上 下
131 / 170
3章 「正義と信じた戦い」

130話 「異変」

しおりを挟む
「お前ほど魔物に関しての知識があるやつなんて他にいないんだから、前線に出てくるべきじゃない」

 ざわつく停留所内で、ファルベはラルフに詰め寄る。

「万が一、お前を失った場合代わりがいない。俺や他の冒険者はまだしもな」

 ラルフは魔物研究家の中でも最高峰だ。未発見の事実も知らない知識もどこからともなく仕入れてくるし、直接会ったことはないはずなのに生態を理解している。だからこそ、どこの国もラルフを欲しがっているのだ。

 ファルベのように対人に特化した人間も、シャルロットのように情報取得が得意な人間も代用が効く。だが、知識に関してはラルフしか知らない情報があまりに多すぎて、代理を立てることなど不可能だ。

「自慢したいわけではないけど、僕だって僕自身の知識量は並々ならぬものだと思っている。けど、それでも今回ばかりは行きたいんだ」

「なにがそんなにお前を駆り立てるんだよ……」

「うーん? なんだろうね。はは、まあ気にしなくてもいいさ」

 煮え切らないラルフにファルベは怪訝な表情を浮かべる。

「そんなことよりファルベ君。さっきはまるで君は代用が効くとでも言いたげだったけどね。そんなことはないからね! 君以外に適した人間なんてこの世界に他にいないんだ!」

 段々と熱が入っていくラルフの言葉に圧倒されてしまう。突然語気が強くなっていくことに困惑しつつ、ファルベは口を開く。

「どうしたんだよ、急に。ってか、適してるってなににだよ」

「………………そりゃあもちろん冒険者狩りに、だよ。」

「ああ、そういうことか」

 確かに、冒険者狩りとして治安維持に努めるのも一朝一夕では難しい。次代を育てるのにも、その才能を探すのも時間がかかるはずだ。
 だからラルフがファルベを失うことを気にかけるのも分かる気がする。……それにしても熱が入りすぎだとは思うが。

「お前が来るのは百歩譲っていいとして……良くはねえけど、俺が守れば大丈夫だろ。けど、マルスとニルスは参加させるべきじゃない。危険すぎる」

「さっきも言ったけど、それはファルベ君が彼らを見くびりすぎだって。僕が与えた仕事もこなしてくれたし、十分実力はあると思うよ」

「実力がどうこうじゃなくて、子供を危険に晒していいのかってことだよ」

「それを言ったらファルベ君もそうだろう?」

「俺は経験があるから……!」

「実力とか関係ないなら、ファルベ君もただの子供だ」

 自分で言ったんだろう? とでも言いたげにこちらに視線を送るラルフ。

「それに、志願してきたのはマルス君とニルスちゃんの二人の方からだよ。実力と実績を鑑みて許可を下したのは僕だけど」

「大丈夫ですよ、お兄様。私たちを信用してくださいまし」

 気づかないうちにファルベのすぐそばまでやってきていたニルスが声をかけてくる。

「そーだよ! 兄ちゃんは心配性すぎる! 俺たちだってすっごく強くなったんだぞ!」

「そうかもしれねえけどさ……」

 キラキラした目で言われると否定するのも気が引ける。とはいえ、引き下がるわけにもいかない。

「あと、彼らに参加してもらう理由はもう一つあって……」

 引き止める言葉をかけようとした瞬間、ラルフが言いづらそうに頬を掻く。

「もう一つ?」

「うん。これは今回の作戦が終わってから伝えるつもりだったんだけど、別の作戦が同時進行しててね。ベテラン冒険者や大人はそっちにほとんど戦力を割いてるんだ」

「なんだそれ、初耳だぞ」

「初めて言ったからね」

 そういうことじゃないと言いたかったが、感情に任せて突っかかるのは得策じゃない。

「だから今回の作戦にはマルスとニルスも動員しなきゃなのか」

「そうだね。ファルベ君にはこの作戦が終われば別の方に合流してもらう予定だけど、流石にマルス君とニルスちゃんは無理かもしれないね」

「いけるって! なにすんのか知らないけど!」

「マルスはともかく、私は任せてください」

「なんだって!」

 二人の喧嘩はいつものこととして、もっと重要なのはラルフの言う「別の作戦」だ。

 ファルベも参加するなら少しでも情報を得たいところだが。

「そのもう一つってのは……」

「それは目の前の問題を片付けてからだね。じゃあみんな、馬車に乗って行って欲しいな!」

 ファルベたちが話している間に、ざわめいていた集団は静かになっていた。というより、冒険者たちの困惑より大きな声で揉めるファルベたちの方が気になってそれどころじゃなくなったのだろう。

