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210.参考書一つとっても数年で内容がガラリと変わっている

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 「もし仁ちゃんの子供だったら……私、紫苑さんに殺されちゃうかも」

 ベッドに座って脚だけをお布団につっこみながら、そんなブラックジョークを口にしてみる。

 「勝手に話して、ごめん。なんとか紫苑を納得させないと、と思って」

 そんな私に、神妙な面持ちで謝罪をする蓮ちゃん。

 「ううん、ごめんね冗談。どうせ……って言ったら言い方悪いけど。紫苑さんには主治医の先生になってもらう予定だったんだもんね?」

 零子さんやお父さんお母さんと話し合った結果、私は飛鳥が経営する病院で診て頂く事になって、そこにも勿論主治医の先生はいらっしゃるんだけど。
 予防接種一つをとっても不測の事態発生率が高い亜種。その私の出産には万全を期したいという話になって。

 「うん。有事の時は、まずは紫苑に診て貰う体制を取りたいと思ってる。本当はハデス……一輝にも協力してほしい位だけど」

 「……仁ちゃんに知られちゃうかも、だもんね」

 お父さん達にも、仁ちゃんには内緒にしてもらうよう、お願いした。
 二人にあの事は言えないから『再婚後すぐに妊娠だなんて、嫌な気持ちになるかもしれないから』と、嘘をついて。

 「でも、いつまでも隠しておけるものでもないよな」

 「今はまだあれから日が浅いから……妊娠を知られたら、まさか? って感づかれちゃいそうだけど。出産が無事に終わったら、いいんじゃないかな?」

 「終わったらっていうと、予定は6月末だから……夏の初め頃か」

 「あっ! じゃあ斎藤さん達の結婚式の頃は、私まだ産後間もない感じだ!?」

 大事な予定がかぶってしまっている事に気付いて、ハッとする。

 「産後ってどれ位でいつも通り動けるようになるんだろう? それに、新生児をお式に連れて行くのもアレだよね? 赤ちゃんにも負担かもだし、泣き出しちゃったら迷惑だし! うわあ~、困っちゃった! お式、楽しみにしてたのに、出られないかもなんて……っ」

 「……唯は強いな。賀詞交歓会の時も思ったけど。元夫と親戚に白い目で見られるの、平気なの? しかも出産の事まで一族に知れたら……それこそ、精神的に袋叩きにされるかも」

 「白い目で見られる事についてはプロだから。だって私、亜種だよ?」

 わざと得意げに笑ってみせる。蓮ちゃんは柔らかな笑みをうかべながら私の隣に来て、そっと肩を抱きよせてくれた。

 「唯みたいなお母さんの元に来れて、この子は幸せだ」

 「でも……不安は、あるんだけどね? この子は私以上に、厳しい人生になるかもしれないし」

 蓮ちゃんに寄りかかりながら、まだぺったんこなお腹を撫でる。

 「大丈夫。俺が必ず守るよ。母さんや……唯のご両親だってついてるんだし」

 「ありがとう。頼もしいな。蓮ちゃんやお父さん達みたいに立派な人達が、血筋で人を決めつけたり、虐げたりするなんて、バカバカしいって教えてくれれば……きっと真っ直ぐに育ってくれる」

 「そのうち皆が当たり前に、そう考えるようになる。前も言ったけど、変わって来てるんだ。少しずつ。紫苑だって亜種が妊娠? とか、一言も言ってなかっただろ?」

 「それどころか、ひたすらおめでとう、って言ってくれたね。泣きながら」

 眼鏡を外して涙を拭う紫苑さんを想い出して、私の方がウルウルしてきてしまう。

 「紫苑には本当に……色々心配かけたから」

 「良いお友達を持って、幸せだね。零校の幼稚部からのお付き合いなんだっけ? やっぱり小さい頃から一緒だと、友達っていうよりは家族に近い絆で結ばれてるのかな」

 「……家族……そうだね。紫苑は家族以上に家族、かな」

 「ん?」

 なんだか含みのある言い方。思わず、蓮ちゃんの顔を覗き込んでしまう。
 でも蓮ちゃんは、変わらずに穏やかな笑みを浮かべて。

 「いつか、唯にも話すよ。もう寝よう。寝れるうちに寝ないと。妊娠後期は胎動と圧迫感とで寝不足になるって書いてあったし」

 ベッドサイドの小さなテーブルに積まれた、妊娠出産についての本を視線で指してから、蓮ちゃんは電気を消した。

 「そうなんだ。なんか……ありがとう、蓮ちゃん私より全然勉強してくれてるね。私より良い妊婦さんになれそう」

 「ふ、なんだそれ。でも実際に妊娠も出産も代わってあげる事は出来ないだろ? だから父親は、それ以外の事は全部やるつもりでいろ。とも書いてあった」

 「ふふ、それもすごいね。今時って感じの内容。一昔前なら考えられないだろうな」

 「血筋の事も、そんな風に言われる日が来るよ。もしかしたら、大きくなったこの子がそう言ってるかも」

 なんて。蓮ちゃんが幸せな未来予想図を描いてくれるものだから。
 
 その夜、私は夢を見た。

 中学生くらいの女の子が血統種学校の、日本史の教科書を広げながら『昔は大変だったんだね』と驚きの表情を浮かべていて。
 彼女の隣で『良い時代になったなぁ』と、私と蓮ちゃんが笑っていて。

 そんな私達を……少し離れた所から、優しい顔の仁ちゃんが見守ってくれている。

 そういう、夢だった。
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