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第1章 「冒険者狩りの少年」
30話 「束の間の平穏」
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とある日の昼下がり。城下町が最も賑やかになるその時間帯に、冬でもないのに大通りで外灯を目深に被った二人の影があった。
「今日の仕事は早く終わりましたね! ししょー」
短い黒髪を揺らしてコバルトブルーの双眸を爛々と輝かせている少女が、すぐ隣を歩く少年に向かってそう呼びかける。
「そうだな。最近は色々と遅くなったり予期しない出来事が起こったり、大変だったからな」
元々、スムーズに終わるような仕事ではないのだが、それでもここ最近はやけに例外のパターンが多い。
「ま、でも今日はそんなこともなかったし、良かった……かな?」
「良いことじゃないですか。それで、折角早く終わったんですから、久しぶりにルナとお買い物しませんか? ししょー、仕事仕事ばっかりであんまりそういうのしなさそうですし」
軽い足取りで少女は楽しそうに話す。ししょーと呼ばれた少年は思考を巡らせるように一瞬、天を仰いで、
「そうだな。たまには気分転換も悪くないか」
「決まりですね! まずどこから行きますか?」
嬉しそうにはしゃぐルナ。
「そういえば、俺の剣も結構消耗してきてるし、直しに行くか」
「ルナは武器を持っていませんし、そこではすることがないですね。折角だしルナも何か武器を作ってもらいますかね」
「お前にはいらない……ってわけでもないな。どうせ魔物相手以外にルナの力は使えないんだから、何か他の攻撃手段はあっても良いかもしれないな」
ルナの力は膨大で、人類を脅かす魔物相手ならまだしも、人間にそれを使っては取り返しがつかない。
彼女に関してだけは邪魔になる武器を持った方が手加減する意味でも良いかもしれない。
「なら、まずは鍛冶屋だな」
*
「よお。久しぶりだな、おっちゃん」
熱気漂う煉瓦造りの屋内で槌を振るう禿頭の男性に右手を上げて呼びかける。
本来ならば体格に合ったサイズだったであろうシャツが、彼の浮き出した筋肉によってはちきれんばかりだ。
男は鋭く、威嚇するような目を声がする方向に向ける。そして、声の主が誰かを理解して呆れたようにため息を吐く。
「なんだ、坊主だったか。で、なんの用だ」
口数はそれほど多くないようで、単刀直入に要件だけを聞こうとする。
手間が省けて結構、とでも言いたげに口角を上げるファルベは、
「俺の武器が随分消耗しちまってな。修理を依頼したいってのと、もう一つ。おい、ルナ出てこい」
そう言って、背後に隠れるようにくっつくルナを引っぺがし、ファルベの前にもってくる。
「こいつ、ルナって言うんだけど、なんか武器を買ってやりたい。良い武器屋とかあったら、紹介してくれないか」
ファルベが出した二つの要求を聞いて、悩んでいるのか顎をさすりながら、
「おい、坊主。お前さんは、いくら出せる?」
「知ってるだろ?おっちゃんの欲しい分だけ、だ。請求は『王城所属魔物研究課』まで」
研究課などと集団を指すような言葉だが、実際にこれに所属しているのはラルフだけだ。つまり鍛冶屋の店主はラルフに全額請求することとなるのだ。
「……やってやるよ。剣をよこしな」
ファルベの倍の太さの腕を伸ばし、剣を受け取ると、
「この地図の印がついてる場所に行って時間でも潰してこい。三十分あれば終わる」
「了解。ありがとな」
そうして、鍛冶屋から離れ、地図に記された地点へ向かうことにする。
*
そこにあったのは広い敷地を有する立派な武器屋だった。
冒険者らしき人や、騎士が出入りしていた。
「すっごくおっきいですねー」
ルナもその大きさに驚いているようだった。かくいうファルベも、この場所の存在を聞きかじった事はあっても実際に来たことはなかったので素直に感心する。
ひとしきり眺めた後、大きな扉を開いて中へ入る。
武器屋というに相応しく、剣や刀、短剣、杖、棍、戦斧、大鎌、長刀等、様々な種類がガラスケースに入れて並べられていた。
