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第四章 長期休暇中もやることは一杯です

王宮にて~エルフィン視点~

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 長期休暇が始まり、私──エルフィンは、未だ意識が完全に戻らないユフィや、ルティウスと共に王宮へ帰省することにした。クーシェによれば、邪気の元凶らしいアレから離れれば、大分マシになる、とのことだった。休暇中はやはり、シグルドの実家で世話になるようだ。「以前言ってた、紹介したい子とコンタクトをとる必要があるから、先に行くね」と、挨拶もそこそこに学院を後にしていた。
 私はといえば、気を抜けば身体を蝕む邪気に負けそうになる姿を見せないために、常に気を張っているのをルティウスに指摘されてからは、クーシェから貰った薬湯を小まめに飲み、休憩を挟むようにしている。王宮への旅程もそんな感じだったため、普段なら馬車で二日もかからないところを、三日かけて帰った。
 
 そして──────────王宮に到着してから二日後のこと。


──────────ストランディスタ王宮・謁見の間──────────

「ふむ…………お前にしては、随分後手に回っているものだな?エルフィン。今の報告を聞く限り、防げていたのは取るに足らぬ“嫌がらせ”とやらばかり……己の力を過信していたと言われても仕方がなかろう?………違うか?」
「────は………。返す言葉も御座いません……」

 私は今、父上──陛下の御前にて、学院でのことを改めてご報告していた。ちなみにルティウス、デュオ、シグルドも一緒だ。この場にいるのは、父上と母上、宰相のテールファンと宰相補佐であるユリウス──そう。ユフィの実の父親だ。間もなく家督を継ぐ予定だそうだ──、近衛騎士団長セオルディ、魔術師団長ヴァイスと、上層部の面々が軒を連ねている。もう一つ言うと、エドガーももちろんいる。(補足すると、エドガーは諜報部隊の隊長も兼任している)
 ユフィは彼女の私室で眠っている。クレシアが診てくれるとのことだが、おそらく症状は回復しないだろう。ミラがユフィの顔に自分の顔をぐりぐりと擦り付けていた。『早く起きて』と言っているように見えた──羨ましいとか思ってないぞ、思ってない。

 それにしても、父上のお言葉に反論もできないとはな───確かに、私たちがやっていたのは、嫌がらせを防ぐことだけだ。ユフィが“ゲームシナリオ”に添った行動をするのなら、それに乗じる形でフラグを潰せばいい、との考えからだったが。そうでなければ、ユフィがどう出るか分からなかったのもある。(攻略対象の私たちが“ゲーム設定”とやらと違っても諦めなかったのだから)シナリオ通りやって失敗すれば、破滅エンドを諦めてくれるだろう、とたかを括っていたら、この様だ。過信していた、と言われてぐうの音も出ない。

「いくら我が王家が始祖竜エンシェントドラゴンの恩恵があろうとも、お前はまだ成人したての若者だ。ルティウス、シグルドも同じく。決して、慢心してはならぬ。セルデュオレクト、そなたもだ。報告はヴァイスに挙げておかねば、取れる対策も取れなくなってしまう」
「─────っ、誠に、申し訳御座いません………!」
「はい……申し開きも御座いません」
「あ……オレ……いや、私も我々だけで大丈夫だと思ってしまい……父上にも、お祖父様にも報告しませんでした……申し訳ありません!!」
「父上──いえ、陛下。責めは私一人で。彼らは私の指示に従ったに過ぎません」
「殿下………っ!それはボクが──……私が負うべきです」


