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194.体調不良で早退する人がいたら思って無くてもお大事にって言おう
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「大丈夫?」
前田さんとの面接を無事に(というか、強引に今後の事務的手続きや当日の流れに話を持って行って)終えた、私達。
痛む下腹に手を当てながら、お手洗いから戻った私に……心配そうな視線を向けてくれる蓮ちゃん。
「うん、平気。なっちゃっただけだった」
「え? この前もそう言ってなかった? 生理じゃなくて、不正出血って事はない?」
新しいビルのワンフロアに構えた、小さなオフィス。
常時ここにいるのは社長の蓮ちゃんと、事務長の私だけ。だから、こんな話も出来ちゃうんだけど。
ずっと一緒にいると、些細な事でも心配をかけてしまって、申し訳ない。
「元々不順がちだから、心配いらないと思う。それにしても……前田さん、びっくりしたね」
「……うん」
お腹にひざ掛けを巻いて、自分の席に座る。
窓側の社長席を立った蓮ちゃんが、私の机にホットのルイボスティーを運んでくれた。
社長席よりも出口側にある事務長席は、ほんの少しだけ寒いから、ありがたい。
「ありがとう、頂きます」
「……流石、仁だよな。一度だけしか関わってない……しかも校学の高校生を、あんなにやる気にさせるなんて」
同感です。でも、素直にそう言うのは気が引ける。
こういう時、何て言えば蓮ちゃんの心は整うんだろう?
なんて考え込んでいたら……結果として数秒間黙り込んでしまって。
「ごめん。唯はまだ仁が好きで、俺はそれを承知の上で一緒にいるって決めたのに。こんな事言って、唯の反応見るとか……俺めんどくさすぎるよな」
「そ、そんな事……っ」
無いよ、と言おうとした時、猛烈な吐き気に襲われた。
「うぷ……っ!」
「どうした!?」
慌ててハンカチを口元に当てる。
幸い、出はしなかった。けれど、胸のむかむかが収まらない。
「ご、ごめん、なんだろう? ルイボスティーの匂いを嗅いだら、何か気持ち悪くなっちゃって……」
こんな事、初めてだ。戸惑いに視線を泳がせてしまう私に、蓮ちゃんの表情が固まった。
「唯……妊娠……してるんじゃない?」
「……へ?」
思いもよらぬ事を言われて、目を見開いてしまう。
「だって……腹痛とか、出血とか……今まで何ともなかったニオイで吐き気が出るとか……」
「な、無いよ無いよ! だって蓮ちゃん、いつもちゃんと……」
言葉の途中で……ある可能性に気付いて、頭が真っ白になった。
「そうだけどっ。でも、それでも100%じゃないって言うだろ?」
蓮ちゃんとは、少なくとも当面の間は子供は作らないって、話し合って。ちゃんと、対策もして。
「それに……俺の所に来る前、仁とはそういう事、無かった……んだよね?」
無かった。蓮ちゃんに、そう言った時点では。
でもあの後……家を出る時――
『……応じなきゃって、思ってたんだろ……!?』
あの時に――……っ。
「……唯?」
「ご……ごめんなさ……私……っ」
手が、震えて来た。
どうしよう。正直に言わなきゃ。
でも、ありのままを伝えたら仁ちゃんを悪者にしちゃう。
だけど、合意の上だったって言えば、蓮ちゃんを傷付けちゃう。
どうしよう、どうしよう……っ。
「社長! すいません! 体調不良の為、本日は早退させて頂きます!」
「え!? 唯……!!」
私は、逃げた。
誰も傷つけない道を、咄嗟に見つけられなくて、逃げた。
私の中に生き物が生まれているかもしれない。
こわい。
蓮ちゃんも仁ちゃんも、皆を巻き込んで、苦しめてしまうかもしれない。
こんなの、私一人じゃ抱えられない――っ。
「仁ちゃん……っ」
