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第四部 三章――月の誕生
第十八話 本物の恋敵に縋る
しおりを挟む――夜空に輝く一番の大きい星、それは……月。月を背後にして、先ほど見た時まで像だった男は小鳥のさえずりのような笑い声を漏らす。
黒い柔らかな髪の毛に、昼の空色の瞳――。瞳は眼鏡に隠されていて、額には何かの文様が刻み込まれている。そして片手には水晶を抱えていて、サリーで包まれた衣服は、何処か神秘的だが、何故か今は、禍々しい。
「やぁ。初めまして、だな? 鷲座くん」
「誰だ――?」
「さっき、陽炎さんが言っていただろう? アザワだ、字環」
字環はくすり、と笑った後、瞳から光りの失せている陽炎に手出しをしない鷲座を見やり、いらないのか、と納得し、陽炎を片腕に担ぐ。
鷲座ははっとし、字環に向かおうとするが、体が動かない。
金縛り――これは、別の星座の、まだ作られていない星座の能力だ。
そして陽炎にかけられている妖術は――きっと、黄道十二宮の山羊座の力。「意志奪い」。
柘榴が先日見ていた教科書によれば。
「――月か、……生まれて、しまったか」
「いいや、まだ生まれてない。貴方の苦しみも陽炎さんの苦しみも足りないんだ――もっと心に痛み虫が出来るほど、苦しんでくれ? あと、すこぅしなんだ?」
「嫌だ、断る。その人を帰せ。どうする気だ?!」
「嬲る。大怪我させても良いし、犯してもいい――ああ、安心して。彼のことが嫌いなんじゃない。寧ろ愛している。だけどな、――どうしても作られなくちゃいけない理由があるんだよ」
「作られていない、のか、まだテメェは――」
「うん、だから蒼の作ったこの世界だけしか自由に動けない――むかつくから、片っ端から首をなくしてやったよ。いい気味だ!」
「……――そうか、テメェの為に蒼刻一が仕組んだのか……どうでもいい。そんなのどうでもいいから、陽炎どのを返せ。月を作るわけにはいかない!」
鷲座が妖術を唱えると、字環は鳳凰座の能力、結界を作り出して、己と陽炎を守る。
結界と妖術が相殺し、衝撃波が起こり、鷲座は小さな身故に吹き飛ぶ。
くすくすと字環は笑い、その様子を眺める。
「実に良い眺めだなぁ。でも遊んでいる時間は無いんだ、さようなら――」
「待て、帰せ! 陽炎どのを帰せ!」
あははははと哄笑を残して、字環は夜空に溶け消える。
鷲座は慌てて空に飛び立ち、追おうかと思いもするが、何処へ行って良いのか分からない。
その時、だった。
「――アデレオ?」
こんな場所にはあり得ない声。
だけど、居てくれたらきっと陽炎なら意志を取り戻してくれる、希望の声。
先ほど陽炎を襲おうとしたのに、都合良く現れた彼に頼ろうとしている。彼に似た声に――鷲座は苦笑を浮かべ、自嘲した後、鷲座はばっと振り向き、その姿を目にする。
「鴉、座……」
「は? 何寝ぼけて居るんですか? 私ですよ、アトューダ」
言われてみれば、若干鴉座より老けている、何より衣服が神官っぽい。
かといっても、アデレオという名前にはいまいちぴんとこない。
そこで陽炎の言葉を思い出す。
以前、己そっくりな男に案内されて街を歩いたと言っていた――ならば、己はその男の代わりに此処に居るのだろうか。
「君は何をしに此処へ?」
「この仔を連れ戻しにですよ。お前が連れ去ったと聞いて、ね。お前、羽なんて生えるんですね」
そう言ってアトューダは眠れる少女を抱えて、己の隠れ家へと帰ろうとしている。
その姿を見て、鷲座は待て! と、声をかける。
「待ってくれ、小生を助けてくれ!」
「――お前が懇願してくるなんて、珍しい。明日は、全員首なしだな」
「……真面目な話なんだ。大事な人が、月蛍石の像の人物に捕まって、意志をなくした……。それを取り戻すには、多分、お前に似た人が必要なんだ……」
「……似ている、じゃ駄目だと思いますけれど」
「え?」
「似ていると、同じ、は似て異なりますもの。まぁ、でも――そろそろ首なしのこの街、どうにかしたいですし、あの像が動いているのなら私はあの像をどうにかしなくては。手ぐらいは貸しましょう」
「有難い……」
鷲座は息をついて、安堵する。
それから、アトューダが何かを唱えると、空中に鏡が現れて、鏡が像の現在を映しだしてくれた。
「――全く、好き放題にしてくれて。誰があれを神秘の物だと言い出したのでしょう。厄介者以外の何者でもない。神官の私が言うのも変ですけれど。……この方角は、神殿ですね」
「……神殿……――」
「さぁ、お行きなさい。通常、意志を奪われた人間は、すぐに意志を取り戻さないと心が壊れますよ」
「!! 分かった、有難う……鴉座!」
「まったく、だから誰ですか、それは……」
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