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第一章 転生したら『悪役』でした~五年前~

Sとシスコンの片鱗が見える……?

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「……………」
「……………」

 湯気の立ち昇るティーカップを両手に持って、私は内心かなり困惑していた。……なんでこうなったんだっけ? 
 只今私は王太子の執務室にて長兄と共にティータイム中。そして私の位置は長兄の膝の上。
 長兄はカップを片手に先程まで抱えていた書類に目を通しながらサインしつつ、時折カップを置いては私の頭を愛おしそうに撫でる。
 さっきからその繰り返しが何度か行われているのだけど。
 ちなみに逃げ出そうとしたら、腰をがっちり掴まれ、「せっかくだ、一緒にお茶でも飲もう」と言いつつ、若干笑ってない瞳を向けられて──目が『まさかこのまま出て行くとか言わないよね……?』と語っていた。この時、背筋に悪寒が走った気がした──しまい、逃亡失敗。そして今に至る。
 ……うん、ちょっと状況を整理しようか? 私もなんで長兄の膝の上に座ってこんなことになっているのか理解あたまが追い付いてないし。

 ・イスペライアの第一王女として生まれるも、家族どころか城の者たちに忌み嫌われて育つ(どうにも長兄だけは違うみたいだ)。
 ・熱に魘されたことで前世の記憶を取り戻し、転生したら女になっていることに衝撃を受ける。
 ・現在の環境を鑑みて、城から逃亡する計画。一月後の深夜、実行に移した。
 ・『汚職の証拠』を書類の山に忍ばせ、部屋を後にしようとしてタイミングが良いのか悪いのか、そこに長兄が帰ってきた。
 ・蜃気楼を見たかのような呟きのあと、思いっきり抱き締められた。首筋に顔を埋めたまま、暫く動かなかった。この時、ちくりとした感じと、身体に電流が走ったような感覚がしたのは気のせいだろう。
 ・そしていつの間にか用意されていたお茶菓子が執務机の上に置かれていた。長兄に捕獲されていた私は深夜のお茶会に強制参加←今ココ

 ……捕獲された時は部屋に連れ戻されるかと思ったのだけど。現状、膝の上で愛でられているだけなんだよね。ちらっと見上げると視線が合った。すると長兄は柔らかく微笑んだ。ドキッとして、少し見惚れた。
 昔──といっても私まだ10歳だけど──から、この長兄だけは私を慈しんでくれていた。お付きの目を盗んでは、こっそりやって来て、お菓子やら小物やらを差し入れてくれていたのはこの人だ。

 ……この長兄、実は乙女ゲーム版の攻略対象の一人。

 魔導国家イスペライア王国の王太子シュディス。正式名称は『シュディス・フェル・イスペライア』。
 先に話した通り、オンライン版では宰相の不正を暴き、魔人討伐の旅にも同道するのメンバーの一人だ。乙女ゲーム版でも近い設定ではあるみたいだ。得意属性は光と風。

(王族や貴族は二属性持ちは珍しくなく、もっと多く扱える属性を持つ者もいる、近親婚を繰り返すためか、平民よりも魔術の素養がある者が生まれやすいのだとか本に書いてあったな)

 金髪碧眼で、肩より下に伸びている髪は緩く束ねている。乙女ゲーム版での初登場時は20歳。
 『セシリア』は腹違いの妹だ。

 この世界で『セシリア』が知っている長兄の印象は、以下の通り。
 王太子として厳しい帝王教育を受け、他国にもその名を轟かせるほどの天才。
 人当たりがよく穏やかなその人柄から、周囲には自然と人が集まって来ていると思われる。
 現在まで婚約者はいない。 

(今はたしか15歳。ということは、ゲーム開始まであと五年ということだよな……)

 ただ、一つ、この長兄──シュディスに関して引っ掛かる情報がある。前世の廃プレイヤー仲間が語っていた話では、どうやらこの人は『爽やかドS王子』らしいのだ。『この人になら弄ばれたいわあ……!』とも言っていたような………
 え!? シュディスってSの国の人なの!? まさか愛情表現が『からかったり弄んだりすること』ってことじゃないよね……?
 つーか、今はどう見ても穏やかそうに笑ってるだけだよ、この人。よもやこの笑顔の下に黒い本性を隠し持っているとでも!?
 その時だ。シュディスに声をかけられ、はっと我に返った。

「どうしたの? セシリア。飲まないの? 毒なんて入ってないから安心するといい」
「え? あ……! しょ、しょのような(そ、そのような)わきぇでは(わけでは)……! えと……では、ありゅがたく(ありがたく)……」

 カップに視線を固定しながら考えていたため、シュディスは、私が『何か入ってるんじゃないのか』と疑ったのだろうと思ったようだ。
 ……お茶これだけ飲んだら部屋に戻る振りをして、城を出よう。そう思いつつ私はカップに口をつけ、飲み始めた。
 シュディスが私が全て飲み干すのを見て、妖しく笑んでいるのに気が付かずに─────
 飲み終えたあと、私は首を傾げた。
 うーん……? なんだろ、この味……。美味しいっちゃ美味しいんだけど………なんか、不思議な味がする。

