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第三話

誘致と出会い

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「あの足だ、目立つしそう早くは動けないんだけど」

 部下と一緒に走りながら、アレッタの居たラボへと向かった。中に入ると、もぬけの殻だった。跡形も何もない。
 ベッドの周辺には、一つの箱があった。蓋を開くと、きちんと縛って分けられた大量の毛が入っていた。恐らく、こうやって溜め続けていたのだろう。こんなに大切にしておいていたということは、きっと自主的に消えたわけではないはずだ。さらわれた、と考えるのが妥当だろう。

「誰かがやったにしても、いつだ?」
「ここに、アレッタは一人だったんですか?」
「さっき十五分程、僕は留守にしてたんだ。事務室に取りに行かないといけない資料があって。でも確かにその間はアレッタ一人だった……鍵はかけたんだけど」

 扉の、錠の部分を見る。近付いて中身を見るまでもなく、状況が分かった。真っ二つに割れている。これはどう見ても、悪意ある行動だ。

「俺、『種』もらってきます。今一個もないんで」
「えっ? もしかして、やる気かい?」

 どの意味でかは分からなかったが、頷く。少なくとも、見て見ぬふりはしていられない。越えると、決めたのだ。
 アマイルスは頷くと、箱を手に取った。

「ありがとう。僕はその間、事務室に行って警戒令を出してもらう。それと、この箱の指紋もとってもらう」
「指紋?」
「アレッタはいつも、これをシーツの中に隠していたんだ。外に出ていたということは、犯人が触っている可能性もある。あとで広場で落ち合おう」
「はい」

 二人で、部屋を出た。やがてアマイルスと別れると、まず作戦部へと向かう。先程の部屋には、どうやらアキラがまだいるらしい。照明が漏れていた。

「アキラさん!」

 いきなり飛び込んできた総吾郎に少し驚いたのか、目を見開く。しかしすぐに、落ち着いた様子で「どうしたの」と返してきた。

「アレッタがいなくなりました。さらわれたみたいです」
「アレッタ? ああ、あの下半身のイタリア系の子ね。どういうこと?」

 状況をかいつまんで話すと、アキラはすぐに奥へと引っ込んだ。すぐに戻ってきた彼女の手にあったのは、お試し用の『種』が入っていた籠よりも大きな籠を持ってきた。籠というより、バスケットだ。恐らく、実践用だろう。蓋を開くと、きちんと仕分けされた『種』がびっしりと詰まっていた。

「この中から、手頃そうなのいくつか選んで。これごと持っていかれると困るから。相性良かったやつを。あとこれがさっきあなたが忘れていった新作」

 それを聞き、まず深い青の『種』を手にとった。スペースに直接書かれた能力は、『氷』だった。これは、最初の時に保障されている。
 一つだけでは不安なので、もう一つ紫の種を選ぶ。『雷』のものだ。そこで、一つ思い出す。

「『圧力』の種は、ないんですか?」
「あれは『ドリフェ』から一粒だけちょろまかしたから、ここにはない。あと、私的にはこれがおすすめ」

 そうして差し出されたのは、銀色の『種』だった。能力は、『無呼吸』とある。

「何ですか、これ?」
「いざという時使って。無呼吸でも生命維持が可能になるやつだから。最悪危険地帯とかに逃げ込まれた時使える」

 納得がいき、礼を言うと部屋を飛び出した。しかし後ろから、足音がついてくる。アキラだった。

「私も行くわ」
「え、いいんですか?」
「丁度休暇をもらえたところだから」

 尚更駄目な気もするが、心強い。もう一度礼を言うと、広場へ向かった。
 広場では、サイレンが甲高く響いている。エレベーターにも柵がおりており、封鎖されていた。そのすぐそばに、アマイルスが立っているのが見える。そこへ駆け寄ると、部下の傍らにアレクセイが居るのが見えた。

