劇団に属していた。
<ジャンヌ>はファーストネームから名乗り、本名ではなく、コードネーム、もしくは、仮名を使用していた。これは所属劇団の規則と類似していて年齢も不詳。未婚女性が相応しい。
テリカが所属する劇団は、神戸市港内に位置する人工島<アクア・アイランド>を拠点にしている<煌花歌劇団>であった。
<アクア・アイランド>の面積は百四十七.五平方キロメートル、総人口は三.五万人。神戸中心部と結ばれて、あらゆる都市機能が備えられた最先端のウォーターフロント都市である。
「海に浮かぶ理想の住環境、実用性がある都市空間」をテーマに一九七〇年代より計画、着工して、八〇年代後半で実現された。
<アクア・アイランド>は大きく三つに分割されていて、それぞれ違う役割を果たしていた。
第一地区(北部)は居住区であり、公営団地、一戸建て住宅、高層マンションが密集しており、住民形態は単身者、既婚者、核家族と様々。住居周辺には自然豊かな公園が複数あり、防災や医療機関も充実していて安全性が高い。人口は約一万五千人。ちなみに<煌花歌劇団>関係者の寮や住まいもある。
続いて、第二地区(中央部)は、商業や文化、宿泊の施設が中心、<煌花歌劇団>の劇場が建っている区域である。
<煌花劇場>は五軒のピラミッド型集合建造物<アクア・シアター>のうちの一軒に位置している。
<アクア・シアター>はフランスのルーヴル美術館がモデルになっている。
<アクア・シアター>ピラミッド内部は、演劇・映画・音楽ライブなど多目的娯楽空間が充実しており、さらには、劇場(ホール)の他、事務所・楽屋エリアや<アクア・アイランド>の景色が一望できる展望エリアが併設されている。
住所は、神戸アクア・アイランド市フラワーガーデンロード通り二丁目五番街(住居表示は番地でなく番街)。
有名な第二地区の娯楽エリアは、三番街・十七番街・三十二番街。
三番街は主に、飲食や商業・娯楽施設などで成り立っている。十七番街は美容やファッション、高級ブランドの店舗が揃っている。三十二番街は宿泊施設があり、観光客・ビジネス客をもてなすよう機能している。
その他、サミットを行うために建てられた大会議場もある。この地区が最も賑わいを感じる場所と言える。
最後に第三地区(南部)は、玄関口の港の他、企業、教育、研究・医療施設等が集中していた。大手企業の本社、製薬会社が建ち並び、海外に誇れる先端医療科学技術の研究開発拠点とされている。教育面に関してもグローバル化を視野に入れており、近年で多くの高校、大学が開設されている。
交通面に関しては陸海空を制しており、神戸都市部と<アクア・アイランド>を結ぶ大橋と神戸港海底トンネルにより、一般車両が通ることが可能である。
<アクア・アイランド>の鉄道は近未来的で、運転士を必要としない無人運転システムの軌道系交通機関<ペルセウス>を採用し、神戸市と<アクア・アイランド>区間を二十四時間行き来することが可能。
また、遠方から訪れる観光客のためにチャーター船が運航、神戸の空の玄関口として、<アクア・アイランド>最南端に空港が開港されている。
<煌花歌劇団>は未婚の女性だけで構成、劇団員総数千人以上。当劇団は複数の舞台班チームに分担され、芸名・年齢不詳で舞台に立ち、ベテランだけが集う班も存在する。ファンの間では劇団の名称をもじって〝キラジェンヌ〟と呼ばれていた。
<煌花歌劇団>は創立三十周年を迎えると、劇団側に転換期が訪れた。
劇場は元々、兵庫県南東部に位置する長閑な温泉街に建てられて、本拠地に置いていたが、ある事情で<アクア・アイランド>五番街に移転することとなり、同時に劇場施設が新装された。
話は重複するが、<煌花歌劇団>は女性だけで構成された劇団で、劇団員は同性異性、あらゆる役柄を演じ分ける。
当初は女性ファンが多かったが、老若男女問わず、海外のファンも獲得していった。
<煌花歌劇団>の頂点である主演舞台俳優、すなわち、トップスターは一握りの選ばれた劇団員のエリートであった。
当劇団は作品ジャンルの幅を広げていき、国内のみならず、世界の歴史的大事件ノンフィクション、喜劇、映画、小説を題材にした。さらには神話や民話、御伽話、架空のオリジナル作品など多岐にわたる。
ちなみに、警察組織の特命要員<ジャンヌ>は、フランスの危機を救った英雄〝ジャンヌ・ダルク〟が由来であった。それに加えて、当時の<煌花歌劇団>理事長がフランスに憧れて、同劇団初演デビュー作がフランスの歴史文化を題材にしたことも関連性が深かった。
<煌花歌劇団>作品は、戦後の高度経済成長期から長年上演され、輝かしいスターが続々と誕生した。
