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一難去ってまた一難、を予感させる終わりは心がざわつく

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 万一……いや、万に一つもないと信じたいが。

 もし、アランやグランヴィル伯爵が、専門的知識を武器に大活躍して。
 その頼もしい姿に陛下が心を奪われてしまったら……どうすればいい?

 アランは顔も、騎士としての仕事ぶりもイマイチだし、いささか品位に欠けている所もあるが……陛下はそんなものに人間の価値を見出すお方では無い。俺が信頼を寄せる程の、寛容で、情に厚く、あたたかな奴の人間性にローラ様が惹かれないと……なぜ言える?

 むしろ、俺や他の取り巻き達のようにかしこまったりせず、女王陛下に対しても、程よく砕けた態度で接する事が出来る奴のフランクさに、箱入りのローラ様はズキュンときてしまうのではないか?

 『私を女王としてではなく、一人の女として見てくれたのは、あなたが初めてです……』

 みたいな、高貴な身分の女性が、そうじゃない男に惚れちゃうあるあるな展開になるのでは――?


 グランヴィル伯爵にいたっては、容姿にも恵まれ、地位も名誉も財力もある。
 ソレリ様というお美しい婚約者がいるが……陛下は今回の俺とのゴタゴタで、障害を乗り越える事に快感を覚えてしまったかもしれない。
 だとしたら……割とノリノリで従妹君から伯爵を奪い、添い遂げようとなさるのではないか。

 しかし伯爵の方は……? 
 巨乳のソレリ様に慣れている男が、貧乳の陛下に乗り換える事などあり得るのだろうか?
 いや、でも……そもそも伯爵はソレリ様が好きなのであって、巨乳が好きなわけではないのかもしれない。俺が巨乳好きだけれど、ローラ様を愛しているのと同じように……。

 世の中にはスレンダーな女性が好みで、足を閉じた状態で、ももとももの間にがっつりと隙間が出来てないと嫌! という男もいると聞く。伯爵がそういう手の男だったら、取り返しがつかない……!

 いやわからんが! ローラ様の太ももなんて武術のトレーニング中でも、じっくりと拝んだ事が無いし、隙間の有無はわからんが!
 あれほど華奢でいらっしゃるのだから、恐らく大腿部もほっそりとなさっているに違い無い!
 だとしたら……!!

 想像する。
 手を取り合って誓いの口づけを交わす、陛下とグランヴィル伯爵。そして、そんなお二人を柱の陰から恨めしそうに睨む俺とソレリ様。

 ダメだ。そんな事態になったら俺はもう、ソルジャーだとかなんだとか言ってられる場合じゃな……
 ん? でも、そうなったら……傷心の身同士、俺はソレリ様と良い感じになったりする……のだろうか?
 
 そうしたらあの巨乳が俺のものに? え、どうしよう。そうなったらそうなったらで……あり? か?


 幸か不幸か……複雑な未来を思い描き、考え込んでいる俺の背に、そっとあたたかな手が触れた。

 「でも……レオは誰よりも正直で真っ直ぐで……信頼できる、私の大切な人なんです。頻繁に失礼を働く事があるかと思いますが……皆さんも彼を信じて、ついて来て下さい」

 「へ……陛下……」

 目の前での悪口大会開催という……修行のようなムチの後に与えられた、甘すぎるアメ。

 棚からぼた餅……ならぬ棚から巨乳……のピンクな妄想が吹き飛ぶ程の、喜びが溢れる。
 
 そんな俺を、じっと見つめるソルジャーの3人。
 悪口大会の参加者達のものとは思えない程、その視線は優しい。

 「レノックス君、陛下が長年お付き合いをされているという時点で……君が我々を率いるにふさわしい人格者だという事は理解していたよ。それに……ソレリも陛下と同じ事を言っていた。君には不思議と、人を引き付ける魅力があるんだ。私で役に立てる事があったら、何なりと命令してくれ!」

 「グランヴィル伯爵……!」

 「女王陛下にそう言われちゃ、従わないわけにはいかないっすよ。へへ……おいレオ、ちゃんとついて行ってやるから、しっかりやれよ! 暴走しかけたら、俺がちゃんと止めてやるから!」

 「あんたって、なんかほっとけないし、何があっても何とかしてくれそうな、不思議な頼もしさがあるのよね。でも、ムカついた時はリーダーだろうが何だろうが、構わずどつくから! 覚悟しときなさいよ!」

 「アラン……ジェニー……」

 三者三様の愛ある激励に、熱いものがこみあげてきた。

 「大丈夫よジェニー。我慢出来なくなったら、時々こうして皆で愚痴をこぼして発散しましょう? ね? ふふ……」

 そんな俺の胸の内を知ってか知らずか、小悪魔的な笑みを浮かべて俺をチラリと見る陛下。

 「ロ、ローラ様! それは……っ」

 「あはは! 大賛成! 専門家としての会議より、むしろそっちの方が楽しみかも!」

 「俺も~! その日の為に、全不満を書き溜めたノート持参しますわ!」

 「じゃあ私は……皆に罵られて落ち込むレノックス君をフォローする係になろうかな、はは」

 「ちょ、伯爵まで……! よしてくださいそんな計画は……!」


 恵の間に響く、皆の笑い声。

 先程まで曇りきっていた心が、嘘のように晴れ渡る。

 悪しき妄想をいとも簡単に振り払ってくれる、愛するお方の信頼。
 そして、俺を叱咤激励し、協力してくれる同志達。
 
 それさえあれば、この先どんな困難が待ち受けていようと、乗り越えて行ける。

 そう思うと、まだ見ぬ未来には幸福しかない気がして……俺は身震いする程の希望を感じていた。

 しかし……
 この時の俺はまだ、知らなかったのだ。

 自分が、彼らと恵みの間に集まるのは……これが最初で最後になるという事を――。
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