「へぇ……魔道具もあるんだな」
ファルベの目を引いたのは、それだった。一般的に「付与」スキルを所有する職人のみが売っている魔道具すら用意されていた。
ここに来れば欲しいものはだいたい揃っているだろう。そのぐらいに品揃えが豊富なのだ。
一つ一つの商品の値段が高いというのが難点ではあるが。
「貴方がカインズさんのお知り合いの……ファルベさん、で宜しいですか?」
武器の宝庫を見物していると、店員から声をかけられる。
カインズというのは鍛冶屋の店主の名前だ。
「ああ。合ってるよ。でも、武器が欲しいのは俺じゃなくて、あいつだ」
少し離れたところで、とてとて歩くルナを指差す。
ルナは二人の視線が自分に集まっているのに気づいて、こちらへ駆け寄ってくる。
「初めまして! ルナと言います!」
店内だというのに気にせずいつも通りの元気な声で挨拶するルナ。
そんな彼女を店員は微笑ましく見つめて、
「そうですねー。この子だと、剣や刀はまず除外するとして、いいとこ杖か、鞭といった比較的軽量のものの方が良さそうですね」
「ルナの希望がないんだったら店員の方で選んでもらうけど、何か気になったものはあったか?」
「そのことなんですけど、あれがいいと思います!」
言い切る前にルナは走って、並べられたガラスケースの中、目的の物が置かれているそれの前で立ち止まる。
店員と一緒に彼女の後を追い、そのガラスケースに収納されているものを見つける。その武器は――
「これは……弓か」
半円を描くように反った金属に弦を張っているそれはまごうことなき弓だ。
「でもこれ結構大きいな……もう一回り小さいやつとかないのか?」
「もう一回り……店内にはないので倉庫の方見てきますね」
店員は深く頭を下げてから小走りで店の最奥に構える扉の方へ向かっていった。
「それにしても弓選ぶのは意外だな。何か理由とかあるのか?」
「そんなに深い意味はないんですけど……ししょーが接近戦する人ですから、ルナはそれを補助できる物をと思っただけです」
その理由は、案外単純だなと思った。だが、ありがたいことではある。遠距離から狙われると相手に対して多少なりとも牽制の意味を持つだろうし、戦い方に幅が出てくる。
「まあそれも、ここにいい感じの弓があるかどうかで変わってくるけどな……あ、戻ってきた」
店員が奥の扉から出てくる。その手には何かが握られている様子はなく、そんな都合良くはいかないなとルナに言いかけたところで、
「ありましたよ。一つだけ」
「へぇ、どんくらいの大きさなんだ?」
「大きさ自体はそれと変わらないんですけど、すっごく軽くて、恐らくルナちゃんでも持てるかと思います」
その店員の後ろから出てきた二人目が、大きめの弓を持っていた。
無言でルナに持ってみてと目配せすると、ルナはそれに従う。
「あ、持てますね。本当に軽い……それに」
「それに?」
「何だか……懐かしい、ような……。おかしいですね。初めて触った筈なのに」
ファルベでは予想もできないだろう複雑な感情を孕むルナを見て、しかし決して不快な物ではないと察して、
「手間かけちゃって悪かったな。でも、お陰でいい物が買えそうだ」
「いえいえ、これ本当ならいっちゃ駄目なことなんですけど、その弓ですね。入荷したのがいつか分からないんですよね。倉庫の奥底に眠ってたのでここ一・二年じゃない、ってことしか分からないんですよ」
大規模な店だから、細かなところで管理できない部分もあったりするのか。それとも……
「いや、考えても無駄だな。ともかく、ありがとう」
ルナの為に頑張って探してくれた店員達に感謝を述べる。
それを受けた店員は、満面の笑みを浮かべると、
「「またのお越しをお待ちしております」」
二人して揃って深くお辞儀し、綺麗にハモった決まりの文句を言って、ファルベとルナを見送った。
*
「いやーいいお買い物しましたねー。ね、ししょー!」
どこか浮かれた様子のルナを横目に、店から遠ざかる。
「まあな。後は俺の剣を回収すれば――」
ファルベが鍛冶屋の方向へ向き直る、その直前。
こちらへ駆け寄ってくる見知らぬ女性の姿が目に映った。
「あれ、誰だ……?」
