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14.浅田光の愚かな試み。

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 今日は月に二度程ある、早上がりの日だ。着替えを終え、裏口から出る。駐車場に到着すると、その子ははにかみながら立っていた。

「こんにちは」
「……こんにちは」

 流石に動揺した。磨夢ちゃんは少し照れがあるのか、それとも他に何か思うところがあるのか柱に隠れながら俺を見ている。一歩足を踏み出すと、磨夢ちゃんはびくんっと背を伸ばした。怯えられているのだろうか。ひとまず止まった。

「パパならまだお仕事中で診療所にいるよ。待てる?」
「あ、ちがうの。今日はね、その」

 どうも歯切れが悪い。子どもの相手なんて慣れていないせいで、どうすればいいかよく分からない。少し無言の間が空いて、でも磨夢ちゃんから口を開いた。

「……ママとけんかしちゃって」

 声が、とても細い。それに、震えている。

「喧嘩?」
「塾にいかないで公園に行ってるの、ばれちゃったの」

 何とも子どもらしい。磨夢ちゃんは言葉を選ぶようにして続けた。

「でも……まゆね、友達のお誕生日会にどうしても行きたかったの。でも、ママ怒ってたから……言えなかったの」

 目元が潤み出している。ぎょっとして駆け寄ると、ぼろぼろと大粒の涙を溢れさせだした。
 ……この顔ですら、葵に似ていてくらくらする。

「どうしよう、ママに、会うの、こわい……おうち、かえるのこわい……」
「大丈夫、大丈夫だから」

 我ながら何が大丈夫なのかは分からないが、そう言うしかなかった。
 そして……思いついた。とても、卑怯な手を。

「俺が一緒に謝ってあげる」
「え」
「だから、大丈夫」

 磨夢ちゃんは恐る恐る「いいの?」と口にする。頷くと、磨夢ちゃんは手で涙を拭いた。

「ありがとう。まゆ、がんばる」
「ああ。じゃ、お家行こうな」
「うん!」

 どくり、どくり、と心臓が鳴る。こんなに、うまくいっていいものなのだろうか。
 磨夢ちゃんを車の助手席に乗せ、シートベルトを締めさせる。俺も運転席に座りベルトを締め、車を発進させた。

「家、どこか言える?」
「うん」

 流石にカーナビに履歴を入れるのは躊躇われた。ドライブレコーダーは……まあ、うまくやるしかないだろう。
 磨夢ちゃんはいつも診療所に来る時、どうやらバスを乗り継いでいたらしい。小三ながら恐ろしい行動力だ。修治の血を感じる。顔はこんなにも、葵なのに。

「ママね、いつも全然おこらないの」

 慣れてきてくれたのか、磨夢ちゃんは少しずつ口数が増えてきた。

「だから、すごく怖かった」
「そっか」

 確かに葵が怒るところなんて、想像もつかない。修治は見た事があるのだろうか。そう考えると、胃がきゅっと痛む。

「ママ、許してくれるかな」
「大丈夫だろ」

 ふと、思った。

「なあ、磨夢ちゃん。俺のこと、何か聞いてる?」

 磨夢ちゃんは首を縦に振った。

「パパとずっとお友達だったんでしょ」
「うん、そう」
「名前は、あさださん」
「正解」

 つまりそれくらいしか聞いていない、ということか。少し安心した。
 数十分走らせて、閑静な住宅街に到着した。念のため近くのコンビニに停車させ、磨夢ちゃんを下ろす。そして磨夢ちゃんの道案内のもと、進んでいく。そして、ある一軒家の前で立ち止まった。
 磨夢ちゃんは不安そうにこちらを見てくる。思わず苦笑が漏れた。

「大丈夫だよ」

 ……むしろ、俺が大丈夫じゃないくらいだ。
 磨夢ちゃんは頷くと、扉に手をかけた。
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