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3章 「正義と信じた戦い」
145話 「幻覚」
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「な、なにを言っているんだい。ファルベ君……」
「お前は本物のシャルじゃない。絶対に」
ファルベはそう言って、偽物のシャルの身体を突き飛ばす。
「なんで急に疑いだしたんだい? 私のキスまで受け入れたというのに」
「そりゃお前がおかしすぎたからだよ。ここに来てから頭がふわふわしててちょっと頭悪くなってたけど、冷静になりゃお前のおかしいところなんてすぐ分かるっての」
腰にかかった長剣を引き抜き、シャルの皮をかぶった「それ」に向かって突きつける。まだ混乱しているようで、目を白黒させている。
「なあ、お前の一番おかしいところがどこか、まだ気づいてねえのか?」
「分からないな。私は本物だし、ずっとそう言ってるんだから。ファルベ君は一体なにを疑っているんだい?」
この偽物はまだ引き下がらない。猿真似にもなっていない演技でこちらをだませると思っているのか。……それだけに、さっきまで勢いに流されていたのが悔やまれるが。
「本物はな、俺にシャルって呼ぶことを求めてくるんだよ。何度も何度も。絶対に呼ばねえってのにしつこくな」
「なんだ、そんなことか。それはファルベ君が私をもうシャルと呼んでくれているから求める必要がなくなっただけなんだ。それだけで偽物を疑われるなんて……私は悲しいよ」
「何度も求めてたっつったろ。そんだけ求めてた略称を俺がようやく使ってるっていうのに、シャルが反応しないわけないだろ。俺をからかうために問いただしてくんだよ。鬱陶しいぐらいに」
「……」
シャルだったら、絶対にファルベの呼び方の変化に気づく。シャルがどうしてそこまで略称で呼ぶことを求めていたのかは分からないがそれだけは確実に言える。
「あと、シャルは俺を異性として見てねえよ。そんだけ好きだったら二年も一緒にいてなんでこんなタイミングで言ってくんだよ。それに、俺がやることが残ってるって言ってんのに無理に引き留めようとはしないし、そもそもシャルはもういないんだよ! お前の言動は全て偽物の嘘っぱちだ!」
考えれば考えるほど嘘にまみれている。そんな奴と一緒にいるほどファルベは暇人じゃない。
「いつまでもシャルみたいな顔で、声で、俺を惑わそうとすんじゃねえ! さっさと消えろ!」
偽物に長剣を振りぬく。首を狙って振った刃は正確に首元を捉える。
そして、断ち切った瞬間、シャルの姿が消える。この花畑に来る前にアクトを斬った時と同じ現象だ。
それを認識した直後、綺麗な花畑の風景が崩れ去っていき、次第に岩だらけの元の山脈の姿になっていく。
「――って、危ねえ!」
元の世界に戻ってきたと思ったら目の前に斧が迫ってきていた。全く状況が理解できないが、とにかく命の危険があることだけは分かった。反射的に身体をのけぞらせて回避する。
「もう私の『幻覚』から抜けてきたの!? 早すぎる!」
斧を振った女が驚愕の声を上げる。彼女の言葉から察するに、どうやらさっきまでの花畑や偽物のシャルは幻覚だったようだ。
本当にシャルの偽物が現れたのではなく、幻を見せられていただけという事実が発覚して少し安心する。死者のレプリカなんてつくれたらあまりにも悪趣味すぎる。
「お前が元凶か!」
斧を両手で担いでいる女に長剣を振りぬく。幻覚を見せている間に斧で首を刈り取りに来るなんて凶悪な戦術を二度と許してはいけない。
殺意が増したファルベの刃は、女の首に向けて鋭い斬撃を放つ。鈍色の閃光が暗闇を裂きながら向かうも、それは斧の腹部分で受け止められる。
「防御してこの威力って……どうなってんの!? 私聞いていないわよ!」
「ちっ、仕留めそこなったか」
思えば、シエロが言っていた。幹部は四人残っていると。ファルベとシエロが相対した二人と、マルスとニルスが出会った一人。つまりファルベたちが出会ったのは三人だけで、一人残っていたのだ。
その残りが斧を持っている女なのだろう。その能力としては幻覚というよりは都合のいい夢を見せるようなものだった。ファルベたちを最初に分断したアクトの「霧」しかりこの女の幻覚しかり、初見で攻略できない類の絡め手を使ってくる奴らが多いものだ。
「ちょっと、待って待って!」
「待つわけねえだろ」
慌てて斧を両手で担いだ斧を振る女だが、そんな大ぶりの攻撃に当たるわけにはいかない。
彼女は幻覚の中に囚われている人間を刈るだけで、実際の戦いには慣れていないのかもしれない。動作には隙だらけで、戦略には穴だらけだ。
斧を寸前で避け、無駄のない動きで接近する。そして、素早く両腕の腱を断ち切る。
殺すつもりで斬りかかったが、命を取る前にファルベの視界に「その姿」が見えた。
ロービを被った老人。間違いなく、シャルを殺した親玉だった。女に構っている暇はない。
腕に力が入らず斧を落とした女を雑に蹴り飛ばし、ボスの見えた方向に走る。すると、ファルベの後方で濃霧が発生する。
「オレの役割……ボスに立ち向かうなら、一人でだ……せいぜい生き残れるように頑張れよ……」
アクトが出血の止まらない身体で無理やりスキルを発動させたようだ。ファルベは霧の外側にいるものの、シエロは完全に霧に飲まれてしまっている。
戦力分断。その役割を最後の最後まで果たすつもりなのだろう。
霧は今までで一番濃い。これまでですら五感が弱まったというのに、アレに呑み込まれるとどうなるのか、想像もできない。
