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17.何だかんだでいつも悩んでいるよね、いいざまだ。
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盛大な冷や汗をかいていた。勢いよく、身を起こす。息は荒く、サエラは肩で息をしているような状態だった。
気味が悪い感触だった。記憶はいつものように残っていない。しかし、今回はいつもと違う。
確か行為のあと、すぐさま寝落ちをした。ふと隣を見ると、ヴィエロはもう目を覚ましているようだった。薄らと目を開けている。
「うなされてたぞ」
「……申し訳ございません」
自覚がないことながら、謝罪してしまう。ヴィエロは目を擦りながら、身を起こした。
「俺はもう出る」
「え、でも」
窓を見れば分かる。まだ夜も明けていない。ヴィエロはそれでも立ち上がると、支度を始めた。サエラも震える体をおして起きあがろうとするが、それをヴィエロがベッドに押し倒して止めた。
「寝てろ。今日もいつも通りに戻る」
そうとだけ言って、ヴィエロは寝室を出て行った。
唐突な変化に、サエラはさすがに動揺していた。こんな気遣いなど、初めてだ。しかしそれは……。
「……あれ?」
ぼんやりと、薄くもやがかかっているような。脳内が、重い。
……まだ、眠っていればいい。彼自身が、そう許した。だからこそサエラは、目閉ざした。
「んが、があ!」
「うるさい」
暗い、地下牢。国主邸の地下に存在する牢獄で、ヴィエロと老人は向かい合っていた。書記である男は、椅子に座りじっと二人を見ている。
老人の首に、特製の薬液を注射する。すぐさま老人は口から泡を噴き出した。しかしヴィエロは老人の横面を張り飛ばす。そこに、容赦は無い。
「で、どこに隠したんだ。その機密文書とやらは」
「もう、やめめめめ」
「喋ればな」
もう一度、注射器をかざす。すると老人は絶叫しながら早口で何かをまくしたてた。書記を見ると、彼は頷いた。その流れで老人を見れば、彼は何度も脈打ちながら失神していた。違う注射器を喉に刺して、薬液を注入する。最初の注射の効能を打ち消すものでこそあるが、後遺症は残るだろう。この男は死刑囚ではないが、無期懲役が決定している。本当は放っておいても構いはしないのだが、コーマスの指示である以上逆らうわけにはいかない。
書記が「休憩なさいますか」と声を掛けてくる。首を振った。
「あと二人……」
そう言いかけたところで、気配を感じた。牢の外を見ると、書記は息を呑んだ。
「こ、国主夫人!」
ヴェリアナは穏やかに微笑みながら「お疲れ様」と口にする。そんな彼女を忌々しく見ながら、ヴィエロは「何の用だ」と呟いた。
「ヴィエロくん、今上に来れる?大事なお話よ」
断りたくても、それを許さない口調だった。一つ舌打ちを残して、ヴィエロは牢を出た。ヴェリアナについて、階段を登っていく。
「あの子は何も気付かないの?そんなに囚人の臭いをつけて帰ってきて」
「あんたに関係ないだろう」
「ふふ、冷たいのね」
この女は逆に、幾重にも甘い匂い重ねている。その匂いの下に、醜悪な本性を隠している。その事実に吐き気がした。この女の匂いに比べれば、あの地下牢での囚人たちによる悪臭の方がいくらかマシだ。
ヴェリアナの書斎に連れられる。他には誰もいなかった。椅子に座ると、ヴェリアナは一通の封筒を差し出してきた。
「やっぱり脅しにかかってきているわよ、タロニの家は」
封筒を受け取り、中を開く。そんなヴィエロに、楽しそうな笑みを向けてきた。
「証拠不十分とはいえ、確かにあちらからしたらピオールがやったとしか思えないわよね。あんな大きな放火なんて」
「……認めなければ勝ちだ、この国は」
「ええそうね、だからこそあっちも必死なわけ。認めさせるためにね」
封筒の中の便箋を開く。中には細かい字が沢山並んでいたが、何が言いたいかはすぐに分かった。
「うちの工房の一部強制差し押さえ、か。業績不振のため……フン、絶妙な事実をついてくるとは」
「それが制裁に入ると思っているんでしょうね、金融を担っている分金に対しての重みが良くも悪いも強いのよ」