「『種』、大丈夫だったかい?」
「はい。何でアレクセイさんがいるんですか?」

 彼は苦虫を噛み潰したような顔をして、うなるように呟いた。

「マトキも消えた」
「マトキさんが!?」

 彼女とは、アキラと会う前に別れたきりだった。まさか。

「指紋とってきた。すると、僕、アレッタ、そして滝津マトキの指紋が見付かったんだ」
「そんな……」
「でもアレッタは改造された下半身も接合してある状態だ。体重は百二キロ……女の子一人で担げる重さじゃない。それに、ラボをもう一度よく調べたらベッドに荒らされた形跡があった。アレッタがついていった、って線はやはり考えられない」

 もしマトキが犯人で協力者がいるとすれば、それは恐らくアレクセイだろう。しかし彼は、ここにいる。それも、マトキの行動が予想外とも言わんばかりの顔だ。
 ともかく、マトキを探さなければ。そこまで考えて、思い出した。

「栄佑さんは?」
「職員二人とマトキの匂いを追っている。何か見つけたらすぐに連絡をくれると言ったけど、まだ来ない」

 苛立ちを含んだアレクセイの声は、どこか私的なものが感じられた。まるで、マトキ単体を探しているような。
 やがて、部下の携帯が鳴った。すぐに応答し、緊張した面持ちで受け答えする。すぐに切ると、携帯を白衣に突っ込んだ。

「滝津マトキの匂いを見つけたそうだ。駐車場で消えたらしい」
「車取られたってこと?」

 アキラの声に、最悪の想定が浮かぶ。しかし、予想外の言葉がとんできた。

「あの子、それはわざと?」
「え?」

 不審げにうめくアキラのかわりに、アマイルスが説明する。

「うちの車は、全部GPSがついている。仕事上、急に運転不備が出たりしたら大変だからね。でもそれは、救急用の看護車もだから看護士は知ってるはずなんだけど」
「とりあえず、追いましょう。あなたは事務室から追跡モニター借りてきて。潰すわよ」

 やはり、そういう展開になるのか。溜息を吐きながらも、嫌な胸騒ぎを確かに感じていた。




「……停車した?」
「気付いたのかしら」
「でも、まだ先ですね。二キロ程です」

 アキラは運転しながら、そう呟いた。助手席でモニターを見ているアマイルスの指示を聞きながら、荒い運転を続ける。正直、酔いそうだった。
 後部座席で隣に座るアレクセイは、あまりにも苛立っているようだった。そういえば、彼はいつもマトキにべったりだった。マトキがアレッタに初めて会いに行ったあの時も、まるでアレクセイをかいくぐるかのような行動だったように思える。

「なあ、もしかしてマトキちゃんって『neo-J』じゃない?」
 
 アレクセイの反対側で総吾郎を挟むようにして座る栄佑は、鋭い声で言った。駐車場で彼を拾うと、「総吾郎が行くならついていく」と乗り込んできたのだ。狼化すれば戦力になるから来い、とアキラは言っていたが予想外の言葉だった。アキラはルームミラー越しに栄佑を見ると、「何で?」と問うた。しかしどうも、それはただの確認に思える。もしかすると、彼女は予期していたのかもしれない。

「『neo-J』っつーか、匂いがただの人間じゃなかった。もっと草っぽいっつーか、獣っぽいっつーか。ずっと黙ってたけど」
「そうそう『合成人間』なんているものなの?」

 ざっくりと切り込んできたアキラの問いに、栄佑は呻くように首をひねった。

「今、俺含めたらざっと百人くらい」
「そんなに!?」

 総吾郎の驚きに、栄佑は気まずそうに顔をそらした。何か言いにくそうに、ごにょごにょと口を動かす。

「一応、分類だけで言うなら。ただ俺みたいに完全な成功例は、多分その三分の一くらい? や、そんなにいないかな?」

 それでも、想像していたより多い。それはアキラも同じらしく、眉根が寄っている。運転も、一瞬だが荒さを増した。車体が、跳ねる。

「この際だから、滝津マトキが『合成人間』って説はおいておきましょう。あとで本人とっ捕まえればいい。問題はあなた、品野アレクセイ」

 はっとして、隣を見た。彼は苛立った様子で、ルームミラーを睨んでいる。しかしそれは、先程からその波が変化している様子がない。恐らく、彼の中ではマトキへの苛立ちしかないようだ。

「滝津マトキがこんなことしでかしている以上、あなたへの嫌疑もある。同期で『卍』に来て出身が揃って国家病院……出来過ぎ。いくら出奔理由があれでも」

 アキラの言葉の意味が分からず栄佑を見るも、彼は何も言わなかった。しかし、分かっていないわけではないようだ。表情が落ち着いている。
 アレクセイはようやく、口を開いた。

「まず、マトキと話をしたい」

 アキラは一瞬考え込む素振りを見せると、「分かった」とだけ言った。しかし彼女のことを知っている総吾郎からすると、ただの牽制にしか見えない。
 やがて、海が見えてきた。あの火事のあとの港を思い出し、全身の震えが蘇る。栄佑が心配そうに身を寄せてくるが、変わらなかった。

「さっきの『種』、いざとなったら使うこと。ああ、今の内に何か一つ吸収しておきなさい。何が起こるか分からない」

 話を変えようとしているのか、アキラの声が届いた。はっとして自分を取り戻すと、「はい」と力強く頷く。そして、巾着から雷の「種」を取り出すと、強く握り込んだ。
 マトキの車はあれから動いておらず、やがて『卍』と書かれた白い大型のワゴンが見えてきた。しかし、その車体はあちこちへこんでいる。

「随分とやらかしましたね」

 アマイルスの呆れ声からして、どうやらあれはマトキの仕業らしい。アキラは港に入ると、マトキの車に横付けした。エンジンが切れたのを確認すると、栄佑と部下を残して降車する。

「マトキ!」

 アレクセイの怒鳴り声が、港中に響いた。晴天を泳ぐウミネコ達が、それに応えるように鳴く。しかし地上で、一つの影が揺らめいた。マトキだ。
 彼女は楽しそうに笑いながら、踊るように現れた。アレッタは、いない。

「ふふふ、ここまで来たかあ。よかった、GPSついてて。でも早かったね」
「何故単独行動した!」

 アレクセイの願望を聞き入れているからか、アキラは何も言わない。ただ、警戒して二人の会話を聞くことに集中している。総吾郎もまた、うずく口を必死に止めた。

「え? だって、暇だったんだもの。先生は先生でちゃんと仕事しちゃうし。マトキちゃん待ちくたびれてしなしなになっちった」
「お前、須藻々さんの指令忘れたのか! 失敗さえしなければどれだけ時間かかってもいいって」
「いやー、問題ないって」

 マトキは、笑っていた。いつも見ているのとは違う、歪んだ笑み。そこから発せられる言葉は、まるで鉛のように重い。

「要はさ、成功すりゃオッケなんでしょ。いくらスピーディーでも、いくらあたしが楽しんでも。成功さえすりゃ、あの人は喜んでくれる」

『おけけをもっていけば、ママはよろこんでくれる』

 その言葉を思い出す。アレッタの、あの純粋な母を喜ばせたいという気持ち。しかし今のマトキからは、もっと違う何かを感じる。それは即ち、任務だからということなのか。
 アキラの足が、一歩踏み出た。はっとして意識を状況へ改める。彼女の顔は、仕事のものに変わっていた。