当劇団は記念すべき創立五十周年を迎えて、〝アクア・アイランドまちびらき三十周年〟も兼ねて、多くの催し物や特別公演を計画していた。
テリカは<煌花歌劇団>のトップスターとして活躍しているわけだが、彼女が率いる所属班は、複数の舞台班の中で一番新しく、その特徴は長身の俳優が多く、現代的な舞台人が多く在籍している。公演作品は新作が多いが、過去の再演作品などにも充分に対応出来る。
テリカは<煌花歌劇団>に七年以上在籍。<ジャンヌ>として密偵活動をする傍ら、念願叶ってトップスターの座についたのだが…
第1幕
第1場 二つの仮面
「…予定通りだな」
運転席には、ダークスーツを身に纏った男性が座っていた。その男は警察庁警備局公安<IP>課の捜査員であった。
「…思ったより警備は厳重だったわ」
「ご苦労だった…例のブツは?」
「お望み通り、これよ…」
<IP>課の捜査員は、テリカから専用デバイスを手渡されて、早速、専用のタブレットPCに挿し込んで中身データを確かめようとした。
テリカが盗んできたのは、暗躍する闇商人との不正取引の証拠資料で、政界や外交に悪影響を及ぼす情報が満載であった。
「そっちは順調?」
「ああ、内情に詳しい者と接触してな、これで奴も終わりだ…」
「ひとまず一件落着ってことね…」
「緊急を要したんで、おたくの力が必要だった…明日の予定は?」
「メディア取材と…一週間後の五十周年式祭典の打ち合わせよ…」
「…この後の予定は?」
「帰って、お風呂に入って…寝るだけよ」
テリカは特命を遂行させると、颯爽と同僚と別れて闇に消えた。
<ジャンヌ>を務めるテリカの表の顔は舞台俳優で、ある劇団に属していた。
<ジャンヌ>はファーストネームから名乗り、本名ではなく、コードネーム、もしくは、仮名を使用していた。これは所属劇団の規則と類似していて年齢も不詳。未婚女性が相応しい。
テリカが所属する劇団は、神戸市港内に位置する人工島<アクア・アイランド>を拠点にしている<煌花歌劇団>であった。
<アクア・アイランド>の面積は百四十七.五平方キロメートル、総人口は三.五万人。神戸中心部と結ばれて、あらゆる都市機能が備えられた最先端のウォーターフロント都市である。
「海に浮かぶ理想の住環境、実用性がある都市空間」をテーマに一九七〇年代より計画、着工して、八〇年代後半で実現された。
<アクア・アイランド>は大きく三つに分割されていて、それぞれ違う役割を果たしていた。
第一地区(北部)は居住区であり、公営団地、一戸建て住宅、高層マンションが密集しており、住民形態は単身者、既婚者、核家族と様々。住居周辺には自然豊かな公園が複数あり、防災や医療機関も充実していて安全性が高い。人口は約一万五千人。ちなみに<煌花歌劇団>関係者の寮や住まいもある。
続いて、第二地区(中央部)は、商業や文化、宿泊の施設が中心、<煌花歌劇団>の劇場が建っている区域である。
<煌花劇場>は五軒のピラミッド型集合建造物<アクア・シアター>のうちの一軒に位置している。
<アクア・シアター>はフランスのルーヴル美術館がモデルになっている。
<アクア・シアター>ピラミッド内部は、演劇・映画・音楽ライブなど多目的娯楽空間が充実しており、さらには、劇場(ホール)の他、事務所・楽屋エリアや<アクア・アイランド>の景色が一望できる展望エリアが併設されている。
住所は、神戸アクア・アイランド市フラワーガーデンロード通り二丁目五番街(住居表示は番地でなく番街)。
有名な第二地区の娯楽エリアは、三番街・十七番街・三十二番街。
三番街は主に、飲食や商業・娯楽施設などで成り立っている。十七番街は美容やファッション、高級ブランドの店舗が揃っている。三十二番街は宿泊施設があり、観光客・ビジネス客をもてなすよう機能している。
その他、サミットを行うために建てられた大会議場もある。この地区が最も賑わいを感じる場所と言える。
最後に第三地区(南部)は、玄関口の港の他、企業、教育、研究・医療施設等が集中していた。大手企業の本社、製薬会社が建ち並び、海外に誇れる先端医療科学技術の研究開発拠点とされている。教育面に関してもグローバル化を視野に入れており、近年で多くの高校、大学が開設されている。
交通面に関しては陸海空を制しており、神戸都市部と<アクア・アイランド>を結ぶ大橋と神戸港海底トンネルにより、一般車両が通ることが可能である。
<アクア・アイランド>の鉄道は近未来的で、運転士を必要としない無人運転システムの軌道系交通機関<ペルセウス>を採用し、神戸市と<アクア・アイランド>区間を二十四時間行き来することが可能。