しかしそれが痛手にならないかといえば、実際なってしまうのが歯痒いところだ。よく見ればあちらが押さえたい工房はすべてピオールの中でも利益が大きい箇所ばかりである。
「こちらがあの事を認めればあちらには莫大な慰謝料とサエラの奪還がかない、この件を呑めばそれはそれであちらの利益になる……か。まったく、誰がこんな狡猾な手を考えつくんだか」
「あら、それはあなたがた親子もではなくて?」
ぴくり、と眉が動く。それにヴェリアナは、きっと気付いている。
「あの子を得るためにあんな大きな事件を起こしたのだから。まあ詰めは甘かったようだけれどね」
「あんたに何が分かる」
「少なくともあなたのお父様の無能ぶりはよく分かるわ、それに比べると頭の出来はあなたの方が確かにマシね」
機嫌取りで言っているのかもよく分からない。ただ、この女は傍観者として楽しんでいるだけだ。余計に反吐が出る。
「で、どうするの?」
ヴェリアナの問いに、息で返す。封筒に便箋を押し戻した。
「俺が応対する。あんたは手を出すな」
「ええ、元からそのつもり。がんばってね」
舌打ちを渡し、ヴィエロは封筒を持って立ち上がる。最初からむせ返りそうだった。
書斎を出て、通路を渡る。頭の中は、揺れていた。
……あの事件の計画は、すべてダニスによるものだ。しかしそれが事実とは言えど加担したヴィエロはまだ実際生きている。となればむしろ、罪を併せて被せられるのは目に見えている。
自分に罪人のレッテルが貼られるのは、気にもしない。しかし、それが原因で起こる弊害の方がまずい。
やっと、手に入れたのだ。
「……どうすればいい」
家など捨ててもいい。しかしきっとサエラは抵抗するだろう。ダニスやニエットの想い出の詰まったピオールを手放すなど、彼女は絶対に嫌がる。実際そこをネタに最初も強請ったのだ。もし下手に駆け落ちなど強要すれば……万が一の可能性もあり得てしまう。
急ぐしかない。急いで、サエラの中の想い出を消すしかない。幸い、自分との想い出は彼女の言う「幸せだったピオール家」の中に大して存在していない。
……ずっと、欠かさずこなしてきたあの投薬ではもう間に合わないか。
脳内で思いつく限りの薬剤調合のレシピを練りながら、ヴィエロは仕事へ戻る事にした。
気味が悪い感触だった。記憶はいつものように残っていない。しかし、今回はいつもと違う。
確か行為のあと、すぐさま寝落ちをした。ふと隣を見ると、ヴィエロはもう目を覚ましているようだった。薄らと目を開けている。
「うなされてたぞ」
「……申し訳ございません」
自覚がないことながら、謝罪してしまう。ヴィエロは目を擦りながら、身を起こした。
「俺はもう出る」
「え、でも」
窓を見れば分かる。まだ夜も明けていない。ヴィエロはそれでも立ち上がると、支度を始めた。サエラも震える体をおして起きあがろうとするが、それをヴィエロがベッドに押し倒して止めた。
「寝てろ。今日もいつも通りに戻る」
そうとだけ言って、ヴィエロは寝室を出て行った。
唐突な変化に、サエラはさすがに動揺していた。こんな気遣いなど、初めてだ。しかしそれは……。
「……あれ?」
ぼんやりと、薄くもやがかかっているような。脳内が、重い。
……まだ、眠っていればいい。彼自身が、そう許した。だからこそサエラは、目閉ざした。
「んが、があ!」
「うるさい」
暗い、地下牢。国主邸の地下に存在する牢獄で、ヴィエロと老人は向かい合っていた。書記である男は、椅子に座りじっと二人を見ている。
老人の首に、特製の薬液を注射する。すぐさま老人は口から泡を噴き出した。しかしヴィエロは老人の横面を張り飛ばす。そこに、容赦は無い。
「で、どこに隠したんだ。その機密文書とやらは」
「もう、やめめめめ」
「喋ればな」
もう一度、注射器をかざす。すると老人は絶叫しながら早口で何かをまくしたてた。書記を見ると、彼は頷いた。その流れで老人を見れば、彼は何度も脈打ちながら失神していた。違う注射器を喉に刺して、薬液を注入する。最初の注射の効能を打ち消すものでこそあるが、後遺症は残るだろう。この男は死刑囚ではないが、無期懲役が決定している。本当は放っておいても構いはしないのだが、コーマスの指示である以上逆らうわけにはいかない。
