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第五章 これまでの決着をつけます

決戦、エルフィンVSケルニオ

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 翌日になり、刻々と決闘の時刻が迫ってくる。でも、もう不安や恐れなんてない。

 エルフィンが必ず勝つと断言してくれたから。今の私にできるのは、彼が勝つと信じて待つことだけ。
 だから、いつも通りに過ごした。これが最期なんかじゃなくて、その先もあると信じているから。

 夕刻。
 リュミィさんが取り決めた決闘の時間間近となった。
 既にエルフィンは、待機している。特に気負った様子もなく、あくまで自然体だ。あとはケルニオが来るのを待つだけだ。
 今この場にいるのは、私やルティウス、デュオ、シグルド、クーシェらいつもの面々とミラ、クルシェット殿下、リュミィさんなどの限られた人のみ。ソールやルヴィカら諜報員は、屋敷周辺の警戒をするそうだ。

 本当はラディ先輩も見届けたいと言ってたんだけど、彼女は学生だし(まぁ、それを言ったら私たちもそうだけど)、何より身分はまだ平民だ。気後れしてしまうのと、やはり危険だからという理由から、で待っている。せめてそれくらい、という彼女の希望が通った結果だ。愛されてるわね、デュオ。

「─────

 リュミィさんがいち早く反応する。その言葉通り、エルフィンの前方の空間が歪み、中からケルニオとシャウドが出てきた。
 ケルニオは、これまでの呑み込まれそうなほど邪悪な笑みや、人間を見下したような態度が嘘のように、穏やかに凪いだ顔だ。
 シャウドと同じだ。今まで対峙してきた彼らとは何かが違う───顔には出さなくても、エルフィンも同じ心境でしょう。
 ケルニオがエルフィンを見て口を開いた。

「待たせてしまったようだな?」
「いや?まだ約束の刻限には早い。………まあ、早く始めたいならそれで構わないが」
「───そう、だな…………親しい訳でもないし、世間話もあるまい。シャウド」
『……分かってるよ。手出しはするなって言うんだろ?俺だって精霊なんだ、昨日彼らに言ったからね………誓いは違える気はない』
「悪いな」

 どうやら、決闘が一対一だというのも、シャウドが手出しをしないというのも、本当だったみたい。というか、ケルニオがシャウドに

「──いいでしょう。両者が同意しているのなら、始めましょうか」

 リュミィさんが対峙した二人の間に立ち、結界を展開する。外部からの干渉を防ぐためと、被害が他に及ばないようにするためだ。

「………勝敗の有無はどちらかの、でよろしいですか?」
「ああ、それでいい」
「俺も構わない」

 リュミィさんが少し間を開けたのが気にはなったけど……二人は了承した。
そういえば、ケルニオ、敗北した場合、どうするつもりなのだろう。いえ、エルフィンが勝つって思いは揺らがないけど。魔王側は敗れたらそのまま討伐されるって結末だけは変わらないんじゃ─────?

「それでは─────始め!!」

 そんな私の疑問をよそに、決闘が始まった。

 先攻で仕掛けたのはエルフィンだった。かつての夜会の時のように、猛吹雪に混じり、氷のつぶてが次々とケルニオへ向けて放たれている。

 氷の中級魔法【吹雪の喚び手ブリザードコール】。

 この術、中級ではあるものの、比較的自由度の高い魔法だ。魔力の練り具合でいくらでも威力・展開規模の調節が可能なのが強み。その反面、緻密な魔力制御を要求される術でもあるので、中級ながら、上級者向けとも言われている。エルフィンが最も好んで使う術であり、彼の十八番おはことも呼べるもの。しかもエルフィン、だから、魔術師にとって致命的な詠唱時間タイムラグがない。

 対してケルニオは。
 闇の防御魔法で防いでいる。あれ?夜会の時もそれ、エルフィンに破られてなかった?その時、ケルニオがニッと笑った。馬鹿にしたものとかじゃなくて、挑戦的ではあるけど、笑みだった。
 片手を横に伸ばし、小さく呟く。詠唱か──!

『夜を染め上げし漆黒の闇よ 彼方から来訪せし無限の暗幕よ 我が声に応えて立ちはだかりし者を黒弾のもとに貫け──【暗夜の砲呀ナイトエンドニードル】……!』

 するとエルフィンの背後や頭上に黒い点が現れ、彼を目掛けて貫こうと

「あ………っ!」

 私が声をかけるまでもなく、エルフィンは気づいていたようで、【吹雪の喚び手ブリザードコール】を解除して前方に跳んで躱し、地面に手をついた反動を利用してくるん、と回転して着地した。

 その隙を狙ってか、ケルニオは魔力で固めたナイフを数本、エルフィンへ投擲する。エルフィンはそれを帯剣していた剣を抜き放ち、弾き落とした。剣閃が速過ぎて見えないくらいだった。

 その態勢でしばし睨み合う。

 すっと体勢を建て直すと、再び魔術による攻撃の応酬が始まる。その後も一進一退といった感じで、二人の攻防は続いた。ただ、エルフィンはまだ余裕がありそうな様子ではある。ケルニオの方は表情に焦りなどがやや浮かんでは消えるを繰り返しているのだけど。