全く見覚えはなく、もしかしてルナの知り合いかと思ってルナを見るが、彼女もファルベ同様、誰? という感じで見ている。
そんな二人に真っ直ぐ向かってくる女性は、止まる気配はなく、こちらだけを見つめている。
女性は、走って、近づいて、近づいて、近づいて、近づいて――目と鼻の先まで来た時、彼女の持つ、キラリと光るそれに気づいた。
これは、間違いなく、
「……ッ!?」
反射的に腰に手を動かして、得物を取り出そうとするがしかし、今は手元にない。鍛冶屋に預けたまま、まだ受け取っていない。
ルナが目を見開いているのが分かる。それも当然だろう。彼女が持っているのは、本物の刃物。日の光を反射して光る、凶器なのだから。
もう目の前、剣はない。避けられない、防げない。
悟った直後、ファルベは自分の体にそれが刺さったのを感じた。根元まで深々と刺さった刃物は大量に血を吹き出させて――
「グ……ガハ……ッ!」
口から、鮮血が溢れる。
「ししょー!」
誰かの声が聞こえる。自分を心配する、誰かの声。血の海に沈む自分を心から案じる、誰かの声。
それが遠ざかって、遠ざかって――やがて、消えた。
*
ルナは目の前で信じられない出来事が起こったのを見ているだけしかできなかった。
これから師匠のサポートをしようと、新しい武器も携えていたというのに。
不甲斐ない自分を責めたくなる。だが、その前に。
「ししょーを、助けないと……」
どうすればいいかなんて分からない。医療の知識に詳しくないし、ルナに治療するスキルはない。
しかし、それでも。できることをしようとファルベに手を伸ばして、
「何をやってるの! 折角こいつを仕留められたのに!」
ファルベを刺した女性に阻まれる。理由が分からず、困惑しつつ女性を見るルナに、
「貴方、さっきまでこいつと一緒にいたのよね? 何でそんなことをしてるのか知らないけど、危ないわよ」
「あ、ぶない……それって、どういう……」
そんなことは聞かなくてもいい筈なのに、つい、そう質問してしまう。
「どういうも何も……こいつは、こいつは!」
感情がどんどん昂っていく女性。何故彼女がそこまで激怒するのか。それは――
「――こいつは、今までに沢山の冒険者を殺してきた殺人鬼なのよ!?」
そう、言い放った。
「今日の仕事は早く終わりましたね! ししょー」
短い黒髪を揺らしてコバルトブルーの双眸を爛々と輝かせている少女が、すぐ隣を歩く少年に向かってそう呼びかける。
「そうだな。最近は色々と遅くなったり予期しない出来事が起こったり、大変だったからな」
元々、スムーズに終わるような仕事ではないのだが、それでもここ最近はやけに例外のパターンが多い。
「ま、でも今日はそんなこともなかったし、良かった……かな?」
「良いことじゃないですか。それで、折角早く終わったんですから、久しぶりにルナとお買い物しませんか? ししょー、仕事仕事ばっかりであんまりそういうのしなさそうですし」
軽い足取りで少女は楽しそうに話す。ししょーと呼ばれた少年は思考を巡らせるように一瞬、天を仰いで、
「そうだな。たまには気分転換も悪くないか」
「決まりですね! まずどこから行きますか?」
嬉しそうにはしゃぐルナ。
「そういえば、俺の剣も結構消耗してきてるし、直しに行くか」
「ルナは武器を持っていませんし、そこではすることがないですね。折角だしルナも何か武器を作ってもらいますかね」
「お前にはいらない……ってわけでもないな。どうせ魔物相手以外にルナの力は使えないんだから、何か他の攻撃手段はあっても良いかもしれないな」
ルナの力は膨大で、人類を脅かす魔物相手ならまだしも、人間にそれを使っては取り返しがつかない。
彼女に関してだけは邪魔になる武器を持った方が手加減する意味でも良いかもしれない。
「なら、まずは鍛冶屋だな」
*
「よお。久しぶりだな、おっちゃん」
熱気漂う煉瓦造りの屋内で槌を振るう禿頭の男性に右手を上げて呼びかける。
本来ならば体格に合ったサイズだったであろうシャツが、彼の浮き出した筋肉によってはちきれんばかりだ。
男は鋭く、威嚇するような目を声がする方向に向ける。そして、声の主が誰かを理解して呆れたようにため息を吐く。
