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14.ピュアの結晶かな?

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 玲雅のマンションに到着する。前回来た時は意識が無かったから知らなかったが、地下から駐車場に入っていく形式だった。しかも、入る前に警備員によるチェックがある。よくよく記憶を辿れば、ここは芸能人や名の知れた政治家などが住んでいると噂のところだった。
 玲雅に手を引かれ、歩く。外からは通路も見えない。完全にパパラッチ対策が為されている。ここまでくると、逆にやましい事をし放題な気がして。ふと、気になった。

「あ、あの……玲雅様は」
「様やめないの?」
「えっ」
「……俺、彼氏になったんだよね?」

 そう言われると、口をつぐんでしまわざるをえない。何せ、今はまだその実感すら湧いていないのだ。しかし玲雅は気に食わなかったようで、握る手の力を強めてくる。その感触が、まるで電撃のようだった。

「……まあ、外で呼び方変えたら怪しまれるか。じゃあせめて二人きりの時は変えて」
「れ、玲……雅、くん……?」
「ん」

 納得してくれたらしい。手の力が緩んだ。しかし口にした側からすれば、動悸がとんでもない事になっている。色々止まらない。
 部屋に入ると、あの日と同じ匂いがした。それに、更に胸が高鳴る。

「Hijiriチャン、メンバーにもHijiriって呼ばれてるんだね」
「そ、そうなんです。というかうちのメンバー、皆フルネーム知らなくて」
「そんな事あるの?ああ、寄せ集めって言ってたしね……」

 並んでソファに座る。車の時よりも距離が近くて、どきどきする。

「じゃ、俺には教えてよ。だめ?」
「は、はわっ……と、鳥川、鳥川ひじりですっ……」
「あ、ひじりなのはひじりなんだ」

 あんなに焦がれた声が、自分の名を呼んでいる。それがあまりにも、胸を打つ。泣きそうになるくらいだった。
 結局今までの呼び名は、仕事をしている上での呼び名にすぎない。響きは同じはずなのに、こんなにも意味が変わってくる。それが、不思議で仕方ない。

「ひじり」
「は、はいっ」
「後悔、してない?」

 その声は、意外にも弱気で。顔も、少しだけ……歪んでいた。

「……急に、こんな事して。逃げない……?」

 もう、戸惑いは無かった。むしろ、その顔すらも……玲雅だと、知った。

「逃げません、逃げない、から……」

 そう告げると、微かに玲雅は表情を持ち直した。そして、唇を重ねてくる。ひじりは、逃げなかった。その薄い熱を、確かに受け入れた。
 そっと、離される。すると、玲雅は顔を俯かせた。

「……ごめん、その、し、したくなった……」

 その反応がどう見ても照れているようにしか見えなくて。キスされた、という事実よりも。いや、それもとてもひじりの冷静を奪うものではあったのだが。

「あ、え。あの、その……玲雅さ、玲雅くん、あの……」
「下手じゃなかった……?」

 胸の高鳴りを抑えられないまま、ただそれ以上の、疑念。ひじりは、今までの彼の仕事の経歴を思い返した。
 彼は、演技の経験はあるはずだ。しかし、ひじりの記憶が正しければ……そういう役は、一度もしていないはずだ。

「も、もしかして……初めて……だったり……?」

 こくり、と玲雅は頷いた。それに、目が飛び出しそうな衝撃を受ける。口から飛び出たのは、声にならない悲鳴だった。そんなひじりに、玲雅は「ごめん」と返す。ひじりはぶんぶん首を振った。

「た、確かにっ……す、スキャンダルとか無かったですもんね……っ?」
「いないからね、相手が。でっち上げられたのはあったけど全部証明してきたし」
「が、学生時代とかはっ……」
「無い」

 そんな馬鹿な。しかし、一つの推論が導かれた。

「まさか……『あんなイケメンに相手がいないわけない』って全員が勝手に自滅してた説……!?」
「それは知らないけど」

 いや、絶対そうだ。そうでなければ、納得がいかない。ひじりは改めて、玲雅に向き直った。彼の顔は、まだ赤い。そんな彼に、意を決して顔を近付ける。
 再び、重ねる。玲雅は気持ちよさそうに目を閉じている。それに、どこかが疼く感触がした。それを押し殺しながら、そっと離す。しかし、玲雅が追ってきた。

「んっ……」

 遠慮がちな、しかし逃さないという意志。その熱はあまりにも、心地よくて。 
 やっと離れた時には、互いに息を荒くしていた。

「ひじりっ……ごめん、俺、っ……」

 崩れていた。玲雅の偶像でなく、その場にいるのはもうただの男だった。それでも、ひじりの胸は……あまりにも昂っていた。その単純さに我ながら呆れながら、ひじりは頷いた。






 暗い部屋。そこには質の良いベッドがあり、彼はそこに座っていた。部屋には、とある女性の写真を何十枚と敷き詰めるように貼っている。
 彼は涙を流しながら、息を荒げていた。その手には、彼の一番気に入っている写真がある。その写真は何度も「使われ」、皺や乾燥で薄汚れていた。

「やだ、やだっ……ひじりっ……俺の、ひじりがっ……」

 その声は、勿論本人に届く事などはない。彼の、涙声さえも。
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