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☆ プロローグ

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 学生にしては豪華な作りの部屋の中。室内に何かを啜る音が響く。その音が断続的に響くたびに、私の身体は快楽に咽び啼いた。

「ぁ………んっ……やぁ……!」

 耐え難い快感から逃れようともがくも、がっちりと抱え込まれた身体はぴくりともしない。私の抵抗を封じるように、首筋に埋め込まれた“奴”の牙が更に深く食い込んだ。私はたまらず嬌声を放った。

「──ぁぁあアあーーッ!!」
「………(くす)」

 がくがくと身体が震えるのを感じながら、快楽の波が過ぎ去るのをひたすら待った。今日はいつもよりも多く吸われている気がする。そのためか、なかなか波が引いてくれない。私は恐怖した。“奴”から与えられる快楽なしには生きていけなくなりそうなことに。
 吸った血を飲み下しながら“奴”が微かに笑ったのを感じた。

「ぁン………っ!」

 思う存分吸ったことで満足したのか、“奴”はズッと牙を抜いた。その衝撃にまで感じてしまい、口から再び嬌声が漏れ出たことに、私は顔を歪めた。首筋でくすっと“奴”が笑った気配もしたので、喜ばせてしまったことにいっそう顔が歪んだけど。
 私の首筋からゆっくりと顔をあげ、唇を艶かしく舐めながら“奴”は愛おしげに私の唇をなぞってきた。その触れ方にぞくり、と肌が粟立った。

「ふふ……。相変わらず君の血は極上だよね。さて………」

 ごそごそと音がしたので視線だけを動かしてみると、“奴”が自分の服の袖口を七分丈にまくり始めていた。
 吸血されたせいで倦怠感の残る身体では身動きひとつできないため、“奴”の動きをただ眺めているしかできない。そもそも、後ろから抱き込まれているから吸血のことがなくても動きようもなかったけど。

 え? なんで“奴”なんて呼んでいるかって? 以前うっかり人前で名前で呼んでしまい、破壊力バツグンの笑みを向けられたことがあった。その後の『ヒロイン』の嫌がらせが果てしなくウザかったからだ。
 『むしろお前が悪役じゃないのか』と彼女に対して思った瞬間だった。

(いつもなら吸血だけなのに………何をする気だ…………?)

 そんな私の視線の意味に気づいた奴はそれを見てくすっと嗤った。
………うん、間違いなく『嗤った』。『笑った』じゃないのは奴の浮かべた表情が禍々しかったからだ。前に『笑顔が邪悪だ』と言ってしまったあとの吸血はホントに酷い目に遭った。何せ奴は人をイジメて喜ぶ、Sの国の住人なのだから。

「そうだよ……? 特に君が可愛く啼いてくれる様を見るとゾクゾクくるね」

(人の心を読むなぁあああ!! そしてなんつーセリフを吐いてくれてんだよぉおお!?)

 私は心の中で絶叫した。声に出そうものなら“奴”のことだ、嬉々としてイジメ倒してくるのは目に見えている。
 ちなみに本当に心を読める訳ではないそうだけど、“奴”いわく『君のことならなんでもお見通しだよ?』だそうだ。
 どやあ、という態度にイラっときたが、行動パターンやら趣味嗜好やらを言い当てられているのは事実なので、ぐうの音も出なかった。

 目下の問題は、『服の袖をまくって何をしようというのか』だ。……………本当は当たって欲しくはない予感がある。をやろうというのだろう。その儀式で『アレ』を飲ませるつもりなのだ、“奴”は……!
 『アレ』がなんなのかは分かっている。今まさに飲み込まされようとしているのはだ。そんなものを飲まされたくなくて、何度も逃亡を図ってきたからね!
 『アレ』を飲まされるくらいなら、毒を盛られたほうが遥かにマシである。───私、幼い頃の『ある慣習』から、毒には耐性があるから、大抵の毒では死なないし。そんな私の考えを読んだのだろう、“奴”の笑みが深くなった。

「(くすっ)……大丈夫、君に飲んでもらうのは毒ではないからね。……まあ、君にとってはある意味“毒”かもしれないけどね?」
「んんーー!?(分かってるならやめろよぉ!?)」

 口を開けたらを飲み込まされるのは分かりきっているので、口元を引き結んだまま、抗議するという、我ながら器用な真似で突っ込んだ。腹黒過ぎる微笑みを返されただけだったが。
 先に吸血して動きを封じにかかるあたり、今回ばかりはからかいや冗談で済ます気はないらしい。『先程の一件』は“奴”の逆鱗に触れてしまったようだ。それだって『ヒロイン』のせいなのに。

(くっそう……! 私が逃げられないように手を打ちやがって………! この腹黒ドSめぇぇえ!!)

 私は心の中で“奴”を罵った。自分を睨み付ける私の視線に気付いたのだろう、愉しげに目を細めていた。とうやら“奴”にとってはそんな私の態度すら“可愛い”で済ませられるようだ。というか今呟きやがったし……!

