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番外編

とある精霊の旅立ち

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※この話は、第一章の幕間『とある精霊達の希望的観測』を加筆修正したものです。書籍化の際、番外編として載せようかと思ったのですが、話の進行上、省いたものになります。
 なので、内容はかつて掲載していた話と一部かぶっています。

──────────────────────────────────────────────


「あ」

 ある目的のために、人間界の様子を眺めていたボク──地の高位精霊クレイシェスは、随分と間の抜けた声を出した。

「あ~………やっちゃったかも……………」
「今度は何をやらかしたんだ、お前は」
「……………!!!」

 ボクはぎくっと硬直した。どうやらボクの呟きが聞こえたらしく、主に聞き咎められた。
 というか、主、鋭い。……まあ、ボクの場合、ミスした時のリアクションが大きいせいで、分かりやすいだけだそうだけど。そんなに分かりやすく態度に出てるのかなあ?
 それはさておき。ボクは返答に困った。まさか聞き咎めたのが主とは………

「いえ、まあ……そのう……………」
「苦し紛れの言い訳や曖昧な説明は許さん。うだうだ話を引き伸ばさずに、キリキリ答えろ」

『嘘や誤魔化しは許さない』とばかりに“魔力による威圧”を発動する主──マクスウェル様に、ボクは思わずびくぅ! と直立になり、震えた。
 うん。まさに今『どう言い訳しようかな』と考えていたボクの思考など、主にはお見通しだったらしい。さすが、『精霊王』の称号に違わぬ威厳を放つお方だ。……まあ、外見はデビュタント前の年頃の娘にしか見えないけど。
 それを口にしたら説教だけではすまされない制裁がある──見た目に威厳がないと、密かに気にしているからだ──ので、その言葉は口にはしなかった。
 内心冷や汗を流しながら、ボクは現状の説明という名の、弁明を始めた。

「えっとですね、つい先頃、『“彼女”をこの世界に呼び戻した』と報告したことは覚えていらっしゃいますか?」

『叱責程度で済めばいいなぁ……』なんて思いつつ、今回の一件の重要人物──精霊だから重要柱物か? ボクら精霊って一柱二柱って数えるし──の事を話題に出すと、主が形のいい眉をぴくり、と動かした。

「ああ……忘れるものか。“あの時”の一件で精霊核コアに深刻なダメージを負ったために、本体と力の珠とに別け、人間で言うところの魂といえる本体を、異世界に人として転生させていた彼女──“あいつ”だろう?」

 マクスウェル様は、在りし日の“彼女”を懐かしむように、それでいて寂しそうに、そう口にした。
 “彼女”は、マクスウェル様にとって特別な存在だから。感慨もひとしおなのだと思う。

「はい。その“彼女”です。それでですね、その転生させた“彼女”なんですが、イレギュラーがあったのか、精霊核コアの修復が終わる前に亡くなってしまったじゃないですか」
「本来なら転生させた異世界で天寿を全うするまで生きてもらい、時間を稼ぐつもりだったのだがな。……全く、何故人間という生物は、『気に入らない』などという理由だけで他の人間を、それも血の繋がった相手を虐げられるのか……理解に苦しむ」

 元々気難しいところのある方だが、当時抱いた不愉快なことを思い出したのか、さらに表情を険しくした。マクスウェル様の気持ちは、ボクも同じ感想を抱いたからよく分かる。

 転生した先の“彼女”の家庭事情は、それはもう酷いものだった。親が生まれてくる子供を選べないように、子供だって、生まれて来る場所を選べないのに。何故片親が違うだけで、自分の産んだ子供じゃないだけで、自分よりも優れているというだけで、あそこまで差別をするのだろう。
 
 ……いけない。横道にそれた。そう我に還り、話を元に戻すべく、軽く咳払いした。

「んん、話を戻しますが。予想外の事故が起きたせいで、『まだ全快には程遠いのに、このままじゃ不味い』ってことで、『いっそこの世界に転生させ直そう』ってなったじゃないですか」
「ああ。あの異世界では『旧家とはいえ、平民だったから、駄目だったのだろうか』と思ったからな。ならばこの世界で貴族階級の人間としてなら、そうそう不慮の事故など起きまいと考えたのだし。そこはお前に任せたのだろうが」
「はい。この世界は、“彼女”があの異世界でお気に入りだった『乙女ゲーム』とかいう娯楽アイテムのモデルになった世界ですからね。ですから、『そのゲームと同じ登場人物として転生させれば、前の世界での知識を活かして平穏に暮らしていけるだろう』って考えて、実行したんです」
「あの異世界は往々にして、異世界の知識を夢などで受け取った者が、物語などにして、世俗に公表しているようだからな……せっかく魔法とは無縁の世界に転生させたのに、本来の自分が生きる世界の話にばかり惹かれていたのには皮肉としか言いようがないが………」