また、遠方から訪れる観光客のためにチャーター船が運航、神戸の空の玄関口として、<アクア・アイランド>最南端に空港が開港されている。
<煌花歌劇団>は未婚の女性だけで構成、劇団員総数千人以上。当劇団は複数の舞台班チームに分担され、芸名・年齢不詳で舞台に立ち、ベテランだけが集う班も存在する。ファンの間では劇団の名称をもじって〝キラジェンヌ〟と呼ばれていた。
<煌花歌劇団>は創立三十周年を迎えると、劇団側に転換期が訪れた。
劇場は元々、兵庫県南東部に位置する長閑な温泉街に建てられて、本拠地に置いていたが、ある事情で<アクア・アイランド>五番街に移転することとなり、同時に劇場施設が新装された。
話は重複するが、<煌花歌劇団>は女性だけで構成された劇団で、劇団員は同性異性、あらゆる役柄を演じ分ける。
当初は女性ファンが多かったが、老若男女問わず、海外のファンも獲得していった。
<煌花歌劇団>の頂点である主演舞台俳優、すなわち、トップスターは一握りの選ばれた劇団員のエリートであった。
当劇団は作品ジャンルの幅を広げていき、国内のみならず、世界の歴史的大事件ノンフィクション、喜劇、映画、小説を題材にした。さらには神話や民話、御伽話、架空のオリジナル作品など多岐にわたる。
ちなみに、警察組織の特命要員<ジャンヌ>は、フランスの危機を救った英雄〝ジャンヌ・ダルク〟が由来であった。それに加えて、当時の<煌花歌劇団>理事長がフランスに憧れて、同劇団初演デビュー作がフランスの歴史文化を題材にしたことも関連性が深かった。
<煌花歌劇団>作品は、戦後の高度経済成長期から長年上演され、輝かしいスターが続々と誕生した。
当劇団は記念すべき創立五十周年を迎えて、〝アクア・アイランドまちびらき三十周年〟も兼ねて、多くの催し物や特別公演を計画していた。
テリカは<煌花歌劇団>のトップスターとして活躍しているわけだが、彼女が率いる所属班は、複数の舞台班の中で一番新しく、その特徴は長身の俳優が多く、現代的な舞台人が多く在籍している。公演作品は新作が多いが、過去の再演作品などにも充分に対応出来る。
テリカは<煌花歌劇団>に七年以上在籍。<ジャンヌ>として密偵活動をする傍ら、念願叶ってトップスターの座についたのだが…
1
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
婚約者に裏切られた女騎士は皇帝の側妃になれと命じられた
ミカン♬
恋愛
小国クライン国に帝国から<妖精姫>と名高いマリエッタ王女を側妃として差し出すよう命令が来た。
マリエッタ王女の侍女兼護衛のミーティアは嘆く王女の監視を命ぜられるが、ある日王女は失踪してしまった。
義兄と婚約者に裏切られたと知ったミーティアに「マリエッタとして帝国に嫁ぐように」と国王に命じられた。母を人質にされて仕方なく受け入れたミーティアを帝国のベルクール第二皇子が迎えに来た。
二人の出会いが帝国の運命を変えていく。
ふわっとした世界観です。サクッと終わります。他サイトにも投稿。完結後にリカルドとベルクールの閑話を入れました、宜しくお願いします。
2024/01/19
閑話リカルド少し加筆しました。
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
声の響く洋館
葉羽
ミステリー
神藤葉羽と望月彩由美は、友人の失踪をきっかけに不気味な洋館を訪れる。そこで彼らは、過去の住人たちの声を聞き、その悲劇に導かれる。失踪した友人たちの影を追い、葉羽と彩由美は声の正体を探りながら、過去の未練に囚われた人々の思いを解放するための儀式を行うことを決意する。
彼らは古びた日記を手掛かりに、恐れや不安を乗り越えながら、解放の儀式を成功させる。過去の住人たちが解放される中で、葉羽と彩由美は自らの成長を実感し、新たな未来へと歩み出す。物語は、過去の悲劇を乗り越え、希望に満ちた未来を切り開く二人の姿を描く。
校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話
赤髪命
大衆娯楽
少し田舎の土地にある女子校、華水黄杏女学園の1年生のあるクラスの乗ったバスが校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれてしまい、急遽トイレ休憩のために立ち寄った小さな公園のトイレでクラスの女子がトイレを済ませる話です(分かりにくくてすみません。詳しくは本文を読んで下さい)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる