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きみがわたしの目の前に現れたのは、流れ星が降った夜の次の日の夏だった。
「なんでお盆に学校来なきゃいけないわけー?」
画用紙を星の形に切っていると、となりでクラスメイトがハサミを投げ出した。
「仕方ないよ、夏期講習のせいで文化祭の準備出来るのお盆しかないんだから」
「こんなに休めない夏休み初めてだよー」
たしかに。これも全部受験のせいだ。
進学校のわたしたちはクラスみんながそれなりの大学を受ける。
だから夏休みはお盆以外講習で予定がつめつめ。学校の夏期講習、塾の夏期講習、朝勉、夜勉。頭が痛くなりそうだけど残念ながら実際ならない。勉強ばかりでも逃げないし。高校受験のときよりは成長したと思う。
でも、やっぱり、女子高生最後の夏に休めないのはね。
「ま、がんばろーがんばろー」
「いいよね、空花は今日彼氏とお盆祭り行くんでしょ?いいないいな。それならやる気もでるよね!ばか!」
「行かないよ」
「…へ?誘うってはりきってなかったっけ」
「なーんか、ダメらしい」
わたしが勝手に行く気になっちゃってただけなんだけど。でも、行くんだと思ってた。
この街一番のお祭りだし、最近あまり会えてないから。
“ごめん。その日は用事があるんだ。”
でもお盆だし、あっちも受験生だし、仕方ないよね。今日は家でゆっくりしよう。
そうは思うのに、いつもわたしの講習のせいで会えないのに、やっぱり会いたかったって、思ってしまう。
「空花が彼氏と付き合いはじめたのって、そういえばいつだっけ?」
「付き合いはじめたのは去年の9月半ばかな」
「なれそめはー?」
「えーっとね……」
初めて話したのは一昨年の冬。ひとりで下校中、他校の制服を着た見知らぬ彼に突然話しかけられた。
『と…友達に、なってください』
派手な身なりに似合わない急な言葉と、恥じらいながらも浮かべられた真剣な表情に、思わず首を縦に振った。
友達になりたての頃は奇妙に感じた関係も、彼の屈託のない笑顔と思いやりを感じられるひとつひとつの行動にすぐ心が開けた。たぶん、惹かれたんだと思う。
最初はわたしのことを好きだから声をかけてきたのかと思ったけど、接しているうちに、彼からはまるで好意を感じることがないことに気づいた。
そういえば、今でも、なんでわたしと友達になったのかわかんない。
なんか、好きだって気づいたときから、それはどうでもよくなってしまった。
告白はわたしから。
告白の返事は、1日経ってからだった。
『おれも、好きだって思ったよ』
彼がそのあと言った、待たせてごめん、って言葉は、あのときのわたしには聞こえなかった。
ごめん、なんて台詞は必要ないくらいあの日が生きてきた中で一番、うれしくて、とても幸せを感じられた日なんだ。
・
「星多、今日少しだけでも会えないかな?お祭りはいいから。連絡ください」
留守電だったからメッセージを残して携帯を閉じる。
星多の愛犬の散歩コースを歩きながら家を目指す。なんだかこの道を歩くのに星多がいないの、すっかり違和感。
やっぱり会いたくて連絡してみたけど出なかった。いそがしいのかな。
「………」
浴衣を着た人と何度かすれ違った。
一緒に行きたかったなあ。
会わないと、たくさん話したいことが積もるね。
星多も、そうかな。
星多も、そうだったらいいけど………
「なあ、あんた、ひま?」
綺麗な顔に突然覗き込まれるように見られ、思わず足を止める。
「わあっ!な、なに誰!?」
びっくりした、知らないひとが、あんな至近距離に来るなんて。
「夏野」
「は……?」
「誰って聞いたから」
あ、ああ、名前、かな?
