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66.ストレスを減らしてくださいって医者は言うけど減らせる位なら病院行ってないわって言う人、無理しないで!
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『胃は、ストレスに弱いの。
たとえばとある人間を、大勢の人間で取り囲んで、悪口を言いまくるでしょ?
それだけで、たちまち胃の粘膜からはじわじわと血が出て来る。それ位に、ね。まぁ、これはたとえ話だけど』
いつの日か、母親から聞いた胃のうんちく話を、思い出す。
ストレス……。思い当たるのは、唯との朝のやり取り。
すげぇな俺。あれだけで、効果テキメンな感じで、胃腸炎になるのか。
唯への愛と依存は、胃腸の具合すら左右する。その事実を前に、俺は俺自身に引いていた。
「あっ、仁さん、お加減いかがですか!?」
点滴を終え処置室から出てきた俺を、心配そうに出迎える斎藤。
「大丈夫だ。悪かったな、ただの……胃腸炎如きで」
「いえ。大事に至らず、何よりでした」
斎藤はそう言ってくれたけど。
痛い苦しいと大騒ぎしたにも関わらず、医者に下された診断が比較的軽症だった時の……この肩身の狭さはなんだろう。
悪い事をしたわけじゃない。本来は恥ずかしい事じゃない。でも、なんだか、恥ずかしい……。
「お会計は救急の窓口で、ですか?」
「ああ、いい、後は自分でやる。俺の鞄、もらえるか」
唯に、電話をしたい。
あまりの痛みに、鞄を斎藤に預けたまま、処置室にインしてしまったから、スマホを触れなくて。
きっと心配してる。だって唯は……優しい子だから。
なんの連絡もなく俺が帰宅しなければ、慌てるに違いない。
俺が電話に出なければ、最悪の事態を妄想して、方々を探し回っているかもしれない。
『私の人生と生活を犠牲にしてるんだから』
そんな優しい唯に……あんな事を言わせてしまうなんて。
ああ、いかん。胃痛がおさまったら、心痛がもどってきてしまった。
とりあえず、電話だ。
「あ、唯さんには事情を説明しておきましたので」
「えっ、マジか!」
焦燥感にせっつかれながらスマホを操作する俺を、斎藤のあっさり報告が止めた。
「先程私にお電話を下さったんです。仁さんと連絡がつかないから、と。病院の名前と病状についてお伝えした所、すぐに向かいますと仰っていらっしゃいました」
「向かいますって……え、タクシーでか?」
「交通手段までは存じませんが」
「ああ~っ」
思わず、頭を抱える。
倹約家の唯に、タクシーを使わせてしまった。
普段、どんなに遠くても、疲れていても『仁ちゃんの大切なお給料を無駄遣い出来ない』と、徒歩or公共交通機関でしのぐ唯に……っ。
「……ですが、まだいらしてないようですし。もしよろしければ、私がタクシーでご自宅までお送りしますので。唯さんにその旨、ご連絡頂けますか?」
斎藤の親切な申し出に、ハッとする。
「いや、俺はもう大丈夫。お前にも相当迷惑かけたな。もう帰って大丈夫だから。あ……タクシー代……」
言いながら、鞄の中からごそごそと財布を取り出したが。斎藤は『結構です』と、手の平を向けてきた。
「くれぐれもお気をつけてお帰り下さい。たかが胃腸炎と、油断してはいけません。温かくして、早めにお休み下さいね」
普段はイラっとする事の多い、真顔での正論。
でも今は……有難さと、申し訳なさしか沸いてこない。
「悪かった、今日はほんとに……昼間の、事といい」
「お気になさらないで下さい。仁さんの荒ぶる新たな一面を見れた、と、ポジティブに受け止める事にしました」
「いや、ほんとにごめん。荒ぶってようがなんだろうが、色々言っちゃいけない事だった。申し訳ない」
心底反省して、頭を下げた。そして、上げた。
すると……視界に入ってきたのは、真っ赤に頬を染めた、斎藤の顔で。
「え」
なんで謝罪されて、赤面?