書記が「休憩なさいますか」と声を掛けてくる。首を振った。
「あと二人……」
そう言いかけたところで、気配を感じた。牢の外を見ると、書記は息を呑んだ。
「こ、国主夫人!」
ヴェリアナは穏やかに微笑みながら「お疲れ様」と口にする。そんな彼女を忌々しく見ながら、ヴィエロは「何の用だ」と呟いた。
「ヴィエロくん、今上に来れる?大事なお話よ」
断りたくても、それを許さない口調だった。一つ舌打ちを残して、ヴィエロは牢を出た。ヴェリアナについて、階段を登っていく。
「あの子は何も気付かないの?そんなに囚人の臭いをつけて帰ってきて」
「あんたに関係ないだろう」
「ふふ、冷たいのね」
この女は逆に、幾重にも甘い匂い重ねている。その匂いの下に、醜悪な本性を隠している。その事実に吐き気がした。この女の匂いに比べれば、あの地下牢での囚人たちによる悪臭の方がいくらかマシだ。
ヴェリアナの書斎に連れられる。他には誰もいなかった。椅子に座ると、ヴェリアナは一通の封筒を差し出してきた。
「やっぱり脅しにかかってきているわよ、タロニの家は」
封筒を受け取り、中を開く。そんなヴィエロに、楽しそうな笑みを向けてきた。
「証拠不十分とはいえ、確かにあちらからしたらピオールがやったとしか思えないわよね。あんな大きな放火なんて」
「……認めなければ勝ちだ、この国は」
「ええそうね、だからこそあっちも必死なわけ。認めさせるためにね」
封筒の中の便箋を開く。中には細かい字が沢山並んでいたが、何が言いたいかはすぐに分かった。
「うちの工房の一部強制差し押さえ、か。業績不振のため……フン、絶妙な事実をついてくるとは」
「それが制裁に入ると思っているんでしょうね、金融を担っている分金に対しての重みが良くも悪いも強いのよ」
しかしそれが痛手にならないかといえば、実際なってしまうのが歯痒いところだ。よく見ればあちらが押さえたい工房はすべてピオールの中でも利益が大きい箇所ばかりである。
「こちらがあの事を認めればあちらには莫大な慰謝料とサエラの奪還がかない、この件を呑めばそれはそれであちらの利益になる……か。まったく、誰がこんな狡猾な手を考えつくんだか」
「あら、それはあなたがた親子もではなくて?」
ぴくり、と眉が動く。それにヴェリアナは、きっと気付いている。
「あの子を得るためにあんな大きな事件を起こしたのだから。まあ詰めは甘かったようだけれどね」
「あんたに何が分かる」
「少なくともあなたのお父様の無能ぶりはよく分かるわ、それに比べると頭の出来はあなたの方が確かにマシね」
機嫌取りで言っているのかもよく分からない。ただ、この女は傍観者として楽しんでいるだけだ。余計に反吐が出る。
「で、どうするの?」
ヴェリアナの問いに、息で返す。封筒に便箋を押し戻した。
「俺が応対する。あんたは手を出すな」
「ええ、元からそのつもり。がんばってね」
舌打ちを渡し、ヴィエロは封筒を持って立ち上がる。最初からむせ返りそうだった。
書斎を出て、通路を渡る。頭の中は、揺れていた。
……あの事件の計画は、すべてダニスによるものだ。しかしそれが事実とは言えど加担したヴィエロはまだ実際生きている。となればむしろ、罪を併せて被せられるのは目に見えている。
自分に罪人のレッテルが貼られるのは、気にもしない。しかし、それが原因で起こる弊害の方がまずい。
やっと、手に入れたのだ。
「……どうすればいい」
家など捨ててもいい。しかしきっとサエラは抵抗するだろう。ダニスやニエットの想い出の詰まったピオールを手放すなど、彼女は絶対に嫌がる。実際そこをネタに最初も強請ったのだ。もし下手に駆け落ちなど強要すれば……万が一の可能性もあり得てしまう。
急ぐしかない。急いで、サエラの中の想い出を消すしかない。幸い、自分との想い出は彼女の言う「幸せだったピオール家」の中に大して存在していない。
……ずっと、欠かさずこなしてきたあの投薬ではもう間に合わないか。
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