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41.隣にいるとヒールで歩く痛みすら忘れられる友達は大切に

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 「う~ん……う~ん……」

 「ちょっと、飛鳥さん。いい加減うっとおしいわよ、それ」

 カツカツとオシャレなハイヒールの音を響かせながら……隣でため息を吐く大園さん。

 「あ、す、すいません」

 「そんなに悩む事かしら? 借り物競争で、ご主人にお姫様抱っこされる事が?」

 「あぁ~っ!」

 改めて言われると、赤面してしまう。
 だって恥ずかしすぎる。大大大好きな仁ちゃんに、お姫様抱っこされるなんて。

 「い、いやまだわからないんですけどね? 斎藤さんが言うには、奥さんを借り物にする場合は、演出的な? 事も考えてお姫様抱っこする人が多いってだけで……そうしなきゃならないって決まりはないみたいですし」

 「まぁ確かに、おんぶの方がホールド感はあるけど……ご主人のルックスを考えると、是非お姫様抱っこで出場してほしいわ。飛鳥さんはどうしてそんなに嫌がってるの? 単に恥ずかしいってこと?」

 本日トータルで3杯目の豆乳ラテを飲みながら、大園さんが首を傾げる。

 本日、と言っても時刻はまだ午前11時。
 『運搬方法』が確定していないと、特訓しても意味はないという斎藤さんのご意見を受け、私達は早々に解散した。
 そして今、私と大園さんは帰宅する為に最寄駅を目指して、公園沿いの道をトボトボと歩いている。
 
 「そうですね、恥ずかしいですし、申し訳ないというか」

 「申し訳ない?」

 「大園さんや斎藤さんのような超絶美女なら、絵になると思うんですけど。私みたいな、お姫様感が欠片も無い女がお姫様だっことか……見栄え的にアウトだろうなって。会社の人達の前で、仁ちゃんに恥かかせちゃう……」
 
 「ご主人、そんな理由で、奥さんをお姫様抱っこするのが恥だと思うような人なの?」

 大園さんの問いかけに、全力で首を横に振る。

 「そんな人じゃないです。じゃないんですけど……」

 「だったら、飛鳥さんは余計な心配せず、頑張ってトレーニングすればいいじゃない。ご主人の為に」

 「……そう、そうですよね。ありがとうございます! 大園さん」

 「別に、お礼言われるような事はしてないけど……」

 「いえいえ! 今日も、トレーニング付き合ってもらっちゃいましたし! 寒かったですよね?」

 「私が来たくて来たんだから、いいのよ。飛鳥さんやあのアシスタントといるの……嫌いじゃないし」

 ボソっとこぼすような大園さんの言葉に、テンションが上がってしまう。

 「本当ですか!? そんな風に言って貰えて嬉しいです!」

 「大袈裟な……飛鳥さん、そーゆー事言われ慣れてるでしょ? 誰からも嫌われなさそうなタイプだし」

 「いえいえ! むしろ嫌われてしかこなかった人生なので、本当にありがたいです!」

 「謙遜も度が過ぎるとイラっとするわよ」

 と、大園さんは鼻で笑ったけれど。謙遜じゃなく、事実なんだよね。
 だって私は亜種だから。本当ならこの世に存在しちゃいけないモノだから。

 大園さんがこうしてにこやかに隣を歩いてくれているのも、私の事を知らないからだ。
 私が禁忌のイキモノだと知ったら……綺麗なお顔を歪ませて、ダッシュで離れて行ってしまうだろう。

 「……飛鳥さん、私の事、聞かないじゃない?」

 「へ?」

 突然、真顔でそう切り出した大園さん。
 私の事って、どういう意味だろう? と、戸惑いの表情をお返ししてしまう。

 「うちの旦那との事、その後どうなりました? とか。三流血統種って言ってたけど、ランクは? 家柄は? とか。単に興味が無いだけかもしれないけど」

 「あ……違うんですっ。ご主人との事も心配はしていたんですけど……大園さんにとって大切な事なので……私なんかがぐいぐい切り込んでいくべきじゃないと思っただけで」

 この前の一件で、正直少し距離が縮まった気はしてたんだけど。
 私なんかが、まるでお友達のようにアレコレ詮索するのは良くないから。

 「別に、申し訳なさそうに言い訳しなくていいのよ。そういう、おきあがりこぼしみたいな所が、いいのよね」

 「お、おきあがりこぼし?」

 ってあの、押すとビヨンビヨンて、振り子的な動きをするあれ?

 「自分からこっちに倒れて来る事は絶対ないけど、押すと動いてくれるでしょ? 飛鳥さんも一緒じゃない。こっちが寄りかかると、受け止めてくれて、返してくれて、時間が経つと、止まってくれる」

 「え、ええと?」

 わからない。大園さんの雰囲気から察するに、褒めてくれているんだろうか? それとも?

 「変な例え方しちゃったけど……とにかく、飛鳥さんは私にとって居心地の良い人って事。これからもよろしくね」

 「あ、はい! こちらこそよろしくお願いします!」

 大園さんの言葉に、満面の笑みを浮かべてしまう。
 まさか私に、そんな事を言ってくれる人がいるなんて。

 「大園さんは、本当に優しい人ですね。さっきも、私なんかの事で斎藤さんに怒ってくれましたし」

 「はぁ!?」

 私の言葉に、ギョッとしている様子の大園さん。いけない。私また何か、おかしなことを言ってしまっただろうか。

 「す、すいません、何か変な事言っちゃいましたか?」

 「変ていうか……優しいだなんて言われたの、初めてだから」

 「優しいですよ、大園さんは。私なんかと一緒にいてくれて、思い遣ってくれて……」

 「……飛鳥さんて、どれだけ自己肯定感低いの? 私は別に、あなたと一緒にいてつもりも、思い遣ってつもりもないわ。したいからしてる、それだけよ」

 つっけんどんな言い方だけれど、温かい言葉。じんわりと心に広がって行く。

 「ありがとうございます」

 「こちらこそ。この前の事、きちんとお礼言ってなかったわよね。騒ぎに巻き込んで、迷惑を掛けてごめんなさい。そばにいてくれて……ありがとう」

 前を向いたまま、そう言う大園さんの横顔は……少し照れくさそうに見えた。

 なんだか、くすぐったい。新鮮な幸福感。
 まるで……新しいお友達が出来た時のような。

 私に血統種のお友達なんて……そんなのあり得ないのに。

 「私で役に立てる時は、いつでも呼んでくださいね」

 「エレベーターに乗るだけで、会える距離だものね」

 「ふふ、そうですね」
 
 本当は……何もかも打ち明けられる存在を、欲している。
 でも、それは決して手に入らないのだと、わかってもいる。

 だから、私が誰かに秘密を話す事は無い。
 自分の事、結婚の事、全てを隠しながら、浅くて表面的な人間関係を築くしかない。

 「あ。今日のランチ、フレンチトーストを作ろうと思ってるんだけど、食べる?」

 「え! いいんですか?」

 「ええ。昨日の夜から卵液に付け込んでおいたのよ。よかったら、うちで一緒に食べましょ」

 「うれしいです! ご迷惑でなければ、是非! 私はサラダ作って持って行きますね! あ……オシャレな感じじゃない、普通のサラダでもいいですか?」

 「なにそれ、いいわよ別に。うちも散らかってるけど、いい?」

 「勿論です!」

 けれど、それでも……大事にしていきたいんだ。
 女性同士でたわいもない話をして、笑い合う、この時間を。
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