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3章 「正義と信じた戦い」
122話 「孤児院で出会う二人」
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迷路のように入り組んだ細道を歩くことおよそ10分。ファルベ達は目的の場所に到着していた。
「ここだ」
壁や扉がボロボロな家屋が幾つも並ぶ中、一つの場所を指差す。
強風が吹けば吹き飛んでしまいようなそこが、「孤児院」である。
「えっと……城下町の中にもこういう場所があったんですね……」
驚きを隠せないルナ。いつも綺麗な街並みを見せる城下町の印象が強く、スラムのように荒廃とした場所があるなんて考えたこともなかったのだろう。
「まあ、色々訳ありでまともな生活が送れない人もいるしな。別に、珍しいもんでもないさ」
「……確か、カリアナ王国にもそういうとこあったわね」
メルトが思い出したかのように呟く。どこの国でも貧富の差はある。メルトの生まれ育ったカリアナ王国も例外じゃない。
そも、ファルベもカリアナ王国の孤児院で育ったのだ。
「あんまり外にいると狙われるかもしれないし、さっさと入っちまおう」
「狙われるって……誰に?」
心当たりがないのか、メルトは小首を傾げる。
「そこ」
「……ッ!」
ファルベは振り返らないままに親指で背後を示す。すると、誰かが思わず息を呑んだ音が聞こえて来る。
「子供……?」
ファルベの背後に迫った誰かの正体に驚きの声をあげるメルト。
その声と同時にファルベも振り返り、
「大丈夫。お前を捕まえて衛兵に突き出そうなんて考えてないよ」
後ろの少年の頭を撫でる。この世の終わりでも目にしたかのような少年の表情は、ファルベの声と共に少し解れる。
そして、ファルベは懐にしまった、貨幣を詰めた袋を取り出すと少年に手渡す。
「え、あの……」
「目的はこれだろ?」
少年は理解が追いついていないようで、目を白黒させている。
この少年はスリを働こうとしていた。満ち足りた生活ができない人間は、他人から幸福を掠め取ることもやむを得ない。
当然、奪われる側も抵抗する権利があるはずなのだが、ファルベはそうしなかった。
「金をたくさん持ってるわけじゃないけど、これで助けになるならいくらでも持っていっていい。それで、いつかまともな生活を送れるようにな」
孤児院にいた時のファルベも、同じような境遇だったのだから、見捨てるなんてできるはずもない。
少年は戸惑いを隠せない様子であたふたしていると、
「こら、テオ。どこに行ったの!」
孤児院の中から一人の女性が現れた。少年はその声にビクリと身体を震わせると、女性の元に駆け寄る。
「テオ、その小袋はどこから……って、ファルベさん!?」
女性はテオという名の少年を叱りつけようとした瞬間、目の前にいる存在に気づき目を見開く。
若い女性だった。年齢はメルトより年上でお姉さんというに相応しい容姿をしている。
長く伸びた紫色の髪を後ろで括っている。服装は質素だが、彼女の気品ある立ち姿によって、それほど気になるものでもない。
「久しぶり、シオリさん。その小袋は俺が渡したやつだから、怒らないでやってくれ」
「そうなんですね。それならまあ……でも、盗みとかはしちゃダメだからね!」
前半はファルベに、後半はテオに向けて話すシオリ。テオは盗みをしようとしていたが、事前にファルベが止めたのでセーフだろう。
「ところで、ファルベさんはどのような用件でここに?」
「いつものやつだよ」
その言葉だけでシオリには意味が伝わったようだった。「ありがとうございます」とお辞儀をして、ファルベ達を孤児院の中に案内する。
「ほら、行くぞ」
「はい!」
待機していたルナとメルトに声をかけて、シオリの後をついていく。
*
内装もやはりボロボロで、お世辞にも良い建物だとは言えなかった。
どこか懐かしさを感じるそこでは、十人ほどの子供がはしゃいでいた。だが、ほとんどがテオより幼い子ばかりだった。
テオが自分から金銭を収集しようとしていたのは、年長者ゆえの責任感からだったのかもしれない
そんなことを考えつつ、ファルベは懐からもう一つの袋を取り出す。