部下のリアクションが理解できず、眉間に皺を寄せてしまう。
「あ、ごめんなさい申し訳ありませんっ。い、い、いつもクールな仁さんが、そんな、捨てられた子犬みたいな顔をされるものですから……か、可愛らしくて、つい!」
「子犬……? は?」
掌で自分の顔面をあおぐ斎藤に、ぽかんと口を開けてしまう。
「で、では私はこれで失礼しますっ」
そんな俺に構う事なく、立ち去ろうとする斎藤。を、速足で追いかける。
「あ、タクシー乗り場まで送ってく」
「いえ結構です! 病み上がりの仁さんにそんな」
「いやいや、それ位はさせてくれよ。俺の気が済まねえから」
「いえいえいえ、本当に大丈夫です! 今真っ赤に変色しているであろう自分の顔を、これ以上仁さんに晒すのは耐えられません!」
「そんなん気にしなくていいから」
なんて。
言い合いながら競歩並のスピードで院内を進んでいたら……気が付いた時にはタクシー乗り場に到着していて。
「……結局送って頂いちゃいましたね。申し訳ありません」
「いや、謝るのは俺だから。あ、すいません、これで、お願いします」
俺達を見て、素早くドアを開けてくれたタクシーの運転手に、一万円を手渡す。
斎藤は『いいですってば』と、鞄から自分の財布を取り出そうとしたが、なんとかそれを制して。
「すいません、では……ご厚意に甘えさせて頂きます」
「いや。世話になったな、気を付けて帰れよ」
タクシーにつっこんでいた上半身を戻し、斎藤に乗車を促しす。
すると、その直後――。
「本当にありがとうね、蓮ちゃん!」
後方から聞こえてきた、大好きな声。
反射的に振り返ると……目の前に止まっているタクシの後ろの後ろの後ろあたりに、真っ白なセダンが停まっていて。
その扉を丁寧に閉め、手を振っていたのは、俺の妻で。
「またな」
運転席の窓を開けて、唯に笑いかけたのは――俺の大大大嫌いな、あの男だった。
たとえばとある人間を、大勢の人間で取り囲んで、悪口を言いまくるでしょ?
それだけで、たちまち胃の粘膜からはじわじわと血が出て来る。それ位に、ね。まぁ、これはたとえ話だけど』
いつの日か、母親から聞いた胃のうんちく話を、思い出す。
ストレス……。思い当たるのは、唯との朝のやり取り。
すげぇな俺。あれだけで、効果テキメンな感じで、胃腸炎になるのか。
唯への愛と依存は、胃腸の具合すら左右する。その事実を前に、俺は俺自身に引いていた。
「あっ、仁さん、お加減いかがですか!?」
点滴を終え処置室から出てきた俺を、心配そうに出迎える斎藤。
「大丈夫だ。悪かったな、ただの……胃腸炎如きで」
「いえ。大事に至らず、何よりでした」
斎藤はそう言ってくれたけど。
痛い苦しいと大騒ぎしたにも関わらず、医者に下された診断が比較的軽症だった時の……この肩身の狭さはなんだろう。
悪い事をしたわけじゃない。本来は恥ずかしい事じゃない。でも、なんだか、恥ずかしい……。
「お会計は救急の窓口で、ですか?」
「ああ、いい、後は自分でやる。俺の鞄、もらえるか」
唯に、電話をしたい。
あまりの痛みに、鞄を斎藤に預けたまま、処置室にインしてしまったから、スマホを触れなくて。
きっと心配してる。だって唯は……優しい子だから。
なんの連絡もなく俺が帰宅しなければ、慌てるに違いない。
俺が電話に出なければ、最悪の事態を妄想して、方々を探し回っているかもしれない。
『私の人生と生活を犠牲にしてるんだから』
そんな優しい唯に……あんな事を言わせてしまうなんて。
ああ、いかん。胃痛がおさまったら、心痛がもどってきてしまった。
とりあえず、電話だ。
「あ、唯さんには事情を説明しておきましたので」
「えっ、マジか!」
焦燥感にせっつかれながらスマホを操作する俺を、斎藤のあっさり報告が止めた。