誰って、べつに名前を聞きたいわけでもなかったんだけど。
「お祭り、一緒に行かね?」
な、なんなのいきなり。
なんで知らないひとにお祭り誘われてるんだろう。
目の前に立ってわたしを見下ろす見知らぬ男の子。
でもよく見ると星多と同じ制服だ。
「や、でも、ふたりきりってのはちょっと……わたし、彼氏がいるので」
そう言うと、このひとはあからさまに眉を下げた。
も、もしかして、好かれてる?
「……あんたに会いたいと思ったから届いたのに」
「へ?」
「頼むよ。一緒に過ごしてくれないと未練がのこる。そうなると帰れないんだ」
よくわからないけど、やっぱり、好かれてるみたいだ。そしてなんだか困ってるみたいでもある。
でもな。わたしには、星多がいるし………よく見たら、このひと、かっこよくない?や、星多には勝てないけど…けど……かっこよくない?
いやいやいや、なに言ってんのわたし、星多がいるじゃん。屈するな。
……でも、べつに浮気するわけじゃないし………
いやいやいやいや、なに言ってんのわたし、星多に見られたら言い訳できないよ。
……でも。
「あんた、ひまなんだろ?彼氏いるのに」
そう、ひまなんですよね。
携帯を見ると、彼からの返事はない。
ひまなんですよね。星多さん。
「言っておくけど、デートとか浮気とかじゃないからね。ひまつぶしだからね!そこ勘違いしないでね」
「…え、一緒に行ってくれんの?」
「う、うん」
「はは!まじで?うれしい」
う、なかなかいい笑顔だ。
このひと、わたしのこと、たぶん、めちゃくちゃ好きだ。なんか伝わってくる。
なんだか、悪い気はしないな。…今日だけ、ごめんなさい、星多大好き、デス。
夕焼けに背を向けて、このひと…ナツノくんと歩き出す。
燃えるような赤い空。
ナツノくんは、それを見上げて微笑んでる。
不思議なひと。でも、ちょっとイケメン……。
星多には、敵わないけど!
「ナツノって名字?」
「いや、下の名前。夏に野原の野って書くから、名字みたいなんだけど」
「へえ、綺麗な名前だねえ」
「……あんたの名前は?」
知らなかったのかよ!
「空に花って書いて空花。あ、ちなみに誕生日は今日なのでちまっと祝ってくれてもいいよ!」
「そっちのがきれいな名前だろ。空花、おめでとう」
誕生日だった。
本当は、だから星多に会いたかった。
誕生日をわすれてたっていいから、それでも会いたかったんだよ。
─── きれいな名前、
なんだか、うれしいや。
「ありがとう。というか…名前も知らなかったのにわたしを誘ったの?」
「……仕方ねーだろ、一目惚れだったんだし。学校もちがうから知るすべがなかったんだよ」
「ちょっ、ナチュラルに告白しないで」
「は、照れてる」
照れるよ、ばかじゃないの。
一目惚れなんてされたことないもん。物好きだな、夏野くんは。
星多は………星多との出会いも、こんなふうに唐突だったけど、どうしてわたしに声をかけたのかな。
なんだか、心地いいなあ。
自分のこと好きなひとなんて他にいないからかな。あたたかい好意は、淋しさを包みこんでくれるように、優しく感じられた。
星多は今、この燃えるような夕焼けの下で何をしてるんだろう。
わたしが自分じゃないひととお祭りに行ったって知ったら…どう思うかな……なんて、星多にも夏野くんにも、失礼だよね。
「空花、一生思い出したくなるような誕生日にしてやるよ」
「期待してます」
「いくつになんの?」
「18だよ」
本当になんにも知らないんだ?
なんで、こんな、好意を感じとれちゃうくらい、わたしのことを好いてくれてるんだろう。
「そっか。…もう、2年か」
2年?
「なにが?」
「ああ、あんたのこと好きになったの、2年前。」
「…ふーん」
また、ナチュラルに告白するんだから。しないでって言ったのに。
うれしいな、やっぱり。
人に好かれるってうれしい。
こたえられないのが、もどかしい。
「…あ、夏野くんは?いくつなの?」
「………俺も、18かな」
「えっ、本当に?同い年だ!」
じゃあ星多のことも知ってるかも!