「なんだ、坊主だったか。で、なんの用だ」
口数はそれほど多くないようで、単刀直入に要件だけを聞こうとする。
手間が省けて結構、とでも言いたげに口角を上げるファルベは、
「俺の武器が随分消耗しちまってな。修理を依頼したいってのと、もう一つ。おい、ルナ出てこい」
そう言って、背後に隠れるようにくっつくルナを引っぺがし、ファルベの前にもってくる。
「こいつ、ルナって言うんだけど、なんか武器を買ってやりたい。良い武器屋とかあったら、紹介してくれないか」
ファルベが出した二つの要求を聞いて、悩んでいるのか顎をさすりながら、
「おい、坊主。お前さんは、いくら出せる?」
「知ってるだろ?おっちゃんの欲しい分だけ、だ。請求は『王城所属魔物研究課』まで」
研究課などと集団を指すような言葉だが、実際にこれに所属しているのはラルフだけだ。つまり鍛冶屋の店主はラルフに全額請求することとなるのだ。
「……やってやるよ。剣をよこしな」
ファルベの倍の太さの腕を伸ばし、剣を受け取ると、
「この地図の印がついてる場所に行って時間でも潰してこい。三十分あれば終わる」
「了解。ありがとな」
そうして、鍛冶屋から離れ、地図に記された地点へ向かうことにする。
*
そこにあったのは広い敷地を有する立派な武器屋だった。
冒険者らしき人や、騎士が出入りしていた。
「すっごくおっきいですねー」
ルナもその大きさに驚いているようだった。かくいうファルベも、この場所の存在を聞きかじった事はあっても実際に来たことはなかったので素直に感心する。
ひとしきり眺めた後、大きな扉を開いて中へ入る。
武器屋というに相応しく、剣や刀、短剣、杖、棍、戦斧、大鎌、長刀等、様々な種類がガラスケースに入れて並べられていた。
「へぇ……魔道具もあるんだな」
ファルベの目を引いたのは、それだった。一般的に「付与」スキルを所有する職人のみが売っている魔道具すら用意されていた。
ここに来れば欲しいものはだいたい揃っているだろう。そのぐらいに品揃えが豊富なのだ。
一つ一つの商品の値段が高いというのが難点ではあるが。
「貴方がカインズさんのお知り合いの……ファルベさん、で宜しいですか?」
武器の宝庫を見物していると、店員から声をかけられる。
カインズというのは鍛冶屋の店主の名前だ。
「ああ。合ってるよ。でも、武器が欲しいのは俺じゃなくて、あいつだ」
少し離れたところで、とてとて歩くルナを指差す。
ルナは二人の視線が自分に集まっているのに気づいて、こちらへ駆け寄ってくる。
「初めまして! ルナと言います!」
店内だというのに気にせずいつも通りの元気な声で挨拶するルナ。
そんな彼女を店員は微笑ましく見つめて、
「そうですねー。この子だと、剣や刀はまず除外するとして、いいとこ杖か、鞭といった比較的軽量のものの方が良さそうですね」
「ルナの希望がないんだったら店員の方で選んでもらうけど、何か気になったものはあったか?」
「そのことなんですけど、あれがいいと思います!」
言い切る前にルナは走って、並べられたガラスケースの中、目的の物が置かれているそれの前で立ち止まる。
店員と一緒に彼女の後を追い、そのガラスケースに収納されているものを見つける。その武器は――
「これは……弓か」
半円を描くように反った金属に弦を張っているそれはまごうことなき弓だ。
「でもこれ結構大きいな……もう一回り小さいやつとかないのか?」
「もう一回り……店内にはないので倉庫の方見てきますね」
店員は深く頭を下げてから小走りで店の最奥に構える扉の方へ向かっていった。
「それにしても弓選ぶのは意外だな。何か理由とかあるのか?」
「そんなに深い意味はないんですけど……ししょーが接近戦する人ですから、ルナはそれを補助できる物をと思っただけです」
その理由は、案外単純だなと思った。だが、ありがたいことではある。遠距離から狙われると相手に対して多少なりとも牽制の意味を持つだろうし、戦い方に幅が出てくる。
「まあそれも、ここにいい感じの弓があるかどうかで変わってくるけどな……あ、戻ってきた」