 できれば、この世界で経験したこと、“彼女”が本来は人間ではなく精霊だということなどを一時でも忘れ、『人間としての生を体験させ、人並みの幸せを』という願いがあっただけに、本当に皮肉としか言いようがない。
 本来精霊である者を人として転生させたのがよくなかったのか、それとも他に要因があったのかは分からないけど、あまりに早く人生の終わりが来てしまった。

「そうですね。ですから、ある一定の年齢に達した辺りで、前世の記憶として、あの異世界での知識が戻るようにしておいたんです。それで、途中経過を確認すべく、さっき様子をうかがってみた、のですが───」
「………なんだ、その歯切れの悪い言い方は」

 マクスウェル様が、怪訝な顔をした。
 ボクは、ごくり、と喉を鳴らした。そうでなくとも、常日頃からうっかりミスをやらかしてるのに。今回の“コレ”は、それまでのポカミスが可愛らしく見えるかもしれない。

「───!! まさか……お前………」

 ボクが濁した部分に気がついたらしいマクスウェル様が、目を見張り、ついで険しい表情になった。
 あ。マクスウェル様の声が地を這ってる。機嫌が急降下したね、コレ。こうなったらすっぱり言ってしまおう。 

「えっと───まあ、単刀直入に言いますと、間違えました!」

 ボクがそう口にした途端、ぴしり、とその場の空気が凍りついた気がした。いや、『空間にヒビが入った気がした』のほうがより正確かもしれない。
「間違えました」の言葉と共に頭を下げたので、マクスウェル様が今どんな表情なのかは見えない。見えないんだけど。これまでの経験上、どんな表情をしているのかは、嫌でも分かる。漂う気配からして不穏な空気を感じるからだ。
 うぅ………感じ取れる気配だけでも怖いよう。マクスウェル様が怒れる魔神の如き雰囲気を纏う原因を作ったのは、ボク自身だけどさ。

 マクスウェル様が、すぅ、と息を吸い込む気配がした。あ。ボク、この先予想できる。

「何やらかしてるんだ、お前はああぁぁぁ!!!!!」

 というマクスウェル様の怒号が響き渡り、かの方から溢れ出した魔力が、周囲に満ちるのを感じ、ボクは思った。今日こそ詰んだかもしれない。






◇◆◇

 ─────二時間─────

「何か弁明はあるか?」

 床に這いつくばり、四肢を投げ出して伸びているボクに、マクスウェル様の声が降りかかった。マクスウェル様の声の調子からして、まだ怒りを帯びているが、先刻よりは落ち着いた声音だ。

「いえ……ない、です………」

 余談ではあるけど、高位精霊は、人型である今の姿以外にも、動物型という“本来の姿”と呼ばれるもう一つの姿あり、今のボクはその“本来の姿”だ。ボクの“本来の姿”は、犬──柴犬という犬種のようだと言われたことがある──の姿だ。
 精霊は、人間や魔族たちのように、生身の肉体──要は魂の器だ──がないため、明確な死や寿命といった概念がない。だからこの場合、『消滅しそうになった』が正確な表現だけど。
 それでも、痛みや苦しみを感じない訳ではない。その証明とも言えるのが、床に這いつくばっている今の状態な訳だけど。

