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155.ご祝儀の相場はもうちょっと安くならんのか

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 ――え。それめっちゃマウント取られてんじゃん――

 「だよなあ!?」

 「はい? どうされました、仁さん」

 一輝の返信を読んで思わず声を漏らした俺を、訝し気な表情の斎藤が見つめる。

 「あ……悪い、こっちの話」

 タクシーの後部座席。隣にいる斎藤に覗かれないよう、スマホを少し傾けてから、返信をする。

 ――俺もそう思ったんだけど。意味わかんなくね? もう唯の事は諦める風の事、確かに言ってたのに――

 ――、ってトコが気になるよね。蓮さん的にはそんなつもりじゃなかったのかも……――

 「マジかよ……」

 凝りもせず再び、呟いてしまう。真横から刺さる、不安気な斎藤の視線が、痛い。
 が、そんなもんは気にしていられない。

 ――てゆーか、裸っていつの話なわけ? 付き合ってた頃の話? それとも最近?――

 ――そんなの、こっちが聞きてぇわ。俺は蓮さんが身を引いたと思ってたから……二人の動向をそこまで注視してなかったつーか……少なくとも、唯が外泊した事は一度もないけど――

 ――いや~? お泊りしなくても出来ちゃうでしょ~? 仁だってそうだったじゃん。歴代の彼女とはサクっと――

 「大丈夫ですか? 何かトラブルでも?」

 「うわ!」

 切羽詰まった様子でスマホを握る俺を心配したのだろうか。顔を覗き込んできた斎藤に、驚いてしまう。

 「急用でしたらお電話の方が……私が聞いてマズイ内容でしたら、耳を塞いでおきますので」

 「だ、大丈夫、気にすんな。俺の事は放置しといてくれていいからっ」

 「ですが、もうすぐレストランについてしまいます。パーティー中、しきりにスマホを触るのはマナー違反ですし……トラブルでしたら、受付前に解決しておいた方がよろしいのでは?」

 そうだ。
 俺、今から結婚パーティーに出るんだ。
 
 昔、スカウトした血統種……今もアスカで働いてくれている春野さんが、結婚する事になって。
 結婚式は親族だけで行うから、仕事でお世話になって方々にはパーティーで挨拶をしたいって……。3か月位前に、招待状を持って来てくれた。

 てゆーか……自分の嫁さんが、他の男の裸体を見てるかもって時に、結婚パーティーに出席するとか、いいの? なんか縁起悪くねえ? 春野さんに申し訳ないな。

 「トラブルとかじゃないんだ。プライベートの事だから。会場入ったら、スマホもいじらないようにする」 

 「……唯さんと蓮さんの件……ですか?」

 鋭い指摘に、ギョッとしてしまう。

 「なんだよ、件、て」

 「噂になっているじゃありませんか。お二人の距離が、近すぎると。一輝さんが必死に火消しに回っているようですが。私は、愛し合う二人を応援したい気持ちはあるのですが……仁さんのアシスタントとして、周囲に関係を悟られる振舞いは、看過できません」

 「……別に、問題がある振舞い方はしてねぇだろ。蓮さんも唯も、まわりの注目度が高いから……並んで歩いてるだけで、変に尾ひれがついた噂が広がりやすいんだよ」

 と、俺自身が信じたいとは言えないが。

 「仁さんはなぜそこまで落ち着いていられるんです? もしもあの二人の関係が公になったらスキャンダル……ああっ、まさかそれを期待しています? 寝取った蓮さんよりも、寝取られた仁さんの方が、後継者争いに有利になるかもと……?」

 「あっ……そうか! そういう考え方もあるな!?」

 「ええ!? じゃあ」

 「いや違う! そんな事期待するわけないけど!」

 それは盲点だった。

 そうだ。唯にちょっかいを出せば、蓮さんは終わりだ。

 この国は、とにかく不貞に厳しい。
 芸能人だろうが政治家だろうが、不倫が明らかになれば、一発アウト。バッシングで袋叩きにされ、社会的に葬られて、もう浮かび上がっては来れない。

 アスカほどの大企業なら、そんな人間をトップに据えたりは絶対にしない。いくら社長の長男だろうが、世間の目は無視できない。

 蓮さんは、社長への道を自ら閉ざすような愚か者じゃない。
 なぜ今まで、そんな事に気付かなかったのか。

 「はは……じゃあ平気じゃん……手ぇ出すわけねえじゃん……」 

 安堵のあまり、ちょっとクレイジーな、乾いた笑い声をあげてしまう。
 
 斎藤の視線が、上司を心配しているアシスタントのそれから、道端で不審者に遭遇した時のそれに変わっているのには気付いたけれど……。どうでもいい。

 唯を、他の男に奪われる心配が無くなった。
 その事実だけで、俺はこの後のパーティーを、存分に楽しめる気分になったから。
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