「ふふ……っ、可愛い………でもね?」

 そう言った“奴”の指がいつの間にやら私の下着の中をまさぐり、秘処にずぷっと沈んだ。

「ン……ッ!!」

 慣らしていないのだから、強引に挿入りこめば普通は痛みを伴うだろう。けれど、何かにつけて吸血され続けてきた私の身体は、『痛みを快感に変換する』という、私からしたら嬉しくもない技を修得していた。そんなものがあっても嬉しくもなんともないが。
 ナカを“奴”の指が好き勝手に動き、時折を掠めるため、声を堪えるのがだんだん難しくなってきた。

「んンっ!!……んぅ………、んっく………!……っやぁ……、ぁん……っ!」
「『ともう関わるな』って言ったのに……『約束を守れない悪い子』には……“お仕置き”が必要だよね?」

 “奴”のそのセリフに私は余程言い返してやりたかった。

(関わりたくて関わっているんじゃないやい……! 向こうが絡んで来るんだよ……!)

 『ヒロイン』の奇行は“奴”だとて分かっているくせに、とんだ言い掛かりをつけてくるS様である。

「………ふっ……!んンっ!!……っく、ぅン……!」

 必死で声を抑えるものの、喘ぎ声が口から漏れ出るのを止められない。それでも言葉にすることだけは耐えていた。快感に身を任せて『もっと……』とでも呟こうものなら、“奴は”絶対に

「さあ……“お仕置き”の時間だよ?」

 なんとか声をあげるのだけは堪えていたのだけど、“お仕置きの時間”と言った“奴”の指が私の最も感じる部分をぐりっと押した。その瞬間、雷に打たれたような衝撃に目を限界まで見開き、身体をのけ反らせて口が大きく開いてしまった。

「ひぁあアぁあッ!?」
 
 私が思わず口を開いて声をあげたのを見るやいなや、指を引き抜き──再び声をあげてしまったのが悔しかった──、ブツっと自らの腕を噛み切り、噛みきった箇所の血を口に含み、私の後頭部に手を添え──がっちり拘束したともいう──、口づけてきた。その間、わずか5秒。某アイドルグループの早着替えよりも早かった。
 飲み込んでなるものか、と私は抵抗しようとした。それを見越してか、口づけたままの口の中に“奴”の舌が素早く侵入してきた。口腔を縦横無尽にねぶられ、快感に身震いし、身体から力が抜けてしまった。私の身体が弛緩したのを察知した“奴”は、口に含ませた“血”を喉奥へと流し込んだ。私はそれを反射的に飲み込んでしまう。
 ごくん、と喉が鳴って、“奴”の血が身体に染み渡るのを感じた。『ああ……とうとう飲ませやがったな……!』と悪態をつくことは出来なかった。そう思う間もなく身体が“ある変化”によって戦慄わななき始めたからだ。

「~~~っ!?……ぁ、ぁあ………あああああ……っ!!」

 どくん、どくんと心臓が脈打ち、身体が作り替えられていく、なんとも言い難い感覚に苛まれる。
 変化にかかった時間は驚くほど短かった。おそらくは本格的に作り変わる前の小康状態なのだろう。
 浅い呼吸を繰り返している私を“奴”は満足そうに眺め、私の体勢を横抱きに変えながら、嬉しそうに呟いた。

?」
「………っ!」

 私をしっかりと抱き込みながら、しれっとそう宣う“奴”を恨めしげに睨むことしか出来なかった。それが、今の私にできる精一杯の反抗だったからだ。

─────なんで? なんでこうなった? そんな思いが頭を過る。
 これは本来なら、“奴”のルートに進んだ『イベント』だったはずなのに。
 そもそも死亡フラグは根本から叩き折ったはずなのに。
 今の私は脇役どころか、『その他大勢のモブ』の一人に過ぎないはずなのに。
 なんで『彼ら』は『ヒロイン』ではなくて私の周りに集まって来るのだろう?
 しかも『彼ら』の中でも、“奴”はを持っている。 
 私は──いや、“僕”は。この世界に転生したと知った『あの日』から平凡でもいいから天寿を全うしたいと思って、から逃げ出した。
 その結果、『ヒロインの恋のライバルどころか、ラスボスですらない雑魚悪役』から逃れられたはず。そのはずだったのに。
 むしろ悪役よりも厄介なポジションになっている気がしてならない。


──────────なんでこうなったんだろう?

 前世の記憶を取り戻したあの頃は、『攻略対象から逃げられなくなる未来になる』なんて思いもしなかった。
 とにかくこの環境から逃げさえすれば大丈夫だろう。それしか頭になかった。

 “奴”の「僕の血が早く君に馴染むといいな……そうしたら……………」という不穏な呟きを聞かなかったことにして、私は“僕”としての記憶を取り戻してからのこれまでを思い返していた。

 
 
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