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37.やりきった後のサプライズ、だね。

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 当日まで、あっという間だった。楽屋にSouが戻ってきて、嬉しそうに微笑む。

「グッズ完売もちらほら出てるみたい、タトゥーシールも今終わったらしいよ。ありがたいね」
「あー、なんか緊張してきたな」

 ずっと屈伸運動しているTakaの背中を撫でながら、Izumiは「大丈夫」と呟いた。

「頑張ってやってきたんだから。あんたも、皆も」
「……そだな」

 ひじりは照明の調整をたった今終えた。大丈夫だ、落ち着ける時間はある。楽屋に戻ろうとするひじりを出迎えたのは、Naokiだった。彼はひじりの頭に、その大きな掌を置く。

「いけっか」
「当たり前」
「よし」

 二人で並んで、楽屋へ向かった。その最中、Naokiが口にする。

「玲雅の奴はもう来てるのか」
「連絡来ないから、もう入ってるんじゃないかな」
「親父さんは?」

 その言葉は、黙殺する。集中を言い訳に出来る状況だからか、Naokiも何も言わなかった。
 全員が合流する。誰からともなく、円状に集まった。Naokiが差し出した手に、全員が少しずつ重ねていく。

「これが俺たちの一区切り。終わらせる気はねえ。むしろ始めっぞ!」

 短い掛け声だったが、それだけで十分だった。下手な馴れ合いも何も無い。だからこそ、うまくいってきた。
 全員で、楽屋を出る。そして、各人スタンバイを終えた。
 ひじりが作った映像が、会場に流れ出す。ざわめきが、歓声へと変わった。そして、Souの作った……10年前のデビュー曲が、一気に広がっていく。
 6人分の、一人乗りのゴンドラ。すべてが動き出した。

「『SIX RED』!」

 歓声が、轟いた。
 そこからは、怒涛のパフォーマンスが続いた。全身全霊をかけて、全員で歌って、踊る。何度もくらくらとした熱気にやられそうになるくらい、魅惑的な場所だった。
 約3時間に渡る公演が終わった頃には、もう陽が暮れていた。あまりにも、早かった。駆け抜けきった。
 全員が全員出し切った。アンコールの時着替えたグッズTシャツですら、搾れるくらいの汗だった。

「……はは、楽しかったな」

 未だステージ上だというのにNaokiにしがみついて泣きながら、Takaは何度も頷いた。彼はまだ、緊張に弱い。そんな時Naokiの元へ行くのは、彼の癖だった。
 ひじりもまた、泣いていた。そんな彼女の背を、Izumiが何度も叩く。

「ほら、最後!挨拶挨拶!」

 Reoの声に、ブーイングに近いような歓声が響き渡る。
 一人ずつ、言葉を口にしていく。最後は、ひじりだった。Souからマイクを受け取って、震えながらも口を開く。

「……本当に、最高の景色です」

 ペンライトが、夕闇を照らす。その輝きは、まるで星の海のようだった。

「私、色々やったのに。クールなキャラもやりきれてないし、歌やダンスは全然上達しないし。やれることといえば、『好き』を語ることだけなのに」

 しんとした空気。全員の目が、ひじりに向いている。それが、たまらなく……熱い。

「でも、そんな私でも。ありがたい事に、受け止めてくれる人がいっぱいいます。それはファンの皆さん、あとメンバーの皆……」

 メンバーは皆、ひじりに目だけを向けた。中でもTakaは、未だに泣きじゃくっていた。

「私、本当に幸せなんです。だから、皆をもっと幸せにしたい。これからも……頑張りますので。一緒に、元気でいてください!」

 歓声が沸いた。同時に「何それ」とSouも楽しそうにくすくす笑う。Takaに至っては「おめーもな!」と叫んでいた。




 会場から、観客はいなくなった。メンバーもシャワーを終え、一息ついていた頃。

「Hijiriちゃん、あの……今、いけますか」

 チーフマネージャーがやってきた。少し気まずそうな顔で、辺りを見渡す。ひじりは慌てて駆け寄った。

「あの、Hijiriちゃんに挨拶したいって方が」
「れ、玲雅様?」
「いえ、三田さんもなんですけど……三田さんたちは後でいい、と。奥でお茶飲んでもらっています」

 となると、他にもいるのか。それも、玲雅が譲る程の。
 戸惑いながら、チーフマネージャーについていく。通されたのは、小さな控え室だった。隣では、Naokiが親戚と話している声が聞こえてきた。
 中に入ると、一人の男性がいた。その姿を見て、息を呑む。忘れようと思っても、忘れられなかった人物だった。

「……お父さん」
「久しぶりだな」

 10年ぶりに会う彼は、変わっていなかった。いや、少し白髪が増えたくらいか。
 言葉を口にしようにも、出てこない。ぱくぱくと動くばかりのひじりに、父は苦笑を向けた。

「やっぱり似たままだな、お前」
「……来て、くれたんだ」
「そのつもりは無かったんだけどな。一生、会うことはないと思ってた」
「じゃあ、何で」

 父に勧められるがまま、向かいに座った。彼はじっと、ひじりを見つめる。それに、どこか気恥ずかしさを感じた。

「……向き合ったらどうだと言われたんだ。いい加減に」
「誰に?」
「お前の恋人にだよ」

 息を呑む。そんなひじりに、父は続けた。

「俺の仕事の繋がりの人が、お前の恋人の母親でな。うちの事務所まで乗り込んできたんだよ」
「え、ちょ、えっ話が、えっ」
「そうやってどもるところまで、お前の母親そっくりだな」

 そう言われて、口をつぐむ。

「俺がお前と……娘と縁を切ってるっていうのは、知られていてな。お前の恋人から話を聞いて、お前と俺の娘が一致したそうだ。で、言われたんだよ。『うちの娘になる女の子の事を詳しく教えろ、息子の話が突飛過ぎて要領をえない』と」

 なんとなく、想像はつく。玲雅は正直、少し浮世離れした表現をするところがある。しかしそれは、まさかの身内ですらずれているところがあるのか。

「説明しようにも、お前の事は全然知らないからな。TVも見ないようにしていたし、CDも買わなかった。それを言うと、怒られたんだ。『その気になれば会える位置にいるくせに』って。その後は息子の方が来た」

 それを聞き、はっとした。それでも、彼は続けた。

「お前のグループのDVDを何枚も持ってきて『貸します』って押し付けられた……悩んださ。あいつを思い返すのが嫌で、俺はずっと逃げてきた。でも、何でだろうな。本当に気まぐれだった……」
「お父さん……」
「似てはいたよ。でも、お前……似てるだけじゃないか。あいつと違って歌は下手だし、口を開けば頓狂な事ばかり言う。でもそこでやっと、お前を見る事が出来たんだってな」

 そう言うと、父は立ち上がった。そして、床に膝と手をつく。

「……すまなかった、今まで」

 絞り出された言葉に、泣きそうになる。実際、涙がこぼれた。今日は泣いてばかりだ。
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