 分かっていたことだけれど、マクスウェル様の怒りは凄まじいの一言に尽きた。ボクが精霊として生まれてから、これまでやらかしては怒られた中でも、一番かもしれない。
 というかヤバかった、ホントにヤバかった……! ぶっちゃけ死ぬかと思った……! それだけ、マクスウェル様の怒りの深さが分かろうものだ。
 なにせ“彼女”は、マクスウェル様が『精霊王マクスウェル』の立場を継ぐ前の、他の精霊たちを統括する立場になるよりもさらに前、対を成して生まれた、人間でいうところの双子とも呼べる存在だったから。
 かくいうボクも、精霊として生まれたばかりの頃から、“あの時”まで、“彼女”にはずいぶん世話になった。ドジを踏んでは怒られてばかりのボクを、“彼女”は何度となく助けてくれた。
 だから今回の件は、『これまでの恩を返す絶好の機会だ!』と気合いを入れたのだけど、それがよくなかったらしい。結果、転生先を間違えて、『あの乙女ゲームにおいて破滅フラグしかない悪役令嬢』に転生させてしまったのだから。

 ホント、なにやってんのかな、ボクは。『マクスウェル様に怒られるのが怖い』なんて現実逃避している場合じゃないだろ………!!
 過去を振り返りながら、自分がやってしまったことの重大さを、今さらながら痛感し、前足でがりり、と床を引っ掻いた。

「さすがに今回ばかりは『またミスをし出かしたのか、仕方ないやつだな』などと言ってやることはできないぞ」

 言外に『今度ばかりは庇い立てはしない』と、マクスウェル様が告げてきた。上半身だけ身を起こして、ボクは頷いた。

「───はい。お怒りは重々承知しています。“彼女”が貴女にとって、代わりなどいない、片割れと言っても過言ではない存在であることも含めて」
「今は精霊としての記憶が無いとはいえ、本人であることに違いはないんだ。半端に記憶を取り戻したあいつが、どんな行動をするかなど、嫌でも想像ができる……!」

 血が滴りそうなくらい、拳を強く握りしめながら、マクスウェル様は思いを吐露した。

「はい………それはボクも容易に想像できます」

 そう。今回ばかりは、『謝るんで許してください』なんて軽い調子で許しを乞える状況ではない。
 精霊として健在していた頃、“彼女”はこちらが見ていてはらはらするくらい、迷わずに自己犠牲にはしる性質たちだったからだ。見かねたマクスウェル様が、苦言を呈したことは一度や二度ではない。けれど“彼女”は、『考え事に耽ると、自分の世界に入ってしまい、他者との会話が耳に入らなくなる』という悪癖があるせいで、『苦言さえもスルーしてしまう』という悪循環によく陥っていた。

「覚悟はできているようだな」

 マクスウェル様はどうやらボクの処罰を決めたらしい。それに関して反論などなかった。でも───

「では処罰を「その前にお聞き届け願いたいことがあります」───なに?」

 主であるマクスウェル様の言葉を遮るなんて、常でさえやったことなどなかった。それをしたのは、決して自己保身からではない。先ほ人間界の様子を伺った時に、見た光景が頭を過ったからだ。それは、『もしかしたら彼ならば──』と一縷の望みを懸けてもいいかもしれないと思ったもの。

「実は先ほど改めて“彼女”の様子を見てみたのですが」

 切り出したボクに、マクスウェル様は呆れた眼差しを向けてきた。

「私の叱責の最中に、何をやっているのかと思っていたら………」

 マクスウェル様は、“精霊王”という立場上、感情に任せた行動をしないように、常に自分を律している。ボクをしめたのは、それだけ腹に据えかねたからだと思う。

「で? 私の言葉を遮ってまで何を言いたいんだ、お前は」
「もしかしたら、“彼女”の悪癖を抑え、護ることができるかもしれません」

 マクスウェル様の纏う空気が一変した。

「……! あいつが運命さだめと考え、それに殉じてしまうだろうこの現状を覆せるだけの策が、お前にあると?」
「はい。ただし“彼”次第ですが」
「彼? 誰だ、そいつは」
「ストランディスタ王国王太子、エルフィン・カイセル・ストランディスタ。彼が“彼女”とどう関わっていくかで、“彼女”の運命は大きく変わるでしょう」
「……始祖竜エンシェントドラゴンカイセルギウスの血脈か。──ん? たしかかの王太子は、奴の血を受け継ぐ一族の中でも最も濃く発現したとかで、『カイセルギウスの再来』と言われていると聞いたことがあるが」
「はい。見ていた感じ、彼は“彼女”に特別な想い──好意を寄せているよえに見受けられました」
「そうか」