 デュオ、ルティウス、シグルドの順に謝罪する中、私は父上に提言をした。別に嘘は言っていない。情報源はデュオだが、どう動くべきかを指示したのは私だからだ。
 だが、この中で一番責任が問われるのは私ではない。本来なら私たちを監督しなければならない立場にあるデュオだ。次点で、既に騎士団に名を連ねているシグルド。私とルティウスは、今のところ肩書きだけだ。王太子としての責務はあるが、学院では関係ない。
 釈明する前に知らされたことだが、デュオとシグルドは予めそれぞれ所属する部隊の団長から命が下っていたらしい。………まぁ、シグルドは本能のままに行動するから、簡単な指示だったようだが。だが、デュオはおそらく、任務を受けて動いていたようだ。なのに報告義務を怠っていたとなると─────そこまで思い至っての発言ではあったのだが……………デュオはきちんと処罰を受ける覚悟を決めていたらしい。

「陛下。発言を許可願えますか」

 重くなりかけた空気の中、発言したのはエドガーだった。

「いいだろう。丁度いい、のことも紹介してやれ」
「───はっ!」 

 エドガーは、父上から許可を得ると、「二人共、入りなさい」と言って扉の外へ声をかけた。─────?まるでとでも言いたげな父上の様子に、私は訝しんだ。

「「失礼致します」」

 そう言って入ってきた男女に、私は驚愕した。ルティウスたちも驚きを隠せなかったようだ。
 何せその人物たち──男性の方は身近によくいる人間で、女性の方は去年私とユフィが関わった者だったからだ。

 そこではた、と宰相を見た。宰相は「殿下を出し抜けるとは、も、中々でしょう?」と自慢げだったが。そうか、嬉しそうだな、

「両名、殿下方へ挨拶を」
「「はい」」

 エドガーに促され、二人は私たちの前へ来た。そして、片膝を着き、自己紹介を始めた。

「私はソール・リンドウ・ウリギアです。シンフォニウム魔法学院生ではありますが、諜報部隊にも籍をおいています。殿下方とは先日までご一緒に生徒会で活動していましたね」
「私はルヴィカ・スーリン・ウリギアと申します。弟と同じく、諜報部隊に籍をおいております。昨年は、、礼を失した振る舞い、申し訳ありませんでした」

 私は顔が引き攣りそうになるのを何とか堪えた。今の名乗りを聞く限り二人とも、精霊の加護持ちの証であるセカンドネームがある。
 ウリギア伯爵令嬢…………任務って………去年のあれはユフィの対応力を試されていた訳か。というか、ソール、お前───

「えっ!?お前、魔王の転生体じゃねーの!?」

…………………………おい、シグルド。それはあくまでって説明しただろう!本当に本能で動くな、お前は!
 私が(というか、この場の全員が思っていたに違いない)シグルドをどうしてやろうか考えていたその時───

「ほらみなさい、ソール。貴方の振る舞いは魔王そのものに見えたようですよ」
「うるさいよ、姉さん。そもそもあの時姉さんが演技に熱を入れ過ぎたせいで、ユフィリア様がご気分を悪くされたんだろ。私が謝罪するのは当たり前じゃないか」
「それは………っ、中途半端なやり方だと、王太子妃としての試練にならないと思って……………!あ、貴方だって諜報員として自覚が足りないのではなくて?エドガー様からは“目立たない振る舞いを”と言われていたじゃない!何でなのよ!?………はっ!!さては貴方、ユフィリア様をお側で護りたいがために………!?」
「!!!ちょっ…………あれでも、抑えた方なんだぞ!?それに、いいじゃないか、お側にいるくらい!ユフィリア様とその婚約者である殿下の護衛に、情報収集、ユフィリア様へ擦り寄ろうとする連中の牽制も兼任してたんだぞ!?僅かでも癒しを求めたっていいだろう!」

 何だか収拾がつかなさそうだな。というかソールお前、ユフィリアを眺めて癒しにしてたのか。婚約者としては腹立たしいが、気持ちは分かる。彼女の笑顔は癒されるよな。そもそもお前、どれだけ兼任してるんだ。─────ってそうではなくて。

