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第二話 失恋に一夜の淫夢

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 衣服を整えて消臭剤を車の中でまき散らしてから、目的の場所につけば、おねだりで買って貰った毛皮のコートを着直して一軒のアパートで呼び鈴を押す。
 呼び鈴を押しても返事がないので、奏さんと顔を見合わせ、奏さんは扉をこんこんと叩く。
「おい、旋風。失恋には新しい恋がいいだろ、一夜限りの恋買ってきたぞ」
 こんこんとリズムよく叩いても反応なく。
「おい、童貞。いないのか、童貞だからって恥ずかしがらなくていいんだぜ」
 と奏さんが連呼しながら扉をこんこんし続けると、やがて扉がのそっと開いた。

 中には、百七十五センチ……オレと奏さんの間くらいの背丈の青年がいた。
 やたらと鋭い眼差しは真っ黒で、髪の色は黒髪にもみ上げにあたる箇所の髪束だけメッシュを入れた暗い青年だった。

 扉を開きながら奏さんを睨み付けて、その次にオレを見つめる。
 オレと目が合うと、青年は暗かった面持ちをぱあっと明るくし、顔を赤らめた。
 分かりやすい反応だ、流石童貞候補。
 オレは営業スマイルを浮かべながら、手をひらっと振って声をかけてみる。

「日向っていいまーす」
「ひな、た? あ、僕は旋風(つむじ)といいます」
「宜しく。そう、一夜限りの恋の相手はオレ。オンナノヒトのが良ければ、連絡して用意してもらうけれど……」
「い、いや大丈夫……というか、貴方がいい。貴方が最高です」

 トロトロとした眼差しで蕩けてるなあ。ハートマークが浮かんでは消えるのが見て取れる。
 やたらと色事の攻撃に弱そうな人だと思いながら、あとは任せろと奏さんに視線を送ると、奏さんは「明日迎えにくる」と帰って行った。

 帰りの際に、ぽそりと「くれぐれも命が惜しければ惚れさせるな」と言われたけれど、もうこれは無理だろう。警戒するのは今からだと。

 とりあえず中にお邪魔させて貰うと、旋風とやらは慌ててお茶を淹れに台所に向かった。
 部屋に上がらせて貰えば、そこは1LDKの意外と広い部屋だった。
 一人暮らしには十分な、だけど趣味のものが少し少ないから、旋風という人物が探りにくかった。
 ふと勝手に部屋をきょろきょろしていれば、ランプで浮かび上がる星座の置物を見つけたものだから少しはしゃいでしまった。

「星空好きなのか?」
「ああ、うん。ずっと、星の中で待機してるから。星座も覚えたよ」

 お茶が入ったからか良い匂いが広がり、オレはランプの置物を置いて、お茶に釣られて居間に戻る。
 お茶を頂きますと飲むと、じろじろと不躾な視線が寄越される。
 そこまでは慣れてるからいいんだけどさ。

「お人形みたい」って早口で十秒ごとに口走るから、若干怖い。

「えっと、オレね、一応男娼ってやつでさ」
「男娼だからこんなに美しいんですね、日々努力してる証だ……」

 段取りの説明をしようとしたら、そんな言葉言われてぽかんとした。
 男娼と聞いて、即座に努力してて美しいなんて言葉が出る人間に、出会った覚えがないんだ。
 奏さんでさえ、オレを商売の人として扱うから、それは当たり前のことだと思っていたのに。
 少しだけ旋風に興味がわいた。

「旋風は失恋しちゃったんだってね?」
「そうなんです……僕が愛してるって毎日毎晩毎朝言ってるのに、他の男に愛想振りまくから……僕、つい閉じ込めて。僕だけを見て欲しくて。愛して欲しくて」
「監禁しちゃったの?」
「後処理は完璧にしましたよ!!」

 いや、誇るところそこじゃないから。
 旋風は何処か危うい人だった。価値観も、感覚も、性格全て。
 オレは旋風の頬に触れ、顔を間近で見つめて秋波を送りながら「可哀想に」と慰める。
 それを要望されたっぽいしな。

「とっても傷ついたんだね」
「うっうっ……本当に好きだったんです。でも、あの人、今を逃したらきっと小指が一個欠けて可哀想になるから。そうなる前に、完璧な姿で愛を完成させたかったんです」

 泣きながら放つ言葉を本格的には考えたくないな、と思案し、大丈夫と声にした。

「あとはオレに任せて。一晩くらいなら、埋めてあげる。その為のオレだよ」
「ひなた、さん……」
「ベッド、行こう?」


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