 そう呟くと、マクスウェル様は、何か思案し始めた。自分の立場を鑑みて、“彼女”のためになにかできないかを考えているのだろう。
 ボクら精霊は本来、人の世に関わりを持たずして生きている。力の余波が人に影響を与えることもあるけれど、基本不干渉を貫いている。
 意図的に関わりを持つのは、“資格”を持つ人間──契約者の願いを叶える場合か、精霊との親和性の高い者に加護を与えた場合だろう。契約していない精霊たちは、無関係というか、傍観しているだけ。この世界のあらゆる生命いのちの転生の管理をしているボクのような例外もいるけどね。ただまあ、今回の一件で、その役目も外されるだろうけど……そのあとはどうしようか。
 今後の予定を考えながら、ボクは先ほどの彼のことに思いを馳せた。

 カイセルギウスの血脈である王子、エルフィン。ボクは君に懸けてみようと思う。どうか、迫り来る脅威から“彼女”を護って欲しい─────

「なにをそこで『もうできることはない』みたいな達成感に浸っているんだ。お前も行って護るんだよ」
「へっ?」

 まさに『あとは人間界の彼らに託すだけだ』と思っていたボクに、マクスウェル様は、予想だにしない言葉で突っ込んできた。

 今、マクスウェル様はなんて言った? 『お前も行くんだ』? 確かにそう言ったよね!?

「お前への処罰がまだだっただろう? だから、“これ”に決めた」
「え"」

 名案を思いついた! とばかりにしれっとそう宣ったマクスウェル様は、次の瞬間、真剣な表情でボクにこう告げた。

「地の高位精霊クレイシェス。お前は人間界への追放処分とする。しばらく人間界で己が罪を猛省するように。また、それに伴い、力の封印も行う。追放期間は期限を設けないものとする」
「っ、はい……」

 告げられた内容は、精霊にとってはかなり重い処分だった。
 人間界は精霊界に比べて、“マナ”の密度が薄い。そのため、精霊は好んで人間界に長期間、好んで滞在しようとは思わないからだ。契約者でもいない限り、芳醇なマナを確保するのは難しいし。契約をしていれば、その契約者から、マナの溶け込んだ魔力を貰えるからだ。
 さすがに、森の最深部だとか、水の澄んだ地だとか、真っ当な教会なんかは、清浄な空気に満ちているためか、マナの濃度は濃いけれど。

 そんな風に人間界でどうマナの確保をしようかと、遠い目をしていたボクに、マクスウェル様はなんてことないようにある一言を付け加えた。

「まあ、お前はある人間の一族と代々契約を結んでいるからな。そちらで世話になればよかろう」
「あ」
「あ?」
「………」
「まさかお前……今の今まで忘れていたんじゃないだろうな………」
「えーと……。あはは………」

 間の抜けた声を出したボクに、マクスウェル様は呆れ果てた様だった。思わず空笑いした。マクスウェル様に言われるまで、まさに今の今まで忘れていたのだから、自分で自分に呆れるしかない。
 マクスウェル様は、「はぁ………」と深い溜め息を吐いている。いや本当にいろいろすみません。

「で、だ。追放もとい謹慎で人間界へ行っている間、お前に頼みたいことがある」
「頼みたいこと……ですか? それは一体……─────!!」

 場の空気を入れ換えるように、そう切り出してきたマクスウェル様に、ボクは首を傾げ、はた、と気がついた。まさか、ボクの『人間界への追放処分』の真の意味って………!
 目を見開いて主を見れば、視線が合ったかの方は、僅かに頷いた。