あ、でも、聞くのは無神経だよね…。
「…やっぱりうそ。16だよ。さっきのは願望だった」
「願望? 高1かー、若いねえ」
夏野くんおとなっぽい。年下には見えないや。
「あ、あぶねーよ、空花」
車が来ると、ぐっと肩を引き寄せられる。だけど車が去ると、すぐに離す。びっくりするほどナチュラル。車道側に移動するのもナチュラル。
モテるだろーに。なんでわたしなんだろう。
もったいないよ。可愛くもないし。わたしには、星多もいるしさ…。
「空花って人ごみへーき?」
「ああ、うん。全然気にしないよ」
「よかった。前見て、やばいよ」
前?
ふと夏野くんから目をそらして前を見ると、そこには、人、人、人……人だらけ。
色とりどりの浴衣が飴玉みたい。
気づけばお祭りがやっている神社の入り口まで来ていたらしい。
携帯には、連絡はない。
「花火って、何時からかな」
「前は8時からだったよ。最近は知らないけど」
「8時……」
あと2時間…。
「……あいつから連絡ねーの?」
「うん。………ん? あいつ?」
あいつって?
夏野くんを見上げると、あからさまに、はっとしたような表情をした。
「あ、間違えただけ。彼氏だろ?」
そうだけど……。
なんか怪しい。
もしかしたら星多のこと知ってるのかも…?
「夏野くんわたしの彼氏、知ってるの?」
「や? 知りたくもねーよ」
「…そ」
怪しい。
ま、いっか。
考えるのはやめて、すいすいと人ごみを通り抜けながらわたしが歩きやすいようにしてくれる夏野くんの後を追いかけた。
夏野くんのことはなにも知らないけど、この短時間でわかることはいくつかある。
背が高い。細身。茶髪。制服はブレザー。高校1年生。よく空を見上げる、わたしのことが、好きだと言うひと。
「わたあめ食う?」
「や、わたしはいい」
「じゃー、俺買ってくるな」
「一緒に並ぶよ」
お祭り初っぱなからわたあめかよ、女の子みたい。
女のわたしは手や口まわりがべたべたになるのがどうも苦手なんだけど。
しばらく並んでると順番が来た。夏野くんは300円のわたあめに500円出しておつりをもらった。
そのとき身体に、一瞬赤いモザイクのようなものがかかって見えて思わず目をそらした。
え?
今の、なに?
もう一度見ると、ちゃんと小麦色の肌が骨を覆っていた。わたしや、他人と同じように。
気のせい、か。
疲れてるのかな。
「空花、おなかすいた?」
「え?」
「ぼうっとしてっから。焼き鳥食う?」
ぴんくのわたあめを食べながら夏野くんは焼き鳥屋さんを指差している。
ぴんくかよ、カワイイな。
頷くと夏野くんは笑って、わたしの手首を掴んだ。
うん、やっぱ、血はでてない。
それより手を解かなきゃと思ったけど、なぜか出来なかった。
暑い。浴衣を着てるひとを見るだけで気温が一度上がってく気がする。
屋台につけられた小型の扇風機のせいでちょうちんと旗が揺れている。
どこからか、風鈴の音もする。
夏だなあ。
「夏だな、なんか」
となりで、そう呟いたのが聞こえた。
あ、と思って、思わず笑ってしまった。
「なに?」
「ううん、なんでもないよ」
同じこと、思ったからつい。
焼き鳥を買って歩きながら食べる。食べ歩きなんてお祭りでしかしないけど。
夏野くんもわたしと同じで焼き鳥は塩派らしい。
ほんのりとしょっぱくて、それがまた夏みたいだ。
「お、盆踊り、始まったみたいだな」
「そうだね、音する」
カラオケじゃ到底歌わないような渋い音楽。
小さい頃はよく浴衣を着ておばあちゃんおじいちゃんに混ざって騒いだ。
そう話すと、夏野くんは目を細めて笑った。
「俺、中3まであそこにいたよ。太鼓やってたから」
「そうなんだ、すごい、太鼓なんて。かっこいいね」
そう言うと、照れたようにそっぽを向いてしまった。太鼓、してたように見えないな。似合うんだろうけど。
