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84.水に流そうとしているのを止めたらもう2度と流せなくなる可能性あり
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「あれ、唯?」
自宅近くのバス停。
その傍ら……乗車を待つ人達の列から少し離れた場所にチョコンと立っている、唯。
こちらに気が付いて、窓越しに手を振ってくれる。
俺は少し速足でステップを下り、下車した。
「お疲れ様、仁ちゃん」
「迎えに来てくれたのか。でもなんで……」
唯は質問に答える前に、俺の手から鞄を取った。
「トレーニングの為に、しばらく仁ちゃんの鞄持ちをしてもいいかな? この鞄、結構重いし、こう、ダンベルみたいにしたら、腕力つきそうじゃない?」
言いながら、5キロは軽く超えていると思われる鞄を持ち、上下させている。
「トレーニングって、借り物の?」
「うん、実はね、今日斎藤さんと色々あって……私達が借り物競争で一等をとれば、私を仁ちゃんの奥さんとして認めるって言ってくれたの」
「は? ちょっと待って、なにそれ?」
斎藤と色々? あいつからは何も聞いてない。
「だからね、私、今日からは借り物競争に全神経を集中させようと思う!」
「ちょ、ちょっと待って、その話はあとでちゃんと聞かせて欲しいんだけど。その前にまず、俺は唯に謝らなきゃいけない事が……っ」
力強くそう宣言し、ずんずんと進む唯。俺は慌てて追いかける。
「謝る? 鞄の事なら気にしないでってメッセージでも言ったじゃない。むしろ、私の考えが至らないばっかりに、入れ違いになっちゃってごめんね?」
「違う違う……いや、それもごめんなんだけど、それよりも……」
「あ、昨日のキスの事?」
「っそ……!!!」
うです。そのキスの事です。
それはあってるんだけど……あまりにもあっけらかんとその話題に触れる唯に驚いて、言葉に詰まってしまう。
「その事なら大丈夫! 正直、びっくりはしたけど……仁ちゃんは挨拶のつもりでしたんだよね?」
「は? あい、さつ?」
「ほら、海外だと、こんにちは、のノリでチュってするでしょ? 家族の間でも。仁ちゃん、小さい頃から語学の勉強の為にちょこちょこ外国に短期留学してたって言ってたし。そういう事だよね?」
なんだそりゃ。ノリでチュって。
ほっぺならまだしも、家族の唇にノリでキスする国になんて、俺は行った事ないぞ。
「唯、違うんだ、あれは……」
あれは……? 何て説明するつもりなんだ俺は。
そもそも、愛の告白が禁忌である以上、謝罪して誤魔化す以外に解決策なんてなかった。
だったら唯のおかしなグローバルカルチャー解釈は、渡りに船じゃないか?
「そ、う、なんだよ。兄弟でじゃれあってるような感覚? で、つい……でも、日本じゃゴリゴリの犯罪だったよな? 本当に申し訳ない……」
「ううん、こちらこそ、私日本文化しか馴染みが無いから……気を揉ませちゃって、かえってごめんね? あと、無いとは思うんだけど……私の能力を期待してのチューというわけでは……?」
「ち、違う! それは絶対に無い! 考えもしてなかった!!」
俺とした事が……っ。よりにもよってそんな不安を唯に与えてしまうなんて。
「あ、だよねっ! ごめんね変なこと言って。ご存知の通り、チューしても効果は出たり出なかったりだからさ、期待させちゃってたら、改めて説明しなきゃなって」
「いやこっちこそ……そういうのを含め、嫌な思いさせて本当にごめんな」
これは本当に、猛省案件。
あんなにも唯を苦しめた能力を、偽装夫が利用しようとしてるなんて、想像しただけで地獄だったろう。
そういう意味でも、唯に恋人関係を望んじゃいけない事を失念してた。
「ううん! もう私の心はもう一直線に借り物競争に向いてるから! 仁ちゃんも気にしないで、一緒に特訓頑張ろう!」
「あ……ああ、そうだな……」
しかし……この張り切りようはなんだろう? なんか、ちょっと怖い。
だが、昨日の大失態が水に流れようとしているんだ。安堵と共に、黙って見送るべきか。
「あれ……なんか仁ちゃん元気ない? あ……バスも電車も久々だったから、疲れちゃった、かな?」
「いや、そういうわけじゃ……俺、一応はSSSだから。そこまで体力無くない」
「っは! そ、そうだよね! 電車通勤位で疲れるわけないか。100キロのコンクリートブロック持って海に沈められても生還できる人だもんね。失礼しました」
「はは、懐かし……よく覚えてたな、小学生時代のトレーニングの話」
生きるか死ぬか、ギリギリのラインで、血統種の能力は覚醒したり、高まったりしやすい。
だから俺は、血統種ランクを上げる為に、色んな無茶をやってきた。
そして……いつもそんな俺の隣には……一輝がいた。
冥府の王・ハデスの血統種が、生死のボーダーを慎重に見守ってくれていたから……俺はいつも、滅茶苦茶ができたんだ。
「仁……ちゃん?」
「唯……ちょっと情けない話なんだけど……。今日あった事、聞いてくれるか?」
『勿論だよ』と、唯は微笑みかけてくれた。