「先程私にお電話を下さったんです。仁さんと連絡がつかないから、と。病院の名前と病状についてお伝えした所、すぐに向かいますと仰っていらっしゃいました」
「向かいますって……え、タクシーでか?」
「交通手段までは存じませんが」
「ああ~っ」
思わず、頭を抱える。
倹約家の唯に、タクシーを使わせてしまった。
普段、どんなに遠くても、疲れていても『仁ちゃんの大切なお給料を無駄遣い出来ない』と、徒歩or公共交通機関でしのぐ唯に……っ。
「……ですが、まだいらしてないようですし。もしよろしければ、私がタクシーでご自宅までお送りしますので。唯さんにその旨、ご連絡頂けますか?」
斎藤の親切な申し出に、ハッとする。
「いや、俺はもう大丈夫。お前にも相当迷惑かけたな。もう帰って大丈夫だから。あ……タクシー代……」
言いながら、鞄の中からごそごそと財布を取り出したが。斎藤は『結構です』と、手の平を向けてきた。
「くれぐれもお気をつけてお帰り下さい。たかが胃腸炎と、油断してはいけません。温かくして、早めにお休み下さいね」
普段はイラっとする事の多い、真顔での正論。
でも今は……有難さと、申し訳なさしか沸いてこない。
「悪かった、今日はほんとに……昼間の、事といい」
「お気になさらないで下さい。仁さんの荒ぶる新たな一面を見れた、と、ポジティブに受け止める事にしました」
「いや、ほんとにごめん。荒ぶってようがなんだろうが、色々言っちゃいけない事だった。申し訳ない」
心底反省して、頭を下げた。そして、上げた。
すると……視界に入ってきたのは、真っ赤に頬を染めた、斎藤の顔で。
「え」
なんで謝罪されて、赤面?
部下のリアクションが理解できず、眉間に皺を寄せてしまう。
「あ、ごめんなさい申し訳ありませんっ。い、い、いつもクールな仁さんが、そんな、捨てられた子犬みたいな顔をされるものですから……か、可愛らしくて、つい!」
「子犬……? は?」
掌で自分の顔面をあおぐ斎藤に、ぽかんと口を開けてしまう。
「で、では私はこれで失礼しますっ」
そんな俺に構う事なく、立ち去ろうとする斎藤。を、速足で追いかける。
「あ、タクシー乗り場まで送ってく」
「いえ結構です! 病み上がりの仁さんにそんな」
「いやいや、それ位はさせてくれよ。俺の気が済まねえから」
「いえいえいえ、本当に大丈夫です! 今真っ赤に変色しているであろう自分の顔を、これ以上仁さんに晒すのは耐えられません!」
「そんなん気にしなくていいから」
なんて。
言い合いながら競歩並のスピードで院内を進んでいたら……気が付いた時にはタクシー乗り場に到着していて。
「……結局送って頂いちゃいましたね。申し訳ありません」
「いや、謝るのは俺だから。あ、すいません、これで、お願いします」
俺達を見て、素早くドアを開けてくれたタクシーの運転手に、一万円を手渡す。
斎藤は『いいですってば』と、鞄から自分の財布を取り出そうとしたが、なんとかそれを制して。
「すいません、では……ご厚意に甘えさせて頂きます」
「いや。世話になったな、気を付けて帰れよ」
タクシーにつっこんでいた上半身を戻し、斎藤に乗車を促しす。
すると、その直後――。
「本当にありがとうね、蓮ちゃん!」
後方から聞こえてきた、大好きな声。
反射的に振り返ると……目の前に止まっているタクシの後ろの後ろの後ろあたりに、真っ白なセダンが停まっていて。
その扉を丁寧に閉め、手を振っていたのは、俺の妻で。
「またな」
運転席の窓を開けて、唯に笑いかけたのは――俺の大大大嫌いな、あの男だった。
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