上 下
2 / 105

世界の終わり

しおりを挟む
 「世界は、終わった……」
 
 「なに、また陛下に、触らないで! とか言われたか?」

 不幸のどん底で呟く俺に、呑気なリアクションを返してくるアラン・カーティス。

 「その程度でここまで落ち込むか!」

 「いや落ち込んでただろ実際に、先週。こけそうになった陛下を支えたら、そう言われたって」

 ああ、何も知らない同期の桜が羨ましい。

 俺だって、ついさっき陛下から衝撃の告白をされなければ・・・目の前のこいつのように、間抜け面を浮かべながら昼飯をかき込めていただろうに。

 「無知とは愚かだ……けれど、幸せな事かもしれない……」

 「よくわかんねえけど。話す気がねえなら、無駄に負のオーラ放つなよ。飯がまずくなる。ただでさえ、お前といると落ち着いて食事出来ねえのに」

 そう文句を言いながら、同じ食堂で昼食をとっている侍女達の方を横目で見るアラン。

 「ほら見てる。今日もめっちゃ見てる。お前、性格以外は非の打ち所がねえからな」

 面白くない、といった様子で口を歪める同期にため息が出る。

 「アラン、確かに俺は容姿端麗、文武両道で、史上最年少で女王の護衛騎士になった、名門貴族の跡取り息子だ。だから、死ぬほど女にモテる」

 「そーゆーとこ。唯一の欠点、そーゆとこ」

 「でもそんなものに何の価値がある? 見知らぬ大勢に好意を持たれるより、誰よりも愛するたった一人の女性に選んでもらうのが、男の幸せじゃないのか?」

 「陛下の事か? まあ、そういう意味で、お前は可哀想な奴だと言えなくもないか……。いくらモテても、本命には振り向いてもらえるはずないもんな」

 ドリアを口に運びながら嫌な笑みを浮かべるアランの言葉が、胸に突き刺さる。
 
 「だって、一介の騎士と、シルクバニア王国の女王様じゃ、どう考えても身分が違いすぎる――」

 最後まで聞くに堪えられず、テーブルを叩きつけて遮った。
 突然の事に驚き、丸い目を見開くアラン。

 「問題は身分だと思ってた……だから励んだんだ。幸い我が家は国内でも指折りの名門貴族。だから努力次第では、陛下の婿候補になれるかもしれないと……」

 豆がつぶれて血が噴き出ても剣を振り、睡眠不足で侍女を『母上』と呼び間違えてしまうほどに疲労がたまっても、勉強をしまくった。

 全ては陛下にお近づきになる為――。

 大国を治める大切な御身を、直接お守りしたかった。
 重圧を背負う細い肩を、この手でお支えしたかった。
 そしてあわよくば、あんな事やこんな事をしたかった。
 
 努力の甲斐もあり、俺は騎士団の訓練学校を首席で卒業。入団2年目にして、希望通り女王の護衛騎士を拝命する事ができたわけだが……。

 俺の今までの努力は、一体なんだったんだろう。

 「なあ、マジでどーしたんだよレオ。まさか……陛下に告って……ふられた……とか?」

 上目使いで、こちらの表情を伺いながら探りを入れてくるアラン。
 しかし、テーブルに置かれたままの俺の手がピクリを動いたのを見て、自分が図星をついたのだと理解したらしい。慌てた様子でフォローを始めた。

 「だ、大丈夫だよ! 女は他にいくらでもいるから! それこそお前ならよりどりみどり、だろ? あ! なんなら俺の知り合いの子紹介してやっから! すっげー可愛い子! だから元気出せ! な!?」

 「アラン……同期の中でも、どんじりの成績をキープし続ける出来損ないのお前に、腫物ののごとく扱われるのは非常に不本意だが……慰めてくれた事、感謝する」

 「ああ……え? ちょっと待て、前半部分ひどくね? 心配してやってる同期に何言ってくれてんのお前」
  
 「だが俺は、騎士団を辞める」

 「ああ……え? はぁあ!?」

 俺の辞職宣言に、不出来だが優しい同期の叫び声が、広い食堂に響き渡った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

帰らなければ良かった

jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。 傷付いたシシリーと傷付けたブライアン… 何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。 *性被害、レイプなどの言葉が出てきます。 気になる方はお避け下さい。 ・8/1 長編に変更しました。 ・8/16 本編完結しました。

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...