64 / 358
第二部――第一章 屈辱の譲渡
第七話 解毒剤の可能性
しおりを挟む
その後ろ姿を見て、ため息をついたのは、魚座。
「……――柘榴君、陽炎君」
「困ったね。陽炎どのの一番の頼りと、近頃甘えたな精神は柘榴があってこそなのに、柘榴が居なくなれば、足場は脆くなる。一度覚えた安堵は、すぐには消えない……」
「っていうか、明日、沢山人が押し寄せるんじゃないの? あの水で効力出ちゃったんだからさ、もうワクチン此処にあるって判っちゃったじゃん。インチキでも」
冠座がそう言うと、大犬座は劉桜と柘榴が元気だったときに話していたちょっとさっきまでの会話を思い出し、唇を噛みしめ、怒気で顔を真っ赤にする。
「だとしたら、誰が敵なのか、はっきりとしたわ。プラネタリウムの新興宗教よ。そいつら、あたしたちを陽炎ちゃんから奪って、金儲けの道具にするつもりなんだわ」
「――あんな不吉の玉を崇めるなんて、大した宗教だな」
蟹座はつまらなさそうに呟いた後、欠伸して、部屋へと帰る。帰りがけにがしゃんと大きな何かが割れる音がしたが、それは蟹座が苛ついて八つ当たりに飾っていた大壺を割った音だと、皆は確認せずとも理解している。
きっと彼はまた誰かに奪われまいとしている狂った愛属性と、心の内で戦っているのだろう。
もしも、また狂ってしまったらそれを宥めたり、救おうとする柘榴は今床に臥せっている。だからこそ、普段はそのままにするその属性を、今だけは、陽炎がああなっている今だけは押さえつけようと必死なのだろう。
獅子座と鷲座も堪える。水瓶座もどうなっているかは判らないが、きっとまた訪れた陽炎に戸惑うだろう、躊躇うだろう。
「……これ、あれじゃな。事件が終わったら、犯人に柘榴君が以前陽炎君を裏切ったという子供を再起不能にした台本を、夢に毎回出るように催眠がけようぞ」
「そんなのじゃ生ぬるいわ、魚ちゃん。――青い部屋に閉じこめるのよ、永遠に」
その言葉には皆が同意した。
青い部屋、それは三十分居るだけで、自殺したくなる部屋だと聞いたが、きっと彼らがそれを実行するときは、周りに死ねそうな道具など何一つ置かないのだろう。
先の見えるような見えないような不安に、誰かがため息を漏らした。
*
陽炎は止める水瓶座を押しのけて、柘榴に会いに行く。ちょっとだけだから、流行病じゃないんだろう、と理由を無理矢理につけて。
柘榴は最初はベッドの中で目を閉じて魘されてるような表情をしていたが、微かに震えながら誰かが来たのだと足音で気づくと、眼をゆっくりと薄く開き、いつもはまっすぐに強い彼の瞳が小さく弱々しい光を持っていた。
その眼だけで、陽炎は柘榴がかなり体力的に弱っているのだと知り、報告しようと思っていたことを口の中で押しとどめて帰ろうとするが、柘榴が「薄情だねぇ」と咽せながらも笑ったので、首を傾げて再び柘榴の頭近くに寄って小さな声を聞き取ろうとする陽炎。
「何が薄情なんだ?」
「その顔。何かあったって書いてあるのに、おいらには言わないンだ?」
緊急時には会って良い、って言ったのにと顔に少し不機嫌さが見える柘榴。
だがその顔も今はいつもより不敵さがなく、元気の良さも伺えないので、陽炎は負担をかけたくなくて、無理矢理に笑う。
「心配すんな」
だが、その行動の方が柘榴の怒りを買ってしまったようで、柘榴は残っている貴重な体力を使い、すぐ近くにいる陽炎の腹を殴ってやり、睨み付ける。
柘榴が陽炎に対してこうやって怒りにまかせた暴力をふるうのは初めてで、陽炎は痛みよりも――痛みは痛み虫が治すからというのもあるが――そのショックで大げさに痛がってしまった。
普段の柘榴の反応で予測するなら此処で謝って後に少し説教へと繋がるのだが、今の柘榴は謝る気が微塵もなさそうで、ただ己を睨み付ける、弱々しい色の眼なのに。
「何だよ、その顔。何なんだよ、変に気ィ使っちゃって。あんた、今までおいらに散々甘えてきたんだから、流行病だからって遠慮するなよ。それとも病人じゃ頼りに出来ないわけ?」
「違う……。だって、どうしていいか、わかんねぇんだよ。苦しんでるお前に、わざわざこんな話しようってしてた俺が間違ってたんだよ……。俺が乗り越えなきゃいけねぇんだ」
その言葉に柘榴は、独り立ちという単語を思い出した。
それは嬉しいことだろうし、彼にとっては成長した証だが、自分をもう要らないと言われているみたいで、柘榴は少し傷ついた。
病気は人の心も弱くする。それは、柘榴の病状を気遣ってのことだというのに。
――でも、柘榴は不思議な男に言われた言葉をよく思い出してから、冷静さを取り戻し、何かあったらすぐに自分が聞かないと、陽炎が危険だと思い出し、陽炎へ自分に話すように説得しようと、不機嫌そうな顔をそのままに試みる。
