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36.驚いた時飲み物をブッと吐くやつ、実際にやってる人いるのかな

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 「あー……ご、ごめん、俺、なんか……勘違いを……」

 私の肩に置いていた手を離し、バツが悪そうに視線を外す仁ちゃん。

 「あ、う、ううん……」

 『あの人』……そっか。仁ちゃんはそういう方面の心配をしてくれたんだ。
 
 私は単に、もっと綺麗だったら仁ちゃんの本物の奥さんになれたかな、って凹んでただけなんだけど。

 「ありがとうね、仁ちゃん。話を聞いてくれて、心配もしてくれて。もう大丈夫。大園さん達と話してたら、元気出てきたし」

 「そっか。……ちなみにどんな話、したの」

 「それは……女子の秘密という事で」

 そうはぐらかす私に、『なんだそりゃ』と笑う仁ちゃん。

 でもさすがに……あの話をするのは恥ずかしい。ので。
 話を逸らせつつ、気になっている事を訊ねてみよう。
 
 「それより……大園さんも斎藤さんも、大事に至らなくて良かったよね。そもそも、斎藤さんはどうしてあんな怪我? 仁ちゃんの部署って、荒っぽいお仕事無いと思ってたんだけど……そういうわけでもないの?」

 「いや、無い。んだけど。昨日、色々あって……あいつ、スカウト相手に土下座して、額割ったんだ」

 「土下座!?」

 隣に座っている仁ちゃんが耳キーン! しそうな大声を上げてしまった。

 「土下座って……っ! 様々なハラスメントが成敗されまくっているこのご時世に、土下座って……!」

 「あ、違うんだ、ワケを話せば長いんだけど」

 信じられない。
 気にしない人は気にしないのかもだけど、やはり私は人としての尊厳をズタズタにする暴力行為だと思ってしまう。まさか仁ちゃんも、日常的に強いられたりしているのだろうか?

 スカウト相手さんの中には根性論と共に生きて来た昭和の方々もいらっしゃるだろうし……やむを得ない場合もある? だとしたら、そんな事してるなんて! と、仁ちゃんの頑張りを否定するような事を言うのは良くないよね? 

 「あ、あれだよね、時代は変わっても、人が変わるのはそう簡単じゃないし。対人のお仕事は難しいよね! 仕事の為には土下座して徹夜して……それが当然ていう環境で生きてきた人に、今の時代はこうだって押し付けるのも、ね? 自分がされてきた事、してきた事を全否定する、エイジハラスメント的な?? だから斎藤さんや仁ちゃんがお仕事でそういう事をしているとしても、私は立派だなと思いこそすれ、否定的な感情は無いから大丈夫だよ!」

 「唯、念の為言っとくけど。俺は土下座なんてした事もないし、強いられた事もないし、斎藤に強いたわけでもねえからな」

 「え……」

 私の、『仁ちゃんの頑張り否定するつもりは無いよ!』という必死のアピールは、どうやら早とちりの勘違いの、無駄なフォローだったよう。

 「ご、ごめんね、私、見当違いな事をペラペラと……っ」

 「いや、俺もさっき的外れな事言っちゃったし。お互い様って事で」

 そういって、ふっと笑う仁ちゃん。

 「でも……そうだよな。今唯が言った事」

 「うん?」

 「今日斎藤が土下座した相手も、昔気質って感じで。頑固でプライド高くて、カッとなるとこっちの話もろくに聞いてくれないおっさんでさ。俺も正直、これだから昭和はなぁ……とか思ってたんだよ」

 「うん」

 「でも……時代や環境で、世の中の常識とか考え方が変わっても、その人が必死になって歩いてきた道が変わるわけじゃなくて。なのに……え? そんな道、雑草ボーボーでもう封鎖されてっけど? とか、そんな道通って来たわけ? 超遠回りじゃん。つーか、そんな道通っちゃ、法的にアウトだろ。なんて……若造に言われたら、そりゃ良い気はしねえよな」

 「……でも仁ちゃんは、そんな事言わなかったんでしょ? 現状の厳しさをサラっと突きつつ、先方の強みをしっかりと活かせる、これからの道を丁寧に示していた……って、斎藤さんが言ってたよ?」

 「ブッ!!!」

 私の言葉に、一口分くらいのビールを噴き出す仁ちゃん。

 「わっ! 大丈夫!? タオル……っ」

 「いい、いいっ! 悪い! きたねえことしてっ!」

 慌ててタオルを取りに向かっている私を待つ事なく、仁ちゃんはパジャマの袖口でガシガシと口元を拭った。
 育ちの良いお坊ちゃまとは思えないその所作が、なんだか可愛らしくて……口元が緩んでしまう。

 「つーかあいつ、何勝手に話してくれてんだよ。全然、女子の秘密トークじゃねぇじゃん」

 「ふふ。叱らないであげてね。いかに仁ちゃんが優秀なスカウトマンなのか、説明してくれただけなんだから。あ、ほっぺにも雫がついてるよ」

 笑いながら、ハンドタオルを仁ちゃんの頬に当てる。

 「ああ、悪い……いや、なんでそもそも俺の話になってんの?」

 「……それはね、女子の秘密パート2ということで」

 「なんだそりゃ」

 「ふふふ……」

 眉間に皺をよせる仁ちゃんを、笑顔ではぐらかしつつ……私は、ファミレスでの会話を思い出していた。


 『はぁ!? 可愛くない事にコンプレックス!? 何言ってんのよ! 飛鳥さんはあのご主人に選ばれてる時点で、もうぶっちぎりの勝ち組じゃない!』

 『同感です! 飛鳥さんは人間的にもとても優れた人でいらっしゃいますから……あの方が伴侶として選んだという事実は、奥様は容姿中身共に素晴らしく魅力的な女性という、この上ない証拠ではありませんか! あっ、ちなみにご主人がいかに優秀な人物かと言いますと、例えば今日の仕事で――』


 違うんだけどね。
 私は、本当の意味で選んでもらえたわけじゃない。

 それでも……仁ちゃんを褒められると、嬉しい。
 そして、そんな素敵過ぎる仁ちゃんの奥さんとして扱ってもらえると、幸せな気持ちになれる。

 妻としての今の居場所が、偽りの仮設住宅に過ぎなくても……この場所にいて、恥ずかしくない女性になりたいと……前向きなエネルギーが生まれる。


 「仁ちゃん、私頑張るね。仁ちゃんの奥さんに相応しい女性になれるように」

 「や、そんな気負わなくても……唯は十分」

 「ちょうど、身近な目標も出来たし」

 「は? 目標?」

 あ。しまった。
 については、仁ちゃんから私に話してくれるまで、私は知らない事にしておこうと決めたんだ。

 「ううん、何でもない」

 「……ぜってー何でもあるだろ……」

 そう呟きながらテーブルを拭く仁ちゃんを横目に……私は週末から始まる『特訓』の為に、お腹に力を込めるのだった。
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