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第八話 少し切ないバレンタイン

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 バレンタインがいよいよ近くなっていた日だった。透夜とも大分付き合ってから月日は経っていて、まだまだ蜜月の雰囲気だったんだけど。
 それは多分オレが、自分のことに疎くて、自分を大事にしなさすぎた結果だった。
「チョコほしーなー」
 同僚の一人に言われ、そいつは誰からもチョコが貰えないと騒ぎ立てるバレンタイン信者だった。
 バレンタイン信者はチョコの数で張り合い、チョコの甘みに飢えていることは世代の野郎にはおなじみだったので理解はしていた。
 オレは多分、自分を軽く捉えていたんだと思うし。もっと言えば、透夜からの思いの重さを知らなかったんだと思う。
 透夜はいつもイケメンのおじさまが好きだ、とか。スパダリの話ばかりするから。オレのことは好きだけど、それでもそのラインナップには勝てないのだろうと。
 同僚に義理をあげる約束をして、男相手でも喜ぶのだからよく判らなかった。
 バレンタインの前日に、家にやってきた透夜はチョコが透夜の他にあると冷蔵庫を見て気付くと一気に機嫌を悪くした。
「……バレンタインに他のやつに会いに行くのか」
「え? 義理を渡しに……」
「お前、バレンタインだぞ……」
 透夜の顔は泣きそうで、今にもぶち切れる寸前の顔だった。
 オレはまずいことをしたのだと気付いても、約束を破る気まずさを知っているから何も言えず。言葉を失っていると透夜は部屋をでた。
 ああ、そうだな。こんな日に、愛の日間近に家出させてしまったな。こういうとき、一緒に住んで無くてよかったとおもうよ。お前には帰る場所ができている。
 自分で行った失態なのに、どう償って良いのか判らず。その後メッセージアプリを飛ばしても何も反応がなかった。
 義理チョコは結局すまないと断って、あげるのをやめ。さて、どうしたものかと悩む。
 透夜の家の前で、雪の降る中帰りを待っていると、仕事帰りの透夜と出くわす。
 透夜はドーベルマンみたいに唸り、オレを睨み付けた。

「他のやつがいいんだろ、他に行け」
「そういうことじゃ、ないんだ、透夜が一番好きだよ……」
「……オレに時間がないからか」

 透夜はサラリーマンという役職で、オレは自営業というか。芸術家という、時間のずれをとても気にしていた。透夜はいつも他に良い奴がいるんじゃないか、と畏れていた。
 迂闊なことをしたんだと、オレは透夜を抱きしめた。

「大事な奴を大事な日に、大事に出来なかったら意味ないよな……」
「まあ、寒いから……お茶にしようか」

 透夜はあがっていけば、とマンションの階段まで案内し扉を開ける。
 いつもオレの家ばかりだから久しぶりの透夜の家に、オレは透夜につつまれてるような感覚で少しだけ冷えた指に感覚が戻った。

「あのな。受け取って貰えないかも知れないけど、オレからのチョコ……可愛いんだ、これ」
「おお、ウィスキーの入ってるやつまである! うまそう!」
 透夜はオレの硬い態度も気にせず、部屋の中に入ればソファーに招き、お茶を淹れてくれた。
「チョコの試食いいよな、会社の女の子が男性社員全員に配るから荷物持ちに着いていったんだけどさ」
「へえ、美味しかったらもう一個取りに行くんだろ?」
「あたりまえだ! もういっこーって知らないふりしていく!」

 嗚呼、良かった。普通に。普通に話せている。
 そのまま透夜との雑談は沢山溢れ、思った以上に甘い日になりそうだった。
 もっと甘い日にするには、勇気がもう一声。
 口元にチョコを持ってきて、指を差すと、透夜は瞬き誘いに乗ってくれた。
 そのまま深く口づけ、チョコを口腔で溶かしきって、それでもそのまま口腔を互いに味わう。
 止め時が判らず、ちゅ、ちゅ、とキスをしていれば透夜が笑ってくれた。
 それだけで、許された気持ちになった。

「甘い日になった、有難う、ごめんな。透夜と、甘い日にしたかったから、嬉しい……オレさ、透夜と甘い日にしたかったんだ」
「今日は約束していたから。大事な日にしたかったんだ……ありがとうな薫」

 透夜は、いつも。いつでも、重い話のままにしないで、元気をくれる。
 お前が悪いと暗にほのめかさず、さらっと本気で反省すれば、考えてくれる。
 透夜との日は、とても甘くて大切な日だった。


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