「気がついたなら、話は早い。『精霊王』という立場上、私は安易には動けない。動く訳にはいかない。だから───」
 
 「だから、私の代わりに“あいつ”を護って欲しい」そう言外に言われた気がした。「追放という形でボクを人間界へ行き、“彼女”を護るように」、とも。
 立場柄、個人的な理由と『ある事情』で、配下の精霊たちを動かすこともできないため、処分に託つけてボクを“彼女”の護衛として配したいのだろう。精霊という存在は、契約でもしていない限り、人間界に干渉するわけにはいかないのだから。
 迂闊に動けば、“奴ら”に勘づかれ、狙われてしまう。“あの時”以降、動きが静かになっている『魔族』たちに。彼らからすれば、“彼女”は喉から手が出るほど欲しい存在だろうから。
 せっかく一度は異世界へ転生させたことで、手を出すのは不可能になったと思わせることもできたのに。マクスウェル様が動けば、まず間違いなく悟られるだろう。
 一柱だけでも高位精霊が側にいれば、魔族に対して対抗することもできるし、いち早く危機を知らせることもできるし。これは、精霊同士で念話のようなもので、会話ができるためだ。力も記憶も封印されている“彼女”にはできないけれど。
 でも、封印が解けるのも時間の問題かもしれない。人間にとっては魂といえる精神体が回復するまでは、封印を維持しておこうとマクスウェル様が判断したのに、ルーディンの末裔が──たしかかの家は、今は公爵という身分のはずだ──やらかしたようだ。“彼女”の精霊核コアである宝珠を“彼女”に埋め込んでしまったのだ。かの公爵は、自らの実験が成功したと思っているに違いない。本当に余計なことをしてくれたものだ。
 あとでマクスウェル様がなにかしら制裁を加えそうだ。

 まあ、それはともかく。
 ボクが追放という形で人間へ行き、“彼女”の転生体に接触するのはおかしいことじゃないものね?

「では、荷物──は必要ないか。引き継ぎが終わり次第、速やかに出ていくように。ああ、人間界では“真名”を名乗るなよ」
「あ、はい。ではあちらでは『クーシェ』と名乗ることにします」
「……お前の愛称ニックネームまんまだな。そういえば、お前の愛称は“あいつ”が呼び始めたのがきっかけだったか」

 マクスウェル様は懐かしげに目を細めた。
 この愛称は、特別な響きを感じて、嬉しかった記憶がある。……後に“彼女”がボクをそう呼び始めたのは、『舌を噛むくらい言いづらかったから』という理由からだったと判明したのだけど。
 そんなに言いづらいかなぁ? そんなことないよね? という思いを込めて周囲を見ると、他の高位精霊たちから視線を逸らされたという、なんとも言えない気持ちになった後日談もあったけど。

 閑話休題。

「では、行ってきますね! ──あ、追放なのに喜んで行っちゃ駄目ですね………」

 この部屋を出たらボクは『追放される精霊』だ。嬉しさ全快で出て行ったりしたら、他の精霊たちに怪しまれる。そこから、巡り巡って情報が漏れるか分からないのだし。ただでさえボクは『ちょっとしたミスが洒落にならないレベルに発展する』なんて言われてるのに。
 そう思って気を引き締め、出ていこうとしていた時だ。

「クレイシェス。──いやクーシェ。……気をつけていけよ」
「っ、はい………!」

 部屋を出る直前、マクスウェル様からそう声をかけられる。ああ。しばらく精霊界ここに帰って来れないんだなぁ………そう気がついて急に寂しくなった。
 そんな気持ちで、しんみりしながら部屋を出てきたからか、部屋の扉を閉めたとたん、近くに集まっていたらしい精霊たちに憐れみいっぱいの視線の集中砲火を浴びた。彼らいわく「またやらかしたのか、お前……」という心境だったのだろう。
 そういや部屋の防音は、“彼女”に関した話をし始めた頃からだったから、制裁されてるように聴こえたんだろう。まあ、たしかに制裁はされたけども。
 その後は音が一切聞こえなくなったため、部屋の中でなにが起きているのか、想像しかできなかっただろうし。そんな彼らに「人間界へ追放処分になった」と告げると、「しばらくほとぼりを冷ませば許してくださるさ」とか、「気にすんな。あの方もすぐにお前を呼び戻すだろうよ」などと言われて慰められた。そういや『表向きは』マクスウェル様の逆鱗に触れて追放されるんだもんね。ぶっちゃけ、追放処分を受けたから落ち込んでいたのではないのだけど。本当のことは言えず、曖昧に苦笑するしかなかった。