 このまま膠着こうちゃく状態が続くと思われていたその時。エルフィンは右手を高くあげ、振り下ろす仕草をした。ケルニオが上空を見上げ、顔色を変え、詠唱を早めて結界を張った瞬間、空から鋭い氷柱が降り注いだ。

「ぐっ…………!?」

 ケルニオが表情を歪めて呻く。反射的に防いでいるものの、即席で張った結界だからか、やや脆いようだ。重ねがけすることで、なんとか強度を保っているようだ。


 氷の上級魔法【氷柱の鉄槌アイスピラーズ・エンドレイズ】。

 文字通り、氷の柱を鎚のように振り下ろす術だ。氷の成形に時間がかかるため、使い勝手の悪い魔法なのよね、これ。ただし、それを使うのがエルフィンじゃなければ。元々エルフィンは氷属性の魔術を得意としている。それに加え、始祖竜エンシェントドラゴンとしても覚醒しているため、潜在能力が底上げされている。

 ケルニオは詠唱が早いようで、致命的な時間差はないけれど、さすがに無詠唱でやってるエルフィンのほうがアドバンテージがある。
 エルフィン、無詠唱でやってるから、相手にとっては何の術を使おうとしてるのか全く分からないのが難点なのよね。ただ、見てるこちらにも同じことが言える訳で。他のみんな、デュオが解説してるのを聞きながら、見守っている。

 ケルニオ、防ぎながらも何か詠唱してる。反撃するつもりか。
 ん?エルフィンも何か─────?
 あれ?エルフィン、無詠唱で魔術を使えるんだから、わざわざ詠唱しなくても…………

「────!!ラピスフィアっ!!結界を張ってください!!」

 リュミィさんの叫びで、弾かれたようにみんなの前まで走ると、両手を高くあげ、光の最硬度の結界術を展開した。

『森羅万象一切を司る理の光梁よ!我が声に導かれてここに顕在せん───【四原則の光壁群エレメンタル・フォースシフト】!!!』

 私が術を展開して間もなく、周囲が。近くにあった植物などはみるみる凍りつき、氷像と化している。
 危なっ!!あと少し展開が遅かったら、私たち、氷像あれの仲間入りだよ………!!

『……なんで俺まで守ってくれたのさ、君』

 結界の中でシャウドが居心地悪そうにしていた。そういえばあなたもいたわね。

「とっさに展開したから誰彼区別してる暇がなかっただけです」
『そう─────────でも、………………………………………………ありがとう』

 ぽつり、と小さく呟かれたその言葉は私にしか聞こえなかったけど。


『そういやこれ、大丈夫なの?』

 場の空気を変えるようにシャウドは大袈裟に辺りを見回して、私に視線を戻した。けれど、変わりに答えたのはデュオだった。

「………まあ、エルフィン殿下のことだから大丈夫だとは思うんですが──」
『いやいや、俺が言いたいの、結界の外の話だよ!少なくとも、この辺りの土地一体だと思うけど!?』
「…………………………まあ、エルフィン殿下が術を解けば溶けますよ」
『………始祖竜エンシェントドラゴンの後継者が使うレベルの古代呪文ハイエンシェントスペルで凍ったのって、解除したくらいで溶けんの?』
「……………ご心配なく。少なくとも解除されると同時に溶けましたから」

 デュオが遠い目をしつつシャウドの疑問に答えていた。なんかシャウドが哀れみを込めた眼でデュオを見ている。そしてデュオは不本意そうだ。
 エルフィンとデュオの間で何があったんだろう?
 
シャウドこいつの言葉に乗るのは癪だが──しかし、これどうやってやめさせるんだ?」
「ユフィリア様が、“共鳴”で念じれば殿下に届くとは思いますが」

 みんなの視線が私に刺さる───!早く止めろ、と。
 え?今決闘中じゃないの?手出し厳禁的なこと言ってたよね?
 
 私がエルフィン周囲の現状だけでも伝えるべきかな、と思い始めたその時。

『~~~~ッ!!』
「!?シャウド、どうしました……!?」

 突然顔を真っ青にして片膝をついたシャウドに慌てて声をかける。はっ、はっ、と苦しげに浅く息をする彼を思わず心配してしまった。

『────いや、どうやら、みたいだね』
「えっ───?」

 なんとか呼吸を整えたシャウドのその言葉を裏付けるように、古代呪文ハイエンシェントスペル氷淵の世界ゴールドエンド】が解除されていく。
 デュオが言っていた通り、氷が溶け始めたことにほっとしたのは私だけではなかった。けれど。

「────!?」


 徐々に鮮明になっていく視界に飛び込んできたのは、エルフィンの剣に心臓を貫かれ、辛うじて上体を起こしているケルニオだった。
 その光景に違和感を覚えた。ケルニオの両手がエルフィンの剣を握る手をしっかり掴んでいたからだ。あれではまるで、ケルニオはみたいじゃ………。
 エルフィンはというと、驚愕の表情を浮かべている。