店員が奥の扉から出てくる。その手には何かが握られている様子はなく、そんな都合良くはいかないなとルナに言いかけたところで、
「ありましたよ。一つだけ」
「へぇ、どんくらいの大きさなんだ?」
「大きさ自体はそれと変わらないんですけど、すっごく軽くて、恐らくルナちゃんでも持てるかと思います」
その店員の後ろから出てきた二人目が、大きめの弓を持っていた。
無言でルナに持ってみてと目配せすると、ルナはそれに従う。
「あ、持てますね。本当に軽い……それに」
「それに?」
「何だか……懐かしい、ような……。おかしいですね。初めて触った筈なのに」
ファルベでは予想もできないだろう複雑な感情を孕むルナを見て、しかし決して不快な物ではないと察して、
「手間かけちゃって悪かったな。でも、お陰でいい物が買えそうだ」
「いえいえ、これ本当ならいっちゃ駄目なことなんですけど、その弓ですね。入荷したのがいつか分からないんですよね。倉庫の奥底に眠ってたのでここ一・二年じゃない、ってことしか分からないんですよ」
大規模な店だから、細かなところで管理できない部分もあったりするのか。それとも……
「いや、考えても無駄だな。ともかく、ありがとう」
ルナの為に頑張って探してくれた店員達に感謝を述べる。
それを受けた店員は、満面の笑みを浮かべると、
「「またのお越しをお待ちしております」」
二人して揃って深くお辞儀し、綺麗にハモった決まりの文句を言って、ファルベとルナを見送った。
*
「いやーいいお買い物しましたねー。ね、ししょー!」
どこか浮かれた様子のルナを横目に、店から遠ざかる。
「まあな。後は俺の剣を回収すれば――」
ファルベが鍛冶屋の方向へ向き直る、その直前。
こちらへ駆け寄ってくる見知らぬ女性の姿が目に映った。
「あれ、誰だ……?」
全く見覚えはなく、もしかしてルナの知り合いかと思ってルナを見るが、彼女もファルベ同様、誰? という感じで見ている。
そんな二人に真っ直ぐ向かってくる女性は、止まる気配はなく、こちらだけを見つめている。
女性は、走って、近づいて、近づいて、近づいて、近づいて――目と鼻の先まで来た時、彼女の持つ、キラリと光るそれに気づいた。
これは、間違いなく、
「……ッ!?」
反射的に腰に手を動かして、得物を取り出そうとするがしかし、今は手元にない。鍛冶屋に預けたまま、まだ受け取っていない。
ルナが目を見開いているのが分かる。それも当然だろう。彼女が持っているのは、本物の刃物。日の光を反射して光る、凶器なのだから。
もう目の前、剣はない。避けられない、防げない。
悟った直後、ファルベは自分の体にそれが刺さったのを感じた。根元まで深々と刺さった刃物は大量に血を吹き出させて――
「グ……ガハ……ッ!」
口から、鮮血が溢れる。
「ししょー!」
誰かの声が聞こえる。自分を心配する、誰かの声。血の海に沈む自分を心から案じる、誰かの声。
それが遠ざかって、遠ざかって――やがて、消えた。
*
ルナは目の前で信じられない出来事が起こったのを見ているだけしかできなかった。
これから師匠のサポートをしようと、新しい武器も携えていたというのに。
不甲斐ない自分を責めたくなる。だが、その前に。
「ししょーを、助けないと……」
どうすればいいかなんて分からない。医療の知識に詳しくないし、ルナに治療するスキルはない。
しかし、それでも。できることをしようとファルベに手を伸ばして、
「何をやってるの! 折角こいつを仕留められたのに!」
ファルベを刺した女性に阻まれる。理由が分からず、困惑しつつ女性を見るルナに、
「貴方、さっきまでこいつと一緒にいたのよね? 何でそんなことをしてるのか知らないけど、危ないわよ」
「あ、ぶない……それって、どういう……」
そんなことは聞かなくてもいい筈なのに、つい、そう質問してしまう。
「どういうも何も……こいつは、こいつは!」
感情がどんどん昂っていく女性。何故彼女がそこまで激怒するのか。それは――
「――こいつは、今までに沢山の冒険者を殺してきた殺人鬼なのよ!?」
そう、言い放った。
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