「ソール、ルヴィカ。私はと言ったはずなのですが………おかしいですね?姉弟喧嘩をしろ、とは言っていませんよ……………?」

 凍えるような冷たい声が聴こえた。ウリギア姉弟は、ぴたっと口喧嘩をやめた。そして声のした方へ視線を向ける。私たちも視線を向けた。
 そこには、背後に何かを背負ってるんじゃないか、と言いたくなるような気配の漂う、笑顔なのに全く笑っていないエドガーがいた。
(シグルドが「あー、父上、マジ切れしてるな」と呟いていた。それにヴァイスが頷いている)

「も………っ、申し訳ありません、エドガー様!!」
「殿下のみならず、陛下の御前でとんだ失態を………!」

 二人は即座に謝罪した。なんだかシグルドのように“慣れ”を感じるぞ、二人とも。

「相変わらずだな、ウリギア姉弟。仕事振りは文句なく優秀なのだが………さて、エルフィン。?」

 父上は愉快で堪らない、と言った様子で二人を眺めたあと、私へ視線を向けた。

「はい………去年のルヴィカ孃の言動は、ユフィリアが王族の伴侶に相応しいかの試練だった。そして、ソールは学院生活において、陰で諜報と護衛を担っていてくれていた、ということですね?」
「そうだ。最近、キナ臭い噂が多かったのでな。ちょうど年齢的にもソールが適任であった故、エドガーに彼を学院にと命じた」
「ということは、私たちが集まって話していた内容は………」
「無論、把握している。なればこそ、そこのルティウスを迎え入れる準備を整えることが出来たのだ」
「父上、私は───」
「エルフィン、確かにお前は始祖竜エンシェントドラゴンの名を継ぐ存在なのかもしれん。だが、何でも出来てしまうが故に、周囲に頼るということが欠落している。幼少の頃よりはマシにはなったが、未だ充分、とは言えぬな」
「は………」

 自分が如何に未熟であったか、よく分かった。不適格だと言われなかっただけ、よかったのかもしれない。

「これではユフィのことをとやかく言えませんね……私自身も、周囲に目を向け、時に頼り、時に任せることを覚えなければ」

 私がそう言うと、父上はそれまでの厳しい表情を柔らかくして、満足そうに頷いた。

「お前たちがソールを疑ってしまったのもよく分かる。去年のことの延長で、下心があるのでは、と考えてしまったのだろう?」

 ルティウスも、デュオも、気まずげな様子だ。シグルドは──ああ、セオルディから拳骨をもらってるな。ここは私が答えるべきだろう。私はソールに視線を合わせた。ソールも、それに気付いて、私に向き直る。

「疑ってすまなかった、ソール。あの状況で、魔王の転生体の正体は誰か、可能性を探っていたらお前がやけに私たちの周りにいる、と気になってな…………」
「いえ………まともに接触したことのある令息が、私だけでしたし………。諜報員だと明かしていなかった先日までの私では、行動が怪しく見えたでしょうから、致し方ありません」
「確固たる証拠も無しに疑いをかけたことは事実だ。だから、改めて詫びる。申し訳なかった───!」
「っ!!殿下、顔をおあげ下さい!私だとて、殿下方の会話を盗み聞きして陛下へご報告していたのですから、むしろ私が謝罪しなければならないところです!」

 初めて会った時からそうだが、やはりユフィの目は確かだったらしい。『真面目で優しそうな子ですね、彼』とユフィは言っていたからだ。

「これで、手打ちですよ、殿下。これからは殿下にも情報をご報告します。宜しいですか、陛下」
「もとより、そのつもりでお前たちを引き合わせた。エルフィン、精進しろ」
「はい!ご期待を裏切らぬよう、努めて参ります!」

 ソールはそう言って、父上はそれを許可した。これからは、ソールも交えて話を詰めていくことになるな。

※※※※※※※※※※

「それにしても、ソールじゃないんなら、誰が魔王の転生体なんだろうな?」

 父上との謁見を終え、仕切り直しとして、私の執務室にソールとルヴィカを招き、クーシェを除いたいつもの面々で話を始めた。そこで、シグルドの発言だ。

「殿下、僭越ながら、私から宜しいですか?」

 シグルドの疑問に、何か考えがあるのか、ルヴィカが声をあげた。

「なんだ、何か心当たりがあるのか?」
「これはまだ、推測の段階なので、確証があるわけではないのですが………覚えておられますか?去年のあの騒動で、殿下に食い下がった貴族が他にもいたことを」
「ああ。たしか、コーヴィン侯爵令嬢とマラゾン伯爵子息だったな」
「ええ、そうです。あのあと、彼らは私と同様、退学処分になり、実家に戻ったそうなのですが………」
「……?何かあったのか?」
「その二人のうち、コーヴィン侯爵令嬢は、自分の犯した失態を嘆き、自ら修道院に入ったそうです。ですが、マラゾン伯爵子息の方は──あれ以来、それまでの彼とはまるでと言われているそうです」
「───!!まさか………」
「その噂が気になって、私は、彼を調べてみたのです。そうしたら───」

 ルヴィカの話を要約すると、こうだ。マラゾン伯爵子息は女好きと悪評が立つくらい、評判が悪かったそうだ。手当たり次第に令嬢に声をかけ、甘い言葉で惑わしては(ただし、自分と同等か、それよりも爵位の低い者ばかり)無理矢理事に及び、それを実家の権力で握り潰させていたらしい。……握り潰さずとも、貴族同士の婚姻は純潔であることが求められるため、令嬢側は泣き寝入りするしかなかったようだ。あの時ユフィに声をかけて詰っていたのも、あわよくば………なんて下衆な考えだったようだ。
 退学処分を受け、彼は暫く実家に引き籠っていたそうだ。ところが久方ぶりに表に出てきた彼は、その日を境にそれまでとはガラリと変わっていたらしい。それまでの軽薄な態度は綺麗さっぱり消え、令嬢たちに誠実に詫びて回っていたらしい。まるでみたいだ、と、家の使用人たちは驚いたそうだ。

「そこに、殿下の護衛も兼任していたソールが入手した情報──魔王の転生体という話……心根を入れ換えたから、では説明がつかなかったことが、納得できてしまうのです」
「確証まではなくとも、限り無く“黒”ということか………」

 ソールもルヴィカも、さすが諜報部隊の一員だな。私だけではなく、クーシェでさえ気配を悟れなかったのだから、幼少の頃からその技術を叩き込まれてきたのだろう。ソールがルヴィカの話を補足するように説明を始めた。

「学院の結界は強固です。魔族だとて、容易には踏み込めないでしょう。だからこそ、魔族たちは結界のしているのではないか、というのが、陛下を含めた我々の見解です」

「そうか───私もまだまだだな。ユフィのことばかりで視野が狭くなっていたのだな……」
「エルフィン様。だからこそ、僕たちがいます。僕らとて、まだまだ未熟ではありますが、エルフィン様に足りない部分を補うために努力していくつもりです」
「そうだぞ!お前、昔っから何でも一人でやろうとしがちだからな。オレは難しいことを考えるのは苦手だから、身体を動かす方面で支えてやるよ」
「ボクは魔術方面でお役に立つつもりです。貴方もユフィリア様も、一人ではない。
「エルフィン、クーシェがここにいたら、きっとこう言うぞ?『友人なのだから、もっとボクを頼って欲しい』って」

 ここにはいないクーシェの言葉をシグルドが代弁していた。たしかに、あいつならそう言いそうだな。私は思わず吹き出してしまった。私たちに会うまではドジっ子精霊だったくせに。

「殿下、これからは私も持てる力を懸けて、貴方をお支え致します。どうぞ、遠慮なくお使い下さい」
「私はもう学院生ではありませんので、外部からの支援になりますが……同じく。何かご用向きがあれば、ソールを通して下さい」

 私も、ユフィも、周囲の人間に恵まれているな。彼らの信頼と忠誠を裏切らないためにも、より大きく成長しなければ。












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