その横顔は、ふっと表情を変えた。
やさしくて、少しだけ、さみしそうな
でも、口元も瞳も、微笑っていた。
「すげー仲いい幼なじみと、小4のときからずっとやってた」
あ、思い出した。
小学校高学年に上がってから、盆踊りは見かけるだけで参加はしなかったけど、わたしぐらいの年の子が太鼓、やってたの見た。
夏野くんとその幼なじみだったのかも。
あれ、でも、何か違和感……。
「あ、りんご飴食う」
「さては甘党か!」
見かけによらずお菓子っぽいものを食べるから、結局、なんで違和感を感じたのか流れてしまった。
ま、いいか。わからないのに違和感を感じるなんて、その違和感すら信じがたい。
真っ赤なりんご飴を手渡された夏野くん。
ああ、また、赤いモザイクが見える。
なんだこれは。一体、なんだこれは。
しばらくして消えた。
だけど、ぼんやりだけど、やっぱり見えた。
疲れてるのかな…今日まで勉強と文化祭準備ばかりだったから。
「空花、もうすぐ花火だって」
「ああ、そっか、8時か」
そういえば、全然携帯見てなかった。
見ると、星多から連絡があった。
「あ…ごめん……彼氏、8時過ぎに来れるって……」
「…………」
わたしが無理を言ったから星多は来てくれるんだけど。
うれしい、けど………。
「そんな、悪そうな顔すんなよ。俺が無理に誘ったんだから」
にっと笑った夏野くん。
まるで、夏を人にしたみたいだ。そんな、笑顔で。
「俺はあんたらが幸せなら、幸せなんだよ」
なんで、見知らぬわたしの彼氏のことまで、夏野くんの“幸せ”に入れてくれるの。
なんで、わたしを“幸せ”に入れてくれるの。
「ありがとう…」
もし星多にちがう誰かがいたとしたら、わたしはきっと、夏野くんみたいに優しいことは言えないよ。
とぼとぼと歩く。
行くあてもない。
どうしたらいいんだろう。なんとも言えない気持ちが、雨のようにぽつぽつと心に落ちてくる。
星多が好き。一番、好き。それは何一つ変わらないのに、夏野くんと離れるのがどこか淋しい。
夏野くんはこの街のひとなのに、まるでもう、会えないみたいに感じてしまう。
今日のなかでも物凄く短い時間しか夏野くんとは一緒にいなかったのに、うれしいことばかりだった。
だからかな。
恋とはちがう場所なことはわかる。かと言って、どこなのか到底わからないけど
夏野くん、すきだよ。
夏のような、優しいきみのこと。
なんだか、もっと前から知っていたみたいに、すきになったよ。
「彼氏、来るまでいてもいい?少し離れてるから」
「……うん。花火、見よう」
気づけばお祭りから少し外れた、川沿いの道まで来ていた。
花火からは離れているから人気はないけど、ちゃんと見えることは見えるから。
だからここで見よう、となんとなく立ち止まった。
「夏野くん、どうしてわたしのことが好きなの?」
夜空を見上げて、虫の音を聴きながら、もうすぐ打ち上げられるであろう花火を待つ。
少し時間をかけて、夏野くんは小さな声で言った。
「……駅のプラネタリウムで、働いてただろ?アナウンスやってたの聴いたことあるんだ」
「えっ、うそ、覚えてるの?2年前なのに!」
「うん。俺にとっては、昨日のことみたいなんだよ」
あの頃のがんばったわたしが、今この瞬間に報われるなんて。
夏野くん、あなたは、本当に優しいね。
2年前の春と夏、わたしは小さなプラネタリウムで短期のアルバイトをやっていて。
アシスタントとして少し知識を蓄えたくらいだったけど、ある日、アナウンスのお姉さんが夏風邪で声がでなくなった時期があった。
その時、少しだけ、代役をやったの。
とても緊張して、声が震えて、間違えはしなかったけど、上手く出来なかった。
まさか、覚えてる人がいるなんて。
