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8.職場or学校に運転手付きの高級車で登場し周りをザワザワさせるのちょっと憧れる

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 「うい~、おはよ~仁成さま~」

 「……本名で呼ぶのやめろって、いつも言ってんだろ」

 車に乗り込むやいなや。朝からパリピ的テンションの一輝を、睨みつける。

 「い~じゃん。いかにも良いトコの坊ちゃんて感じの、仰々しい名前で」

 「それが嫌なんだって知ってて言ってんだよな? 喧嘩なら買うぞ?」

 「あはは、やめて~? 喧嘩はもう5歳の時点でソールドアウト~。指一本で幼稚園の滑り台破壊したスサノオ様とガチバトルするつもりは生涯無いから~」

 バトルする気は無いなんていいながら、人の黒歴史をいじってくるあたり。やっぱりイラつく。

 「てゆーかさ、俺にそんな口きいていいわけ? 毎日毎日、わざわざ仁を拾ってから出社してあげてる俺に?」

 「どうせ通勤路の途中だろ。それに、拾ってくれてるのはお前じゃない。向井さんだ」

 言いながら、フロントミラーをチラっと見ると、運転手の向井さんと目が合った。

 「おはようございます。仁坊ちゃん」

 「おはようございます。向井さん、今日もよろしくお願いします」

 ミラーごしに、ペコっと会釈をすると、向井さんは『こちらこそ』と、にっこり笑ってくれた。
 ああ。どうして、ふくよかな中年女性の笑顔はこうも人に安心感を与えるのか。
 いや違うか。
 一輝の家の運転手であるこの人には、俺もクソガキの頃から世話になってるから……変わらない優しさと寛容な雰囲気に、警戒心が緩むんだ。

 「てゆーか何度も言うようだけどさ。同じ飛鳥一族の中でも、仁の家の方がずっとでかくて金持ちなんだから。実家の運転手使わせてもらえばい~じゃん。なんでわざわざ俺と相乗り?」

 「こっちも何度も説明するようだけど。俺は職場の連中に、お坊ちゃん扱いされたくねえんだよ。入社2年の平社員が運転手付きの車で通勤なんかしてたら、実績を積んで昇進したとしても、全部生まれのせいにされる」

 「そうやって泥臭く地道に行きたいなら、普通にバスと電車で出社なさいよ」

 「公共交通機関は時間の融通がきかないだろ。ギリギリまで唯と朝の時間を過ごす為には、車が一番なんだよ。あ、これも何度も言うようだけど、唯はいまだに俺がバス電車通勤だと思ってるからな。車で行ってる事、バラすなよ?」

 「へ~へ~。相変わらず、唯ちゃん命のワガママ坊ちゃんだな~」

 向井さんに買ってきてもらったらしい、ハンバーガーを頬張りながら、笑う一輝。
 
 「朝からよくそんなもん食えるな」

 「食えるね。食いたいからねむしろ。ほら、俺らって中々のお坊ちゃん育ちじゃん? ガキの頃、コンビニとかマッ〇とか、行った事もなかったじゃん? その反動かな~? 今更のファーストフードブーム。コンビニのグミとか揚げ物とか、エコバッグ片手に大人買いするし。仁もどお?」

 中々のお坊ちゃん育ち。とは思えない程口のまわりを汚して、俺にコーラを差し出してくる。

 「いらね。俺は唯の愛ある手料理を食った後だから」

 「うわ~、悲しい嘘つくね~。仁の出世の為に嫁になってくれた唯ちゃんが、手料理に愛なんて込めてくれるわけないじゃん」

 「っぐ……!」

 思わず、胸に手を当ててしまう。
 幼馴染ゆえの容赦のないツッコミが、心をえぐりながら貫通して。
 
 「ふふふ~ダメージ受けてるぅ~。子供の頃から仏頂面で不愛想で……何でも持ってるのに、何にも執着してない仁坊ちゃんが……変わるもんだね~」

 からかっているだけなのか、本気なのか。
 多分そのどっちも。なんだろうけど。遠い目で、窓の外を見つめる一輝。

 俺もそれにつられて……てワケじゃねえけど。道行く人々と、ビル群をぼんやりと眺める。

 
 俺は自分が恵まれているなんて、思った事が無かった。

 全人類の0.01%しか存在しない国の宝『血統種』として生まれ。
 国内でも有数の名家で育ち。
 窒息する程のプレッシャーと、ギスギスした覇権争いに、クソガキの頃から晒されて。

 何も知らない連中は、生まれながらの勝ち組だと、親ガチャ大当たりだと。
 俺に羨望と嫉妬の眼差しを向けてきたけれど。

 だだっ広い家。ブランドものの衣類。バカみたいに金のかかった英才教育。 
 そこに少しの温もりもなければ、それらが幸せをもたらす事など無いのだと……奴らは知らないんだ。

 少しでもボロを出せば、後継者争いに躍起になっている親戚達から、鬼の首を取ったように叩かれ。
 恥をかかせてくれるなと、両親からは責められ。

 俺の人生はなんなんだろう。

 いやそもそも、俺の人生なんてものは存在するのか?

