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111.無関心と攻撃、どちらも良くない

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 『はじめまして……唯子です』

 『……ああ』


 初対面の時。挨拶をした私に仁ちゃんがくれたお返事は、その一言だけ。
 それまでにお世話になっていた家の人達のように、散々になじられるのだろうなと身構えていたから、拍子抜けしたのを覚えている。

 仁ちゃんの印象を言い表わすとしたら、無関心。
 私が亜種だからそっけない、とか、そういうんじゃない。
 私が誰だろうが、どういう理由があって自分の家で預かる事になったのだろうが、どうでもいい。
 そんな、悪意とはまた違った冷ややかさを感じたんだ。


 私が中学3年生。仁ちゃんが高校1年生の、春の事だった。

 
 『あの……いいんですか? こんな綺麗なお部屋を……私が……?』

 20畳はあろうかという個室を、好きに使っていいと言われた時は、本当に驚いてしまった。
 豪邸と表するにふさわしい家の中では、決して広い部屋ではなかったらしいけれど。

 『構わないわ。家具は適当にそろえさせたけど……足りないものがあったら、家政婦に言ってちょうだい』

 視線すら合わせずそう言った、お母さん……当時は『奥様』と呼んでいたけれど。そんな奥様の高級感漂う美貌にも、圧倒されていたっけ。


 『我が家の一員になるからには、恥ずべき行動は慎んでくれ。中学を卒業したら血統種専門の高校に進学してもらう。今から死ぬ気で勉強しろ。受験ごときにも勝利出来ない人間を、うちに置いておくわけにはいかない』

 お父さん……『旦那様』もまた、眼鏡が良く似合う知的な美男子だったけれど。初対面で参考書と問題集の山を渡された時には萎縮してしまったなぁ。
 私の人生の中で、あれほど必死になって勉強した事は後にも先にもないだろう。


 あの頃……お父さんも、お母さんも、仁ちゃんも。皆忙しくて、殆ど家にいなくて。
 私は寂しい……なんて思いもせず、心から安堵していた。

 3人とも、今までの親戚の方々のように私を虐げたりしない。
 攻撃されるのに比べたら、放置される方がずっとマシだ。
 亜種である私に危害を加えず、人並み以上の生活をさせてくれる。感謝しかなかった。

 だから……この恩を、なんとか形にしてお返ししたいと思うようになったんだ。


 私は家政婦さんに教えて貰って、家事全般をお手伝いするようになった。
 洗濯、掃除、お料理……。これはママと二人暮らしの時から私の担当だったから。手際がいいって、家政婦さんも褒めてくれて。

 でも――


 『なんだこれは?』

 『なにこれ? 私にこんな貧乏くさい物持って、出勤しろっていうの?』

 『こーゆーの、気持ち悪くて食えねえから』

 初めて作ったお弁当は、そう言って捨てられてしまった。
 家事で満足してもらえないなら、もっと他にもサポートできる事を探そう。そう思ったんだけど――

 
 『なにしてるんだ! 人の会社の前で! 勝手に出歩くな!』

 『は? 雨だから傘を持って来た?』

 『お前アホなの? 俺も親父達も車で通勤通学してるんだから、傘なんていらねえんだよ』

 雨の日、3人それぞれに傘を持って行ったら、怒らせたり、呆れられたりしてしまい。


 『……朝早くから何をしてるのかと思えば……シュークリームなんか作ってる暇があったら勉強しなさい』

 『食べといて、よく言うわ。ああもういいわ。フードロス問題もあるし、私達が手分けして食べておくから』

 『……なんで俺が好きなもん知ってんの? こわ』



 とにかく、何をやっても喜んでもらえなくて。

 ああやっぱり、私が誰かの役にたとうなんて……それを恩返しに代えようなんて、おこがましく、不可能な事だったんだ。

 と……落ち込んだ時に、かかってしまったのだ。
 恐怖の、インフルエンザに――。
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