 ケルニオから力が失われたのか、エルフィンの手を掴んでいた手が離れ、身体を貫通していた剣がずるっと抜けた。その流れに逆らわずに、ケルニオの身体が地面に落ちる。

「───っ!何故だ、───!!」
「……っは…………別に………驚くことではあるまい…………?だと言ってあったはずだが………?」
「っ、私の命を奪う気はない、と書いておいてか!?まさか、お前……初めからだったのか!?」
「──お前が古代呪文ハイエンシェントスペルを使ってきた時は焦ったな………あのまま氷付けにされたら──っ、げぼっ」

 話の途中でケルニオが咳き込む。流れる血は、彼の命そのもののようで。

『あのまま氷付けだったら、ケルニオの、水の泡だったね』

 ケルニオの言葉を引き継ぐように、シャウドが言った。


『ゴメンね、エルフィン殿下。カイセルギウスの後継たる君に討たれれば、計画は完遂するはずだったからさ。古代呪文ハイエンシェントスペルで動きを封じて、ラピスフィアに封印させようとしていた君には悪いけど───』
「───っ!分かっていながら、討たれるこちらの方を選んだんだということか……!」
「どういうことです?兄上にわざと討たれるつもりだったというのですか………!?」

 ルティウスが戸惑うのも無理はない。当事者のエルフィンでさえ、理解出来ない、って顔してるもの。もちろん、この場にいるみんな、そうだろうけど。

『初めはさ、ラピスフィアにやってもらうつもりだったんだよ、エルフィン殿下にやってもらったこと。まあ、が正しいだろうけど』
「……え?」

 ケルニオは話すのも苦しいのか、ごほごほと咳き込んでいる。ケルニオ、即死していないのが不思議な方なのよね。魔族──しかも魔王だから、無駄に生命力が高いせいなのかもしれない。その代わりにシャウドが説明をかって出たようだ。

『君に何度も行使してた術ね、負の魔力を注ぐことで相手を自分の傀儡にするものだったんだよ』
「え!?魔族にする術ではなかったのか!?」
「それで、ユフィリア様をラピスフィアとして覚醒させ、討たせるつもりだった訳ですか」

 驚きのあまり叫んだデュオに続くように、ずっと事の成り行きを見ていたリュミィさんが会話に入ってきた。

「じゃ、──ああ、志岐森望結をヒロインとして転生させたのは何故さ?」
『ああ、あの自己中電波娘。単純そうな性格なやつだから、こちらの計画通りに動いてくれるかなって思ったんだけど───』

 クーシェが疑問を投げ掛ける。それに答えたシャウドが言葉を濁した部分を、私たちは正確に察した。なるほど。どうりで魔王たちの接触回数が少ないな、とか思っていたら………あの人の規格外な行動に潰されてたわけか。

『思いの外あの電波がポンコツだったからさ、別の計画を立てるしかなくなったんだよね』
「それが、ユフィを拐い、助けにこさせて自分は私に討たれる、というものか?」
『……まぁ、ユフィリアを溺愛してる君なら、彼女が害されれば討伐に動くかなって思ったね。──我ながら最低だとは思うけど』
「あの亜空間でやられたのはそういうことなの───?」
「ごほ………っ、あぁ………竜という種族が………伴侶に選ぶのは生涯に一人だけだ………。それを奪われかければ、怒りに身を任せて……相手を殺すまで止まらないこともあるらしい………とは聞いていたからな……こふっ……」

 これまでの行いは全てこの時のため。ある意味自分勝手も甚だしいけど。
 ただ、魔王が復活したにしては、今回の戦いでの犠牲者は驚くほど少ない。被害者は山のようだけど──まあ、その被害者の大半は、元から処罰予定の者が大半だったけど──。
 夜会の時、ケルニオは見張りの騎士をって言ってたけど……彼ら、実は生きていた。無傷ではなかったけど。あの騎士たち、夜会会場から離れた山の中で倒れていたのを、山菜の採集にきた村人に発見されて、治療を受けていた。傷が粗方癒えたため、王城へ帰還し、無事が確認されたそうだ。助けてくれた村には後日、お礼に行ったらしい。

 それにしてもかつてと違い、今回は異例尽くめよね。やたら転生者がいたり、始祖竜エンシェントドラゴンの血を引くチートな殿下がいたり。前世のゲームとして、この世界を知っている精霊(私のことだ)がいたり、そのゲームとは違う展開が多かったり。自称ヒロインが性格が破綻してる電波だったり。

 極めつけは、世界を征服しようとしているはずの魔王が実はあえて討伐されようとしてたり。

「一つ、聞かせろ。何故、キューレ夫妻を殺した?」

 エルフィンの言葉にみんな、息を呑んだ。今回の戦いのの犠牲者。それが望結の今世の両親だった、キューレ夫妻だ。

「……………彼らは──いずれあの娘に殺される運命だった………それも魔物に堕ちた上で、な………それが現実となってしまえば───」
『そのことがきっかけで、むしろ、現状がもっと悲惨なことになってただろうね、あの電波のせいで』
「「「「「「「は!?」」」」」」」

さすがにその告白は予想外過ぎだ、と私だけでなくみんな抱いた感想に違いない。



 



 
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