「バーカ。おいら達なんかより、もっと苦しくなるんだよ、あんた。あんたが狙われてる。だから何かあったら、すぐに教えてくれないと……」
「……――もし、プラネタリウムを誰かに渡すことで柘榴と劉桜が苦しまないなら、すぐに渡す。そうすりゃ、俺も苦しまない。星座達だって納得す……」
「もう一発殴られたい……? あんた、おいらから体力奪って殺したい?」
柘榴は、男の第一声と、忠告の大事な部分を思い出し、少し陽炎の発言に慌て、怒号を飛ばすよりも酷く威圧的な声が出た。
プラネタリウムをとられたら駄目、星座なんて幾らでも貸し出せばいい。そう言っていた。
プラネタリウムを取られれば陽炎は殺される、そうも言っていた。
――この言葉はきっと、偽物を作ってそれを相手に渡して、星座達にはその見えない誰か達が主になったと思わせておけばいい、ということなのだろう。
(――こうやってかげ君が考えることもお見通しだったわけだ。妖術使いってのは怖い。だから妖術は嫌い、なんだ。うん、嫌いってしっくりくる。憎い、っていうより、嫌い。肌に合わないんだ――)
星座達に出来る今回の庇護方法は、きっと演技力。そして、陽炎を裏切るような振る舞いをすることに耐えられるかどうかの忍耐力。
「……――柘榴君、陽炎君」
「困ったね。陽炎どのの一番の頼りと、近頃甘えたな精神は柘榴があってこそなのに、柘榴が居なくなれば、足場は脆くなる。一度覚えた安堵は、すぐには消えない……」
「っていうか、明日、沢山人が押し寄せるんじゃないの? あの水で効力出ちゃったんだからさ、もうワクチン此処にあるって判っちゃったじゃん。インチキでも」
冠座がそう言うと、大犬座は劉桜と柘榴が元気だったときに話していたちょっとさっきまでの会話を思い出し、唇を噛みしめ、怒気で顔を真っ赤にする。
「だとしたら、誰が敵なのか、はっきりとしたわ。プラネタリウムの新興宗教よ。そいつら、あたしたちを陽炎ちゃんから奪って、金儲けの道具にするつもりなんだわ」
「――あんな不吉の玉を崇めるなんて、大した宗教だな」
蟹座はつまらなさそうに呟いた後、欠伸して、部屋へと帰る。帰りがけにがしゃんと大きな何かが割れる音がしたが、それは蟹座が苛ついて八つ当たりに飾っていた大壺を割った音だと、皆は確認せずとも理解している。
きっと彼はまた誰かに奪われまいとしている狂った愛属性と、心の内で戦っているのだろう。
もしも、また狂ってしまったらそれを宥めたり、救おうとする柘榴は今床に臥せっている。だからこそ、普段はそのままにするその属性を、今だけは、陽炎がああなっている今だけは押さえつけようと必死なのだろう。
獅子座と鷲座も堪える。水瓶座もどうなっているかは判らないが、きっとまた訪れた陽炎に戸惑うだろう、躊躇うだろう。
「……これ、あれじゃな。事件が終わったら、犯人に柘榴君が以前陽炎君を裏切ったという子供を再起不能にした台本を、夢に毎回出るように催眠がけようぞ」
「そんなのじゃ生ぬるいわ、魚ちゃん。――青い部屋に閉じこめるのよ、永遠に」
その言葉には皆が同意した。
青い部屋、それは三十分居るだけで、自殺したくなる部屋だと聞いたが、きっと彼らがそれを実行するときは、周りに死ねそうな道具など何一つ置かないのだろう。
先の見えるような見えないような不安に、誰かがため息を漏らした。
*
陽炎は止める水瓶座を押しのけて、柘榴に会いに行く。ちょっとだけだから、流行病じゃないんだろう、と理由を無理矢理につけて。
柘榴は最初はベッドの中で目を閉じて魘されてるような表情をしていたが、微かに震えながら誰かが来たのだと足音で気づくと、眼をゆっくりと薄く開き、いつもはまっすぐに強い彼の瞳が小さく弱々しい光を持っていた。
その眼だけで、陽炎は柘榴がかなり体力的に弱っているのだと知り、報告しようと思っていたことを口の中で押しとどめて帰ろうとするが、柘榴が「薄情だねぇ」と咽せながらも笑ったので、首を傾げて再び柘榴の頭近くに寄って小さな声を聞き取ろうとする陽炎。
「何が薄情なんだ?」
「その顔。何かあったって書いてあるのに、おいらには言わないンだ?」
緊急時には会って良い、って言ったのにと顔に少し不機嫌さが見える柘榴。
だがその顔も今はいつもより不敵さがなく、元気の良さも伺えないので、陽炎は負担をかけたくなくて、無理矢理に笑う。
「心配すんな」
だが、その行動の方が柘榴の怒りを買ってしまったようで、柘榴は残っている貴重な体力を使い、すぐ近くにいる陽炎の腹を殴ってやり、睨み付ける。
柘榴が陽炎に対してこうやって怒りにまかせた暴力をふるうのは初めてで、陽炎は痛みよりも――痛みは痛み虫が治すからというのもあるが――そのショックで大げさに痛がってしまった。
