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17.浅田光と過去の軌跡。
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元林から報告を受けてずっと、俺は頭を捏ねくり回していた。どうすれば一番上手く彩を摘発出来るか。そして、修治と葵を切り離せるか。ただ、それだけを考えていた。
「よーし、あがろうぜ」
他の看護師たちは既に退勤していて、残っているのは俺と修治だけだった。修治の言葉に頷き、立ち上がる。
……あの日の事があってから、修治と顔を合わすのがどこか辛かった。やはり罪悪感は、なくもない。
更衣室で着替えを終え、二人で駐車場へ向かう。ふと、修治が口を開いた。
「なあ、ちょっと今日寄りたいところあるんだけど付き合ってくんね?」
「ああ、いいけど」
普段修治は真っ直ぐ家に帰る。少し違和感はあったが、頷くしかなかった。
先に修治が車を走らせる。俺はその後に続いた。もう、夜も深まりだしている。
……知っている道だ。嫌な予感で、胸の奥がざわめく。そして、それは的中した。
車を停車させたのは……今はもう運営していない茂木病院の駐車場だった。車をおりて、修治は言った。
「ついてきてくれ」
フラッシュバックする。10年前の、あの日の事が。
大人しく従うしかない。俺も車を降りて、修治について歩く。その間、ただ無言だった。
この病院は彩の決済ミスがきっかけでぼろぼろと不祥事が発覚し、数年後には運営停止へ追い込まれた。あの時は小さいながらもニュースになったものだ。
誰もいない、電気も通っていない。そんな中を、月明かりだけを頼りに歩く。管理されていないせいか、ガソリンのような臭いが鼻をつく。
階段をどれだけ上がったか、どの通路を進んだか。そんな記憶を留められない程、俺は動揺していた。
修治はひとつ、病院の扉を開いた。暗い目で、中に入るよう促される。恐る恐る脚を踏み入れると、ひとつ人影が見えた。男だ。
「久し振りだね」
「……雅治さん?」
実際会うのは数年振りか。あの写真で見た雅治さんそのものだった。そして。
「……彩?」
彩はベッドで眠っていた。でもその顔色は、異様だった。あまりにも青い。
「あまりに喚いて煩かったから、ちょっと眠らせてる。俺は大きい声が苦手なんだよ」
その声は疲労困憊といった様子だった。後ろから、修治の扉を閉める音が聞こえた。
「なあ光、お前何回繰り返すんだよ」
ぞくり、と。背筋を恐怖が這う。しかし修治は、前回と違った。少しだけ、苦しげに……微笑んでいた。
「でもまあ、今回に関しては少し同情もしてるんだぜ。そりゃあんだけ彩にやりたい放題されて、終いにゃ兄貴の件だ」
「お前、知って……!」
「葵から聞いた」
そうだ、葵。前回も葵はここには呼ばれてはいなかったが。目を泳がせる俺を馬鹿にしたように、修治は鼻で笑った。
「ここにはいねえよ。でもな、流石に堪えたわ俺」
「修治……」
「ムカつくんだよ本当に」
吐き捨てるような、ことば。
「何回も裏切り続けるお前にも。お前を管理しきれなかった彩にも、そんな彩で遊んで光を唆したようなもんの兄貴にも……結局俺だけになってくれない葵にも、腹が立って仕方ない」
……そうだ、こいつはいつも何も悪くない。ただ葵を好きになっただけなのに。
でも、俺も。
「修治、ごめん」
「もう聴きたかねえんだわ」
そう言われても仕方ないのだろう。雅治さんは「で?」と口を開く。
「なんで俺達をここに集めたんだ」
そうだ。俺達だけならまだしも、雅治さんまでというのが少し不可解だった。
修治は煙草に火をつけた。何故か、ライターでなくマッチだった。
「単純な話だよ。言ったろ、お前達全員にムカついてるって」
煙が宙を舞う。
「兄貴は知ってるだろ。俺、怒り方が分からねえんだよ。だからこのやり方が合ってるのかも俺には分からねえ。でも、思いつく限り……これしかねえんだよなって」
炎に照らされた顔は、泣いていた。それを軽く拭って、煙草を携帯灰皿に入れて修治は背を向けた。俺達は、ただ動かずに修治を見詰めるしかない。
