星の光で傷を灼く

湖霧どどめ

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 彼は自身の左手の甲を見ながら「なるほど」と微笑んだ。

「むしろもっと答えは単純ですよ、彫師なんです俺」
「ああ……」

 だからこんなにナチュラルに、かつ自然に会話に入り込めるのか。会話内容は至って初対面のそれなのに妙に親近感を感じていた理由がやっと分かった。美容師だとか彫師だとか、体に触れる仕事をしている人間はいつだって距離感を掴むのは上手だ。

「おねえさんは何してらっしゃるんです?」
「行商みたいなものです」
「旅人じゃないすか」

 その言い回しがどこか面白くて、笑いそうになった。

「それを職業と呼べるなら、それも兼業でしたね」

 砂利を踏んで、進んでいく。改めて低いヒールで来てよかったと痛感した。

「来月から、大学の臨時講師やるんです。油彩コースの」
「へえ、絵描きさんなんですか。似てますね、俺たち」

 いやらしくない、本当に感じた事だけを口にしているという印象だった。だから私にとっては、嫌に感じなかったのかもしれない。だから、するすると続きが出ていった。

「先週までアメリカにいたんです、そこの絵画教室の先生が斡旋してくれて。アメリカ以外にも、色々な国に留学してたんですけど」
「へえ、いいですね。俺は日本から出られる気がしないです、勇気無いや」
「……私だって、好きで行ったんじゃないんですよ」

 誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。もうすぐ、鳥居が見えてくる。それなのに、止められない。

「地元というか、実家追い出されたんですよ私。高校までは家に居させてもらえてたんですけど、家の面子に関わるからって」
「じゃあそこそこお嬢様なんですか」
「地主の家ではありましたね、あまりそんな感覚は無かったですけど」

 千本鳥居には、人がたくさんいた。様々な人がカメラを構えて撮影していて、それはこの男も例外では無かった。だから口を止めたのに、一眼レフを構えたまま彼は私を一瞥した。だから、枷が外れた。

「兄とセックスしていたんです、私」
「……想定外のぶっとび具合ですね」
「どんな想定してたんですか」

 笑う事も出来ない淡々とした問いを投げかけても、彼は一度シャッターを切っただけだった。彼の左手の甲に描かれた蛇が、こちらをじっと見ていて……カメラに視線を集中させている彼の代わりに、彼の左手の甲にいる蛇がこちらを見ていた。
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