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2章 「永遠の罪」

42話 「墓場の邂逅」

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 広々とした屋敷の外へ出ると、橙色で染められてどこか幻想的になっている景色がルナを出迎えた。
 随分と話し込んでしまったな、なんて考えながらルナは思考を巡らせる。ラウラには取り敢えずメルトと合流すると言ってしまったが、そういえばメルトの居場所が分からない。

 彼女と話していたのはあくまでラウラと会って話を聞くまでであり、その後のことは話していなかった。
 そもそもメルトはルナと合流するつもりがあったのだろうか。もしかしたら、ルナを送り届けることで自分の役目は終わったとばかりに帰ってしまったのではないか。

 そんな、不安を煽るような疑問が頭をよぎるが、もし仮にその疑問が当たっているとするならば、メルトさんと合流しますと断言しておきながら速攻でラウラの家に戻ることとなり、それはあまりに気まずすぎる。

 ラウラはそんなことを気にしないと思うが、これはルナの心持ちの問題だ。ともかく、メルトと会って、話すべきことを話さないとラウラのところへ戻れない、というより戻りたくない。

「……でも、ぱっと見では見当たらないんですよねぇ……」

 周囲をぐるりと見回して、ボソリと呟く。賑やかな笑い声を上げて広場を駆け回っていた子供たちも姿を消していた。ちらほらと大人たちが談笑している姿が見えるが、その中に目的の人物はいない。

 それに加えてルナには土地勘がない。全く見知らぬ場所で当てもなく歩いたところで、彼女を見つけることはできないだろう。

 それならば、

「あの、すみません。ルナという者です。メルトさんを見かけませんでしたか?」

 世間話に花を咲かせていた女性二人組に声をかける。メルトはかつてこの村に所属していて、彼女の目的たる復讐の達成を果たしたことを報告するだけの人間関係もある。
 つまり、この村の人物はメルトの名前も容姿も知っている。なら、聞いてしまった方が手っ取り早い。

 話に割り込む形で声をかけるのは少しだけ罪悪感があったが、そこは大人の度量の広さで許して欲しい。
 そんな願望が届いたのか、二人の女性は微笑ましい目つきでルナを見つめて、

「メルトちゃん? あの子なら……あっちの方に向かって行ったわよね?」

「そうねぇ。復讐がどうとか言って、向こうに行っちゃったのよね」

 そう言って、彼女らは背後に目をやる。そちらには細く伸びた獣道のような整備の届いていない道が続いていた。
 あまり華美な土地でないとはいえ、その中でも一層寂れた小道の先に何があるのか。
 そんな、ルナの率直な疑問は、

「ほんと、あの子は昔から変わらないわね。両親の仇だって言ってこの村を飛び出して行ったあの日から、ずっと。もう、復讐を果たすべき相手なんてこの世にいないのにね」

 女性の何気ない言葉によって吹き飛ばされた。

「い、今、なんて言いましたか!?」

「え? いや、メルトちゃんが復讐しようとしてる『冒険者狩り』は二年も前に処刑されてるんだから、もういないって……」

 ラウラが当然のようにファルベの生存を知っていたために、彼女の言葉に動揺してしまう。この村の住民の認識ではそうなっているのか。

 直後、ルナの脳裏にラウラの言葉が蘇る。彼女は、ファルベを生かせた人物のことについて、「アタシ『は』知っている」と、そう言っていた。
 そこから考えてみると、ラウラしかファルベ――つまり、「冒険者狩り」の生存を認知していないということが分かる。

「そう、ですね。その通りです。ししょ……『冒険者狩り』は、もういないですもんね」

「だからこそ、メルトちゃんが心配なのよねえ……」

 こめかみに指先を添えて、女性が困ったように呟く。

「心配、ですか」

「だってそうでしょう? 亡くなった人間相手に復讐するって言ってるんですもの。あそこまで行くと、現実が見えていないほどの執念に取り憑かれているとしか思えないのよね。それにさっきは復讐を達成したとか言ってたけど……死んでいる人にどうやって復讐したのかしら」

 そうか。ファルベが生きていると認識していなければメルトの行動は確かに不可思議に映る。
 そして、ルナの脳内でメルトのある台詞につながりができた。

『私が復讐をするって言っても止めようとする人はいなかった』

 これはメルトがルナをこの村まで連れてくる最中、発した言葉だ。メルトはそのことについて、復讐しようとする人間の意思を尊重している、期待しているのだと解釈していたが、それは間違いだった。

 メルトが復讐することを誰も止めなかったのは、そもそも復讐が果たされるはずがないと、村の住人全員が認識していたからだ。
 何故なら、住人たちはファルベの生存を知らないのだから。

 復讐対象が生きていないなら、復讐は達せられない。できないと分かっている彼女の行動にわざわざ介入する必要はない。いずれ自分の行いの不毛加減を理解して帰ってくる。そう、思っていたわけだ。

 きっとメルトが嬉々として報告してきた時も、同じ心境だったのだろう。

「なるほど。それは確かに不思議ですね。ともかく、ありがとうございました。あちらの方向ですね」

 適当に話を合わせつつ、メルトの向かった方向の確認をとる。

「そうよ。それにしても、ルナちゃんは礼儀正しいのね。私の息子と同じくらいの歳なのに、全然違う」

 そう言って、女性は感心したように微笑む。ラウラにも同じ言葉をかけられたが、そんなに違うのだろうか。
 自分で自分を理解しきれない状況で、引っ掛かりを覚える部分もある。けれど、考えて答えが出る類のものではない。いずれ答えが見つかるものだと思い、とりあえずはそれを無視しておく。

 メルトの所在を伝えてくれた女性二人組にお辞儀して感謝を伝えると、小道の方へ進む。


 *


 細い道は、それほど長くは続かなかった。どこか寂しい雰囲気のそこを歩いて数分。豊かな木々が切り落とされて、土の見える地面が広がった場所に出る。

 円形に切り取られたそこには、木の板を重ね合わせて作られた十字架が、所狭しと並べられていた。
 二十を超える数配置されたそれは、いわゆる墓と呼ばれるもので、死した人間の肉体を納める物だ。

 そんな墓が立ち並ぶ場所に、一人だけしゃがみ込んで手を合わせ、瞑目している人物がいた。
 隣接した二つの墓に花を添え、黙祷を捧げている彼女は、メルト。ルナが探していたその人だった。

「あ……」

 メルトの名前を呼ぼうとして、開きかけた口を閉じる。彼女があまりに真剣な表情をしていたから、それを邪魔しかねない行為は避けるべきだと思ったのだ。
 それに、ルナの心情云々を差し引いても黙祷を捧げている相手に無遠慮に話しかけるなど無粋でしかない。

 墓場の入り口で立ち止まるルナに気付くことなく、しばらく黙祷を続けてから、彼女は気が済んだのか顔をあげる。
 正座に近い形でしゃがんでいた彼女は立ち上がると同時に土の付いた膝を軽くはたいて、満足そうに振り向く。

 墓の方へ向いていたメルトが振り向いたということは、入り口側へ視線が移動して、

「あ、ルナちゃん? どうしたの、こんなところまで来て」

「いえ、ルナは今夜ラウラさんの家で泊めさせていただくことになりましたので、一応その報告を、と思いまして」

「そっか。せっかくなら私の家にって誘う予定だったけど、先約があるなら、それもあのラウラさんからって話なんだから諦めるしかないね」

 にっこりと微笑みを浮かべるメルトに、ファルベを刺したときのような悪意に満ちた表情の面影は一切なかった。
 自身の恨みと、「冒険者狩り」が関わらない部分ではやはり良い人と呼ぶに相応しい人間なのだと思い、

「それと、この度はラウラさんと合わせていただき、ありがとうございました」

 深くお辞儀をする。ルナの真意を理解しきれないのか、メルトは慌てて、

「ど、どうしたの急に!? そんな感謝されるようなことはしてないわよ。私は、あいつと一緒にいたルナちゃんを助けたいって思っただけで。ラウラさんと会わせたのもその一環でしかないし、特別なことは何もしてあげられてないんだから」

「最初の動機はともあれ、ラウラさんと話せたことはルナにとって大切なことでしたし、その機会を作ってくれたメルトさんには感謝しますよ」

 ラウラとの会話を経た今なら、メルトの言う、「助けようとした」という言葉も理解できなくはない。
 かつて世間を揺るがす事件を巻き起こした人物と行動を共にしているのがルナのような若輩者(といってもファルベもルナとそれほど年齢差はないが)であれば、心配になるのも分かる。

 そしてそこに居合わせたのが、彼の被害者たるメルトなのだから、その気持ちもひとしおだ。

「なら、ルナちゃんの言葉をありがたく受け取っておくね。それで、ラウラさんと話してみて、あいつの印象は変わった?」

 メルトの言う、「あいつ」はもちろんファルベのことだ。
 確かに彼の過去を聞いて、ラウラからそれが事実だと確認を取ったときは驚いた。それに、彼の背負った罪を知って、衝撃を受けた。

 しかし、

「――変わらない、ですね。ししょーは昔、確かに恐ろしい罪を犯したかもしれません。でも、ルナの知っているししょーは、そんな人間じゃありませんでした。……今、ししょーのしている、冒険者狩りの仕事は、犯罪を犯した冒険者を捕まえることです。どうしてそんな仕事をしているのか、これまでルナは聞いてきませんでした」

 ファルベについて何も知らず、知ろうとしなかったルナだが、彼の過去とつながりのある人間から話を聞いて、分かったことがあった。

「きっと、ししょーはメルトさんや、この村の皆さんのような、過去の自分の被害者の方々への罪滅ぼしをしようとしているんだと思います」

 ルナがファルベの過去について聞いた時、彼はいつも悲しそうな表情になる。ファルベは努めて無表情を貫こうとするが、一年一緒にいたのだ。普通気づかない表情の変化でも、ルナは気づいていた。

 自分の過去に何の後悔もない人間がそんな表情を浮かべるはずがない。

「私たちのいる、この国から離れて犯罪者を捕まえて、それが罪滅ぼしになるって言うの?」

「それは――ルナには分かりません。でも、ししょーが自分の犯した罪を清算しようとしているのは分かります。だから、今ししょーのやっていることがいつか、メルトさんのような人のためになるのだと、ルナは信じています」

 何の根拠もない、ルナの言葉。もしかしたら、メルトの言う通り、ファルベは別に過去を気にしていないのかもしれない。絶対に違うとは言い切れない。

 分からないことだらけで、ファルベも簡単には心の内を吐露してくれない。
 だから、信じるのだ。そこに根拠も、理由も、必要ない。これまでの付き合いの中で、接してきた彼がそんな人間ではないと、信じるのだ。

「……そう。ルナちゃんはそこまであいつのことを信じてるのね。だけど、私はあいつを許せないし、ルナちゃんみたいに、信用できない。私の知っているあいつは、五年前から変わってないから」

 メルトがそう話すのも仕方がない。誰しも強い恨みを持った相手を許すことはできない。仮にできたとしても、それは相応の時間をかけてからだ。

「まあ、それはいいわ。私はルナちゃんの意思を尊重する。あいつのことを聞いて、それでも信じるなら、それでいい。……話はそれだけよね? あんまり遅くなると、ラウラさんが心配するわよ」

 話しかけた時よりほんの少しだけ素っ気なく返される。何を言っても無駄だと思われたのか。でも、どれだけ言われてもファルベを、ルナの師匠を信じたいと思う気持ちは消えない。

 それでも、メルトに対して負い目を感じたルナは、もう一度お辞儀して、踵を返す。そして、再びラウラの家に向かおうと、歩み始めた。



 ルナが去っていって、しばらく時間が経った後。いまだにメルトは墓場に残っていた。

「お母さん……私は一体、どうしたらいいのかなぁ……」

 震える声で、涙ぐんだ瞳を空へ向けて、メルトは呟く。
 憎んで、恨んで、怨んみ尽くして、復讐を達成してからも、心からモヤモヤが消えない。

 もっと、晴れやかな気持ちになると思っていたのに。もっと達成感に満たされると思っていたのに。何にも気分が良くない。どうしても満たされていない。

 そんな、初めての体験に戸惑って、両親の名前が刻まれた墓標の前から動けずにいた。

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