 他の血統種は、こんな風に思い悩む事はないのだろうか。
 いつも明るく、希望に満ちていて。楽しそうに、将来について……家族について話している。

 そうか。うちは普通じゃない。俺は普通じゃないんだ。
 俺は……普通の幸せを、手に入れられるタイプの人種じゃないんだ。

 そう、思っていた。

 唯に会うまでは。


 「……そうだな。唯には感謝しかない。そんで、俺には唯しかいない」

 「言いたいことは分かってるよ。一昨日、ホテルで唯ちゃんを襲った連中……も~ちょい時間くれれば、雇い主がわかりそうだから」

 「頼む。唯はしばらく外出を控えるって言ってたけど……そんな囚人みたいな暮らし、なる早で終わらせてやりたい」

 「雇い主が特定できたら……どうすんの? 殺すの?」

 真っ黒な瞳を一層闇深く光らせて……俺に流し目をよこす一輝。
 こいつのこういう目つきに、冥王ハデスの血を感じる。

 「社会的には殺す。でも物理的には殺さない。唯を犯罪者の妻にするわけにはいかねぇから」

 「ふふ、犯罪者にならないなら殺すんかい。こわいね~」

 俺がただ一人、本心を晒している幼馴染は、ポテトの油分と塩分で汚れた指先をなめながら、笑った。

 「きたねえな……ペーパーあるんだから、ちゃんと拭けよ」

 「仁こそ、ちゃんとした方がいいよ? パーティーで社長に挨拶もせずにドロンしたんだって? 唯ちゃんを長時間晒しものにするの、気が引ける気持ちはわかるけど……本気で飛鳥のトップに立ちたいなら、我慢が必要な時もあるでしょ?」

 「……っ。わかってんよ」

 ヘラヘラキャラのくせに、急に真面目お説教モードになった一輝に、つい言葉を詰まらせてしまう。

 「ナイフも銃も、ミサイルですら撃退出来る、SSSのスサノオ。要人のボディーガードに、防衛省のアドバイザーに、血統種による警備システムの考案……警備部門では引く手数多あまただったろうに。それでも、警備部門の管理職ポストを断って、スカウト課の平社員になったのは、後継者になる為でしょ?」

 「ああ……」


 アスカセレスチャルグループは、血統種の派遣会社。

 マリンスポーツを営む会社の依頼を受けて、海の神ポセイドンの血統種を派遣し、波をコントロールしたり。
 大地の神ガイアの血統種が、気象庁や防衛省と協力して地震発生予測地に赴き、震災による被害を最低限におさえたり。

 血統種の能力を、国家と国民の為に有償で提供する。それが主たる業務。 

 俺がいる人事部スカウト課の仕事は、金のなる木になり得る優れた血統種を見つけ出し、雇用契約を結ぶ事。

 血統種の種類、特性、分布を熟知し、世の中の需要や時代の流れに沿った運用方法を見出していく。
 派遣会社の商品となる人材を一人でも多く獲得する事で、会社の主軸を支える。そんな部署。
 
 つまり、血統由来の能力を直接仕事に活かせる部署じゃない。
 せっかく苦労してSSSにまで上り詰めたのに、その手腕を発揮できない環境じゃ、宝の持ち腐れ。そう反対する声も多かったけど。

 飛鳥のトップに立つ為には、使われる側の血統種じゃダメなんだ。
 使う側の……人を動かして利益を上げるスキルを磨かないと。

 スカウト課の仕事は会社の業績に直結するから、経営者視点から物事を考える習慣が身に付く。
 だから、アスカグループの中枢にいる連中は、大半が元スカウト課の人間。
 
 俺もその路線に乗りたかった。
 唯が生きやすい世の中を、作る為に。
 

 「次はちゃんとする」

 「頑張れよ~? 偉くなって、亜種の唯ちゃんでも子供を産める世の中にするんでしょ~?」

 「ば!!!!」

 思いもよらぬ爆弾発言に、体温が急上昇する。

 「子供って! 違う違う! 別にそういう……っ! 俺は唯が自由に幸せを選べる世の中にしたいってだけで! 唯が望まないなら出産なんかしなくてもいいし! いやでも唯と俺がそうなって、俺が父親になってとか妄想しないわけじゃねえけど! とはいえ唯が俺をとかあり得ねぇし、手すらつないだ事もねえのに、子供とか……! 無理なのわかってるから!!」