「そのとき、公演中に子どもが大泣きしたんだ。今まで静かだった満点の光の空間にそれが聞こえて、会場全体がざわめいた。
小声で文句言ったり、色々。
そのときあんた、言ったんだ。
『星は、いつまでも待っています。大丈夫です』って」
あんな、わたしの、小さな小さな考えなしのことばを、きみは覚えていてくれた。
「きれいな心だなって思ったんだ」
なんだか、無性に泣きそうになった。
夏野くんの瞳から、涙が伝った。
その光が、流れ星のように見えた。
「なんで、泣くの…?」
これじゃ、もう二度と会えないみたいだ。
「空花、好きだよ。あんたが誰を想っていてもいい。だけど、あんたは俺の、最後の恋だった」
「夏………」
「……あ」
「………っ」
大きな大きな音が、夜空に響いた。
その瞬間、色とりどりの大輪の花が咲く。
毎年何も変わらないはずなのに、どうしてこんなに、きれいに映るのかな。
「空花の名前の由来って花火?」
「ううん、ちがうの。よく言われるんだけどね」
そういえば星多にも前に聞かれた。たしか、出会った日に。
「わたしの由来は、満点の星。お母さんが昔住んでいた場所で両親が一緒に見た星の数に感動してお父さんがつけてくれたの。大切な名前だよ」
星は花なんだと、よく言われた。
「……俺も、満点の星が由来だよ」
「なんとなく、そう思ったよ」
花火はあたたかかった。
星多のように。
そして、夏野くんのように。
「あ、電話きた…」
「出なよ。どこいるかさすがにわかんねーだろ」
「…うん、ありがとう」
夏野くんから少し離れて電話に出ると、星多の低い声がした。
「空花、遅くなってごめん。着いたんだけどどこにいる?」
「…川沿いのほう」
「わかった、すぐ行く」
電話をきって夏野くんを見ると、一生懸命に花火を見ていた。
わたしは、なんとなく、その横顔を目に焼きつけようとしている。
夏野くんはこんなふうに、わたしを、見てくれていたのかもしれない。
「空花、来るって?」
「…うん。もう来るの」
「じゃああと5分は来なそうだな」
「そうかも。星多方向音痴だし……」
顔を上げたのは花火のせいじゃない。
「夏野くん、やっぱり、星多を知ってるの?」
きっとここまで来るのに、何本か道をまちがえる。
それをわかったように、夏野くんが、言うから。
夏野くんの背景に花火が浮かんでは消えていく。
星はどこかに行ってしまった。
「俺はただ、会いたいひとに会いに行けって言われた。そのとき浮かんだのがあんただったから、あんたのところに届いたんだと思う」
わからない、夏野くんのことばの意味。
わからないのに、ものすごく苦しい。
「それだけだよ。それ以外のことは、なんだっていい」
夏野くんが、わたしをぎゅっと抱き寄せた。
「ばいばい、空花。俺はそろそろ帰るから」
あたたかい夏野くんが離れていく。
夏野くんの小さな笑顔が、落ちてくる。
また泣くんじゃないかと思ってしまう。
「どこに…っ」
「あいつに、よろしく」
夏野くんが背を向けた。
その後ろ姿が赤い何かに包まれた。
思わず追いかけようとするとすぐに誰かに止められた。
振り向くと星多がいた。
…5分遅れだよ、星多。
「ごめん、お待たせ」
星多に会うと安心する。
「誕生日なのに、本当にごめん」
「…ううん、来てくれて、うれしい」
あの赤いモザイクのようなもやは、なんなんだろう。
夏野くんの姿は、もう暗闇のなか。
もう二度と会えないみたいだ。ううん、もう二度と、会う理由がない。
久しぶりに見た星多は、少し、元気がないように見えた。
恋人と並んで花火を見上げる。
さっきまで、夏野くんと見ていたものたち。
「……この祭り久しぶりに来たよ」
「そうなの?」
「毎年来てたんだけど……。おれ、中3まで幼なじみと盆踊りの太鼓やってたんだ」
え………?