普段の柘榴の反応で予測するなら此処で謝って後に少し説教へと繋がるのだが、今の柘榴は謝る気が微塵もなさそうで、ただ己を睨み付ける、弱々しい色の眼なのに。
「何だよ、その顔。何なんだよ、変に気ィ使っちゃって。あんた、今までおいらに散々甘えてきたんだから、流行病だからって遠慮するなよ。それとも病人じゃ頼りに出来ないわけ?」
「違う……。だって、どうしていいか、わかんねぇんだよ。苦しんでるお前に、わざわざこんな話しようってしてた俺が間違ってたんだよ……。俺が乗り越えなきゃいけねぇんだ」
その言葉に柘榴は、独り立ちという単語を思い出した。
それは嬉しいことだろうし、彼にとっては成長した証だが、自分をもう要らないと言われているみたいで、柘榴は少し傷ついた。
病気は人の心も弱くする。それは、柘榴の病状を気遣ってのことだというのに。
――でも、柘榴は不思議な男に言われた言葉をよく思い出してから、冷静さを取り戻し、何かあったらすぐに自分が聞かないと、陽炎が危険だと思い出し、陽炎へ自分に話すように説得しようと、不機嫌そうな顔をそのままに試みる。
「バーカ。おいら達なんかより、もっと苦しくなるんだよ、あんた。あんたが狙われてる。だから何かあったら、すぐに教えてくれないと……」
「……――もし、プラネタリウムを誰かに渡すことで柘榴と劉桜が苦しまないなら、すぐに渡す。そうすりゃ、俺も苦しまない。星座達だって納得す……」
「もう一発殴られたい……? あんた、おいらから体力奪って殺したい?」
柘榴は、男の第一声と、忠告の大事な部分を思い出し、少し陽炎の発言に慌て、怒号を飛ばすよりも酷く威圧的な声が出た。
プラネタリウムをとられたら駄目、星座なんて幾らでも貸し出せばいい。そう言っていた。
プラネタリウムを取られれば陽炎は殺される、そうも言っていた。
――この言葉はきっと、偽物を作ってそれを相手に渡して、星座達にはその見えない誰か達が主になったと思わせておけばいい、ということなのだろう。
(――こうやってかげ君が考えることもお見通しだったわけだ。妖術使いってのは怖い。だから妖術は嫌い、なんだ。うん、嫌いってしっくりくる。憎い、っていうより、嫌い。肌に合わないんだ――)
星座達に出来る今回の庇護方法は、きっと演技力。そして、陽炎を裏切るような振る舞いをすることに耐えられるかどうかの忍耐力。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
キスから始まる主従契約
毒島らいおん
BL
異世界に召喚された挙げ句に、間違いだったと言われて見捨てられた葵。そんな葵を助けてくれたのは、美貌の公爵ローレルだった。
ローレルの優しげな雰囲気に葵は惹かれる。しかも向こうからキスをしてきて葵は有頂天になるが、それは魔法で主従契約を結ぶためだった。
しかも週に1回キスをしないと死んでしまう、とんでもないもので――。
◯
それでもなんとか彼に好かれようとがんばる葵と、実は腹黒いうえに秘密を抱えているローレルが、過去やら危機やらを乗り越えて、最後には最高の伴侶なるお話。
(全48話・毎日12時に更新)
誰よりも愛してるあなたのために
R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。
ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。
前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。
だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。
「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」
それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!
すれ違いBLです。
初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。
(誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)
【完結】もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。
本編完結しました!
おまけをちょこちょこ更新しています。
第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる