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男女の悲恋ものの王道をゆく

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 3年前――。

 訓練学校を首席で卒業し、晴れて騎士団への入団が決まった俺に、陛下はルビーのネックレスをくださった。 

 宝石としては小ぶりなものだけれど、その艶やかな深紅の色は、紅薔薇のように優雅で上品で。
 一目見て、特別な逸品だとわかった。



 『これはね、お母様の形見なの』

 『いけません! そんな大切なものを、私などに……!』

 『大切なものだから、あなたに贈りたいのよ。お母様はいつも言っていたわ。このルビーが祖国を守ってくれているのだと。騎士になったらきっと危険な任務にも就くでしょう? だから、お守り代わりに持っていてちょうだい。いつでも、肌身離さず』

 『受け取れません! そういう事なら尚更、あなた様がお持ちになるべき――』

 『お願い、受け取って。あなたまで、お母様やリナルドおじ様のようになってしまったら……私は……』

 『陛下……』



 先代の女王陛下であらせられるローラ様の母君は、ある日突然、崩御された。心臓発作だった。
 そしてその1か月後。俺の父も、不慮の事故で亡き人となったのだ。

 俺が騎士になるより、更に2年前――。
 俺が16歳、陛下が14歳の時の事だった。

 立て続けに大切な人を失った陛下は、見るに堪えない程、打ちひしがれていて――。
 俺は父の死以上に、そんなローラ様に胸を痛めていた。

 以来、陛下は人の死にとても敏感になられて。

 だから、受け取ったのだ。そのネックレスを。

 それで陛下のお心が、少しでも凪ぐのならと。
 自分が騎士人生を全うした後に、きちんとお返しすればいいと考えて。

 ああ……
 考えてみれば、あの頃から陛下はまぁまぁ思わせぶりな事をおっしゃっていたのだな。
 
 俺の事を大事に思って下さっているとは感じていたが、それが男としてだとは思わなかった。
 意外と、自分は鈍感な方なのかもしれない。

 あの時の、健気な陛下の表情を思い浮かべる。ネックレスを差し出しながら、うるうるした瞳で俺を見つめて。

 俺まで母君や父のようになってしまったら? 
 どうされるおつもりだったのだろう。毎日泣いてお過ごしになる? それともまさか後を追って……?

 いやいやいや、それはダメです陛下。
 私の死を悼んでくれるのは身に余る光栄ですが、陛下の尊いお命を道ずれにする位なら、私は地獄に堕ちた方がマシ……しかしそれでは、陛下の御霊みたまも地獄まで追いかけてきてしまうだろうか?
 
 堕天使、小悪魔、悪女……。
 地獄に馴染むお姿になった陛下を想像してみる。
 
 ぷっくりとした唇を派手に彩る、真っ赤なルージュ。
 濃いめの口づけをしたら、頬までその赤は広がって。

 露出度の高い真っ黒なビスチェと、挑発的な網タイツ。
 ロリっぽいデザインであれば、平坦な胸元もかえって映えるだろう。
 細く白い陛下の太ももに、タイツの網目が食い込む様は、想像しただけでよだれが出る。

 好戦的なピンヒールのブーツ。
 踏まれたい。顔を、思い切り。頬を貫通したその切っ先を、舌で受け止めて転がすのだ。 

 困ったな。どれも良い。全然良い。

 普段の清楚なホワイトローラ様も勿論素敵だが、悪に身を堕としたブラックローラ様もまた――


 「ちょっと、レオ! 大丈夫? あたしの声、聞こえてる?」

 「っは!」

 耳元で大砲のように放たれたジェニーの大声で、我に返った。

 「良かった、戻ってきた。いきなり黙り込んだと思ったら……何言っても反応しなくなるんだもん。ネックレスの事、触れちゃいけない系だった?」

 心配そうに、俺の顔を覗き込むジェニー。

 「ネックレス……」

 そうだ。その事を考えていた筈なのに。気が付けば大幅に思考が脱線してしまっていた。
 恐るべき、ブラックローラ様の魅力。

 「すまない、少し驚いてしまって。そうだな、このネックレスは挿絵のものと同じように見える。だが、父から継いだものではないんだ。これは……とある女性が、持っていたもので……」

 動揺のせいか、中途半端な誤魔化し方をしてしまった俺に、ジェニーは首をかしげる。

 「女? って、お母さん?」

 「いや? なぜ母のものだと?」

 「だって、お揃いのネックレスを持ってる女、なんて、奥さんか恋人に決まって……あっ! まさかお父さん、愛人がいたとか!?」

 遠慮の無い言葉に、思わず立ち上がる。

 「あり得ない! 父に限って――」

 その時――脳裏に陛下の声が響いた。



 『私達が結ばれる事は絶対にありません』



 思わず、口元に手をやる。

 まさか、そんな馬鹿な――。


 「ご、ごめん! 軽はずみに口にしていい事じゃなかったよね! こんなシンプルなデザインのネックレス、いくらでもあるだろうし! お揃いとか愛人とか、あたしの勘違いかな! 適当な事言ってごめん!」

 早口で詫びるジェニーの声が、遠く感じる。

 彼女の推測通り、俺の父と陛下の母君が通じていたのなら……

 俺とローラ様は……


 「きょう……だい?」


 ぽつりと零れた俺の言葉に、赤毛のシェフは気付いていないようだった。
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