「高校に入っても続けようって話してた。そいつは本当に気が合う奴で高校も同じところに入った。だけど……」
同じ高校の制服
幼なじみとやった太鼓
夏野くんのことだって、わかった。
違和感を感じたのは、彼らふたり、わたしと同じ年の子たちだったって以前聞いたからだった。
夏野くんはわたしよりふたつ下のはずだけど……
わたしの記憶ちがい?
それとも、何か理由があるの…?
「……2年前の今日、突然死んだ」
あの赤いもやが、目の前を埋めつくす。
「今日は、そいつの墓参りに行ってて……」
『あいつに、よろしく』
夏野くんが、死んでいる?
『ばいばい、空花』
さっきまでわたしの名前を呼んでいたのに。わたしのことを、抱きしめたのに。
……2年前、彼は、高校1年生、16歳……
違和感の正体が、わかったような気がした。
生きていたら……彼は、18歳だった。
『俺はそろそろ帰るから』
帰るって、いったいどこに?
「……かなきゃ……」
「え?」
………行かなきゃ。
行かなきゃ、本当に、もう二度と会えない。
二度と手が届かない。きっと。
その前に星多と夏野くんを、会わせなきゃ。
「え、空花?」
このふたりを会わせなきゃ。
星多の手を引いて
花火の下を、ふたりで翔出す。
「空花、どうしたんだよ!」
「夏野くんは、星多の大事な人なんでしょう!?」
会わなきゃいけない。
よろしく、じゃないよ。本当は会いたくてたまらないくせに。
ふたりの表情を見たらわかるよ。
ふたりの絆が、よくわかるんだよ。
「な、なんで空花が夏野のこと、知ってんだよ!」
星太は、おこったように声を強くした。
泣きそうなとき、悲しいとき、つらいとき、彼はよくこうなる。決して弱さを見せないように、頑なになる。
「夏野は…夏野は、空花と仲良くなりたがってた!でも、声をかけるまえに死んだ!っ、だから、おれは空花と……友達に……っ」
なのに───
「なのに………おれっ……」
星多、くるしかったね。
ごめんね。
本当に、ごめんね。
「夏野…っ、ごめん……」
きっと、きっと、星多の心のなかは後悔でいっぱいなんだ。
わたしのことを好きだったのは、夏野くんだった。
星多は、夏野くんの願いを、代わりに叶えようとしただけ。
なのにわたしたち、今、手を繋いでいる。
わたしたち、恋をした。
「きっと、夏野くんは星多をせめない!」
夏野くんは、そんなひとじゃない。わたしのことを、星多のことを、大事だって、きっと思ってくれている。
「もしもせめたとしたら……わたしも一緒に、謝るから…!」
だから、お願い。
まだ、帰らないで。
まだ届く場所にいて、わたしたちを待っていて。
きっと、すぐに行くから。
星多とわたしを繋いでくれた、光。
そのいのちは、消えてしまっていたとしても、夏野くんは世界で一番、耀いている。
「夏野くん!」
見えた背中を呼ぶ。
彼は振り返って、目を見開いた。
そして、たしかに「せいた」って唇を動かしたのを見た。
「夏、野?」
「星多、会いに来てくれたんだよ!」
好きだって言ってくれた。
未練が残るほど、彼はわたしを好きになってくれた。
「夏野」
星多の手が離れた。
そして彼はわたしを追いこして走り出す。
涙があふれた。
ふたりとも、ありがとう。
「来んなよ、成仏すんだからさ」
「夏野、おれ………」
「星多。俺は墓にやっと行けるよ。今まではおまえの近くにいた。この世にとどまる理由は、空花だった」
花火の音が、遠い。
夜空では花火の明かりに隠れていた星が、少しずつ顔をだしていた。
