上 下
39 / 273

39.競争で高まるものも、やはりある

しおりを挟む
 「まずはじめに言わせてください。うちの運動会は、戦争です」

 初めて出会ったあの公園で合流するやいなや……そう断言する、斎藤さん。

 「せ、戦争……ですか……?」

 「なにそれ、どういう意味よ? 皆、本気でリレーしたり、大玉転がしたりするってこと? いい大人が?」

 突然出てきた恐ろしいワードに目を丸くする私と、鼻で笑う大園さん。
 けれど、準備体操をする斎藤さんの顔は真剣そのものだ。

 「三流血統種だと自負している大園さんには、到底想像もつかない世界かもしれませんが。アスカは一流の血統種が集う会社です。一流の血統種は、我が強く、自信家で、負けず嫌いが多い……。そんな社員達が一堂に会して競うんです。家族を呼んで和気あいあい……なんて、呑気な行事になると思いますか?」

 「いちいち不愉快な言い回しする人ね……」

 「ま、まぁまぁ二人共……。斎藤さん、運動会が真剣勝負なのはよくわかりました。でも、それなら私なんかが今更走り込みをしても、仁ちゃ……夫の足手まといになるのは避けられない、ですかね?」

 斎藤さんの真似をして、アキレス腱を伸ばしながら尋ねてみると、彼女はグっと親指を立てた。

 「ご安心ください。私がコーチを務めるからには、必ずやお役に立ってみせます。私は仁さんのアシスタントですし。唯さんには先日お世話になった御恩がありますので」

 「ありがとうございます! よろしくお願いします!」

 恩だなんて……私、そんな大層な事はしていないのに。と心の中で呟くけど、声に出すのはやめておいた。
 せっかくの休日、特訓に付き合ってくれてるのに、謙遜合戦を始めて時間を無駄にするのは申し訳ないから。

 「ていうか、借り物競争の特訓て何するわけ?」

 近くのカフェでテイクアウトしたホットの豆乳ラテを飲みながら、近くのベンチに座る大園さん。
 高そうなコートに身を包み、冷たい朝風に身を縮こまらせている。

 そんな大園さんとは正反対に、薄手のランニングウェアを来た斎藤さんの額には、すでにうっすら汗が滲んていた。どうやら体を温める為に、と、自宅から公園まで走ってきたらしい。
 その時点でもう、彼女の気概を感じてありがたいやら、特訓のハードさを想像してしまって恐ろしいやら。

 「借り物競争の概要……は、先日ご説明しましたよね?」

 「は、はい! お題は大切なものっていうのがお決まりで……既婚者は奥さんや子供さんを連れてゴールするのが恒例だと……」

 「それだけ聞くと、ほっこりほのぼのな行事よね~?」

 「仁さんの借り物である唯さんに求められるのは、ただ一つ。振り落とされない事です」

 「「振り落とされない事??」」

 斎藤さんの答えに、声を重ねてしまう私と大園さん。

 「振り落とされないってなに? 何か乗り物にでも乗るの? 普通に手を繋いで走るんじゃなくて?」

 大園さんの言う通り、私も仁ちゃんと手を繋いでゴールまで走る感じを想像していた。

 「競技者は、借り物を抱きかかえて走ります。借り物競争では、他の競技者への妨害行為が認められていますので、抱えでもしない限り、借り物を守り切る事はできませんので。途中で借り物と離れてしまっては、ゴール出来ませんし」

 「ぼ、妨害行為!? 守り切れないって……結構激しい感じなんですか?」

 「人によりますが、直撃したら死んでしまうな、という攻撃をする人もいるので」

 「「ええ!?」」

 またしても、声をハモらせてしまう私達。

 「なんなのそれ!? そんな事が許されるの!? ここ日本よね!? 警察官に威嚇射撃にも大騒ぎする位、平和な国よね!?」

 「あ、もちろん、避ける事を見越して、という場合が多いですよ? 本当に危険な場合は、担当の実行委員が手を出しますし」

 「な、なるほど……っ。そんなデンジャラスな攻撃をかいくぐって疾走しなきゃだから……私が振り落とされたら、仁ちゃんが大迷惑って事ですね」

 爆音と爆風の中、ボス猿の仁ちゃんにしがみつく、赤ちゃん猿のような自分を想像してしまって……息を呑む。

 「ですね。なので、今日の特訓では私が仁さん役になって唯さんを抱え、公園内を疾走します。唯さんは振り落とされないよう、しっかりしがみついていてください」

 「え!? 斎藤さんが、ですか!?」

 「ご安心ください。私もそれなりの血統種ランクを取得しておりますので。唯子さんを抱えて走る位、全く問題ありません」

 「そ、そういう事でしたら……すいませんが、よろしくお願いします! しんどい時は遠慮なく言ってくださいね!」

 こうなったら斎藤さんの言葉を信じて、頼らせてもらうしかないよね。
 会社の人達の前で、仁ちゃんに恥をかかせるわけにはいかないし。

 なんて心の中で気合を入れていたら……斎藤さんが、ボソっと呟いた。
 
 「……唯さんが前向きで、安心しました」

 「え?」

 「あ、いえ。仁さんは唯さんの負担を考えて、運動会の事を伏せていたのだとおっしゃっていたので」

 斎藤さんの言葉に、仁ちゃんの優しい笑顔が浮かぶ。

 「そう、だったんですね」

 「飛鳥さん、やっぱめっちゃ愛されてるじゃない。そんな危険な競技に奥さんを参加させるわけにはいかないって、思ってくれてたって事でしょ?」

 ラテを飲む大園さんが、嬉しい言葉を掛けてくれるけど。私は、作り笑顔で受け流すしかない。

 仁ちゃんは私を愛してるわけじゃない、気を遣ってるんだ。
 野望の為に妻になって貰った上に、危険な目に合わせるわけにはいかないって。それに、会社の行事って事は飛鳥一族の人達も大勢来るだろうし……私を晒しものにするのは申し訳無いって思っているんだろうな。

