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3章 「正義と信じた戦い」

116話 「何度目かの」

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「特定できる……って、それは本当か!?」

「かもしれないって話だけどね。私一人が集めた情報だけでは絶対と言い切るのは難しい」

「そうか……」

「そんな残念そうな表情をしないで欲しいな。最大限できることをやった結果なのだから」

 シャルロットに指摘されて自分の失態に気づく。フードで顔を隠しているのに表情が分かるほど言動に感情が現れていたらしい。

「悪い。焦りがでちまった」

「気持ちは分かるから気にしてないよ。ともかく、私が同行を決めたのにはそういう理由もあるっていうことさ」

 そう言って話を打ち切ると、

「うん、色々と話してるうちに緊張も解けてきたよ。じゃあ、現場に行こうか」

 そろそろ約束の時間だろう? とでも言わんばかりに先頭に立って歩き始める。

「ああ、そうだな」





 目的の洞穴が目に入る位置で、ファルベとルナ、シャルロットの三人は向かい合う。
 周囲には背の高い木々が生い茂り、視界は悪い。監視するには適さなさそうだが、隠れる場所にも困らなさそうでもある。

 木々の隙間から差し込まれる太陽の光は強く、予定している時間にはまだ余裕がある。

「じゃあ、俺が洞穴の前まで行くから、敵がそれに注目してる間にシャルロットが監視役を見つけて捕まえてくれ」

「分かったよ。捕まえたり、監視がいなかった場合はファルベ君に連絡するよ」

「ルナは……どうしましょうか?」

「お前はシャルロットに付いていてくれ。シャルロットだけで対処できない可能性もあるから」

「分かりました!」

 シャルロットのスキルは強力であれど万能ではないため、ルナがサポートしてくれた方が心強い。

 最後の意思統一ができたことで、行動を開始する。まずはシャルロットがルナを引き連れて雑木林を進んでいく。監視として適切な位置に敵が隠れているかを確認するためだ。

 少し経って、ファルベは洞穴の前に姿を表す。洞穴の周辺だけは木が少なく開けた場所だった。

 本当に監視の人間がいるのか。いるとして、中で人質を取っている連中と連絡は取っていないのか。不安要素がファルベの心を蝕む。

「守るべきものを持って弱くなった、なんて思いたくないけどな」

 かつては不安要素が多くても動揺は出なかった。だけど、それを強さだとは思わない。だから今の自分の状態を悪く思ったりすることもない。
 不安があるからこそ状況をよく確認できるし、理解できる。

「……きっと大丈夫だ」

 穴はない。自分の作戦に自信を持っていい筈だ。そう言い聞かせて待機していると、

『とりあえず、周囲に不審な人物は見当たらないよ。監視はいないと考えて良さそうだ』

 通信機から、シャルロットの声が聞こえてくる。

「了解。なら、洞穴の入り口まで来てくれ」

『そう言うと思って』

 そこでプツリと通信機が切れる。直後、

「既に向かってたところだ」

 木の影からシャルロットが表れる。

「それにしても、不用心なもんだな。見張りぐらいはつけてるもんだとばかり思ってたんだが」

「彼らにはそこまで能が無いのかもしれない……それとも……」

「なんだよ。気になってることでもあるのか?」

 思案している様子のシャルロットが気になって、問いかける。

「さっき、森の中に一つ死体を見つけたんです。もしかしたら、それが見張り役だったのかもしれません」

「死体? なんだよ、それ」

 こんな洞穴の近くに一般人が通るはずがない。なら、犯罪集団の一人である可能性が高い。

「仲間割れが起きたのか……?」

「その可能性もあるね。なにせ彼らは元々犯罪者なんだ。犯罪者同士で協力関係が出来るとは思えない」

「それに、前もししょーが言ってたじゃないですか。犯罪者は自分の能力に自信過剰な部分があるから、個人で動くことが多いって」

 確かに、これまでファルベが冒険者狩りとして様々な犯罪者を捕らえることができたのも単独行動しがちという特性があったからだ。
 それを考えるとこの結果はそれほどおかしくないのかもしれない。

「なんらかの理由で仲間割れが起きて片方が殺された……ならチャンスかもしれないな。少なくとも外からは妨害されないわけだし」

 大きな障害が一つ減ったのは僥倖だ。メルトを助けられる可能性が増えるならこの際どんな幸運も利用してやる。

「まず俺が中に入って囮になる。話を長引かせて時間を稼ぐから、準備ができたらシャルロットが時を止めて、犯人の死角に潜り込んでくれ」

「懐にさえ入ればシャルさんが犯人を取り押さえるなりルナが吹き飛ばすなりできますしね。そういえば、シャルさんって時間を止める瞬間に触れていた人間も、停止した時間の中で動けるんですよね」

「その通りだよ。だからまあ、その辺りは任せてくれるかな」

 純白の長髪を払いながら、シャルロットは言う。その言葉は自信がありそうに聞こえるが、どこか悲しそうに眉を顰めている。

「じゃあ、入るからな」

 そう言って、洞穴の中を進む。薄暗く、視界は悪いがそれほど問題ではなかった。
 凸凹した地面をゆっくりと歩き、曲がり角を曲がると、

「あ、ようやく来たね」

「お前は……シエロ……!」

 つい最近再会したばかりの、背丈に似合わないぶかぶかすぎる衣服を身に纏った黒髪の青年と酷く痩せ細った男が、縄で括られたメルトの側に立っていた。

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