それだけで、足取りが少し軽くなったのを感じながら……自宅へと続く一本道を、俺は唯と歩くのだった。
自宅近くのバス停。
その傍ら……乗車を待つ人達の列から少し離れた場所にチョコンと立っている、唯。
こちらに気が付いて、窓越しに手を振ってくれる。
俺は少し速足でステップを下り、下車した。
「お疲れ様、仁ちゃん」
「迎えに来てくれたのか。でもなんで……」
唯は質問に答える前に、俺の手から鞄を取った。
「トレーニングの為に、しばらく仁ちゃんの鞄持ちをしてもいいかな? この鞄、結構重いし、こう、ダンベルみたいにしたら、腕力つきそうじゃない?」
言いながら、5キロは軽く超えていると思われる鞄を持ち、上下させている。
「トレーニングって、借り物の?」
「うん、実はね、今日斎藤さんと色々あって……私達が借り物競争で一等をとれば、私を仁ちゃんの奥さんとして認めるって言ってくれたの」
「は? ちょっと待って、なにそれ?」
斎藤と色々? あいつからは何も聞いてない。
「だからね、私、今日からは借り物競争に全神経を集中させようと思う!」
「ちょ、ちょっと待って、その話はあとでちゃんと聞かせて欲しいんだけど。その前にまず、俺は唯に謝らなきゃいけない事が……っ」
力強くそう宣言し、ずんずんと進む唯。俺は慌てて追いかける。
「謝る? 鞄の事なら気にしないでってメッセージでも言ったじゃない。むしろ、私の考えが至らないばっかりに、入れ違いになっちゃってごめんね?」
「違う違う……いや、それもごめんなんだけど、それよりも……」
「あ、昨日のキスの事?」
「っそ……!!!」
うです。そのキスの事です。
それはあってるんだけど……あまりにもあっけらかんとその話題に触れる唯に驚いて、言葉に詰まってしまう。
「その事なら大丈夫! 正直、びっくりはしたけど……仁ちゃんは挨拶のつもりでしたんだよね?」
「は? あい、さつ?」
「ほら、海外だと、こんにちは、のノリでチュってするでしょ? 家族の間でも。仁ちゃん、小さい頃から語学の勉強の為にちょこちょこ外国に短期留学してたって言ってたし。そういう事だよね?」
なんだそりゃ。ノリでチュって。
ほっぺならまだしも、家族の唇にノリでキスする国になんて、俺は行った事ないぞ。
「唯、違うんだ、あれは……」
あれは……? 何て説明するつもりなんだ俺は。
そもそも、愛の告白が禁忌である以上、謝罪して誤魔化す以外に解決策なんてなかった。
だったら唯のおかしなグローバルカルチャー解釈は、渡りに船じゃないか?
「そ、う、なんだよ。兄弟でじゃれあってるような感覚? で、つい……でも、日本じゃゴリゴリの犯罪だったよな? 本当に申し訳ない……」
「ううん、こちらこそ、私日本文化しか馴染みが無いから……気を揉ませちゃって、かえってごめんね? あと、無いとは思うんだけど……私の能力を期待してのチューというわけでは……?」
「ち、違う! それは絶対に無い! 考えもしてなかった!!」
俺とした事が……っ。よりにもよってそんな不安を唯に与えてしまうなんて。
「あ、だよねっ! ごめんね変なこと言って。ご存知の通り、チューしても効果は出たり出なかったりだからさ、期待させちゃってたら、改めて説明しなきゃなって」
「いやこっちこそ……そういうのを含め、嫌な思いさせて本当にごめんな」
これは本当に、猛省案件。
あんなにも唯を苦しめた能力を、偽装夫が利用しようとしてるなんて、想像しただけで地獄だったろう。
そういう意味でも、唯に恋人関係を望んじゃいけない事を失念してた。
「ううん! もう私の心はもう一直線に借り物競争に向いてるから! 仁ちゃんも気にしないで、一緒に特訓頑張ろう!」
「あ……ああ、そうだな……」
しかし……この張り切りようはなんだろう? なんか、ちょっと怖い。
だが、昨日の大失態が水に流れようとしているんだ。安堵と共に、黙って見送るべきか。
「あれ……なんか仁ちゃん元気ない? あ……バスも電車も久々だったから、疲れちゃった、かな?」
「いや、そういうわけじゃ……俺、一応はSSSだから。そこまで体力無くない」
「っは! そ、そうだよね! 電車通勤位で疲れるわけないか。100キロのコンクリートブロック持って海に沈められても生還できる人だもんね。失礼しました」
「はは、懐かし……よく覚えてたな、小学生時代のトレーニングの話」
生きるか死ぬか、ギリギリのラインで、血統種の能力は覚醒したり、高まったりしやすい。
だから俺は、血統種ランクを上げる為に、色んな無茶をやってきた。
そして……いつもそんな俺の隣には……一輝がいた。
冥府の王・ハデスの血統種が、生死のボーダーを慎重に見守ってくれていたから……俺はいつも、滅茶苦茶ができたんだ。
「仁……ちゃん?」
「唯……ちょっと情けない話なんだけど……。今日あった事、聞いてくれるか?」
『勿論だよ』と、唯は微笑みかけてくれた。
それだけで、足取りが少し軽くなったのを感じながら……自宅へと続く一本道を、俺は唯と歩くのだった。
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