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第六部~梅花悲嘆~

第三十八話 何の花の香り?

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「――かげ君、……好きな花って何?」
「ん? ……――あーっと、定番で桜? かすみ草も好きだなぁ」
「……違う。それとは違う。じゃあ好きな花、じゃないか」
「花?」
「匂い、感じない? 魚座の女王も、鴉のにーさんも、かげ君も?」

 一同はその質問に顔をしかめて、質問の意図を理解しかねる。
 何の話をしているんだ? 一体何を考えてる? そんな表情を浮かべてる。柘榴自身判ってない、何故花の匂いをつきとめれば、何の術だか判るかなんて。
 でも――でも、確実に花が何かの繋ぎになってるのが、己の直感が告げている。

「――……花に詳しくないからなぁ、あゆちゃんみたいに野草班だったら良かった。土樹は籠もって勉強ばっかだったから嫌で逃げ出したんだよなーイイ思い出」
「柘榴? 何をごちゃごちゃと……」
「……――鴉のにーさん、これ、かけた人の予測つく?」
「菫」
「何だよ、スミレが術をかけたっていうのか? あいつ、妖術駄目だぞ?」
「妖術じゃない奴があるのさ。かげ君、菫の詳しいこと知らない?」
 
 陽炎は首を傾げて、菫のことを思い出す。
 特に何も思い出せない。思い出そうとすると昨日の恐ろしい夜を思い出してしまい、少し顔を赤らめて、視線をそらす。
 それに鴉座が苛立ち、腕を組み、親指の爪を噛んでいる。
 魚座は鴉座を撫でて、落ち着けと宥めてから、陽炎に話し掛ける。
 
「そやつの出身国は何処じゃ?」
「……――判らない」
「……じゃあそやつの行き先は?」
「ンっと……――ミシェル?」
「梅だ!」
 
 柘榴がミシェルの国の象徴とされてる、この柘榴だけに判る匂いの正体を掴むと、その匂いは途端に強くなる。
 だがそれでも陽炎たちには届かないらしい。
 柘榴は梅の花の数式を思い出して、当て嵌めていく――そしてその中に、ガンジラニーニの妖術も入れて、解くと……陽炎に電流が走る。

「……ッ!」
「どうしたん、かげ君?!」
「わ、わかんない……今、一瞬、ぴりっと……」
「――でも、梅の香りはもうしてないし……鴉のにーさん、あんたから見てどう? あんたに見えてた術はとけた?」

 柘榴の言葉に、鴉座は目を細め、陽炎をしげしげと眺めてから、隙をついて、抱き寄せる。
 陽炎は戸惑い、それに顔を朱に染め困惑するが――先ほどのような苛々感は一切ない。
 あれは術だったのだろうか、と不思議に思っていると、まるで心を読んだように鴉座が先に、術は解けたようです、と言ってきた。

「愛しの我が君の、私への態度を見れば判ります――流石柘榴様。有難う御座います。鷲座にも情報がいってるはずなので、情報が受け止められればいいのですが……」
「ん、いや、こっちこそ有難う――何か、漸く役立てた気分。妖術師の自信にもなったし」

 柘榴はにっこりと微笑んで、何処か清々しい、すっきりとした気分で陽炎を見やる。
 己にも、こんなことが出来るなんて――嬉しい。
 己はまだ、彼の保護者であっていいのだ、と思うことが出来て。陽炎を見ていると、庇護したくなる欲が出てしまう。いつまでも彼に頼られたいという気持ちと、何とか人見知りを直して独り立ちしてほしい気持ちが同居して、複雑な気持ちになる。

 あの頃のような恋心はないが、それでも第一優先したい、大事な人。

 昔よりかは酷くなってないと思いたいのは、欲の所為か、果たして本当にそうなのか。

 だが、すぐに湧いて出た疑問に心奪われる。

「……この術は、なんなんだ? 誘惑じゃないし、魅了でもない――でも微かに判るんだ、花の香りが判れば、組み方が見えるってこと」
「詳しく調べてみましょう――鷲座に情報がいったのですから、それで色々と深く話せるでしょう、私よりも。お疲れ様でした――陽炎、それじゃ、この体の痕を上書きさせてもらいましょうか」
「へ?! あ、いや、あの――出来れば今日はやめてほしいなー、なんて……」
「どうして?」
「……だ、だって、その、怖いし、恥ずかしいから……浮気痕」

 陽炎が顔をかぁっと耳まで真っ赤に、目を伏せ目にした瞬間、鴉座は必死に理性を全身に集めた。
 笑顔の裏は、本能との戦い。誰にも聞こえない雄叫びが響く、体に。どす黒い感情が滲んでも誰も文句は言わないのに、鴉座はそれを必死に隠す。
 それを堪えていたら、ちらっと陽炎に疑わしげに見られるので、鴉座は出来るだけ動揺を伝えないように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「……――。痛くしませんよ。痕は、塗り替える機会をくださいな」
「その沈黙は何だぁ! その邪笑はなんだぁ! あ、こら、離せ、お姫様抱っこはよせ! 柘榴、助けてー!」
「痴話げんか頑張って。おいら、なめろう食ってるわ」
「この裏切り者ーーー!!」
「勘では、今回はかげ君が悪いと思うよー! じゃあねぇ……っとぉ!?」
 
 
 ゆらり、紫煙がゆれたようなだけの気配。
 そう、景色が数ミリ歪んだような、違和感。
 ただそれだけのことで、孤高の王が帰ってきたのだと知る――だが、気配は此処ではない。
 下の階層で、何やら、どんぱちが聞こえる。
 白雪相手にどんぱちできる者がいるんだろうか、と二人は不安になり、鴉座は陽炎を抱えたまま駆けて、柘榴と魚座も下の階層へ目指して駆ける。
 
 下の階層には、蓮見と白雪――。
 いつもだったら、蓮見が父親に抱きつき甘える仕草を見せるはずなのに――蓮見は、目に憎悪を宿し、妖術の数式を考えてる様子だった。
 その証拠に、建物の損傷が酷く、燃えていたり、凍っていたり、ひび割れていたりする。
 
 魔王が、そこには居た。
 
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