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2章 「永遠の罪」

37話 「始まった罪は止まらず」

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 その瞬間、ファルベ視界は急激に変化していく。目の前に映る数多の色で彩られた世界の景色が色彩を失っていき、完全なモノクロ調になるまで五分もかからなかった。

 色とりどりで美しかった筈の世界は、どんな人間でも温かく包んでくれていた。けれど、今は違う。
 冷たく、ファルベという存在そのものに興味がないとでも言われているかのように色褪せた世界は、ファルベの心に何も残さない。

 誰も自分を助けてはくれない。世界に見捨てられて、至ったファルベの結論。

 自分自身に絶望し、冒険者に絶望し、世界にすら絶望を抱いたファルベはただ孤独に、弱い自分を弱いままで守らなければいけなかった。

 そのための手段はあった。自分に生まれつき備わった才能――「スキル」。けれど、それを自分自身で使えないものだと、役に立たないものだと思い込んでいただけで。
 実際、冒険者という括りの中では弱いのだろう。色を付けるなんて程度の力、誰も戦いで使わない。

 しかし、全てに絶望しきって、誰も味方がいなく、命すら奪われるような状況になって初めて、それの使い道に気づく。

 視界に映る、男の腕がこちらに触れる。それなりに剣を振るったせいか、人並み以上に硬い掌が無遠慮にファルベの腕を掴む、直前。

「なっ……!」

 虚ろな瞳の奥に、熱の篭った何かが宿った瞬間、ファルベは男の腕を振り払う。
 まさか反抗してくるとは思わなかったのか、男の目は驚きで埋められ、正常な思考ができていない。ファルベにとっては好都合な状況だ。

 その驚愕が薄れない内にもう一つ、彼に想定外を与える。
 ファルベが軽く腕を振ると、それとほぼ同時に、男の眼球が黒く塗りつぶされる。白と黒で色付けられた人間の瞳が、黒色だけになった異様な現象はもちろんファルベが行ったものだ。

 ファルベのスキルである、物質に色を付ける「着色」と、付着させた色を変化させる「変色」は直接触れることが条件というわけではない。

 より正確に彼の能力を表現するなら、「無色透明な物質を自身の体から発生させ、それが付着したものにイメージした色を付けることができる」というものだ。
 だから、その物質を発射して、離れた場所に付着させれば、自分が直接触れられないところにでも色をつけられる。

 ただし、無色透明な物質はファルベにも見えておらず、なんとなくそこにあるんだろうという曖昧な認識しかないため、自分が付けたい位置に正確に投げられたかどうかは、実際に色がついてからでしか分からない。

 何度も使用した経験のあるファルベだから、どの方向で飛ばせばどうゆう軌道で進み、どこに着くのか。それが感覚で認識できるが、食らった相手からしてみればどうして突然視界が真っ黒になったのか、理解できないだろう。

 目の前にいるファルベを探すように見えない視線を巡らせる彼は、あまりに隙だらけで。
 懐から取り出した短剣が、男の無防備な首元に吸い込まれ――

「ごはッ……」

 男の口から、鮮血が滝のように溢れ出す。刃の根本まで突き刺さった短剣は喉を破り、血管を破壊し、生命を維持するための血液を容赦なく奪っていく。

 初めて、人を殺した。誰も期待していない自分が、誰もが見縊っていた自分が、誰しもが見下しきっていた自分が、自分に情けもかけないような人間を殺したのだ。

 その瞬間の感情は、怒りでも、激情でもなくて、何だこんなものか。そんな程度の感想だった。
 この程度のことが、今までできなかったのか。そりゃあ、皆んなが自分を見下す筈だ。刃で貫けば殺せる。少し喉を裂けば命を絶てる。そんな人間を相手に見捨てられることに怯え、見放されることに恐怖していたんだから。

 けれど今は違う。どれほど力を持っていても殺せるのだと分かった。自分のような最弱な人間でも、強さに関係なく、殺せる。ならば、そうしよう。

 殺さなければ、冒険者なんて生き物は他人を平気で裏切るのだ。信用を裏切って信頼を踏みにじって殺そうとしてくるのだから、そんな奴らは皆んな殺してしまえば良い。そうすれば、誰も裏切られないし傷つかない。ファルベと同じような絶望を覚えなくていい。

 それが全てを失って、自分の中の大切な何かが壊れたファルベの行き着いた結論だった。

 血の気の失せた青白い肌に変わった男から飾り気のない無骨な長剣を奪うと、周囲に目を向ける。
 そこには体を小刻みに振るわせて、恐怖に縮こまった女達がいた。ファルベが殺した男の取り巻き達だ。

「ヒッ……!」

 ファルベの殺意に当てられて、動けずにいた彼女らは同情を誘うように、目の端に涙を浮かべる。

 彼女らは見目麗しい容姿をしている。可愛らしい顔、綺麗な顔、美しい顔。それぞれに個性があるが、全員普通以上に整った顔と言える。
 だが、そんなことは今のファルベには関係ない。相手の顔なんて何の意味ももたない。
 どうせ、すぐに死ぬ相手だ。冒険者であることだけが分かれば、それでいい。

 ファルベのすぐ近くにいた女性冒険者に向けて、刃を振るう。
 彼女らは、先ほどの言い分から考えると、命をかける戦いなんて経験はないのだろう。人の死を受け入れられていないような表情で、怯えたままだ。

 そんなことなどお構いなしに、ファルベは肩に担ぐように構えた長剣を振り下ろし、女性の肩口から刃で斬り裂く。
 斜めに深い傷をいれる長剣は容易く女性の命を散らせる。

 力なく崩れ落ちる一人目を最後まで見届けることなく、次の獲物を捉える。
 その後は、一人目を殺した時と同じ末路を辿る。

 何度も剣を振って、その度に女性は大量の血液を吹き出し、生を終える。

 しばらく時間が経つと、ここにいる人間は、ファルベ一人だけになっていた。それ以外にそこにあるのは、人の形をしただけの肉塊が四つだけだ。

 血の海で一人佇むファルベは、ゆっくりと顔を上げ、そこで初めて気づいた。

「――はは」

 嗤っている。自分は今、嗤っている。人を殺したのが楽しくて仕方がないとでもいいたげに、気分が晴れて爽快だとでも言わんばかりに。

「は、はは、ははははははははは!」

 気持ちがいい。自分を見下してた連中を、無慈悲に蹂躙するのは、気持ちがいい。
 血に濡れた顔を、殺意の笑顔で歪ませて、嗤い続けた。


 *


 町に戻っても意思は変わらない。冒険者は殺す。誰一人許さない。全員を殺して、殺戮し尽くして、自分を見下した冒険者共に知らしめてやろう。

 お前達は所詮、最弱の人間相手にすら太刀打ちできない、その程度の実力しかないのだと。

 そうして、ファルベは冒険者を殺し続けた。自身の体を黒色で塗りつぶして、夜の闇に紛れ、仕事終わりで一人帰路に着く冒険者の不意を突いて、一息に殺す。

 相手のスキルなんて関係ない。使われることなく、相手は最後の最後までファルベの存在に気づくことなく命を散らすのだから。

 相手の名前を知る必要もない。そんなもの知らなくても、どうせ殺すのなら関係がない。結局、名前なんて記号でしかない。人と人を識別するための、記号。しかし、ファルベは個人を知らずとも、その人物が冒険者であるということだけを知っていればいいのだ。

 そんな行為を一年以上続けて、いつしか「冒険者狩り」なんて呼ばれていると知ったが、興味もなかった。

 ファルベが聞くのは、噂話ではなく、獲物の断末魔しかなかったから。


 *


 そして現在。柔らかな布団の上で、ファルベは後悔と共に自身の罪を見つめなおしていた。

 これまで何度も、何度も思い出してきた、忌まわしい過去。決して思い出したくはないけれど、絶対に忘れてはいけない過去。

 自分が殺してしまった人たちを取り戻すことは叶わなくても、その過去を覚えて、二度と同じ過ちを犯さないよう、また他に過ちを犯す人間を出さないようにすることがせめてもの償いだ。

 そして、その先でファルベは――――を防ぐことが最後に果たすべき、最大の使命だ。

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