「星多が俺の願ったことを叶えようとしてくれたこと、知ってるから」
「でも、」
「だから、そんなに考え込むなよ。空花がおまえを選んだんだろ」
そうだよ。
わたしが、好きになっただけなんだよ。
「後悔することない。空花が選んだのが星多なら安心だし、それに、俺も幸せだから」
一言一言にいのちを吹き込んでいるようで。
だから、こんなにもさみしくて、こんなにもあたたかくて、胸に沁みる。
きみたちは、泣いてるようだった。
「そろそろ、行くわ」
「夏……」
「空花の名前知れたし、空花と話せたし、空花のこと抱きしめられたし?もういっかなって」
「は、抱きしめた!?」
「それくらい許せよ」
ああもう、いたずらっ子め。
……行ってしまうんだね。
「じゃあな、星多。空花」
呼ばれて、夏野くんに近いた。
すると、彼の手が真っ直ぐ伸びてきたからそれに手を重ねてぎゅっと握る。
握手なんて、見かけによらず、古風だなあ。
なんて思って、笑った。
「夏野くん、ありがとう。楽しかった」
「一生忘れられない誕生日になったろ?」
「あはは、そうだね」
夏野くんも得意げに笑って
重ねた手を何度かぶんぶん振って、離した。
二回目に見た背中
彼の姿は、やっぱり赤く染まる。
きっとあれは、彼の、死の証。
「俺たちの名前の由来に、なってくる」
夏野くんは、
星になるんだね。
その時、ふいに
――― 空の星が、無数落ちた。
「う…わあ」
「流れ星……」
となりにいる星多の手を、思わずぎゅっと握る。
「きれい………」
花火よりも、
何倍も、ずっと、きれい。
「じゃーな、星多、空花!」
「夏野く…」
「またな、夏野!」
彼が、一瞬にして
星に乗って、消えた。
……ように見えた。
早くて、わからなかったよ、夏野くん。
「星…電車みたいだったね」
「うん……それも、快速」
「あは!新幹線かも!」
夏野くん。忘れられないよ。
素敵な、18回目の誕生日。
「はっ……あいつ、速すぎだよ……」
星多の涙を、初めて見た日。
「星多、わたしたち、幸せになろう」
「………」
「幸せになって、ずっとずっと一緒にいよう」
「……ん、ありがとう、空花」
きみの後悔はきっと消えない。
だけど、もうきみは後悔に泣かない。
夏野くん、あなたが、会いに来てくれたおかげで。
わたしが知らなかったこと、夏野くんは教えに来てくれた。
そして、わたしに恋まで届けてくれた。
ありがとう。
真っ直ぐな優しい、あなたみたいなひとになりたい。
そうすれば、星多とずっと一緒にいられるような気がするの。
「空花」
「ん?なに?」
「今度、夏野の墓参り、一緒に行こう」
繋いだ手を少し緩め、指を絡めた。
「うん、行きたい」
甘いもの、お供えするよ。
夏野くんが食べてくれますように。
「あの星、光ってる」
「夏野くんかな」
来年も、再来年も、この先ずっと
ここで星を見よう。
夏野くんはきっとそばに来てくれる。そんな気がするの。
「あとさ。空花がいそがしいのはわかってるけど…夏休み、もう少し会わねぇ?」
「そうだね。とりあえず、明日デートしたい」
「うん」
わたしたち、幸せになるから。
『俺はあんたらが幸せなら、幸せなんだよ』
そんな、夏野くんを信じて。
夏野くん、ありがとう。
またいつか会おうね。
そのときは、ぜひ、あなたと仲良くなりたいです。
だからそれまで、
世界で一番、耀いててね。
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