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第三部――序章 滑稽な次期王の一人きりによる懺悔劇

序章 ある兄の独白と羨望

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 彼女を望んだのは、オレにしては浅はかだった。
 人間らしいこの感情、望んではいなかったのに手に入れてみると、嗚呼こんな優しい気持ちだったのかと、嬉しくなる。
 でもその感情に君が答えることはないことを知っている。
 だって君は誰よりも、あの義弟の熱心な信者だから。
 君は義弟という神の為だからこそ、オレにも身を捧げるのだと知っている。
 殉教者だね。
 健気だね。
 主のために悪魔に身を捧げるなんて、ご立派な精神だね。
 でも、その悪魔には意外とそれは攻撃として効くみたいだよ。
 君を見ると悲しくなる。君を見ると苛立つ。君を抱くと泣きたくなる。

 神様、どうしてこんな素晴らしい妖仔がオレの妖仔じゃないの?
 どうして、あのプラネタリウムから生まれた子だったわけ?
 陽炎くん。
 君は、何としてでも死んじゃダメだ。
 君たちを地獄から見守るから、オレの恋を許して――。
 それがせめて月を作れなかった俺の願い。

 オレ、ね。
 まるで鴉の妖仔が、オレみたいに見えるンだ。アノコに対してのオレ。
 だから、出来れば実るのは――鴉の妖仔がいいなぁ――って思ってたんだ。
 凄い、嬉しいよ? 君がそのこを選ぶのは。

「牡羊座はお前のこと、大嫌いだったけれど、父親として認めていたよ」

 こんな言葉を向けるのは、オレが死に向かうからかな?

「産むんだって――お前の子供。ちゃんと、育てたいって」

 君の声が悲しく聞こえるのは、オレの欲かな。願いかな。

「許すつもりはないよ、それでもあんたは俺の兄さんだった――」

 ――ねぇ、君は鴉の妖仔を選ぶの?
 皆と別れたのは、きっと関係を一から始めたいからなんだろうけれど、それで本当にいいんだね?
 嗚呼もう少し待ってくれれば、月に頼んで記憶を持ったまま離別させることが出来たのに。
 関係に縛られないのは、こうも苦しむことになるよ――記憶がないとオレのような片思いになるかもよ?

「黒雪兄さん」

 ――ねぇ、お願いだから。
 お願いだから、鴉の妖子、陽炎くんを選んで。
 この先、どんなに素晴らしい主人と出会うか、判らないけれど、それでも陽炎くんを思い続けて。この子を一人にしないで。
 ねぇ、あと数秒しかないけど一生のお願い。あのこと結ばれるのはもう諦めてるから――。

「もう、喋らなくて良いよ……最後に、兄弟思いの兄のふりして死ぬなよ。最後くらい、自分の思うとおりに生きろよ」

 空は青みのない暗さを持っている。
 でもこれは夜だからじゃない色だと判っているのは、きっとオレだけ。
 オレにしか見えてない空だから。
 お前の星が見えないよ、牡羊座――。

 参ったなぁ、お前の星を頼りに地獄に行くつもりだったのにさ。
 これで迷子になっても知らないよ。

 もう、でも国の妖仔として存在しなくていいんだ。
 それは、凄く、体が楽で軽い――。
 そこで、気づく。
 嗚呼、オレ、王様になるの、嫌だったんだなァって。
 妖仔のような目をしてるときからオレは国の妖仔、生まれながらの王様なんだって知っていたけれど、なるのが嫌だったなんて気づかなかったなぁ。
 大層な我が儘じゃないの。恵まれすぎてるのに、なんつー我が儘だろう。
 妖術師になりたかった。こんな重い王冠なんかじゃなくて。
 可笑しいだろう、国の妖仔と呼ばれる者が、妖術師になりたいなんて――道を選びたがるだなんて。

 オレは、ちゃんと望みを叶えなければならなかったんだ。
 長男だから。
 この時代に、そして王族で長男というのはとても大きくてね、荷物が。

 だから自由な彼を尊敬したのは本当――。
 だから本当に幸せになって欲しかったんだ――この目で結末を見られないなんて、悲しいね。

 最後に見たのは、黒い夜。

 占星術なんて、嘘っぱちだ。星が見えないもの。
 こんなので人を導けるのかよ! って、怒鳴りてぇ――。

 だからやっぱりお月様が欲しかった。

 占星術ってさ、便利でさ、オレの占いなんてよく当たるんだよ。
 何時侵略がくるとか、何時干ばつだとか、何時商談が巧くいかないかとか、結構頼りにされてたんだよ。
 だから、占星術を、星を信じていたんだ。

 裏切られた気分さ――。
 星を従える君を幸せにしようと願ったら、聖霊だなんて言われてる蛮族にやっかまれるなんて――。
 占星術では、君を幸せにすればオレが幸せになるって出たんだ。
 占星術では、王様になれば全て丸く収まるって出たんだ――。
 嗚呼、とてもとても裏切られた気分さ――。

 でも、思えば君の話は夜空にも描かれてなくて――星の導いた人生ではなく、明日のパンを見て生活した証なのだと判る。

 ちょっと、羨ましいな――君の生き方は。

 そして、君の持つ星も、羨ましくて仕方がない――狡いよ、一杯君を愛してくれる人が居るなんて。

 アノコくらい、オレに分けてくれたっていいじゃない。

 嗚呼、黒い空。空じゃない、目蓋だと気づくのは、――何時だろう。
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