 ラルフの合図とともに馬車に乗る冒険者たち。一つの馬車に三人ずつ。恐らく事前に決めていただろう順番に乗っていく。

「じゃあ僕はマルス君とニルスちゃんを連れて馬車に乗るから。ファルベ君は――」

「私たちが一緒に乗ろう」

 横から割り込むように話に入ってきたのはシャルロットだ。その隣にはシエロも立っている。

「お前たちと一緒か。戦力的には頼りになるけど」

 むしろ、戦力が偏りすぎな気がする。ラルフの乗る馬車にシャルロットかシエロのどちらかを乗車させた方がいいのではないかと思うが、ラルフたちは既に馬車に乗ってしまっている。

「まあ、大丈夫か」

 マルスにも言われていた通り、心配性すぎるのかもしれない。

 そう自分を納得させてファルベたちも馬車に乗り込む。





 ゴロゴロと音を立てて回る車輪。その音を聞きながら、ファルベはラルフの言っていた別の作戦について考える。

 この国には他にも問題があるのか。そんな話は聞いたことがない。
 けれど、犯罪者組織討伐より戦力を割いているということはよほど重大な問題なのだろう。

 思えば、集められた冒険者が低級らしき人間ばかりだったのも、中級以上の冒険者を別の作戦に招集していたと考えると辻褄が合う。

「だけど、それは一体……」

「何か気になることでもあるのかい? ファルベ君」

 悩むファルベの顔を覗き込むシャルロット。

「ラルフのやつが、他にも同時進行してる作戦があるって言っててな。それについて考えてた」

「他……聞いたことないな。シエロはどうだい?」

「ボクもないね~っていうか、それ機密情報とかじゃないの? ボクらに言っちゃって良かったの?」

「まあお前らも参加するだろうし大丈夫だろ」

 別の作戦は恐らく少しでも多くの人員が必要なはずだ。なら、シャルロットやシエロも戦力に入れたがるに決まっている。
 そう考えると、伝えるのが早いから遅いかだけの話だ。

「でも、そんな先のことばかり考えるのも良くないと思うよ。目の前の問題を片付けてからじゃないとね」

「それ、ラルフにも言われた」

「うわ……」

 思わず漏れたシャルロットの嫌そうな呟きに笑いが溢れる。

 そこで集中力が切れたのか、脳から排除していた周囲の音が耳に入ってくる。と、

「――待て」

「どうしたんだい?」

 ファルベは何かの違和感に気づく。

「音が、少ない」

「音?」

 シャルロットもシエロも、ファルベの言葉を反芻する。そこで気づいたのか、馬車に付いている小窓を開けて顔を出す。すると、

「俺たちの隣で走ってた馬車――どこ行った?」

 馬車が一台。音もなく消えていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした

桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。

異世界の約束:追放者の再興〜外れギフト【光】を授り侯爵家を追い出されたけど本当はチート持ちなので幸せに生きて見返してやります!〜

KeyBow
ファンタジー
 主人公の井野口 孝志は交通事故により死亡し、異世界へ転生した。  そこは剣と魔法の王道的なファンタジー世界。  転生した先は侯爵家の子息。  妾の子として家督相続とは無縁のはずだったが、兄の全てが事故により死亡し嫡男に。  女神により魔王討伐を受ける者は記憶を持ったまま転生させる事が出来ると言われ、主人公はゲームで遊んだ世界に転生した。  ゲームと言ってもその世界を模したゲームで、手を打たなければこうなる【if】の世界だった。  理不尽な死を迎えるモブ以下のヒロインを救いたく、転生した先で14歳の時にギフトを得られる信託の儀の後に追放されるが、その時に備えストーリーを変えてしまう。  メイヤと言うゲームでは犯され、絶望から自殺した少女をそのルートから外す事を幼少期より決めていた。  しかしそう簡単な話ではない。  女神の意図とは違う生き様と、ゲームで救えなかった少女を救う。  2人で逃げて何処かで畑でも耕しながら生きようとしていたが、計画が狂い何故か闘技場でハッスルする未来が待ち受けているとは物語がスタートした時はまだ知らない・・・  多くの者と出会い、誤解されたり頼られたり、理不尽な目に遭ったりと、平穏な生活を求める主人公の思いとは裏腹に波乱万丈な未来が待ち受けている。  しかし、主人公補正からかメインストリートから逃げられない予感。  信託の儀の後に侯爵家から追放されるところから物語はスタートする。  いつしか追放した侯爵家にザマアをし、経済的にも見返し謝罪させる事を当面の目標とする事へと、物語の早々に変化していく。  孤児達と出会い自活と脱却を手伝ったりお人好しだ。  また、貴族ではあるが、多くの貴族が好んでするが自分は奴隷を性的に抱かないとのポリシーが行動に規制を掛ける。  果たして幸せを掴む事が出来るのか?魔王討伐から逃げられるのか?・・・

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~

雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。

「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~

平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。 三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。 そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。 アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。 襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。 果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

処理中です...