 でもそんな事情をここで打ち明けるわけにはいかないから……『そうだったら、ありがたいです』と、当たり障りない返事をするしかなくて。

 けれど、その『当たり障りない』筈の返事に、ピクリと反応した人がいた。斎藤さんだ。

 「……唯さんは、嬉しいんですか? そうやって仁さんに気を遣われ、守られる事が?」 

 「はい?」

 相変わらずクールな……というより、少し怒っているような表情で、私を見つめる斎藤さん。

 「煩わしい親戚付き合いや、危険な競技への参加……仁さんはそういうものを、あなたに強いたくないそうです。そのせいで、親族や社内でご自分の立場が悪くなっても構わないと仰っていました。それでもあなたは嬉しいんですか? ありがたいって笑えるんですか?」

 「た、立場? 仁ちゃん、なにかまずい事になっているんですか?」

 「ご親戚の皆さんがどう思われているかは、私の知る限りではありませんが。社内では御曹司は特例欠席が認められていいよな、と陰口を叩かれる程度の被害は出ています。入社以来2年連続で不参加でしたから」

 「そ、そんな……」

 知らなかった。
 私のせいで……仁ちゃんが嫌な想いをしていたなんて。

 「ちょっと、やめなさいよ。あなたがそんな風に暴露したらご主人の思い遣りがパーじゃない」

 「どちらか一方が耐え忍ぶ事で成り立つ思い遣りなんて、夫婦としてフェアじゃありません。唯さんも妻として、仁さんの為に努力し、耐え忍ぶべきだと思います。だから私はこうして、特訓に協力すると決めたんですから」

 「え、なに? あんた飛鳥さんの姑なの? なんで会社の同僚ごときが、妻として、とか指図しちゃってるわけ?」

 「私は飛鳥さんがどれほど懸命に仕事と向き合っているか知っています! 唯さんは専業主婦として飛鳥さんに養って貰っているわけですよね? それならせめて、親戚付き合い等、出来る事はするべきだと言っているだけで」

 「はぁあああ!? 養ってもらってる!? あんたいつの時代の人間!? 主婦ナメてんの!?」

 「あ……っ、あの、二人とも落ち着いて……っ。特訓! 特訓始めましょう! 斎藤さん、よろしくお願いします!」

 私と斎藤さんとで交わしていた筈の会話にいつの間にか飛鳥さんが入り込んで……気が付くと、斎藤さんと飛鳥さんとのバトルに発展してしまった。

 火種を作った張本人としてなんとかせねばと……私は、慌てて斎藤さんの背中におぶさるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

何も出来ない妻なので

cyaru
恋愛
王族の護衛騎士エリオナル様と結婚をして8年目。 お義母様を葬送したわたくしは、伯爵家を出ていきます。 「何も出来なくて申し訳ありませんでした」 短い手紙と離縁書を唯一頂いたオルゴールと共に置いて。 ※そりゃ離縁してくれ言われるわぃ!っと夫に腹の立つ記述があります。 ※チョロインではないので、花畑なお話希望の方は閉じてください ※作者の勝手な設定の為こうではないか、あぁではないかと言う一般的な物とは似て非なると考えて下さい ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※作者都合のご都合主義、創作の話です。至って真面目に書いています。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

【R18】ドS上司とヤンデレイケメンに毎晩種付けされた結果、泥沼三角関係に堕ちました。

雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向けランキング31位、人気ランキング132位の記録達成※雪村里帆、性欲旺盛なアラサーOL。ブラック企業から転職した先の会社でドS歳下上司の宮野孝司と出会い、彼の事を考えながら毎晩自慰に耽る。ある日、中学時代に里帆に告白してきた同級生のイケメン・桜庭亮が里帆の部署に異動してきて…⁉︎ドキドキハラハラ淫猥不埒な雪村里帆のめまぐるしい二重恋愛生活が始まる…!優柔不断でドMな里帆は、ドS上司とヤンデレイケメンのどちらを選ぶのか…⁉︎ ——もしも恋愛ドラマの濡れ場シーンがカット無しで放映されたら?という妄想も込めて執筆しました。長編です。 ※連載当時のものです。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

もう彼女でいいじゃないですか

キムラましゅろう
恋愛
ある日わたしは婚約者に婚約解消を申し出た。 常にわたし以外の女を腕に絡ませている事に耐えられなくなったからだ。 幼い頃からわたしを溺愛する婚約者は婚約解消を絶対に認めないが、わたしの心は限界だった。 だからわたしは行動する。 わたしから婚約者を自由にするために。 わたしが自由を手にするために。 残酷な表現はありませんが、 性的なワードが幾つが出てきます。 苦手な方は回れ右をお願いします。 小説家になろうさんの方では ifストーリーを投稿しております。

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

処理中です...