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序章 隣国から留学生が来ました

隣国の王子に会いに行きました

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 いつまでもシャウド一人に任せるのも申し訳ないので、主と私はルティウス殿下方に挨拶に向かうこととなりました。

 部屋に向かう道すがら城に出入りしている貴族や騎士とすれ違うものの、主はちら、と視線を向けて短く返答するだけだった。
 それというのも出会う人の大半が媚を売ってくる連中ばかりですからね。中にはまともに挨拶をされる人もいるのですが、そうでない方のほうが圧倒的に多く、何処からともなくすり寄ってくるのですよね。自分に都合のいい話を吹き込んで操ろうとしているのが丸分かりなんですよ、この方たち。そんなものに引っ掛かるほど主は甘くはないのですが。

 特定の相手ばかり贔屓してるだの、この相手の特別扱いはよくないだの、どこそこの貴族は落ちぶれているから付き合いはやめろだの、この貴族は自分の親族だから重用して欲しいだの……あからさまなものだと自分の娘を連れてきて、一夜の相手にどうですか……?という者もいます。
 私が護衛騎士であることは特にやり玉に挙げられますね。主の護衛を任されたのはだいぶ前からなのですが、当時からその事に納得出来ず、未だに抗議し続ける貴族は多いのです。私を引き摺り下ろして自分の息子を、と考える方もちらほらいらっしゃいますようで。
……………私が主の護衛騎士になったの、なんですが。分かっていらっしゃっての発言なのでしょうか。よくも悪くも反逆と取られても文句は言えないと思うのですが。
 同僚の騎士たちからはそんなことこれっぽっちも言われないのですがね。

 この国は実力、才能があれば身分・性別の貴賤なく重用される実力主義な所があるので、女性の騎士も存在します。ですが、「男が上に立つべきだ、女は家に引っ込んでいればいい」なんて考え方の人は未だに多い。実際、過去の英雄譚に憧れて騎士になったがために、実力が伴っておらず、我儘を言って他の騎士を辟易させる貴族令嬢もいますから、そう思ってしまう男性がいるのも致し方ない部分もあるのですよね。
 ですから、外見などをあげつらって貶めてくる残念な思考回路の方からの悪口など、私は別に欠片も気にしていないのですが。主を含めたみなさんは納得できないようで。一応これでも一部隊を任されてもいますからね、「見てる奴はきちんとした評価をしているんだ」と言いたいのかもしれません。
 私は基本が無表情ポーカーフェイスなので、屈辱に耐えているように見えるらしく。……たんに私よりも先に他の方が反撃してしまうので、口を挟む隙がないだけではあるのですが。いちゃもんつけてくる相手にいちいち構ってられない、というのもあるにはあります。
 目下私が気になるのは、部下たちの日次報告によく『隊長の悪評を立てる馬鹿を説得して締めてきました!』とあるのですが……………みなさん、何をなさっているのでしょうね?
 説得と言ったはずなのに、違う言葉が聴こえた気がするのは気のせいでしょうか。

 閑話休題。

 さほど時間のかからない道程でそんな状況でしたから、応接間に辿り着いた頃には主の機嫌は底辺を這っていました。荒んだ雰囲気の主を見て、私は声をかけました。

「主。思うところはおありでしょうが、今はお客様の対応に集中なさってください」
「───っ!分かっている……!ルティウスの前ではこんな醜態晒している場合じゃないしな。あいつは苦労しながら努力を重ねて今の立場を勝ち取ったんだ、オレだって同じことができなければ親友だと胸を張って言えないよな………」

 私の言葉でハッと我に返り、頭を横に振って気持ちを切り替えたようです。王族の言葉には責任が、行動には義務が伴うもの。先程の方々の話に乗らなかっただけでもきちんと自分を律することが出来ていたのですしね。

「それでこそ我が主です。私のことなら、お気になさらずに。全ての人に認められるのは不可能なのですから」
「………それは駄目だ。確かに全ての人間に受け入れられるのは難しいのかもしれない。だが、オレはお前がどれだけ血の滲む修練を積んでいたのかを知っている。あいつら、それを知らないくせに………!!」
「そうは言いましても……彼らは四六時中私を見ているわけではありませんし」
「お前のいいたいことは分かっている。それでも、だ。いくらオレが第二王子とはいえ、臣下であるはずの貴族に舐められているようでは話にならないのもあるんだ。それに直属の部下であるお前の評価が下に見られるのは許せない。先程の連中だとて、お前が何も反論しないのをいいことに好き勝手言いやがって……!」

 そうぶつぶつ言いながら、主は応接室の扉を開け、直後凍りつきました。私の位置からでは見えなかったのですが、「待っていましたよ、二人とも?」という声でなぜ主が固まったのかを悟りました。扉を開けてまず目に飛び込んできたのが、ルティウス殿下が黒い笑みで仁王立ちしている姿だったからですね。

「ルティウス様、とりあえずソファにお戻りください。そのままではお二人が中へ入れないでしょう」
「シルディオ様の仰る通りです、殿下。とにかく、落ち着かれたほうがよろしいかと」

 そう声をかけたのは、おそらくはルティウス殿下の護衛として来たのだろう、シルディオ様とソール様でした。彼らの言葉にルティウス殿下は渋々といった様子で移動しました。
 視界の端に映ったシャウドが額に手を当てて溜め息をついている。……………もしかしなくても、全て聴こえていたのでしょうか。

「あー………、リュミエル?クルシェット様に何があったか教えてもらえる?といっても、大体は想像つくんだけどさ。さっきから、ルティウス殿下の欠片も笑ってない微笑みが物凄く恐いんだよ」

 シャウドのこの言い方からすると、やっぱり筒抜けだったようです。まあ、主、それなりに声が大きかったですからね。周囲に人の気配が無かったのでとめなかったんですが。

「それはまあ、私は構いませんが………主、よろしいですか?」
「……………今さら誤魔化しても無駄のようだな──オレもまだまだ未熟だな………」
「未熟だと自覚できているのなら、次は同じてつを踏まなければいい、それだけのことですよ、クルシェット」
「ルティウス………。そう、だな。すま──いや、ありがとう」
「どういたしまして。──では、話してくれますね?」
「ああ。と言っても情けない話になるけどな………」

 やはりというか、主とルティウス殿下の間にはたしかな絆がありますね。ルティウス殿下の対面に腰掛けた主は、さっきまでの表情とは違い、若干苦笑が見え隠れしていました。自国内の問題を親友とはいえ、他国の王族に話さなければならないことに、含むものがあるのでしょう。

 本当に頭が痛い話とはこのことなのですよね、身分至上主義な方々の自分本位な行動って。その残念な行動の数々を暴露することになるわけですから。

 
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