先程テオに渡したものより一回り大きいそれの中身は言わずもがな大量の貨幣だ。
「本当に、ありがとうございます。いつも助かってます」
「いいよ。俺がそうしたいだけだから」
身寄りのない子供が豊かに暮らせるように手を貸したい、それだけだ。
「そして、こちらの方は?」
「私はメルトと言います。こちらはルナちゃんです」
「よろしくお願いします!」
元気に挨拶をするルナ。シオリはそれを微笑ましく眺めて、
「こちらこそ。ああ、そうだ。今ちょうどマルス君とニルスちゃんが来てくれているので、呼んできますね。彼らもファルベさんに会いたがっていると思いますし……新しいお友達もできるのは嬉しいでしょうし」
そう言って奥の扉の中に消える。だが、シオリの楽しそうな表情と裏腹にファルベはフードの奥で表情を固くする。
「それは……どうだろうな」
「どうしたんですか、ししょー?」
ファルベの心情の変化を敏感に感じ取ったルナがファルベの顔を覗き込む。
「いや、多分大丈夫……だと思う」
「?」
返事になってない返事を返して、ファルベはシオリの帰りを待つ。
少しして、帰ってきたシオリは二人の少年少女を引き連れてきた。
栗色の髪をお揃いにした二人の子供達は、紫紺の瞳を爛々と輝かせてこちらに向かってくる。
孤児院にいる他の子供より上等な服装をしている二人は、我先にとファルベの元に駆け寄ると、
「兄ちゃん、久しぶりだな!」
「ファルベお兄様。お久しぶりでございます」
「……そうだな」
再会の喜びを分かち合う。だが、その喜びも束の間。マルスとニルスの二人はファルベの隣に立つルナの姿を捉えると、表情を一変させて、
「出たな鼻つまみ者! よくも堂々と姿を表せたもんだ!」
「私たちの邪魔をする不届き者。お兄様の傍から離れなさい」
露骨に不快感を表す。
「鼻つまみ者って……マルスはどこでそんな言葉を覚えたんだよ……」
的確にルナに刺さる言葉を選んだマルスにツッコミを入れる。恐らくは無意識なのだろうが、無視できるものではなかった。
その言葉を浴びせられた当人は状況の把握ができず、目を白黒させて、
「――それより、なんでルナは初対面でこんなに嫌われてるんですか!?」
もっともな疑問を口にした。
「ここだ」
壁や扉がボロボロな家屋が幾つも並ぶ中、一つの場所を指差す。
強風が吹けば吹き飛んでしまいようなそこが、「孤児院」である。
「えっと……城下町の中にもこういう場所があったんですね……」
驚きを隠せないルナ。いつも綺麗な街並みを見せる城下町の印象が強く、スラムのように荒廃とした場所があるなんて考えたこともなかったのだろう。
「まあ、色々訳ありでまともな生活が送れない人もいるしな。別に、珍しいもんでもないさ」
「……確か、カリアナ王国にもそういうとこあったわね」
メルトが思い出したかのように呟く。どこの国でも貧富の差はある。メルトの生まれ育ったカリアナ王国も例外じゃない。
そも、ファルベもカリアナ王国の孤児院で育ったのだ。
「あんまり外にいると狙われるかもしれないし、さっさと入っちまおう」
「狙われるって……誰に?」
心当たりがないのか、メルトは小首を傾げる。
「そこ」
「……ッ!」
ファルベは振り返らないままに親指で背後を示す。すると、誰かが思わず息を呑んだ音が聞こえて来る。
「子供……?」
ファルベの背後に迫った誰かの正体に驚きの声をあげるメルト。
その声と同時にファルベも振り返り、
「大丈夫。お前を捕まえて衛兵に突き出そうなんて考えてないよ」
後ろの少年の頭を撫でる。この世の終わりでも目にしたかのような少年の表情は、ファルベの声と共に少し解れる。
そして、ファルベは懐にしまった、貨幣を詰めた袋を取り出すと少年に手渡す。
「え、あの……」
「目的はこれだろ?」
少年は理解が追いついていないようで、目を白黒させている。
この少年はスリを働こうとしていた。満ち足りた生活ができない人間は、他人から幸福を掠め取ることもやむを得ない。
当然、奪われる側も抵抗する権利があるはずなのだが、ファルベはそうしなかった。
「金をたくさん持ってるわけじゃないけど、これで助けになるならいくらでも持っていっていい。それで、いつかまともな生活を送れるようにな」