開いた扉の向こうに、修治は立った。新しく煙草をくわえもせず、マッチに火をつける。
「じゃあな」
火のついたマッチが、病室に投げ込まれる。そして、扉が閉められた。
「よーし、あがろうぜ」
他の看護師たちは既に退勤していて、残っているのは俺と修治だけだった。修治の言葉に頷き、立ち上がる。
……あの日の事があってから、修治と顔を合わすのがどこか辛かった。やはり罪悪感は、なくもない。
更衣室で着替えを終え、二人で駐車場へ向かう。ふと、修治が口を開いた。
「なあ、ちょっと今日寄りたいところあるんだけど付き合ってくんね?」
「ああ、いいけど」
普段修治は真っ直ぐ家に帰る。少し違和感はあったが、頷くしかなかった。
先に修治が車を走らせる。俺はその後に続いた。もう、夜も深まりだしている。
……知っている道だ。嫌な予感で、胸の奥がざわめく。そして、それは的中した。
車を停車させたのは……今はもう運営していない茂木病院の駐車場だった。車をおりて、修治は言った。
「ついてきてくれ」
フラッシュバックする。10年前の、あの日の事が。
大人しく従うしかない。俺も車を降りて、修治について歩く。その間、ただ無言だった。
この病院は彩の決済ミスがきっかけでぼろぼろと不祥事が発覚し、数年後には運営停止へ追い込まれた。あの時は小さいながらもニュースになったものだ。
誰もいない、電気も通っていない。そんな中を、月明かりだけを頼りに歩く。管理されていないせいか、ガソリンのような臭いが鼻をつく。
階段をどれだけ上がったか、どの通路を進んだか。そんな記憶を留められない程、俺は動揺していた。
修治はひとつ、病院の扉を開いた。暗い目で、中に入るよう促される。恐る恐る脚を踏み入れると、ひとつ人影が見えた。男だ。
「久し振りだね」
「……雅治さん?」
実際会うのは数年振りか。あの写真で見た雅治さんそのものだった。そして。
「……彩?」
彩はベッドで眠っていた。でもその顔色は、異様だった。あまりにも青い。
「あまりに喚いて煩かったから、ちょっと眠らせてる。俺は大きい声が苦手なんだよ」
その声は疲労困憊といった様子だった。後ろから、修治の扉を閉める音が聞こえた。
「なあ光、お前何回繰り返すんだよ」
ぞくり、と。背筋を恐怖が這う。しかし修治は、前回と違った。少しだけ、苦しげに……微笑んでいた。
「でもまあ、今回に関しては少し同情もしてるんだぜ。そりゃあんだけ彩にやりたい放題されて、終いにゃ兄貴の件だ」
「お前、知って……!」
「葵から聞いた」
そうだ、葵。前回も葵はここには呼ばれてはいなかったが。目を泳がせる俺を馬鹿にしたように、修治は鼻で笑った。
「ここにはいねえよ。でもな、流石に堪えたわ俺」
「修治……」
「ムカつくんだよ本当に」
吐き捨てるような、ことば。
「何回も裏切り続けるお前にも。お前を管理しきれなかった彩にも、そんな彩で遊んで光を唆したようなもんの兄貴にも……結局俺だけになってくれない葵にも、腹が立って仕方ない」
……そうだ、こいつはいつも何も悪くない。ただ葵を好きになっただけなのに。
でも、俺も。
「修治、ごめん」
「もう聴きたかねえんだわ」
そう言われても仕方ないのだろう。雅治さんは「で?」と口を開く。
「なんで俺達をここに集めたんだ」
そうだ。俺達だけならまだしも、雅治さんまでというのが少し不可解だった。
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「単純な話だよ。言ったろ、お前達全員にムカついてるって」
煙が宙を舞う。
「兄貴は知ってるだろ。俺、怒り方が分からねえんだよ。だからこのやり方が合ってるのかも俺には分からねえ。でも、思いつく限り……これしかねえんだよなって」
炎に照らされた顔は、泣いていた。それを軽く拭って、煙草を携帯灰皿に入れて修治は背を向けた。俺達は、ただ動かずに修治を見詰めるしかない。
開いた扉の向こうに、修治は立った。新しく煙草をくわえもせず、マッチに火をつける。
「じゃあな」
火のついたマッチが、病室に投げ込まれる。そして、扉が閉められた。
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