「もう、いい。私も待つのは嫌いだから」
「あっ、私と似てるクチ? いいねえそういうの」

 舌なめずりに、意識が持っていかれる。その赤い瞳は、ずっとこちらを見ているというのに。

「――ぞっくぞっくしちゃう!!」

 何かが、風を切る。アキラが、飛んでいた。

「アキラさん!?」

 マトキの車にその身を打ちつけ、ずり落ちていく体は地へ崩れた。同時に、栄佑が飛び出してくる。

「アキラちゃん、大丈夫!?」
「っく……」

 腹を押さえ、アキラはうずくまる。嘔吐する彼女をさすりながら、栄佑は総吾郎を見た。

「こっちはどうにかしとく、また後で加勢するから!」
「さっせなああああああい!」

 姿が、認識出来ない。彼女はまるで、ただの風だった。
 突っ切っていくスピードが、速い。しかしそれを、上回れた。

「……へ?」

 風が、止んだ。どさり、と地にマトキが落ちる。その体の回りを、青白い閃光が踊っている。驚きに満ちた目をこちらに向けてくるマトキは、異形だった。
 黒髪の中、こめかみより少し上の部位から長い灰色のものが生えていた。兎の耳だ。ぴこぴこと動くそれは、細かい毛がたくさん逆立っている。静電気の力だ。

「なに、今の。総ちゃん」

 無邪気な、声だった。怒りも何も含んでいないかのような、邪気の無い純粋な声。そのことに驚きながらも、総吾郎はずっと伸ばし続けている右手を緩めずに張り続ける。

「電気を、撃ったんです。指先に集中させて」

 前回栄佑と交戦した際は、がむしゃらに放っただけの電撃。二度目の今、体に種がなじんでいるのがはっきりと自覚出来る。戦い方を、身をもって感じることが出来ていた。

「やだ、すっごい。それが『種』の力ってやつ? マトキちゃん驚きー」

 ふざけた物言いだ。しかし、彼女は心底楽しそうに耳を揺らす。麻痺しているはずなのに、辛そうな素振りを一切見せない。その意味が、分からなかった。

「何で……っそんな、笑って」

 総吾郎の漏れだした問いに、マトキはくすくす笑った。その姿すら、どこか狂気じみて見えてきた。充血しきったかのような赤い目が、余計そうさせるのだろうか。

「楽しいの! すっげ楽しい!」

 アレクセイは、じっとマトキを見ている。助けるつもりはなさそうだ。そのことにも、違和感を覚える。

「ぎゅふふっ……そりゃさ、任務も大事よ。でもさあ、つまんない任務やるくらいなら死にたいし、光精さんに怒られることもしたくない……でもさ、こうやっていざこの体になったらねえ」

 目に見える程高密度の閃光を浮かせ、マトキは立ち上がる。はっとして慌てて右手を構えるも、マトキの言葉は止まらない。

「止っまんない! 動かしたいのよ体を! 馬鹿みてーにセックスばっかしてたあの時なんかと比べもんになんないの要は! すっげえ気持ちいいの! 楽しい! 人蹴って任務こなして殴られるのすんげえ気持ちよくってさ! 自分が女の子に生まれたこと後悔するレベルで血を流し合うのが楽しいの! たまに任務忘れちゃうくらい!」

 叫びと耳の動きが連動して、可視化している電気の火花が舞う。その顔は、本気で楽しそうだった。水を得た魚とも言える程の、邪気が一切ない……しかし、あまりにもタガの外れた笑み。

「田中くん」

 アキラが、気付けば傍に居た。踊るようにふらつくマトキから目を離さず、耳元に唇を寄せてくる。

「悪いけれど、アレッタの救出は後に回す。まずは、あのドMキチ女をぶっ潰す」

 正直、そこに異論はない。マトキの様子からして、中途半端に牽制するだけでは意味がない。ただ何より、アキラのことだ。きっと取り返しのつかないことはしないだろう。

「マトキさんのアレって、兎ですよね」

 あの耳の形状からして、疑いようはない。先程の身軽さも、知っている兎を思い返せば頷ける。アキラもまた「恐らくね」と返してきた。

「ただ、兎には何が効くか私には分からない。だからとりあえず動きを止める。勘でいい、私の援護をして」
「はい」
 
 アキラは、一歩踏み出した。電気の痺れが効いているのか、マトキは未だふらついている。しかし、火花の数は減ってきた。彼女に気付かれないように、右手の人差し指を彼女に向ける。マトキはそれに気付いているのかいないのか、アレクセイの方を向いた。