エレベーターの中で一人、大好きな人の名前を呟きながら……私は、下腹を強く抑えるのだった。
前田さんとの面接を無事に(というか、強引に今後の事務的手続きや当日の流れに話を持って行って)終えた、私達。
痛む下腹に手を当てながら、お手洗いから戻った私に……心配そうな視線を向けてくれる蓮ちゃん。
「うん、平気。なっちゃっただけだった」
「え? この前もそう言ってなかった? 生理じゃなくて、不正出血って事はない?」
新しいビルのワンフロアに構えた、小さなオフィス。
常時ここにいるのは社長の蓮ちゃんと、事務長の私だけ。だから、こんな話も出来ちゃうんだけど。
ずっと一緒にいると、些細な事でも心配をかけてしまって、申し訳ない。
「元々不順がちだから、心配いらないと思う。それにしても……前田さん、びっくりしたね」
「……うん」
お腹にひざ掛けを巻いて、自分の席に座る。
窓側の社長席を立った蓮ちゃんが、私の机にホットのルイボスティーを運んでくれた。
社長席よりも出口側にある事務長席は、ほんの少しだけ寒いから、ありがたい。
「ありがとう、頂きます」
「……流石、仁だよな。一度だけしか関わってない……しかも校学の高校生を、あんなにやる気にさせるなんて」
同感です。でも、素直にそう言うのは気が引ける。
こういう時、何て言えば蓮ちゃんの心は整うんだろう?
なんて考え込んでいたら……結果として数秒間黙り込んでしまって。
「ごめん。唯はまだ仁が好きで、俺はそれを承知の上で一緒にいるって決めたのに。こんな事言って、唯の反応見るとか……俺めんどくさすぎるよな」
「そ、そんな事……っ」
無いよ、と言おうとした時、猛烈な吐き気に襲われた。
「うぷ……っ!」
「どうした!?」
慌ててハンカチを口元に当てる。
幸い、出はしなかった。けれど、胸のむかむかが収まらない。
「ご、ごめん、なんだろう? ルイボスティーの匂いを嗅いだら、何か気持ち悪くなっちゃって……」
こんな事、初めてだ。戸惑いに視線を泳がせてしまう私に、蓮ちゃんの表情が固まった。
「唯……妊娠……してるんじゃない?」
「……へ?」
思いもよらぬ事を言われて、目を見開いてしまう。
「だって……腹痛とか、出血とか……今まで何ともなかったニオイで吐き気が出るとか……」
「な、無いよ無いよ! だって蓮ちゃん、いつもちゃんと……」
言葉の途中で……ある可能性に気付いて、頭が真っ白になった。
「そうだけどっ。でも、それでも100%じゃないって言うだろ?」
蓮ちゃんとは、少なくとも当面の間は子供は作らないって、話し合って。ちゃんと、対策もして。
「それに……俺の所に来る前、仁とはそういう事、無かった……んだよね?」
無かった。蓮ちゃんに、そう言った時点では。
でもあの後……家を出る時――
『……応じなきゃって、思ってたんだろ……!?』
あの時に――……っ。
「……唯?」
「ご……ごめんなさ……私……っ」
手が、震えて来た。
どうしよう。正直に言わなきゃ。
でも、ありのままを伝えたら仁ちゃんを悪者にしちゃう。
だけど、合意の上だったって言えば、蓮ちゃんを傷付けちゃう。
どうしよう、どうしよう……っ。
「社長! すいません! 体調不良の為、本日は早退させて頂きます!」
「え!? 唯……!!」
私は、逃げた。
誰も傷つけない道を、咄嗟に見つけられなくて、逃げた。
私の中に生き物が生まれているかもしれない。
こわい。
蓮ちゃんも仁ちゃんも、皆を巻き込んで、苦しめてしまうかもしれない。
こんなの、私一人じゃ抱えられない――っ。
「仁ちゃん……っ」
エレベーターの中で一人、大好きな人の名前を呟きながら……私は、下腹を強く抑えるのだった。
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