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第1章 「冒険者狩りの少年」

14話 「作戦会議」

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 俺たちは下級冒険者だ。冒険者の中で二番目に位が低い立場。しかし、冒険者であるというだけで周りから羨望の眼差しを向けられ、子供たちから武勇伝を求められる。
 国から生活するための金の補助も出るし、実績を積めばもっと裕福な生活を望める。

 下級冒険者ですらこうなのだから、中級・上級の連中はさぞかし素晴らしい人生を歩んでいるのだろう。

 上記の理由もあって、この世界では冒険者は誰しもが憧れて、目指す職業だ。攻撃的なスキルを持った人間は一にも二にもなく冒険者になる。

 そして、昔から冒険者はなりやすい職業だった。なにか試験を受けなければならないわけでもなく、ギルドに申請して受理されればその時点でその人間は冒険者となる。

 誰でも簡単になれて、他の職業より待遇が良い。あまりに都合の良すぎる仕事だ。
 一応、魔物と戦うということで命の危険があるとも言えなくもないが、いまや増え続けた冒険者の数は魔物を上回っているため、一人が多くの魔物と戦わないといけない状況ということもほとんどない。

 ――そんな職業が、俺は嫌いだった。冒険者になる前はそれなりに期待を抱いていたものだが、活動をしていくうちにその気持ちは薄れていった。

 弱い魔物を選んで、冒険者たちが戯れに殺して、その素材をギルドまで運んでいく。強そうな魔物とは戦わず、相手を選別するのだ。
 素材をギルドへ渡して、討伐の証明さえできればそれで冒険者としての活動を認められて、過不足のない生活が続けられる。

 ――そんな生き方の何が楽しい。そんな生き様になんの意義がある。
 勿論、全ての冒険者がそうであるとは言わないが、俺が見てきた奴らはそうだった。
 誰も、自分が強くなりたいと思っていなかった。

 そんな形だけの職業が本当に続けたいのか。俺は冒険者をやっていくうちに、自分がやりたいことが分からなくなっていた。

 切っ掛けはなんだったか。ある日、別の冒険者と口論になったことだった。
 かつての俺は同調圧力のようなものを受けて、弱い魔物を選んで討伐する、自分の嫌いだったはずの生き方をしていた。
 そんな時に、自分の狙っていた魔物を横から取られそうになって、思わず口を出してしまった。そんなしょうもない理由から、口喧嘩に発展した。

 売り言葉に買い言葉。収まりがつかなくなった俺たちは、ついに暴力を振るうようになった。
 単純な殴り合いから、スキルを使った殺し合い。その結果は、今俺が生きていることで勝敗がどちらへ傾いたのかはわかると思う。

 その時、初めて俺は人を殺した。けれど、心に動揺が訪れなかったことが自分でも不思議だった。
 せっかくだからと、殺した相手の懐を弄って金目のものを探した。戦利品はいくつかあったが、正直なところ内容はなんでもよかった。

 何せ、俺は人と戦うスリルとその後に殺した相手から略奪する時の快感の方がずっと嬉しかったのだから。

 そこで初めて、自分が冒険者になろうとした理由を知った。
 誰かと命がけで戦って、殺した相手から略奪する。それこそが俺の求めていた生き方だったのだ。それを知った瞬間から、冒険者でありながら、冒険者としての仕事を放棄するようになった。

 最初は冒険者を相手にしていた行為だったが、次第に戦うことよりも、略奪する行為の方が快感を覚えるのに気づいた。

 そうして、冒険者を相手にすることをやめた。自分より強い相手に出会った時に返り討ちにされてしまうからだ。
 だから、報酬の多さが約束されていてかつ、自分より絶対的に弱い相手。つまり商人を選ぶことにした。

 変化していった自分の生き方が、かつて嫌悪した、弱い相手を選別する冒険者と同じだということに、気づくこともなく。

 一人でずっと行っていた行為だったが、仲間が増えた。そいつも冒険者だったが、つまらない毎日に刺激が欲しかったなんて理由で一緒に行動するようになった。

 それからは、俺と同じ気持ちを持った同志を集めようと奔走した。今では四人となったパーティーで、全員が人から何かを奪うのが好きな連中だ。

 人数が増えて、より一層やりがいも増えて、やれることも増えて楽しい毎日を過ごしていった。
 俺を止める仲間もいないため、行為はどんどん人目も憚らぬようになっていき――

 ある日のことだ。おかしな奴らがやってきた。
 いつも通り、焚き火を囲んで略奪してきた戦利品を仲間と分かち合っていた時、着古した外套を頭から被った少年と、背の高い女性と、少女の三人が。