◇◆◇

「わあ」

 そうして久しぶりに人間界へとやって来たボクは、目の前に飛び込んできた光景に、感嘆の息が漏れた。

「これは………あいつ──カイセルギウスと“あの子”が造った国がずいぶん様変わりしたなあ………」 

 そして、“彼女”がその身を代償に守った場所。ボクはその場所を感慨深げに眺めていた。
 しばらくぶりにやって来たストランディスタ王国は、だいぶ趣が変わっていた。正確にいうと、平民の生活水準が大幅に上がっていた。国が興った頃のストランディスタは、建物はおろか、土地の整備もままならなかった状態だったのを考えれば、目覚ましい進歩だろう。
 さすがに移動手段は馬車から変わってないみたいだけど、その補助動力に魔道具が使われてるっぽい。異世界でいうところの、『電動機付き自転車』とかいうのと似てる気がするんだよね。あれ、誰が考えたのかなぁ。
 こんなことなら、もう少し頻繁に足を運んでみてもよかったかも。せっかく契約者がいたんだし。その契約者たちとも、代々契約している一族のうちのひとりを契約者とする時以外、誰とも会わなかったから、他の人間との交流なんて言わずもがな。今回のことを契機に、もっと積極的に関わりを持ったほうがいいかもしれない。
 たしか当代の契約者は、この国の魔術師達を束ねる立場らしい。

 ちなみに、あの子というのは、カイセルギウスの友人で、かの竜の伴侶となった女性の父親である魔術師のことだ。彼のことは、子供の頃から知ってるしね。ボクらが慈しんできたあの子が魔王に立ち向かい、王になるまでを見守り、時に手を貸したっけ……………

「……っと、いつまでも過去の思い出に浸ってる場合じゃないよね」

 少しばかり集めた情報によれば、“彼女”の転生体は現在、王家が保護していて、なんと王太子の婚約者となっているのだとか。まずは“彼女”の側に自然といられる状況を作らないと。そしてできれば、精霊界から覗いた時に見た彼ら──王太子以外にも、“彼女”を守ろうとしている者がいるようだ──とも親しくなっておきたい。

 うーん……あの世界のゲーム情報、知らないからなぁ……出てくる前に調べとくんだった。“彼女”を転生させちゃったのが、あの世界のゲームでいうところの『悪役令嬢』だってことだけだしな。

 そう悩みつつ、契約者のいる屋敷を目指していたボクは、気がつかなかった。
 “彼女”と学友として近づくために入学した学院で、脳筋な友人に振り回されることになることに。
 ボクこと『クーシェ』もまた、攻略対象だということに。
 “彼女”と出会い、王太子であるエルフィンから“攻略情報”を教えられ、驚愕することになることに。


 ボクの、“彼女”とその仲間たちが立ち向かう戦いは、ここから始まる。
 

 



 

 


 

 
 
 

 
 
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みんなの感想(293件)

塩飴
2021.09.06 塩飴

初めまして。こちら読ませて頂きました。

内容はとても面白いと思います。
ただ文の構成が単調で特段記憶に残るという場所があまりないなと感じました。
またルビで文字に・をつけるのはいいのですが数が多すぎてどこが大切なのかが分かりづらく、とても読みにくいです。
わざわざ作者が大切な所を教えなくとも読者は気づくものですし、もし気づかなくとももしかしてあそこが伏線だったのかと後で気づいた時にじゃあもう1回読み直してみようとなります。

初作品との事ですので今後期待しています。

解除
キャシー
2021.06.13 キャシー

書籍、デジタル版ですが購入させてるいただきました♪
ミラがステキ☆
学園一年生部分の描写はないということでしょうか?ちょっと気になってて、、今更ですが教えていただけると嬉しいです。
ステキほんわか作品でとちも好きです♡

解除
だんぼー
2020.06.21 だんぼー

一文の中に別の説明が入って読みづらい  
同じ説明を別視点になる度繰り返すので無駄に長く感じる
「閑話休題」が何度も出てきて話の流れが止まる

面白くてどんどん読み進めてしまう分
なんだかもったいなく感じました

初めての投稿という事で
これからの作品もとても楽しみです

書籍化おめでとうございます
ここで読めない部分がめっちゃ気になるので絶対買います

さーちゃん
2020.06.21 さーちゃん

感想ありがとうございます(*^▽^*)

完結してからだいぶ経つのに、このように感想を送ってくれる方が多く、感謝してます。(^.^)(-.-)(__)

初めて投稿したのもあり、あれもこれもと入れた結果、読みづらいと感じる人もいると知りました(^_^;)
やっぱり、いちいち話の腰を折るようで、分かりづらくなっちゃってますよね( ´△`)

今は投稿をストップしてますが、しばらくしたら文章を読みやすくなるように頑張りながら投稿しようと思ってますので、楽しんでくださると嬉しいです。

解除

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