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2章 「永遠の罪」

57話 「少年の正体」

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 馬車は相変わらず気まずい空気で包まれていた。ラウラも少年も、会話する気がないのか二人して黙りこくっている。それがこの空気感を生み出しているのだが、誰も解消しようと動かないので、その役割を担うのは必然的にルナになる。

 なんとか会話を引き出そうと少年の顔をマジマジと見つめる。好きな顔というわけではないが、じっと見つめていると、なんだか知っているような顔に見えてきた。

「あの……ルナとどこかで会ったことありますか?」

「……」

「どこからやって来たんですか?」

「……」

「せめて、何か話してくれませんかぁ……」

「……」

 ルナの悲痛な言葉も彼の心には届かなかったようで、無視の姿勢を一向に変えようとしない。
 まるでルナを嫌っているような態度だ。だが、嫌われるような心当たりはない。というか、さっき初めて会った人間なのだから、好き嫌いを決められるほどの関係性を築いていない。

 希望的観測も含んでいるが、恐らくルナは嫌われているわけではなく、けれども話そうとする意思を感じない。その奇妙な現象に理由をつけるのならばそれは、

「もしかして、声が出せなかったりしますか?」

「……なわけねえだろ」

 違った――――!

 ルナの予想はどうやら完全な的外れのようだった。
 無表情だった少年の顔が、不機嫌に歪んで少し申し訳なくなりつつも、自分の予想のどこかおかしかったのかを考え、そしてすぐに思い当たる。

 そもそも、少年が検問に引っかかっていたのは、明らかに体調が悪そうだというのに、医療機関への移動を拒否し、今向かっている集落に行こうとしていたからだ。
 少年は、村がどこにあるのかを知らないから、案内を申し出たのだ。そしてそれは会話ができないと為し得ない。

 自分の間抜け具合に自分で自分に呆れてしまう。失礼なことを言ったことも含めて。
 ただ、これはルナの個人的な事情だが、得したことも二つほどあった。

 一つは、少年が話せないわけではなかったこと。会話が成立するのであれば、仲良くなれる確率は高くなる。

 二つ目は、少年の声を聞くことができたことだ。それは多少の差異があれど、どこかの誰かと似ているようで、

「やっぱり、どこかで会ったことがありますか?」

 もう一度聞いてみるが、少年からの返答はない。ただ、先程までの完全な無表情とは違い、どこか焦りのようなものを感じる気がする。気のせいかもしれないが。

 色々突っ込みすぎたところもあったけれど、それなりに得することができたなんて考えていると、馬車が制動をかける。
 緩やかに速度を下げて、完全に停止するのに十秒もかからなかった。

 慣性で傾く身体を両足で踏ん張って耐え、窓の外側を覗く。
 そこに見えたのは、もう四日ほど滞在してある程度見慣れた集落だった。

「さ、着いたよ。さっさと降りな」

 ラウラのその言葉に少年は素直に従って降りる。ルナもその後に続き、ラウラが最後に降りる。

「取り敢えず、今日のところはあんたもアタシの家に泊まるといいさね。アタシとルナでも部屋がまだ余ってるからね。その後のことは、ゆっくり考えるといいさね」

 優しげな声で少年にそう言って、先頭をきって歩き始める。少し慌てたように表情を変えた少年は、すぐに無表情に戻すと後に続く。

 若干仲良さげな二人の雰囲気にルナは少しの違和感を覚えながら、小走りでついていく。

「ついさっき初めて会ったのなら、ルナと違いはない筈なんですけどね……」

 そんな言葉を呟いて。


 *


 ラウラの屋敷に戻ってから、普通に生活していた。ルナはイルから誘われて遊びに行き、ラウラは屋敷で何か書類を書いていた。
 そして、少年は屋敷の一室を与えられてから外に出ているのを見ていない。

 彼は体調が悪そうなのでそれも仕方がないが、話そうとしても閉じこもられてしまうとルナとの距離が縮まらない。

 そんな複雑な気持ちを抱えながらも、イルと共に時間を過ごし、次第に日は暮れ、ルナは再びラウラの屋敷に戻ることになった。

 晩御飯とその片付けが終わった後、ラウラがルナの元に歩いて来て、

「ルナ。今日はあんた、早めに寝な」

「え……どうしてですか?」

 突然の言葉に、ルナは意図が理解できなかった。何故、今日に限ってそんなことを言ってくるのか。

「あんた自身は気づいていないようだけど、魔力の制御の練習に、あの魔物との戦闘だったんだ。疲労は確実に蓄積されてる。それをちゃんと解消できないと、近いうちにその弊害が表れてくるからね。早く休んで体調を戻すことだね」

「分かりました」

 ルナはラウラの言葉を正直に受け取って、今日は夜更かしせずに、早めにとこに着いた。


 そして、幾ばくかの時間が経った頃、ルナは尿意を催すのを感じて、目を開く。ここで我慢するのも体に悪い。就寝時間を長くするのも大事ではあるが、そこを切り捨てるのは躊躇われ、トイレのある一階に向かう。

 部屋から出て階段を降りようと一段、踏み込むと――直後、一階から、その声が聞こえて来た。

 その声を、聞いてしまった。


「さて、ルナも寝たようだし、そろそろ演技をやめたらどうだい――。この村に何のようだい?」


 聞いて、しまったのだ。

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