「ああ、味が気になるのかい? ふふ、実はね、『隠し味』として僕のとっておきを加えてみたんだよ。どうかな──?」

 とっておき……? 『何を入れたのか』までは教えてくれなかったけど、シュディスも同じものを飲んでるんだから、変なものじゃないよね。

「はい、とてもふしぇぎなあじ(不思議な味)でしたが、おいしきゃった(美味しかった)でしゅ」

 私がそう答えると、目を細めて微笑んだ。
 その後は、他愛ない雑談──といっても、私に話せるのは本の感想だけなので、専らシュディスの話す話題の聞き役に徹していた──をしていた。
 名残惜しいけど、そろそろ出て行く頃合いだよね───そう思って声をかけようとしたのだけど。
 まだろくに運動をしていない幼い身体に鞭打って、城を動き回ったのが仇になったのか、私はうつらうつらと船を漕ぎ始めた。
 寝ちゃだめだ……城を出て行かなくちゃ………でも眠い………いやいや、せめて森の中で野宿出来そうな場所を見つけてから………寝ちゃ……
 睡魔に身を委ねまいと気を張る私を見て、シュディスはくす、と笑って耳元でこう囁いてきた。

「ふふ………。夜の城の中を動き回って、よっぽど疲れたんだね。今日はもうお休み。明日、視察に行く予定だから、

 強烈な眠気に支配されかかっている私の頭ではろくに考えられず、ぼんやりとしながらシュディスのその魅力的な提案にこくりと頷いた。
 この時の私は、眠気に負けずによく考えるべきだったのだ。
 何故執務室でばったり会ったはずの彼が『私が城の中を証拠探しに歩き回った』のを知っているのかを。
 何故シュディスが『私が町まで行きたがっている』ことを知っているのかを。

 私を優しく抱きしめながら、シュディスが瞼をそっと下ろすのに抗わずに、そのまま睡魔に身を委ねた─────

 ※シュディス視点

 セシリアが夢の園に旅だったのを見届けて、僕は彼女を起こさないように抱き上げると、執務室に併設されている仮眠室の扉を開け、ベッドの上に彼女をそっと横たえた。
 近くの椅子を引き寄せて座ると、すうすうと静かな寝息をたてるセシリアを愛おしげに眺めた。輝くような銀色に蒼が混じる神秘的な色合いをしている彼女の髪をゆっくりとすく。

 可愛い、可愛い、僕の妹。いずれ───

「よろしかったのですか?」

 僕の思考を遮るように声がかかる。顔だけを動かすと、そこには、僕が最も信を置く幼馴染みであり、側近でもある青年──キリア・テンガライトが立っていた。

「なにがだい?」
「姫様を『町まで連れて行く』と仰ったことが、ですよ」
「──その話はここですることじゃないね」

 溜め息を一つ吐いて、僕は立ち上がった。出来ればもう少しこの子の寝顔を眺めていたかったんだけど。
 万が一セシリアが起きてしまって、僕らの話を聞かれてしまうのはよくないしね。毛布をかけてあげ、額に軽くキスをすると、仮眠室を出た。
 執務室まで戻って来ると、近くにあるソファーにどさっと座った。そして、ポットからカップに紅茶を注ぎ、一気に飲み干した。

「殿下。作法がなってませんよ」

 途端に飛んでくるお小言に僕は顔をしかめた。

「僕とお前だけなんだ。いいだろう、二人だけの時くらい」
「陛下や大臣たちには見せられませんね、貴方のこんな姿は」
「はっ。見せられるわけがない。あの人にとって、僕は『従順な王太子という名の傀儡人形』なんだからな」

 実の父親であり、この国の最高権力者である王を“あの人”呼ばわりしながらそう吐き捨てた僕に、キリアは咎めることはしなかった。同じ考えだったからだろう。

「何故『セシリアの計画を後押しするようなことをするのか』って言いたいんだっけ?」
「はい。陛下方は彼女の真価を分かっておられません。『いずれ魔人共に捧げられる生け贄に愛情など必要はないだろう』だなどと………!」
「だから、だよ」
「………?」
「『いつの間にか姿を消していました』ということにして、逃がしてしまったほうが、セシリアのためになる」
「殿下──いや、。お前はそれでいいのか?」

 先の僕の言葉に倣って砕けた態度をとってくれた律儀な幼馴染みに、僕は苦笑で返した。

「……本当はずっと側にいてあげたいよ。そしてその成長を見守りたい。でもね……今の僕の力では、このままセシリアを城にいさせて何かあってもあの子を守り切れない」

 キリアは、悔しげに拳を握った僕を痛ましそうに見た。たとえ王太子という地位があっても、連中にとって『都合よく動く人形』としか見られていない今の僕では不可能だと彼も分かったからだろう。

 そう。今の僕では駄目だ。功績を重ね、味方を増やし、もっと立場を磐石なものにしなければ。そうしてから、あの子を迎えに行こうと思う。

 だから。今は君の手を放すよ、セシリア。
 願わくば、出来るだけ早く君に会いたいな。 
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