上 下
271 / 273

271.コンマ、カンマ、どっちが正しいの?

しおりを挟む
 「パパ~、私のパジャマと私服もパパの新居に持って行ってくれる?」

 「俺の参考書も、お願い」

 「ええ? どっちもこの家に置いておいた方がいいんじゃない?」

 段ボール箱を玄関に運ぶ蓮さんの後を、同じく段ボール箱を持ちながら追いかける夢子と明。

 「だって、パパの所に泊まる度に持って行くの、めんどいし」

 「俺、勉強に集中したい時は父さんの家って決めてるし」

 「おい二人共、今日は蓮さんの引っ越しなんだから、自分らの荷物は後にして、蓮さんの分を運べよ。新居っつっても、同じフロアの別の部屋に移るだけなんだし」

 子供達にそんな小言を言いながら、俺もまた段ボール箱を運んで行く。

 「悪いな仁、引っ越しまで手伝ってもらって。本当は、皆で凛のとこにお祝いに行く予定だったんだろ?」

 「いいっすよ。斎藤は生まれてすぐ連絡くれたから、お祝い送っておきましたし。あんまり大人数でおしかけても、迷惑でしょ?」

 「……唯と、会いたく無いし?」

 図星を容赦なくつかれて……マンションの廊下を歩く足を、止めてしまう。

 「会いたくないっつーか……合わす顔が無いんですよ。結局、あの騒動は唯に収めてもらったようなもんですし」

 「守りたいと思っている相手に守られて、不甲斐なく思う気持ちはわかるけど。ありがとう、助かったよって言ったほうが、唯も喜ぶんじゃないか。大切な人の役に立ちたい想いは、唯だって同じなんだから」

 いつだかも、似たような事言われたな。
 なんて思いながらも、俺は素直に『はい、わかりました』と応じれない。

 「感謝は勿論してるんです。でも……ありがとうって言ったら、良い感じの雰囲気になっちゃうじゃないですか」

 「いいじゃないか。俺と唯はもう別れるんだし」

 「そうなんですけど……ほら、唯が家出した時、社長に言われたでしょ。二頭の狼に追われて、どっちかを選ぶしか生きる道が無いみたいな。アレ、結構こたえてるんですよ。だから、蓮さんと別れたからって、はいじゃあ今度は俺のトコに来てって……なんだかな……って……」

 「……成程」

 唯と子供達が暮らす家の、3つ隣の部屋。その扉を、段ボールを片手に持ち替えて開けようとする蓮さん。
 『持ちますよ』『ううん、大丈夫、ありがとう』ってなやりとりをしてたら、エレベーターホールの影から2,3人の若い女性がこちらを覗いているのが見えた。

 「あれって……」

 「ああ、このマンションの若奥様達かな? 夢子が言ってた。なんか俺達、注目されてたみたい。唯が家出して、仁が同居してくれるようになってから……もしやBL? って、噂になってたんだって」

 「はぁあ!?」

 大声で驚く俺に、蓮さんは少し慌てた様子で新居の玄関扉を閉めた。

 「おもしろいよね。他人から見ると、思いもよらない映り方をしていて」

 「……唯も、そうなんですかね」

 マンション内の噂話と、大事なあの子の心情とを、勝手にリンクさせる。

 社長や今の俺には、哀れな兎に見えているけれど……実際は、違うのか?

 「あのさ……俺も母さんに言われた事、後で改めて考えてたんだけど……あれって、唯を舐めすぎてると思わないか?」

 「え?」

 お上品な顔に似合わない言葉を使う蓮さんに、目を瞬かせてしまう。

 「だって、二人の男の間でフラフラするしかない人生を強いられたって……唯はそんな弱い人間じゃないよな? 食糧を買うお金がないからって、種から野菜を育てるような子だよ? 自分で世界と選択肢を広げる位、ちゃんと出来たと思うんだ」

 「そうですね。それは確かに……」

 「だからさ。俺と仁、ていう二つの選択肢だって、唯自身がピックアップしたものだと思うんだよ。一つの道を選ぶのも選択。でも、第二第三の道を選択肢としてあげるのも、立派な選択。誰かに制限されたわけれでも強制されたわけでもない、唯はちゃんと自分の自由意志で道を選んで、生きて来れてたんじゃないかな」
 
 そう言われると、そうかも? と思えて来るような。でもやっぱり俺のせいで、という罪悪感はぬぐい切れないような。

 「本当の所はわからないけどね。というか……人の気持ちなんて、わからないのが普通だよな。だからこそ、きちんと話し合う必要があるわけで」

 「そうっすよね……じゃあまずは唯にどうしたいかをきいて、それから」

 段ボール箱を抱えたまま、玄関で思考を巡らせる。すると蓮さんはそれを遮るように、俺の手から箱を奪い取って。

 「唯もだけど、仁も、ね」

 「え?」

 「仁がどうしたいのかも、大事だろ。唯の希望をきこう、それを叶えよう……それだけじゃ、二人の選択にならない」

 二人の、選択。

 蓮さんの言葉で、俺の中の何かが吹っ切れた。

 「ですね。ちゃんと、選びます。二人で」

 「……うん。じゃあ、マンションの前で待っててあげて。もうすぐ帰宅するってさっきメッセージ来てたから。残りの荷物は俺と子供達で運べるからさ」
  
 段ボール箱を足元に置き、ポン、と背中を押してくれる蓮さん。

 「……ありがとうございます。同じ相手を好きになったのが、蓮さんでよかったです」

 完璧人間すぎて、ライバルとしては正直、強敵だったけど。
 長い時間の中で、ダメダメな一面を見たり、見られたり。そうして生まれた信頼や絆は、確かにあるわけで。

 「ふふ、よかったです。って、勝手に締めくくるなよ。今度は俺が見張る番だから。油断してると、知らないぞ」

 「え、怖い事言わないでくださいよ」

 そんな軽口で笑い合いながら、俺は蓮さんの新居を後にした。

 蓮さんの言う通り。まだまだ締めくくれない。
 人生のピリオドは、まだまだ先。それまでは、ずっとカンマで繋がっていくんだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

処理中です...