加勢が期待できない状況だったが、それでもファルベは、ボスの元に向かっていった。
「お前は本物のシャルじゃない。絶対に」
ファルベはそう言って、偽物のシャルの身体を突き飛ばす。
「なんで急に疑いだしたんだい? 私のキスまで受け入れたというのに」
「そりゃお前がおかしすぎたからだよ。ここに来てから頭がふわふわしててちょっと頭悪くなってたけど、冷静になりゃお前のおかしいところなんてすぐ分かるっての」
腰にかかった長剣を引き抜き、シャルの皮をかぶった「それ」に向かって突きつける。まだ混乱しているようで、目を白黒させている。
「なあ、お前の一番おかしいところがどこか、まだ気づいてねえのか?」
「分からないな。私は本物だし、ずっとそう言ってるんだから。ファルベ君は一体なにを疑っているんだい?」
この偽物はまだ引き下がらない。猿真似にもなっていない演技でこちらをだませると思っているのか。……それだけに、さっきまで勢いに流されていたのが悔やまれるが。
「本物はな、俺にシャルって呼ぶことを求めてくるんだよ。何度も何度も。絶対に呼ばねえってのにしつこくな」
「なんだ、そんなことか。それはファルベ君が私をもうシャルと呼んでくれているから求める必要がなくなっただけなんだ。それだけで偽物を疑われるなんて……私は悲しいよ」
「何度も求めてたっつったろ。そんだけ求めてた略称を俺がようやく使ってるっていうのに、シャルが反応しないわけないだろ。俺をからかうために問いただしてくんだよ。鬱陶しいぐらいに」
「……」
シャルだったら、絶対にファルベの呼び方の変化に気づく。シャルがどうしてそこまで略称で呼ぶことを求めていたのかは分からないがそれだけは確実に言える。
「あと、シャルは俺を異性として見てねえよ。そんだけ好きだったら二年も一緒にいてなんでこんなタイミングで言ってくんだよ。それに、俺がやることが残ってるって言ってんのに無理に引き留めようとはしないし、そもそもシャルはもういないんだよ! お前の言動は全て偽物の嘘っぱちだ!」
考えれば考えるほど嘘にまみれている。そんな奴と一緒にいるほどファルベは暇人じゃない。
「いつまでもシャルみたいな顔で、声で、俺を惑わそうとすんじゃねえ! さっさと消えろ!」
偽物に長剣を振りぬく。首を狙って振った刃は正確に首元を捉える。
そして、断ち切った瞬間、シャルの姿が消える。この花畑に来る前にアクトを斬った時と同じ現象だ。
それを認識した直後、綺麗な花畑の風景が崩れ去っていき、次第に岩だらけの元の山脈の姿になっていく。
「――って、危ねえ!」
元の世界に戻ってきたと思ったら目の前に斧が迫ってきていた。全く状況が理解できないが、とにかく命の危険があることだけは分かった。反射的に身体をのけぞらせて回避する。
「もう私の『幻覚』から抜けてきたの!? 早すぎる!」
斧を振った女が驚愕の声を上げる。彼女の言葉から察するに、どうやらさっきまでの花畑や偽物のシャルは幻覚だったようだ。
本当にシャルの偽物が現れたのではなく、幻を見せられていただけという事実が発覚して少し安心する。死者のレプリカなんてつくれたらあまりにも悪趣味すぎる。
「お前が元凶か!」
斧を両手で担いでいる女に長剣を振りぬく。幻覚を見せている間に斧で首を刈り取りに来るなんて凶悪な戦術を二度と許してはいけない。
殺意が増したファルベの刃は、女の首に向けて鋭い斬撃を放つ。鈍色の閃光が暗闇を裂きながら向かうも、それは斧の腹部分で受け止められる。
「防御してこの威力って……どうなってんの!? 私聞いていないわよ!」
「ちっ、仕留めそこなったか」
思えば、シエロが言っていた。幹部は四人残っていると。ファルベとシエロが相対した二人と、マルスとニルスが出会った一人。つまりファルベたちが出会ったのは三人だけで、一人残っていたのだ。
その残りが斧を持っている女なのだろう。その能力としては幻覚というよりは都合のいい夢を見せるようなものだった。ファルベたちを最初に分断したアクトの「霧」しかりこの女の幻覚しかり、初見で攻略できない類の絡め手を使ってくる奴らが多いものだ。
「ちょっと、待って待って!」
「待つわけねえだろ」
慌てて斧を両手で担いだ斧を振る女だが、そんな大ぶりの攻撃に当たるわけにはいかない。
彼女は幻覚の中に囚われている人間を刈るだけで、実際の戦いには慣れていないのかもしれない。動作には隙だらけで、戦略には穴だらけだ。
斧を寸前で避け、無駄のない動きで接近する。そして、素早く両腕の腱を断ち切る。
殺すつもりで斬りかかったが、命を取る前にファルベの視界に「その姿」が見えた。
ロービを被った老人。間違いなく、シャルを殺した親玉だった。女に構っている暇はない。
腕に力が入らず斧を落とした女を雑に蹴り飛ばし、ボスの見えた方向に走る。すると、ファルベの後方で濃霧が発生する。
「オレの役割……ボスに立ち向かうなら、一人でだ……せいぜい生き残れるように頑張れよ……」
アクトが出血の止まらない身体で無理やりスキルを発動させたようだ。ファルベは霧の外側にいるものの、シエロは完全に霧に飲まれてしまっている。
戦力分断。その役割を最後の最後まで果たすつもりなのだろう。
霧は今までで一番濃い。これまでですら五感が弱まったというのに、アレに呑み込まれるとどうなるのか、想像もできない。
加勢が期待できない状況だったが、それでもファルベは、ボスの元に向かっていった。
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