 「ふふ……」

 叫ぶように言い切った後、前方から聞こえて来た、向井さんの笑い声。
 ふと目をやると、フロントミラーに映る自分の顔色が、着色料たっぷりのタコさんウインナーレベルだと気付く。

 「くく……いや誰も、父親が仁とか……そこまで言ってないけどさぁ~? くくっ、あは……っ!」

 そしてそんな俺に、隣のクソ幼馴染も、笑いを堪え切れない様子で。

 「も、か~わ~い~い~! ピュアが過ぎる~! いっそ、告白しちゃえばいいのに! そもそも、めちゃくちゃな理由つけてプロポーズしたのは、養子縁組して兄妹になっちゃったら、もう恋人同士にはなれないから……それを阻止する為だったんでしょ? なのにど~して関係を進展させようとしないのさ?」

 「あ……あの時は俺も若くてガキで……とりあえず兄妹関係阻止しなきゃって、暴走してたんだよ。でもよくよく考えてみりゃ、兄妹にならなくても唯が俺を好きになるとかあり得ねえし。それなのに告白なんかしたら"仁ちゃんの気持ちに応えなきゃ!"って……唯に新たなタスクを課すだけだろ。それはダメなんだよ」

 「お坊ちゃん方、そろそろ到着しますよ。いつも通り、会社から少し離れた所に駐車しますね」

 向井さんの声掛けと共に、緩やかに落ちて行く走行スピード。

 「は~い。ねえねえ、向井さんはど~思う? 唯ちゃん。仁の言う通り、仁を好きになるとかあり得ないと思う~?」

 一輝はストローをくわえたまま、前のめりになって。向井さんにまで意見を求めだした。

 「私は……どうして“あり得ない”と思われるのか、不思議です。仁坊ちゃんは本当に素敵な殿方でいらっしゃるのに」

 「向井さん……」

 優しい言葉と笑顔。癒される……。なんてじ~んとしていたのも束の間。

 「いや、相手は唯ちゃんだから! 素敵とか素敵じゃないとか関係ないのよ向井さん! 唯ちゃんは仁に恩を感じまくっちゃってんの! 十二単かっつーくらい、分厚~~~い恩を、重ね着しまくっちゃってんの! あれを完璧に脱がすのはもはや不可能! 唯が仁を、恩人じゃなくて一人の男として見るとか、不可能なのよ! あはは!」 

 心の生傷に貼ったばかりの絆創膏を、全力で剥がしにかかる幼馴染。
 ついでにまわりの体毛まで強制脱毛されて、地味に痛いヤツ。

 ホントにムカつく男だ。
 そんな事、お前に言われなくても、俺が一番よくわかってる。
 
 つーかお前だってわかってんだろ。
 俺がちゃんと自覚してる事。で、それを他人に指摘されると(しかも茶化すように言われると)、イラっとするって事くらい。
 いくら旧知の中とはいえ、無遠慮と無礼との境界線がバカになってんだよなあ、こいつは。

 「ありがとうございました」

 会社から300メートル位離れた路地裏で車を降り、向井さんにお礼を言う。
 すると、後部座席のドアを閉める為に俺の傍らに立っていた向井さんは、にっこりと笑って。

 「仁坊ちゃん。十二単だろうが、シミーズだろうが……殿方に脱がしてもらうばかりではなく、女性が自ら脱ぐ事もあるのです。坊ちゃんが唯様を想い続けていらっしゃれば……いつかは唯様がご自身で、恩というお召し物を放り捨てる日が来るかもしれませんよ」

 「向井さん……」

 唯が、たっぷり着込んだ恩を脱いで、俺を一人の男として見てくれる日。
 来るわけないとわかっていても、優しい向井さんの言葉に、微かな希望の光が心を照らす。

 「……ありがとうございます。行って来ます」

 『しみーず』って何ですか……。

 なんだか良い気分だったので、その疑問は飲み込んで……俺は会社へと向かうのだった。
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