孤児院にいた時のファルベも、同じような境遇だったのだから、見捨てるなんてできるはずもない。
少年は戸惑いを隠せない様子であたふたしていると、
「こら、テオ。どこに行ったの!」
孤児院の中から一人の女性が現れた。少年はその声にビクリと身体を震わせると、女性の元に駆け寄る。
「テオ、その小袋はどこから……って、ファルベさん!?」
女性はテオという名の少年を叱りつけようとした瞬間、目の前にいる存在に気づき目を見開く。
若い女性だった。年齢はメルトより年上でお姉さんというに相応しい容姿をしている。
長く伸びた紫色の髪を後ろで括っている。服装は質素だが、彼女の気品ある立ち姿によって、それほど気になるものでもない。
「久しぶり、シオリさん。その小袋は俺が渡したやつだから、怒らないでやってくれ」
「そうなんですね。それならまあ……でも、盗みとかはしちゃダメだからね!」
前半はファルベに、後半はテオに向けて話すシオリ。テオは盗みをしようとしていたが、事前にファルベが止めたのでセーフだろう。
「ところで、ファルベさんはどのような用件でここに?」
「いつものやつだよ」
その言葉だけでシオリには意味が伝わったようだった。「ありがとうございます」とお辞儀をして、ファルベ達を孤児院の中に案内する。
「ほら、行くぞ」
「はい!」
待機していたルナとメルトに声をかけて、シオリの後をついていく。
*
内装もやはりボロボロで、お世辞にも良い建物だとは言えなかった。
どこか懐かしさを感じるそこでは、十人ほどの子供がはしゃいでいた。だが、ほとんどがテオより幼い子ばかりだった。
テオが自分から金銭を収集しようとしていたのは、年長者ゆえの責任感からだったのかもしれない
そんなことを考えつつ、ファルベは懐からもう一つの袋を取り出す。
先程テオに渡したものより一回り大きいそれの中身は言わずもがな大量の貨幣だ。
「本当に、ありがとうございます。いつも助かってます」
「いいよ。俺がそうしたいだけだから」
身寄りのない子供が豊かに暮らせるように手を貸したい、それだけだ。
「そして、こちらの方は?」
「私はメルトと言います。こちらはルナちゃんです」
「よろしくお願いします!」
元気に挨拶をするルナ。シオリはそれを微笑ましく眺めて、
「こちらこそ。ああ、そうだ。今ちょうどマルス君とニルスちゃんが来てくれているので、呼んできますね。彼らもファルベさんに会いたがっていると思いますし……新しいお友達もできるのは嬉しいでしょうし」
そう言って奥の扉の中に消える。だが、シオリの楽しそうな表情と裏腹にファルベはフードの奥で表情を固くする。
「それは……どうだろうな」
「どうしたんですか、ししょー?」
ファルベの心情の変化を敏感に感じ取ったルナがファルベの顔を覗き込む。
「いや、多分大丈夫……だと思う」
「?」
返事になってない返事を返して、ファルベはシオリの帰りを待つ。
少しして、帰ってきたシオリは二人の少年少女を引き連れてきた。
栗色の髪をお揃いにした二人の子供達は、紫紺の瞳を爛々と輝かせてこちらに向かってくる。
孤児院にいる他の子供より上等な服装をしている二人は、我先にとファルベの元に駆け寄ると、
「兄ちゃん、久しぶりだな!」
「ファルベお兄様。お久しぶりでございます」
「……そうだな」
再会の喜びを分かち合う。だが、その喜びも束の間。マルスとニルスの二人はファルベの隣に立つルナの姿を捉えると、表情を一変させて、
「出たな鼻つまみ者! よくも堂々と姿を表せたもんだ!」
「私たちの邪魔をする不届き者。お兄様の傍から離れなさい」
露骨に不快感を表す。
「鼻つまみ者って……マルスはどこでそんな言葉を覚えたんだよ……」
的確にルナに刺さる言葉を選んだマルスにツッコミを入れる。恐らくは無意識なのだろうが、無視できるものではなかった。
その言葉を浴びせられた当人は状況の把握ができず、目を白黒させて、
「――それより、なんでルナは初対面でこんなに嫌われてるんですか!?」
もっともな疑問を口にした。
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