 *


「どうも、皆さんこんばんは。この平原で、盗みを働いているのはあなたたちで間違い無いですか?」

 ぎこちない敬語で話すファルベに、隣で立つシャルロットが笑いを堪えている。
 これについては、最後に敬語を使うような場面がずいぶん久しぶりだから、と言い訳させて欲しい。

 あまりにツボに入ったのか、シャルロットが腰を折って笑いそうになっていたので、彼らに見えないように肘で小突く。

「ああん? 誰だぁ……てめえら」

 程度の低いチンピラのような話し方だが、それについて言及はしない。今日はまだ、争いに来たわけではないのだから。今日は、まだ。
 口の悪い盗賊相手に、出来る限り友好的に見せるよう、こちらは丁寧に対応する。

「おr……僕達は、冒険者をしているんですけど、毎日毎日、同じような生活でつまらないと思っていまして。あなたたちのご活躍を小耳に挟ん時に、これが僕のしたいことだったんだと気づきまして、お仲間に入れてほしく、参上した次第にございます」

 頑張って慣れない敬語を使っている自分を自分で褒めてやりたい。隣ではついに腹筋が限界を迎えそうになっているシャルロットの様子が窺えるが、この際無視する。

「ご一緒したい、ねぇ……」

 品定めでもしているかのような視線をジロジロと無遠慮に向けてくる。

 そしてファルベの姿から視線を外して隣の少女二人に目を向ける。
 両方とも、顔を出さないように外套を羽織っている。

「分かった。お前らの熱量は本物みたいだ」

 何とか彼のお眼鏡にかなったようだ。何とか潜入が成功しそうになったことに胸を撫で下ろす。

 これが、ファルベの提案した作戦となる。


 *


「――俺が考えた作戦は、潜入調査だ」

「潜入……どうやってかな?言うのは簡単だけどね、そもそも彼らを見つけないと意味がないだろう?」

「そうだ。獲物を見つけないと潜入なんてできやしない、それは分かってる」

 当然だ。見つからない相手に見つかった場合の策を考えるのは、絵に描いた餅になりかねない。
 そして、相手から襲ってきてもらうという方法を否定した以上、それ以外で見つける必要がある。

「だから、さっき被害に遭う時間帯を聞いたんだよ。盗賊連中の被害に遭った人間はどこかの時間帯に限った話じゃなく、一日中いつの時間帯でもいるんだ」

 先程聞いた、時間帯の質問の真意はこれだ。被害に遭うということは、その時間に盗賊はいるという証拠になる。

「もし仮に、奴らがどこかに拠点を置いていたりすれば、そこに帰ってる時間は被害に遭わないはずだからな。そうでないなら、平原のどこかに拠点があるって考えられる」

 瞬間移動するようなスキルがあればまた別だけどな。と付け加える。

「それが分かったら、見つけるの自体は簡単だ。夜が近くなると一度は拠点に戻るはずだ。朝から活動していて、被害が出続けているのなら、奪った金目のものは結構あるだろ。それをずっと持ち運ぶなんて非効率の極みだよ。絶対に拠点まで持ち帰る。その時に周囲が暗くて自分の奪ったものがちゃんとあるのかっていう確認のためにも灯りになるものは必要だ。その明かりを見つければいい」

「でも、夜に戻るとは限りませんよね。朝とか、昼に戻るなら、灯りなんて使いませんよね」

 ファルベの意見に反論したのはルナだ。その意見自体は至極真っ当なのだが、

「いいや、夜に近くなると絶対戻ってくるよ。夜が一番被害が多いってさっき言ってただろ? つまり奴らにとっちゃ夜は稼ぎどきなんだよ。そんな時に手荷物がパンパンになった状態で行くと思うか? なるべく荷物は空にしときたいはずだろ」

「なるほど。それもそうだね」

「夜の平原で灯りがあればそこが拠点だ。で、見つけたあとはあいつらに共感するような姿勢を見せて行動を共にする。常に一緒にいれば奴らの情報も集めやすいからな」


 *


 作戦の潜入はうまくいった。あとはなるべく情報を引き出すだけだ。

「じゃあお前らは今日から俺たちの仕事に参加させてやるよ。もう少ししたら学習能力のない商団の馬車が通る。そいつらを襲って、金目のものを全部奪うんだ。分かったな」

 コクリ、と声に出さず頷くことで答える。が、

「もう少しってことは、今の時点でも近くまではきてるんですよね! ならルナ達が先行して言っときますね!」

 直後、活発な少女の声が響く。もはや一人称の時点で誰か分かるだろうが、ルナだ。

 何を思ったのかルナはそんな提案をしだした。なんでそんなことを、と問いただしたいファルベだったが、

「ちょっと待て、ちょ~……っと、あっちで話そうか」

 慌てた様子で、ルナの腕を引く。強引に場を離れて理解できない行動に出たルナに、

「……どうゆうつもりだよ」

「いやですね、ルナ達が本当に彼らと一緒に強盗に加担するのってよくないじゃないですか。だから、待機しているあそこに商人さんがくる前に注意しに行ったほうがいいかなと」