「先生―、ねえ、だめ? ここでこの人達皆殺しにして、さっさと帰る案!」

 アレクセイの表情は、硬い。何も返さない。そんな彼にも苛立った様子は特に見せず、マトキはただ笑った。

「ふふふー、やっぱ先生大好き」

 肯定だったのかよ、とアレクセイを見返した瞬間だった。側頭部に、鋭い衝撃がとんでくる。同時に重力がかっ飛んだのを感じた。地面に叩きつけられてようやく、マトキの蹴りだったことを思い知る。意識は何とか、保った。

「総吾郎!」

 栄佑の叫びに応えようにも、頭ががんがんと音を鳴らす。あれはどう考えても、女の脚力ではない。やはり、兎の力なのか。あの、腕を捕まれた時の非力さが嘘だったかのようだ。
 仰向けになった総吾郎の上に、黒い影がやってきた。マトキだ。表情は見えないが、きっと笑っている。

「んー、皆殺しっつってもあたし総ちゃんのこと気に入っちゃったしなぁ。よし、総ちゃんはうちに連れて帰りましょ! 他全員殺しましょ! 特に天然巨乳!」

 そう言って、マトキは消えた。しかしそれは、彼女が自分で消えたわけではない。一瞬にして伸びてきた蔦が、彼女を二足立から引きずりおろしたのだ。
 ゆっくりと体を起こすと、やはりアキラが蔦を伸ばしていた。その顔は、いつもの無表情。

「……やれる? あなた風情が」

 蔦が、マトキを持ち上げる。そしてそのまま、遠心力でテトラポットへと彼女を勢いよく投げ飛ばした。
 大きい打撃音に、何かが潰れる音が被さる。それは、グロテスクな事実だった。

「マトキ!!」

 アレクセイの絶叫が、港中に響く。そのまま彼は、テトラポットの群れへと駆けた。アキラはそれを追わず、彼の背を眺める。総吾郎は、そんな彼女を見つめていた。
 あの音は、潰れる音だった。テトラポットではなく、すなわちそれは、

「大丈夫よ」

 言いたいことが分かったのだろう。アキラは総吾郎の方を見もせずに呟いた。

「死なせてはいないわ、ちゃんと隙間へ投げた。五体満足の保障はないけれど」

 アレクセイが、こちらを向いた。その顔は、醜悪なものへと変わっている。しかし、アキラはそれに怯むことなく「生きてるでしょう」と悪びれず放った。アレクセイは憎憎しげに頷くと、こちらへにじり寄ってくる。

「俺は、あまり必要ないことはしたくない。だが、今ここで必要性を感じた」

 彼の手が、羽織っている白衣の中へ潜った。

「女、お前はマトキに危害を加えた。総吾郎、お前はマトキに興味を抱かせた」

 彼が放った言葉は、それだけだった。アキラの蔦が、瞬時に伸びる。しかしアレクセイには分かっていたようで、すぐさまかわされた。
 総吾郎はそれを迎えるようにして、白銀の電撃の弾丸を撃つ。体内で高圧縮した電流を、指先から真っ直ぐに飛ばした。可視化したそれは、それなりのスピードをしていたはずだった。しかし、それすらも側飛びでかわされる。もう一度体内で、「種」の力を収縮しようとするも一気に倦怠感がまわってきた。恐らく、「種」の力切れだ。
 アレクセイが、駆け寄ってくる。一瞬生じた迷いに切り込んでくるかのように、銀色の刃物が首元を狙ってきた。

「っく!」

 恐らく、そのままでいたら首が飛んでいた。しかし、アキラの蔦がアレクセイを足払いし、彼は勢いよく転ぶ。それに、助けられた。

「あ、ありがとうございます」

 アキラは軽く頷くと、そのままアレクセイの足を蔦で締め上げた。彼はいつの間にか持っていたメスで蔦を切ろうとするも、その腕もすぐに押さえつけられる。彼は怒りを全力で瞳に宿し、アキラを睨み上げた。しかし彼女は怯まずに、彼を見下ろす。それは非情なまでの、仕事の顔だった。
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