上 下
11 / 43

11.相変わらず、小さい背中。

しおりを挟む
「待って待って待ってどういうこと」

 タクシーで向かった先は、事務所だった。そもそも今日は、作曲担当のSouと二人で新曲の打ち合わせの日だった。沈んだ様子で事務所にやってきたひじりに驚いた彼は、まずひじりを誰もいない面談室に呼び出した。そして、事のてん末を聞いて頭を抱えた。

「『IC Guys』のライブ行って?打ち上げ参加して?薬盛られて?そしたら三田玲雅に持ち帰られて?何もしなくて?で、逃げてきた?」

 Souの事実確認の羅列に、ひじりはぼんやりと頷くしか出来なかった。Souは、大きくため息を吐く。

「いやまあ、確かにバーテンの時点でやられたら対処なんて出来ないよね。そればかりは確かにそんなスタッフを抱えたあっちがクソなわけだけど……いや待って。とりあえずそれは他のメンバーに絶対内緒にしよう。僕で留めよう。とくにNaokiくんが知ったら確実にカチコミいっちゃう」
「うん……ごめんSouくん」
「いいんだけど。いや、でも本当にどういうこと?っていうか、何で逃げてきたの?」

 Souの言葉に、ひじりは詰まった。そんなひじりの背を、Souは優しくさすってくる。これは、メンバー全員がへこむと他のメンバーがやるグループ内での習慣だ。不思議と、これで落ち着いてくる。
 ひじりはそっと、口を開いた。

「すごく、最低なんだけど。玲雅様じゃなかった」
「ん?」
「私の、私がずっと追ってた玲雅様じゃなかったの。表情なんて変えずに、クールに歌って。輝いていて。勿論……プライベートでも、格好良かったの。でも、違ったの」

 Souは「あー」と口にした。そんな彼の手は、まだひじりをさすっている。

「なるほどね。でも、謝った方がいいよ。さすがにその対応は、助けてくれた人に対して失礼」
「そうだよね……本当私ファン失格だよ。それどころか、人としても……」

 Souに促され、携帯を開く。すると、一件のメッセージが来ていた。玲雅からだった。

『ごめん』

 それだけ、だった。それを見た瞬間、一気に涙が溢れてくる。そんなひじりの背を、Souは摩り続けた。
 悲しかった。人としての倫理を忘れる程、ショックだった。そんなの、玲雅からすれば知った事ではないのに。
 ただ、それでも。あれは……自分の愛している玲雅ではなかった。自分の愛している玲雅が打ち壊されたようで、恐ろしかった。





「……で、そんな凹んでるんだ」
「へこんでるように見えるんだ」
「メンバーですから。ゆっきにも多分バレると思うよ」

 雪斗は、現在海外にて仕事中だ。雪斗を気に入っているデザイナーが、前から彼を押さえていた。次全員が揃うのは、次のライブ開催日である翌々日だ。
 玲雅の携帯に届いた「本当にごめんなさい、失礼な事をして」という文面を見てタクヤは玲雅の頬を突いた。

「でも珍しい。やっぱHijiriちゃんに対して何か玲雅思い入れあるよね」

 タクヤの言葉に、玲雅は口をつぐんだ。そんな彼を面白そうに見ながら、タクヤは続ける。

「何、初恋?」
「うん」
「……マ?」
「マ」

 タクヤは一つ息を吐いて、玲雅の向かいに改めて掛け直した。そして、彼を真剣に見る。

「いつから?」
「『ギジデート』前の情報収集の時」
「マ!?」
「マ」

 タクヤは慌てて、周囲を見渡した。しかし、何も見つからない。その事に安堵して、息を吐く。

「……えっと。とりあえずバレないようにな……?」
「分かってる」

 そう言う玲雅の表情は、いつもと変わらない。でも、もはや家族のように一緒に過ごしているタクヤは声で玲雅の表情を見分ける事ができるようになっていた。しかも……彼は別に、隠しているわけではない。簡単に、顔が動かないだけだ。余程の事があれば歪むのを、メンバーはよく知っている。

「で、どうすんの」
「それを教えてほしい。俺よりは恋愛経験あるだろ。実際今お前彼女いるし」
「ははっ残念!先々週フラれたばっかでーす!あーやってらんねー!」
「何かごめん」

 『IC Guys』は、女性の若年層に人気が高い。それもあり事務所の意向で、恋愛ごとなどは他の芸能人よりも注意させられていた。とはいえ、タクヤはバレないように努めながらもそれなりに楽しんではいたが。
 タクヤは自分のスマートフォンを開いた。そして、操作を始める。

「うーん、俺からそれとなくHijiriちゃんにフォロー入れる?」
「いい。原因分からないし」
「あー、まあそうねえ。じゃあどうするよ」

 タクヤの言葉に、玲雅は再び俯く。これは何か考え込んでいるな、と思いながらタクヤは改めてスマートフォンを確認しだした。どうせ、考え事の内容なんてたかがしれている。玲雅という男は、案外単純だ。

「うん、再来週。『春季音楽祭』の収録だな」
「時間帯は」
「被る。同じ20時台。あっちの仕事具合は分からないけど、うちは終われる。どうする?探っとく?」
「……Takaクンの連絡先分かるんだっけ」
「任せとけ」

 そう言って、タクヤはスマートフォンを操作しだす。そんな彼に「ありがとう」と返しながら、玲雅は溜息を吐いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜

Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。 渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!? 合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡―― だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。 「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき…… 《エブリスタ、ムーン、ベリカフェにも投稿しています》

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛

冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

処理中です...