「それはそうだけど、ここを通らないと俺たちに疑いの目がむいて、潜入調査が出来なくなる」

「彼らの目的は金目のものですよね?なら先に行って商人さんを逃したあと、金目のものだけ持ち帰ればそれでいいじゃないんですかね」

「金目のもの盗るなら結局強盗するのと変わらないだろ。それに逃すったってどこにだよ。周りは見通しの良い平原だぞ?見つからず逃すなんてどうするんだよ。それに、稼ぐために城下町の方に向かって平原を渡ってんだから、何の成果もなしに自分が出発した町に戻れなんて言ったら、損害がないだけで稼ぎが出ないんだから、商人にとって邪魔されたも同然だろ」

 ルナの考えが分からない、という風な顔で当然の疑問を突きつける。
 城下町に向かえるよう仕向けながら、盗賊連中が納得できる報酬を持ち帰る。そんな都合の良いことが本当にできるのか。

「金目のもので言うとルナもししょーも多少なりとも持ってますよね。シャルさんも恐らく持っているでしょうから、頼み込んで貸してもらったら、それなりの数になりますよね。どうせ後からししょーが取り押さえに行くんですから、その際に取り返せば良いわけですし。なくなってても、買いなおせない範囲ではないでしょう」

「最悪それでも良いかもしれないが、どうやって盗賊連中に見つからないよう城下町に向かわせるんだ? そこが解決しないと……」

 そこまで言って、ふと気づく。だが、その方法には問題があって、

「……森、か? でもあそこは魔物の群生地だろ?そこを通らせるのは…」

 平原の近くには森がある。確かにそこを進むと木々がうまくカモフラージュとなって、見つからないだろう。しかし、魔物の群生地と言われているそこへ盗賊すら対処できない商人達が入っても、ろくな結果にならないのは目に見えている。

「森を通ってもらうって作戦で良いはずだよ、ファルベ君」

 近くから、女性の声が聞こえる。顔を巡らせて、周囲を確認するとそこにシャルロットが立っており、

「私もあの場を離れさせてもらったよ。ちょっとお願いすればすんなり受け入れてくれて助かった」

「それはどうでもいい。だけど、森の魔物はどうするんだ」

「キミが商人達についていけばいいさ。護衛、だね」

「はあ? それで俺が戻らなきゃ、不審に思われるだろ?」

 一人がばっくれたと思われると、盗賊達のもとに残る彼女達も同様に疑われる。それは避けたい。

「残念ながら、恐らくキミが戻らなくても彼らは特に気にしないと思うよ」

 ファルベにとって、シャルロットの言っている意味がわからない。どうして、そう思えるのか。なんの根拠でそう考えるのか。

「最初に声をかけた時、私たちを見ている視線が……その、言い方は悪いけれど、邪なものだったからね。私とルナちゃんさえ戻れば、キミがいなくなっても適当な言い訳で納得してもらえると思うよ」

 ファルベからすると、あまりいい気分ではないが、四人の男所帯の中で顔はいい少女が二人もいれば、そちらを重要視してもおかしいことはない。

「……魔物は専門外、なんだけどな」

「キミが魔物と相性が悪いのは、魔物は集団で行動しているからだよね。でも森の魔物はギルドの冒険者達が毎日それなりに数を減らしている。キミが危惧するような状況にはならないよ」

 全ての反論を言いくるめられて、しかし決して悪い気分ではなかった。
 調査を口実に商人を襲う行為に加担するのは気が進まなかったからだ。だから、ちゃんと理由があればそれに納得するだけの器量はあるし、受け入れて従うのも吝かではない。

「分かった。それで行こう。商人達に説明して、俺が森へ誘導する。そのあとは護衛をしつつ城下町に戻るから、その間に適当にシャルロット達は自分が持ってる金目のものを渡してご機嫌だけとっててくれ。しばらく情報を集めたら、すぐに逃げればいいから」

「ファルベ君、シャルロットではなくシャル、と……」

 どんな時にでも、そんな軽口を叩けるシャルロットに、少し頼もしさを感じていた。

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